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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
2章 湯煙の街
6/28

切先

正化8年5月23日

南北街道 王都の北方約120km フェアラインヒル公爵領内

10騎ほどの騎馬が、街道を駆ける。

様々な鎧、様々な武器をその身に帯びる彼等は傭兵。

その先頭を行く一人の男、彼は近衛卿ゴドウィン・エルドリッジの私兵の長であり、歴とした騎士である。名をカール・ラスヴィエットという。

事は昨日彼の主に齎された一つの報せに端を発する。

側衛騎馬大隊がエリザベート王女の上洛のために、ミズナラの街で何やら動いている。というものだ。

カールに与えられた役割は、傭兵を用いてミズナラの街を襲撃し、その混乱の内に王女とそのシンパであるミズナラの領主の命を奪うというものである。

使い勝手の良い駒であった筈の王女が、何を思ったか自分の意志で動き始めた。何があったのかは知らないが、役に立たない駒なら盤面から退場して貰うべきだ。と、カールは思う。

とは言え相手は王国の英雄と歴戦の勇士達である。生半可な部隊では手も足も出ないだろう。それ故に、彼は王国最強と謳われる傭兵部隊に渡りをつけた。勿論、身分を偽ったままである。

襲撃に成功したとて、主であるゴドウィン卿の関与を知られては元も子もない。

傭兵達は小集団に分かれ、ミズナラの街周辺に浸透していく。その数およそ2500、側衛騎馬大隊総員の凡そ2.5倍に及ぶ。ミズナラの領主の常備兵力は500であり、数の上での優位はこちらにあり、また奇襲の優位もこちらにある。

仮に王女の領地の農騎兵連隊が呼応して合流していたら厄介だが、この地に動員の様子は無い。至って長閑なものだ。

失敗は、万に一つもあり得はしないだろう。


フェアラインヒル公爵領 白銀の館

当地の領主である王女、エリザベートの居館が白銀の館と呼ばれるようになったのは、王女が北方で白銀の軍姫と呼ばれているとの噂がこの地に流れてきてからだ。

国王よりこの地を王女が拝領して以来、数回しか訪れた事のない領主は、しかし領民にとっては誇りであった。

農地改革、重商地域との独自流通網の確立、自衛農騎兵連隊の組織と、指南役としての側衛騎馬大隊要員の派遣など、頻繁にやり取りされる手紙によって、彼女がこの地に齎した恩恵の数は計り知れない。

白銀の館で留守を預かるギャビン・ザッカーバーグにとってもまた、主は誇りであった。

彼は王女がまだ幼い頃からその傍に仕え、長じて王女がこの地を拝領する折に、王室の使用人からフェアラインヒル公爵家の家宰として王女直々に引き抜かれた。

王女が立派に成長したことを喜ばしく思うと同時に、彼は主の置かれた境遇に心を痛めてもいた。

情報保全の徹底した近衛軍、その外郭に位置し、一定の独立を保っている側衛騎馬大隊ではあるが、王女の窮状を伝えるのは生半な事では無い。それでも、隊長であるリカルド卿以下の面々によって、ほぼ正確な情報がギャビンの元には伝えられている。

それ故か、今回の王女の失踪と、昨日から引っ切り無しに齎される傭兵たちの北上が無関係とは、彼には到底思うことが出来なかった。

「報告にあった傭兵の数は…これで24組目でしたか」

街道、河川、間道、草原…あらゆる経路を用いて北上する傭兵、敢えて分散する様子は、王都から動員を隠すためか…

「へい、風体こそてんでバラバラで粗末に見えますが、妙に統制がとれてる様に感じやす。多分ですが皆同じ一味だと…」

報告に来た男はそう言う。彼は農騎兵の小隊長の一人で、平時は自警団として領内の警備に当たってくれている。

報告の内容は今まであったものと同じ。統制のとれた傭兵の小集団が北上しているというものだ。

北方、リカルド卿も昨日側衛騎馬大隊と共に領内を通過して行った事を思えば、何かが起きている事は明白だ。

「もしかすっと、お姫様の身に何か良からぬ事が起きてるんじゃ…」

可能性は充分にある。が、

「そう判断するのはまだ早計でしょう。ですが、その可能性を否定できないのもまた事実。先ずは各隊長を館に集めて下さい。それと各郡司、村長にはいつでも連隊の動員が出来るように準備する様連絡を」

「へい!」

「ああ、それと自警団の皆さんはくれぐれも軽挙妄動を慎む様にお願いします。無用の混乱を招きたくはありませんので。」

「へい、わかっとります」

苦笑しつつ返した小隊長は部屋を後にする。

側衛騎馬大隊による教練を受けているとは言え、彼等は血気盛んな若者達だ。彼等の信奉する王女の為にと突っ走る者が出てもおかしくはない。

王女の愛する領民を預かる者として、また彼等の愛する王女の代理人として、暫くは眠れぬ夜が続きそうだと、ギャビンは心中に苦笑を噛み殺した。


シラカバの街

「んぁあああぁ、ほぐれるぅぅ…」

温泉の効能を高める物だという魔女の薬湯は溜まりに溜まった旅の疲れを体の芯の奥の奥からほぐしてくれるかのようだ。

「ユーコ、君はなんて声を出すんだ、みっともない」

呆れたようにエリーが言う

「えー、女の子二人を侍らして混浴するよりはましじゃない?ヘンリーさん?」

この湯治場の主人のニヤニヤした顔を思い出す。絶対に誤解されているだろう。

「ううぅ…屈辱だ…」

湯に顔を沈め、ぶくぶくやるエリー。余程恥ずかしいのだろう。育ちの良さ故だろうか?

「しょうがないですよ、貸切出来る湯殿が一つしか空いて無かったんですから」

魔女の薬湯を使うには湯殿を貸し切らねばならないらしい。それはこの薬湯が温泉の効能を高める為であり、高齢者や持病のある人には刺激が強すぎる故だ。

「やはり明日は私は普通の湯殿に…」

「え、男湯?女湯?」

「多分、ここのご主人には男性だと思われてますよね…」

男湯なら痴女、女湯なら痴漢、どちらにせよ変態だ。

「ううぅ…」

「まあまあ、旅の恥はかき捨てって言うし、せっかくの温泉なんだから、難しい事は考えずに両手に花の淫靡な時間を楽しもうぜっ!」

「言い方っ!でも本当に凄いですよ、このお湯!見て下さい、肌が凄いつるつるに!」

「若さじゃない?羨ましいのう…」

確かに肌がつるつるにはなるが、やはりミシェルは若いだけあって白磁の様にきめ細やかな肌だ。

「何言ってるんです?、ユーコさんだって若いじゃないですか!」

そうか、そういえば昨日年齢の話をしたとき彼女は酔って寝ていたんだった。

「そうねー、ちなみに私幾つだと思う?」

「なにかの謎かけですか?」

「違う違う、普通に当ててみてよ。当たったら後でなんか奢るから」

「ユーコさん…私は魔女ですよ?顔相読みだって出来るんですから!当てちゃいますよ?」

自信満々の様子のミシェル

「どうぞ?あ、外れたらその乳肉揉みしだくからね」

「ふふん、分の悪い賭けですよ!15歳ですね!間違いありません!」

「はっずれーっ!!」

「わひゃあっ!」

自信満々だったのが振りにしか思えない間違いっぷりである。

「うりうりぃ、ここかぁ、ここがええのんかぁ?」

「ちょ、やぁ…ん、やめて、やめて、ん…くださぃい」

しっかしでっかい。何食ったらこんなになるんだろうか?

「正解は27でしたっ!ざんねーん」

「わ、わかり…んぅ、まひた、からぁ…やめ、やめへくらさぃい」

「はっはっは、そう簡単には終わらないぜ!」


「うう、ぐすっ…酷いですぅ…」

「あはは、ごめんってば」

湯治場を出てもミシェルはいじけたままだ。ちょっとやり過ぎただろうか?

「まあユーコの歳は私も分からなかったからなぁ」

「ん?じゃあ今夜はエリーが私のゴッドハンドの餌食か」

「なっ、絶対に嫌だからなっ!!」

「遠慮すんなってぇ、私が快楽の園に誘ってやるぜぇ」

ぺろりと舌舐めずりをする。

「でも、まさかユーコさんが最年長だとは思いませんでした。てっきり年下だとばかり…」

「確かに、見た目はそうだが…」

「まあ、真面目にしてるときは凄い大人っぽい人だなとは思いました。真面目にしてるときは、ですけど!」

ミシェルが強調するように言ってくる。失礼な!私はいつでも真面目だ。

「確かに、さっきは物語に出て来る悪い領主の様だったと思ったね、村娘を掠うようなタイプの」

「確かに、そういういやらしいおじさんみたいでした。」

「失敬な!こんなにも汚れを知らない少女の様な私に!」

「見た目だけはそうかも知れないが…そういえば、ミシェルは二十歳くらいかな?」

「はい、19です。」

年下二人に最年少だと思われているとは複雑な気分である。それも割と子供だと思われていたとは…若々しいと思われるのは悪い気分では無いが、子供に見られるというのは何とも不服である。

「それじゃあ、晩御飯は遊子お姉さんが奢ってあげよう。可愛い妹分の為にね!」


正化8年5月24日

シラカバの街

薬師の魔女から貰った薬湯は概ね三回分、使用は1日に1回2時間程度、用法用量を守って正しくご利用下さい。

即ち私達は三泊の温泉旅行を楽しむ運びとなった。

「お風呂は夕方に行くとして、それまで自由に過ごす感じでいい?」

「そうですね、それじゃあ私は出発するまでの間に薬を準備しておきますね」

今後の旅路の為に傷薬や内服薬といったものを調合しておいてくれるという。流石魔女様だ。

「それなら、私は鍛錬でもしておくとするよ、余りのんびりしていると体が鈍ってしまうからね」

エリーは体育会系な過ごし方だ。マッチョなにおいがするが、本人が楽しそうだから良しとしよう。

「ユーコはどうするんだい?良かったら一緒に鍛錬するかい?」

「あぁ、ユーコさんはちょっと体力があれですからね…ご一緒させて貰った方が良いんじゃないですか?」

ミシェルの言葉にちょっと棘を感じる。

「ミシェルぅ、イジワル言わないでよぉ」

「ふーんだ、汗と一緒に煩悩も流して来たら良いんです!」

「肉体は精神の鏡とも言う。心も体も健やかになるのは良いことだ。」

「気持ちは嬉しいんだけどね、ちょっとやらなきゃいけない事があるから。」

エリーのマッチョイズムに付き合いたくないのは事実だが、やることがあるというのもまた事実だ。

「やらなきゃいけない事?」

「うん、エリーに会う前からずっと走りっぱなしだったからね、そろそろバイクのメンテナンスをしてあげないと。」

オイルの交換サイクルもそろそろだし、これから更に高地へ行く事を考えるとキャブレターの調整もしておきたい。フロントサスペンションの動きはこっちに来る前から気になっていたので、オイルの交換とクリーニングもしておきたいしチェーンもしっかりとクリーニング(チェンシコ)して、張りの調整もしっかりとやっておきたい。エアクリーナーの清掃も舗装のないこの国ではマストだ。そのための工具とオイル類も用意してある。

「バイクも意外と大変なんですね」

「大変って言っても毎日やるのはチェーンの注油ぐらいだし、オイル交換は3000kmに一回くらいだから、馬と比べればずっと楽だと思うよ?」

「さっ…3000って…どれだけ走ってたんだ君は」

驚いた様な顔をされるが、二人と出会うまでは1日に1000km走るのもざらだったし、それで言えば、3日でオイル交換だ。

しかし、エリーの驚きももっともだ。

この世界の馬は、私のいた世界の馬と比べて健脚であるとは言え、平地の騎行でも精々1日に100kmが現実的に可能な旅での速度だ。長躯行軍向けに改良された軍馬でさえ、1日に120km程度だ。それ以上となると、馬を乗り潰して行かなければならない。平地で100kmであれば、単純計算でバイクならば1時間の距離である。

「馬の基準で考えればね、バイクなら3日よ、3日」


一閃、空の爆ぜるかの如き音とともに白銀の光跡が閃く。

もう一閃、今度は音も無く白銀の光跡が閃く。

一太刀、一太刀と振るわれる度に表情を変える光の筋。

まるで踊る様に、舞うように、しかし裂帛の気迫をもって空を切り裂く剣の光は対する者の命を奪う致死の光。

エリザベートは剣を振るいながら、イミカミとの戦いを思い返していた。

確かに、彼女はイミカミを終始圧倒していた。

確かに、彼女は不可視の相手を終始捉え続けていた。

しかし、彼女はイミカミを斃す事は出来なかった。

(私がイミカミを斃せていたら、私があの木を切り払えていたら、ユーコが傷を負うことは無かった筈だ。)

それは大切な友人を守ることの出来なかった後悔。己の不甲斐なさに、剣を握る手に力が入る。

しかし、気持ちとは裏腹に振るえば振るう度、その切っ先は後悔の念に、心中の懊悩に引き摺られるまま曇ってゆく。

心中の静謐を保とうとすればするほどに、己の内の暗い細波は止まることなく揺らぎを増してゆく。

彼女は剣を力無く降ろす。

(弱いな、私は…)

一人力無く天を仰ぐ彼女に、英雄の面影は最早見えなかった。


バイクの整備、それは即ちバイクを知る事に他ならない。

バイクが一人前の男をつくるというのはイギリスの諺だっただろうか?生憎私は男では無いが、一人前のライダーでありたいとは常に思っている。

そんな事を考えながらオイル交換の為にフレームのドレンボルトの下に養生テープを垂らし、フロントフェンダーには薄板を立てかける。廃オイルが垂れるのを防ぐ為の処置だ。簡単だがやっておくと塗装の痛みも防げるし、アンダーガードを外さなくて良くなって作業工数を減らせる。

先ずはフレームのドレンボルトを外し、廃オイルをオイルトレーに落としていく。フロントフェンダーに置いた薄板に廃オイルが勢いよく当たる。板を置かないと、タイヤやフェンダーにオイルがかかって大変だ。

オイルが抜けたら、ドレンワッシャーを新品に交換する。経験上一度や二度使い回してもすぐにオイルが滲むという事はあまりないが、交換した方が安心だ。命を預けるバイクである以上、もしもを考え先回りした予防保全が大切である。

しっかりと規定のトルクで締め付けたら今度は下、オイルパンのドレンボルトである。SX-500はドライサンプ方式なので、ドレンボルトが2カ所にある。

下側は純正のセンタースタンドだと、オイルトレーの角度が難しい。角の部分を極力奥まで入れる。ちゃんと置かないと、オイルが零れて大惨事だ。

位置が決まったらドレンボルトを外し、廃オイルを出していく。

センタースタンドを使うと、前後にシーソーの様に動くので、シートの後端に重りを乗せると、荷重が後方にかかって廃オイルが抜けやすい。

オイルが抜けたらこちらも新品のワッシャーに交換して、ボルトを締める。オイルパンはアルミ製なのであまり力を入れると破損してしまう。丁寧に規定トルクまで締め付ける。

次は車体右側、マフラーの上にあるオイルフィルターの交換の為、板と養生テープでマフラーを養生する。本当は段ボールがあれば早いのだが、生憎剣と魔法の異世界にそんな物は無い。

養生が済んだら、ケースを開けて古いフィルターとoリングを外して中を清掃、オイルストーンでケースの接地面を均して、新品のoリングとフィルターを入れたらケースを閉める。

後は新しいオイルを入れて暫く放置だ。

その間に、エアクリーナーの清掃とキャブの調整だ。

とは言え、エアクリはゴミを取ったら洗浄液ぶっかけて水洗いして、陰干しして乾いたらオイルを塗って取り付けて終わり…程度で水洗いまでやって、放置。

キャブもセッティングは前回出してあるので、清掃しつつ交換して終わりだ。

旅ライダーたるもの、性能重視の強制開放式では無く、燃費と安定性の純正負圧式キャブレターがマストである。セッティングがアバウトでも良いのはとても有難い。まあ、強制開放式のレスポンスもとても気持ちの良いものなのだが…。

取り敢えずキャブを組み付け、フィルターの無くなった吸気口にはウェスをみっちり詰めておく。折角綺麗にしたキャブにゴミでも入ったら事だ。

チェンシコとフロントサスのオイル交換は明日やる予定だから、早速やることが無くなってしまった。所要は概ね45分といったところか…

「凄い手際ですね…」

宿の中に居たはずのミシェルがいつの間にか後ろで作業を見ていた様だ。

「んー?まあバイクは子供の頃から弄ってるからね、この程度はこんなもん…かな?」

油塗れになった手にパーツクリーナーを掛けて綺麗なウェスで拭う。お父さんには手がガサガサになるとか、癌になるとか言われたが、一番楽な手の洗い方だからついやってしまう。

よい子は真似しないでね!

「ミシェルは終わったの?」

「あ、いえ…その、作業しようと思ったら材料が足りないことに気付いて…買いに出ようと思ったらユーコさんが作業してたのでつい…」

見物していたらしい。まあ、この世界でバイクの整備なんて見ることは無いだろうし、どんな理由でもバイクに興味をもってくれるのは嬉しいものだ。

「メンテも取り敢えず今日やろうと思ってた事はある程度片付いたし、一緒に材料買いに行こっか」


「いやあ、良きかな良きかなっ!!」

廃油を錬金術師のお爺ちゃんの所に持って行ったらかなり良い値段で引き取ってくれた。

マダム・ジナイーダがレシピを確立し、私が行く先々の錬金術師にそれを渡しているガソリンと違い、未知の添加物の入ったエンジンオイルは研究対象として余程面白いのか、廃油でさえ皆、高値で引き取ってくれる。

輸出入や商取引に関してはポータル渡航法にある程度の規制があるものの、廃油の売却やガソリンの生産依頼は合法だ。何しろ外務省の担当部局を直接問い詰めたのだから間違いは無い。

「ユーコさん、羽振りが良いと思ったら、そういう商売をしてたんですね」

「まあ、副収入程度にね」

「でもなんか、ゴミを高値で売りつけてるみたいで…」

「何言ってんの!私、ゴミ無くなってお金貰えて幸せ!錬金術師、未知の素材が手に入って幸せ!世間、錬金術師が技術開発して便利になって幸せ!!売り手に良し!買い手によし!世間に良し!の三方よし!じゃん、こんな善良な商売他に無いよ?」

近江商人の哲学である。

「うーん…言われてみれば…確かに?」

「私の国の偉大な豪商は、売る人買う人が幸せで世間の欲しいが満たされるような商売道は仏の業みたいなことを言ったらしいよ?」

「仏?」

そうだ、この世界に仏教は無かった。

「そ、めっちゃ優しい神様みたいなもんかな?」

「成る程…素晴らしいですね!」

納得してくれたようだ。

「まあ、実際錬金術師に阿漕な真似は出来ないよ、こちとらガソリン握られてるんだから。」

「そういえばそうでしたね、ごめんなさい…失礼なことを言ってしまって」

ミシェルが頭を下げる。大袈裟な

「気にすんなって、全くミシェルは真面目なんだから!」

「でも…」

「それに、私がよかれと思っててもこっちの常識で考えたら駄目なことするかも知れないでしょ?そういう時にちゃんと教えてくれる友達が居るのって大事なんだから」

「…今のユーコさん、お姉さんって感じでとっても格好いいです。」

また過分な評価だ。まあ悪い気はしないが…。

「何言ってんの!私はいつでも格好いいお姉さんでしょうが」

「ふふ、そうですね」

「あー!思ってない!絶対思ってない!」

「はいはい、戻りますよ」


昼食は異国の麺料理を出すと評判の店にした。

蕎麦系かな?うどん系かな?ラーメン系かな?パスタ系かな?と期待に胸を膨らませる私は麺リテラシーの高い日本人だ。基本どれも大好きだ。

「はーい、お待ちどおさま」

運ばれて来たのは大きなマカロニの様な形状の麺が蒸籠の中に蜂の巣状にみっしり並べられている料理。

成る程、中国マイナー系か!まあ、実際中国にこういうのがあるのかは分からないが…。まあ、あるだろう。麺の帝国だし!

蒸した麺をつけダレにつけて食べるものらしく、小皿で色々運ばれてきた。こってり系、辛い系、あっさり系とバリエーションが実に豊富だ。

「ん、どしたの?」

ふと気付くとエリーとミシェルが私を見つめてニコニコしている。

「あ、い…いえ…」

「いや、随分幸せそうに料理を眺めていた様だったからね」

大分顔に出ていたようだが別に構わないだろう。仏頂面では折角の美味しい料理も不味くなるというものだ。それにー

「しょうが無いじゃん!日本人は麺料理が大好きなんだから!」

そう、日本人は全員麺料理が好きなのだ(当社調べ)

加えて全員お米も大好き(当社調べ)である。

「そうなんですか?」

「そうなんですとも!」

まあ、中国マイナー系は割と好みが分かれたりもするが、まあ良いだろう。私的には有りなのだから!

「それなら、この店にした甲斐があったというものだね」

「うん、食べよう!いっただっきまーす」

一つ目はちょっと辛そうなタレをつけて食べてみる。モチモチムニムニの不思議な食感だ。辛味噌みたいな味のタレと凄くマッチしている。美味しい!

次は砕いたナッツの様なものが入ったタレ…歯ごたえが食感にアクセントを加えてくれている。味はごまダレのようで、薄らと辛みが付けてある。美味しい!

それぞれのタレが麺の表情を変え、まるで別の料理のような個性を見せてくれる。食後に飲むお茶まで、全部美味しい!全部!

「いやあ、美味しかったぁ!満腹満足、ご馳走様でした。」

「良い食べっぷりだね、お嬢ちゃん。そんなに美味しかったかい?」

聞いてきたのは店のおばちゃんだ。

「うん、すっごい美味しかった!」

「あっはっは!ありがとね、そんな幸せそうに食べてくれるとこっちまで嬉しくなってくるよ」

そう言っておばちゃんは奥に引っ込んで行く。いやいや、こちらこそ美味しい料理を有難う、だ。

「そういえば、いつも言っているイダタタキマって…何です?」

ミシェルが聞いてきた。イダタタキマ?

「そんな事言ったっけ?」

「いつも食べ始める前に言っているあれだよ、こう、両手をぱんとやって」

ああ、成る程

「頂きますだよ」

「イタダキマス?」

「そう、私の国では食べ物を食べるときに、食材の命と作ってくれた人に感謝を込めて、頂きますって言うの。で、食べ終わったら美味しかった、大変素晴らしかったですって気持ちを込めてご馳走様でしたって言うんだよ」

「成る程、感謝の言葉と言うことだね」

「私達魔女が自然の恵みに感謝して、両手を組んで黙祷するのと似てますね」

そういえばミシェルはいつも食事の時なんかやってるとは思ったが、そういうことだったのか。

「そういう事、まあ子供の時からずっと言ってるから癖みたいなもんだよ」

「ふむ、王国だと食事の時に祈りを捧げるのは聖職者くらいのものだから新鮮な気分だよ」

「まあ、そんな大層な事でも無いんだけどね」

事実、私を含めた大部分の日本人は、意味こそ知っているが習慣で言っているだけだろう。

「癖になるくらい体に染み付いてるのは良いことです。そもそも王国の皆さんは大自然の恵みに対する感謝と尊敬の念をもっとですね」

何やらミシェルのスイッチが入ってしまったようだ。

「いや、耳が痛いな…しかし、実際感謝を口にするのは良いことだと思う。取り敢えず私の領地の教育改革に取り入れてみようか…」

エリーが小声で言ってくる。政治向きの事はよく分からないので曖昧に笑って誤魔化しておいた。

「ですから、大いなる循環の中に居る私達がその恵みに…って聞いてますかエ…ヘンリーさん!」

「あ、ああ聞いてる!確りと聞かせて貰っているよ!」

ああ、これは長くなりそうだ…

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