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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
3章 戦士の集う街
9/28

ただ幸あれと願う程に

正化8年5月27日

ミズナラの街 城外

そこかしこに倒れ臥す人、人、人…

朝靄の中広がるのはただただ無残としか呼べぬ景色

美しい草原であった筈の場所は今やその頃の面影を残さない。

これだから酔っ払いは駄目だ!私は心中に悪態をつく。なにせそこら中寝落ちした酔っ払いだらけ、ゲロ塗れだ。とにかくバイクを移動させよう。

汚物を踏まないように細心の注意を払いつつ、数名の足や手を踏みつつも、どうにか街道の隅に大切な相棒を移動させる。

「昨夜はよく頑張ったね、ありがとう」

誰もいないところではつい相棒に語りかけてしまう。まあ、バイク乗りあるあるだろう。

クラシカルなロードモデルであるSX-500、ある程度の悪路でも対応できる様に色々と手を加えてはいるが、昨夜やったようなスタントは想定外の使用方法である。かなりの負担であった筈だ。良い子は真似しないでね!

工具を取り出し、シートとタンクを外す。

大分スリムになった相棒の各パーツを増し締めしていき、電装系のプラグもしっかりとチェックする。うん、異常なし!

タンクとシートを戻し、チェーンにオイルを薄く塗布してウェスで念入りに拭き取る。チェーンクリーナーを使わない簡易チェンシコだ。本当はチェーンが暖まっている時にやるべきだが、取り敢えず拭き取りを念入りにすることで良しとしよう。

500km走行後又は雨天走行後が一般的に推奨されるチェンシコ頻度だが、走行距離に関係無く毎日の走行後にこの簡易チェンシコをしておくと本チェンシコのみよりチェーンが長持ちする。気がする。

実際常に油膜のある状態が続くのでチェーンには良いだろうし、チェーンが暖まってる間にオイルをかけて拭き取るのである程度の汚れも除去出来る。

こちらの世界での旅の間持ち運べるチェーンクリーナーには限りがあるので、じっくり腰を落ち着けられる時以外は専ら簡易チェンシコだ。

ちなみにチェンシコとは文字通りチェーンをシコシコ擦る事が由来となっている。そこはかとないおっさんの下ネタ臭がするが、現在バイク乗りの大半はおっさんなので、まあ仕方ないだろう。

さておき、相棒のエンジンに火を入れる。

キック一発絶好調!

思わず愛おしくなる様な単気筒の小刻みなエキゾーストサウンドが響く。社外品だが音量は控えめ。しかし音質は最高だ。フォルムも純正に近くて非常に気に入っている。性能的にも尖らずに純正比較で平均的に向上したパワー曲線を見せる所も、様々な状況に対応可能で旅ライダー向けだ。いぶし銀で堅実、流石は老舗コジマエンジニアリング製品と言ったところだろう。

「よしよしいい子だ。今日もよろしくね、相棒」

「誰と話しているんだい?」

「ぬぁっ?!」

背後からかけられた声に思わず変な声が出る。そこにいたのはエリーだ。正直誰も起きていないと思ってバイクに話しかけていたのだ。ふざけんな、寝てろ!

「あ…えっと、え…エリーおはよう」

羞恥を必死で隠しつつ言う。オーケー、クールにいこう。

「ああ、おはよう。随分早いんだね」

「あ、うん。昨日はこの子に大分無理させちゃったから…お詫びも兼ねて手入れをね」

「ふむ…まるでノードベイスンの姫君だな」

「あー、乗馬の上手なお姫様のお話だっけ?」

ノードベイスンの姫君は数百年前の実在の公女を題材にした物語だ。

毎日乗馬ばかりしている変わり者のお姫様。

殆ど人と会うことも無く毎日殆どの時間を馬に乗り、馬の世話をして過ごしていた彼女は街の人々やお城の人々の笑いものだったという。

ある日、彼女等の領地に北方の蛮族が攻め込んで来た。すぐにでも王様の元に助けを求めなければならなかったのだが折悪しく外は大嵐。川は暴れ狂い、山は崩れてとてもでは無いが都に行けるとは思えない。

お城の人々が諦めかけた時、名乗りを挙げたのは変わり者のお姫様

彼女は愛馬に跨がると王都に向けて走り出す。

雨に打たれながら崩れた山を越え、その身に蛮族達の矢を受けながらも止まること無く、姫は遠く王都に向けて只管に駆け続ける。

満身創痍で都に辿り着き、故郷の急を王様に伝えた彼女は、最後の力を振り絞って愛馬の元に歩いてゆく。

地に臥せる愛馬の傍らに横たわった彼女は、大切な愛馬と共に安らかな眠りについたという。

命を賭して街を救った姫の姿に心を打たれた王様は、彼女と愛馬の為に聖堂を建てた。

そうして変わり者のお姫様と愛馬は偉大なる祖霊の列に加わり、星々の中で永久に幸せな騎行の日々を過ごしたのでした。お終い。

献身と自己犠牲、意志を貫く強さがウェスタリアの人々に随分気に入られた様で音楽劇の題材やお伽話としては全土で愛されているそうだ。

「いや、やばそうな時は逃げるよ?私は」

「ふふっ、どうだろうね」

何か含みのある言い方が引っ掛かるが、まあ良いか…

「そういえばあのお話の舞台ってここだよね」

ミズナラの街を含む広大な盆地一帯を領地とするノードベイスン公爵家の公女だったのが変わり者のお姫様で、彼女の聖堂も街の中にある。

「ああ、秋には彼女に捧げる競馬の大会も開かれている。観に来た事は?」

「秋かぁ…去年は日本にいたからなぁ」

丁度車検の時期で、それに加えてオーバーホールもあったので日本で過ごしていた。

「もし興味があるなら観に行ってみるといい。武芸大会ほど規模は大きくは無いが素敵な催事だから」

「うん、そうだね…今年は観に行ってみる」

とはいうものの、私が秋までこちらに来られるかどうかはかなり微妙なところだ。何しろこの旅の中で大分ポータル渡航法違反を繰り返してしまっている。ばれたら確実に資格剥奪、場合によっては実刑もあり得る。

「でも、残念だよね」

「何がだい?」

「何って旅だよ…ミズナラの街に着いたらもう一緒に旅出来ないじゃん」

そう、エリーは街に着いたら身分を明かして領主に保護を求める。それは即ち彼女との旅の終わりを意味していた。

「そうだね…済まない、私の我が儘に付き合わせてしまって…」

「そんな言い方しないでよ。私は好きで一緒に来てるんだから。…それで、久し振りの王都圏はどうだった?」

「ああ、実に興味深かったよ。産業の発展も街道の整備も私が王都圏を出た頃から比べると、随分めざましいものがある。」

「そっかあ、まあちゃんと見たいモノ見られたんならよかった。」

私も連れてきた甲斐があったというものである。

「それでこの後は?そのまま国…お父さんの所に行くの?」

旅の最終目的地は王都、その目的はエリーと国王の会談である。そこでエリーは現状の報告と自分の政治的スタンスを表明する予定であった。

「ああ、まあ多少準備は必要だろうが…少なくとも今月の終わり頃には王都に向かえると思う。」

こちらの暦だと概ね2週間後、多分武芸大会の後だろう。

「一緒には行けないけど、応援してるからね?」

「ありがとう。君と出会えて本当によかった」

それはこちらこそだ。エリーもミシェルも私の大切な友達だ。


ミズナラの街北東山中

「どうして早く攻め込まない!」

深い森の中に怒号が響く。山中に布陣したまま一向に攻め込もうとしない傭兵達に、カール・ラスヴィエットは苛立っていた。

昨日も今日も幾度となく目撃される斥候達。奇襲の優位は失われてしまっているだろう。

「まあまあ、落ち着いてくだせえよ」

根切りと名乗った傭兵の頭領は随分とのんびりとした様子でのたまう。

「落ち着いていられるか!もう敵にも気付かれているというのに、これではどうやって街を攻め落とすと言うのだ!」

人数であれば圧倒的に勝っているとはいえ、ミズナラの街は川を堀として活かし、更に治水を兼ねた土塁に囲まれた外周農村地域、小山の上に螺旋状に配置された八重の門と高い城壁を持つ中央市街地域と、武門の名家の名に恥じない高い防御力を誇っている。更にそこにエリザベート王女の配下で精強無比の呼び声も高い側衛騎馬大隊も加わったとあってその防御は堅い。奇襲的に市街に乱入しなければ攻め落とせるものではない。

それに今は折悪しくも武芸大会に備えて外周農村地域と城壁の間に柵で囲われた仮設の市街地に大量の商人や武芸車が集まっていると来ている。

「これだけの人数でさあ。公爵領に入った時点でとっくに敵さんは気付いてるでしょうよ」

しかし根切りはそもそもそんなことは織り込み済みであるかのように言ってのける。

「そもそも街を攻め落とそうなんて端から思っちゃいませんよ。要は目当ての連中だけ殺せりゃあいいんでやしょう?」


ミズナラの街 領主の館

領内の郡司、村長への動員令や周辺諸侯への救援要請、斥候隊の派遣に市街及び周辺地域への巡察、城壁警備に防御施設の補強と、休み無く動き回る側衛騎馬大隊の面々にこの地の領主であるノリス・スカルラッティは頭の下がる思いであると同時に舌を巻いていた。

満身創痍で街に入った彼らは少し身体を休めると、すぐにこの街の誰よりも忙しく働き始めた。

流石に王女殿下に鍛え上げられた精強部隊である。恐らく彼らにとってはこの程度逆境の内にも入らないのだろう。

それを彼らを率いるリカルドに伝えたところ

「それは、過分な評価ですな。我等にとっても危機的状況にあることは変わりありません」

と返ってきた。王女殿下への忠誠心の成せる業なのだろう。改めて頭が下がる思いだった。

さりとて、彼らがそこまでしてくれているのだから、領主である自分もそれに応えぬ訳にはいかないと、ノリスは思う。

現状の兵力では農村地域を囲う土塁全域に防御を敷くわけにはいかないが、敵もそれは同じようなもので外周を包囲するほどの兵力は無い。

作戦正面は北東、周辺防衛は優勢な騎兵戦力をもってあたる程度で十分だろう。敵は概ね500人程度毎に分散し、山中に布陣している様だ。その数は概ね3500人、馬匹は600程度が確認されてはいるが、側衛騎馬大隊の報告によればその殆どが駄馬らしく、乗馬に供されているのはせいぜいが80弱程度であるという。更に軍装からそれらも騎兵では無く乗馬歩兵であると推測される。

対する此方は概ね1000人程度、その内700人程度は騎兵であり、更にその中でも500人に上る側衛騎馬大隊は歩兵戦闘にも習熟している。兵站に関しても二月程度の籠城に耐えうるだけの備蓄はあるし、食料を軍需物資については街に来ている行商人から割り増し価格で買い上げる算段を昨日の内に付けている。

また、側衛騎馬大隊との協議の上、今日のうちに農村と城壁の間にある木戸を開放して商人と武芸者を招き入れ、いざとなれば彼らに協力を要請して外周の防御を線確保する事となった。現状大部分は行商人の類だが、土塁と冊による防御とこちらの騎兵戦力による機動力を活かせば現状の武芸者達の数でも商人達を守りつつ、少なくとも敵の衝撃力を殺す事は出来るだろう。

街の工房にクロスボウの生産も命じてある。

螺旋状に連なった八重の城門とそれぞれの間に巧みに配置された鹿塞の植え込まれた空濠と落とし橋に無数の狭間による鉄壁の守り。高い城壁上には多数の大型の床弩や連弩が配置され、籠城の準備は整った。

200年ぶりのミズナラの街での攻城戦が、人々に知られぬまま、静かに始まろうとしている。


ミズナラの街 外周の仮設市街地

ミズナラの街に入る為の行列は、この日の7時頃になって漸く動き出した。更にそこから街の外の仮設の市街に入ることが出来たのは昼を過ぎた辺りになってからだった。

「ひー、もう脚パンパンだよ」

仮設の市街地、もう一つの街という話は聞いていたがこれ程しっかりとした街が出来ているとは思わなかった。

テントや簡易的な木造建築で作られた商店の数々は、仮設とは思えないほどの商店街を形作っていた。

「そうですね、まだ街の中には入れないみたいなんでちょっと休憩しましょう」

木戸は開かれたものの、未だに街の門は閉ざされたままだ。

城壁の上には多数の兵士がたち働き、そこかしこに大型のクロスボウが配置されているのが目に留まる。何やらかなり物々しい様子で、昨日おっちゃんが言っていた厳戒態勢というのが真実だった事が見て取れる。

「ああ、腹も減ったし飯でも食いに行くか?奢るぞ」

「わーい、おっちゃんありがとう!愛してるぅ!」

目線を落とせば賑やかで活気に溢れる仮設の街。

どんっと肩がぶつかる。

「あっ、ごめんなさい!」

旅装束の小柄な人とぶつかってしまう。

「いえ…」

少女の声。

「待て」

その少女の腕をエリーが捻じり上げる。

「ちょっと、何して…」

捻じり上げられた少女の手には、ポケットに入れていた筈のSXの純正車載工具が握られている。

スリだ。

「気をつけた方がいい、これだけの人混みだ。」

エリーが工具を奪い返し、こちらに投げてきた。

「悪いが衛兵に引き渡させて貰うぞ」

「た…頼む!つい出来心で、初犯なんだ!許してくれ!」

「初犯の者がそんなに滑らかな言い訳をするわけが無いだろう」

エリーはそのまま少女の被っていたフードを取る

黒髪の中に犬のような耳、これは…

「恵みの子か…」

この世界独特の種族で五大精霊に愛された恩恵種

木の精霊に愛され、木工と狩猟に長けたエルフ族

火の精霊に愛され、調理や薬品の作成に長けたコボルト族

土の精霊に愛され、恩恵種一の豪腕を持つオーク族

金の精霊に愛され、鍛冶や金属加工に長けたドワーフ族

水の精霊に愛され、高い泳力と操船に適正を持つリザード族

通常の人種と比べ、一転特化の高い能力を持つ彼らと人種の間に生まれたのが恵みの子である。

人種の持つ平均的な能力と恩恵種の特化した能力を併せ持ち、精霊の恩恵すらも受ける彼らは王国内でも重用されている。

犬のような耳は、獣人コボルト族との混血の証であろう。確かに指先が器用で鼻が利くコボルト族の特徴を受け継ぐ以上スリにも適性はあるだろうが、それ以上に薬品調合への天性のセンスと分子の一つすら嗅ぎ分けるコボルト族の嗅覚を活かし、軍においては捜索兵として士官待遇で迎え入れられているし、市井においては錬金術師や薬師や医師として引く手あまたなのだ。

本来であればスリなどを行うような人々では無いはずなのだが…

「あ…ああ!なあオークのおっさん、頼むよ精霊の加護を貰ってるよしみで助けてくれよ」

「下らない事で精霊の名を語るな…叩き潰すぞクソ餓鬼が」

あれ?おっちゃんが怖い。恩恵種の人々敵には濫りに精霊の名を騙るのは地雷なんだろうか?こういうこと学校で教えてくれよ

「あー、ヘンリー?私的には取られた物も帰ってきたから別に良いんだけど…」

「ほ…本当か?!あんた話が-イテテっ!」

エリーが力を入れる。

「調子に乗るな、少し黙っていろ。ユーコ、本当に良いのかい?」

「うん、まあお祭り騒ぎでちょっと調子に乗っちゃっただけだと思うしさ、今回は許してあげようよ。」

ただし、と顔を近付ける。

「もうしないって約束すること!いいね?」

「ああ!もう絶対にしない、約束する!!」

エリーが手を離すと、彼女は目にも止まらぬような速さで走り去って行った。流石獣人との混血

「よかったのか?多分あいつはまたやるぜ?」

「うーん、まあそうだろうけどさ…」

フード付きの街灯の下のぼろきれの様な服、腕に見えた痛々しい無数のアザ、手首に残る縄で縛られた様な跡そして洞の様に輝きの無い瞳…

「外側とわいえ折角街に入れた訳だしさ、めでたいときは事を荒立てないのも女の器量ってね」

嘘だ。結局のところお安い同情心を満たしただけだ。見えた事に目をつぶり、情けをかけたと自分を納得させただけ…なんと醜い偽善だろう。

「まあ、君がそう言うのなら」

「じゃあ、気を取り直してご飯行こう。おっちゃんの奢りで!」


クロマツの街 漁港

漁業ギルドの組合長が船員が集まったと伝えてきたのは日も傾いてきた頃になってからだった。

「どうにか掻き集めたが…不慣れな連中も多い。こいつらで構わねえか?」

船長のハジャール以下、四名のリザード族…彼らは基幹の船員で、魔導船の専任である。

加えて8人の人種の船員は、なるほど掻き集めたというだけあって見るからに癖の強そうな面々と、漁業ギルドの面々から三馬鹿と称されるアレク、ネルソン、ウェンスキーの3人

「ええ、構わないわ。皆さんよろしく」

だが、ジナイーダはそれでも十分だった。とにかく王都にいち早く付きさえすればいい。

「そうか…出発は明日の朝、帰ってくる船が落ち着いてからだ。」


ミズナラの街 外周の仮設市街地

宿の手配を済ませた私達は荷物とバイクを預けて買い物に繰り出していた。

「みんな済まないね、私の買い物に付き合わせてしまって」

探しているのはエリーの新しい剣だ。

「良いって良いって!あっ、これとかどう?」

私が見つけたのは白地に金で装飾の施された豪華な拵えの細い剣だ。やはり王族ならこれくらいの物をもった方が格好がつくだろう。

「ふむ…レイピアか…」

エリーは鞘を払う

「お嬢さん、お目が高い!この剣は北方の上質な鉄鋼を南方諸国の技術で硬化処理したものでそれはもう-」

「これは駄目だな」

「ああ、ひでえ代物だな…鋳物か?」

エリーとおっちゃんにバッサリ切られる。勿論物理的にでは無い。

「ヘンリーさん!これとか良いんじゃないですか!」

今度はミシェルが良さそうな剣を見つけたようだ。

黒い革で覆われた鞘は鐺と鯉口周りが銀色の綺麗な金属で補強されている。護拳部分も同色の金属でシンプルかつ上品に纏められている。

小さく沿った1m弱の剣は、エリーの腰に佩かれていればとても映えるだろう。

「あっ、格好いい!これにしなよ!」

「なるほど、反りの少ないサーベルは私も好みだ」

エリー的にも感触は良さそうだ

「ええ、ええ、此方は北方のドワーフ族の名工が打ち鍛えた物でして-」

「打ちが足りないな」

「精々二、三合打ち合ったら折れそうだな。新米が作ったのか?」

これまた一刀両断である。

こんな調子で買う物が決まらないまま武器を商う店が店仕舞いを始める時間になった。

「三人とも済まない。」

「そんなに気にしないで下さい」

「命を預ける物だからな、妥協はしない方がいい」

「そうそう、それに楽しかったし!明日はきっと良いの見つかるって!」

行商人の開いた屋外酒場でエリーが申し訳なさそうに言う。

「しかしその腰の物以上の物となると、中々見つからないかも知れないなぁ」

「ヘンリーのそれってそんなに良いものなの?」

エリーが蹴倒した刺客から拝借した剣はぱっと見中華包丁みたいな見た目をしている。

「ああ物は確かに良いんだが、あまりファルシオンは好みじゃ無いんだ。それにちょっと短すぎる。」

エリーは剣をテーブルに置く。

「成る程、細長いのが好みなんですね!」

「というか直刀でファルスエッジの身幅が広めの90cm程度の刃渡りでナックルガードのシンプルなサーベルが好みかな…造りがある程度しっかりしているのは最低条件だが」

「あんまり拘りが無いような事言ってたけど滅茶苦茶拘ってるじゃん」

よく分かんない言葉だらけだ。

「いやいや嬢ちゃん、この程度こだわりの内には入らねえよ。」

「ああ、こだわるとなればどこまでもこだわれるからね、武器って言うのは」

「ま、こだわりの強い奴は端から腕の良い鍛治氏に事細かに要望を伝えて自分好みの得物を用意するがな」

成る程特注のワンオフ品というわけだ。私も好みのパーツが無いときはワンオフ品の魅力に流されそうになるが、一度簡単に自分好みのパーツを手に入れてしまうとワンオフ品に頼りっきりになりそうなので今の所堪えている。なにせ量産品と比べて格段にお財布に優しくない。

「それでも使っている内にここはこうしておけば、やはりあそこはこうしておけばとなってしまうから業が深い物だよ」

「あー、バイクでもそう言うの聞くなぁ」

知り合いにも年がら年中あーでも無いこーでも無いとパーツを取り替えまくっている人は何人かいる。

「まあ完璧に納得いく得物なんて無いもんさ。しかしサーベルか…ここで見つけるのは難しいかも知れないぞ?」

「やはりそうだろうか?」

「ん?サーベルなら今日も何本かあったじゃん」

私やミシェルの見つけた良さげな剣を店員やエリー、おっちゃんがサーベルと言っていたのも何回かあった。あれがサーベルなんだろう。正直サーベルがどうとかよく分からない。昭和の頃にサーベル加えてるプロレスラーがいたというのをTVで見たことがある程度だ。

「ああまあ、ああいった粗悪品は多いが、そもそもサーベルは騎馬隊やなんかが好んで使うからな…騎馬隊上がりでもなきゃほしがる奴は多くない。特にヘンリーが好きなタイプは最近の流行でもなきゃ使いこなすのも難しいから武芸大会で一世一代の大勝負に臨む様な奴はもっと他のを使うだろうな」

成る程、一昔前の癖のある奴を好き好んで使っているのか…そういう感じバイク乗りのおっさんにも多いなぁ

「反りのあるやつじゃ嫌なんだろ?最近はそっちの方が流行ってるから多少は数もあるとは思うが…」

「いや、あまり反りが大きくなければ構わない。それよりはファルスエッジと頑丈さの方が重要かな」

マニア同士が語り合っている。やだやだこれだからマニアはこだわりが強くていけない

そういえばさっきからミシェルはずっと黙っているが…

彼女の方を見るとテーブルに置かれたエリーの剣をじっと見つめている。

「どしたの?ミシェルも剣に興味あるの?」

「あ…いえ違うんですけど、この剣に付いてる紋章が気になって」

王冠と王笏があって盾型の中に斜めになった格子模様、両脇に熊、あとよく分からない意匠が描かれている。この国の主要な紋章は全て頭に入っているが、これは見たことが無い。

「見たこと無い紋章だね、王冠と王笏がある以上は多分歴代の王様の紋章の筈だけど…熊の意匠は征服王の紋章にあったけど、剣と斧が無いから違うし、そもそも斜めの格子模様の紋章なんて見たこと無いし、意味分かんない模様も描いてあるし…」

「く…詳しいですね」

ちょっとミシェルが引いている。紋章学の試験でもこんな感じでぶつぶつ言いながら書いてて、その時の癖がまだ抜けていないのだ。

「うん、こっち来るとき学校でこっちの紋章丸暗記させられたからね。でもこれはちょっとわかんないなぁ…一応略式含めて覚えてる自信はあったんだけど…他の国とかかな?」

「あ…この紋章は古王朝時代の物でして、まあ一応外国です。というか外国でした。」

「でした?」

「はい、北方ノルディア地方にあった古代ノルディア帝国皇帝の紋章です。」

「あー、ナーヴァ王と伝説の六英雄の悪もん」

「なにっ!ナーヴァ王と伝説の六英雄?!何の話しだい?」

そういえば、エリーあのお話し好きだって言ってたもんな

「この剣に付いてる紋章の話し」

「なんだ、良さそうな剣だと思ったらナーヴァ王縁の品かなんかとかか?それにしちゃ最近の方だが」

「いや、この紋章が古代ノルディア帝国の皇帝の紋章だったって話」

エリーが露骨に嫌そうな顔をする。まあ好きな物語の悪役で更にはエリーの間接的なご先祖様の敵だもんなぁ

「冠と帝笏は帝位を、熊はナーヴァ王率いる古王朝時代のウェスタリアを従属させるという意図を、エレメントは五大精霊の掌握を表していて、斜め格子は皇帝の模様でした。」

「エレメント?初めて聞くけど」

「この模様です。」

ミシェルは私がよく分からないと言った意匠を指さす

「魔女の紋章で使われるんですが、そもそも魔女が紋章を持つような公の立場に付くことが稀なので殆ど知られていないんです。同じ様に斜め格子も白雪の魔女を表して不吉だと言うことで古王朝時代から使用が禁止されているんですけど、これも王宮の紋章官位しか覚えている人はいないと思います。」

「はえー、詳しいね…」

「白雪の魔女については師匠から教わったので」

「白雪の魔女って女帝エメラダ?」

ナーヴァ王と伝説の六英雄に出て来る魔女はエメラダと六英雄の1人である白雪の魔女の弟子ルキアナの2人だけだ。

「はい、白雪の魔女エメラダが正式な名前ですね」

「ルキアナがエメラダの弟子とは私も聞いた事が無いな…」

確かにどの物語にも白雪の魔女は出て来ない。出て来るのは弟子だというルキアナだけだ。

「恐らく伝わっていないのは白雪の魔女を恐れての事だと思います。魔女はその名では無く、称号に力を持つと言われていますから。」

「称号を呼ぶことでまた王国に禍が齎されるかも知れないからって事?」

「というより復活すると思われていたみたいですね、当時は」

伝説や伝承の類だとありそうな話だ。

「しかしよく知ってるな、伝わって無い話なんだろ?」

「え、あ…その、私…というか私の師匠は昔から北の山脈を管理している方なので…その、ノルディア帝国の話もよく知っているんです。」

北の山脈とは王都圏の北限に聳える大山脈だ。

「成る程、魔女だからこそ伝えられた物語と言うわけだね…いや雪冠の魔女殿には感謝だな」

「感謝?なんでですか?」

「だってそうだろう!君にその話を伝えてくれたお陰でまた私はあの物語をより深く知ることが出来たんだから!いやぁ、物語の見方が変わってくるぞぉ…道を踏み外した師とそれに抗い正義を貫く弟子か!いい、凄くいいぞ!もっと何か無いか?こう…裏話みたいなの!」

「え?あの…ええぇ…」

酒といい剣といい英雄譚といい、こうなったエリーはちょっと気持ち悪い。いや、今回は別格だ。

もう、なんか本当に怖い


ミズナラの街 城内

「おい、ちゃんと稼いで来いって言ったよなあ!」

-路地裏、殆ど人の通らない様な場所、街の死角

「そ…それは…」

「折角苦労して街の外に出してやったってのにたったこれっぽっちしか持ってこれねえとか舐めてんのか?」

-どんな呼び方をしたところで、あたしにとっては地獄であることに違いは無い

「その…しょうが無かったんだ!途中で凄え強い奴らにつかまって-」

パァンと頬に痛みが走る。

「それが俺らに何の関係がある?」

-ウェスタリア王国、ミズナラの街、世界

「結局ちゃんと稼いで来られなかったのはお前だよなあ、なあ!」

「つ…次はちゃんとやる!次こそはちゃんと稼いでくるから!」

-どんな呼び方をしたところで、あたしにとっては地獄であることに違いは無い。

腹に男の爪先がめり込み、身体が地面に倒れる。

「お…おぇ…げほっ…はぁ…はぁ」

「そんなことは当たり前なんだよ!」

-死んでしまいたい。消えてしまいたい

何度も何度も全身を蹴られる。

-それでも死にきれない自分が

胃は空っぽでも、吐き気は止まらない

-そんな選択肢しか与えてくれない世界が

「しょうがねえから、稼がせてやるよ」

「い…いや…いやだ…」

-この世界の全てが

男は動けない私の身体を持ち上げる。

こいつも、この街も

「みんな…大っ嫌いだ…」

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