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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
2章 湯煙の街
5/28

湯治の街、古き薬師

正化8年5月22日 

魔の棲む森北端より約70km

「うっひょー、きーもちー!」

魔の棲む森を過ぎた辺りから街道はどんどん内陸に進んでいく。

今は谷川に沿って作られた道を進んでいる。

雰囲気としては富山の神通峡や、新潟と長野を結ぶ国道148号線の姫川沿いの様な感じだ。

私達が今通っている道は還らずの街道とも呼ばれている。難所が多く、総延長も北のノルディア地方の北端の街までと、とてつもなく長いのでそう呼ばれているという。また一説には古王朝時代の一時期、クロマツの街に王都が置かれていた頃に北方の激戦地に向かう軍隊の為に整備されたことから、この道を通って戦地に行けば二度と帰って来ないと名付けられたとも言われる。

実際この辺りから、シラカバの街を経てウェスタリア地方の北の果て、ミズナラの街の手前辺りまで続く峻険山地は実際多くの旅人から難所として恐れられている。

だが、バイクならただの楽しくて気持ち良い道だ。やはり平地よりも山道の方がライダーの血は滾って来るというものである。

「いや、凄いな…馬でも森からこの辺りに来るまで一日はかかるというのに」

「すっごい坂道だったからね、馬も着かれちゃうでしょ」

かなりの急勾配に加えて曲がりくねった道、二人乗りしている事もあって速度を30~40kmまで速度を落とさざるをえなかった。

とはいえ日本の公道だったら30km制限のかけられそうな道だから適正と言えば適正なのだが。

「エリーが重いから速度が上がらなかったけど、本当はもっと速いんだぜ?」

「なっ…し、失礼な!私だって女なんだぞ…そりゃ肩幅も身長も女らしくはないかも知れないけど私も気にしてないわけじゃ無いんだからな」

エリーがブツブツ言っている。ウェスタリア貴族社会では、なで肩で低身長、小さな掌で細い女性が好まれる。

対してエリーは細身は細身だが、貴族の女性の不健康な細さとは違う、しなやかで全身がバネのような、言うなれば豹の様な体つきをしている。ハリウッド女優よりはカンフースターの様な感じだ。

それに指はまるでピアニストの様にしなやかで長い。剣の達人で戦場に出ていたとは思えないほど綺麗な掌をしている。

それにとても背が高い。ぱっと見の感覚だと175cm以上はありそうだ。そのくせ、座高は160cmしかない私と変わらないか低いくらいなのだから泣きたくなってくる。

どうしても貴族の常識でものを考えてしまうエリーとしては、それらはコンプレックスの様だが、市井の感覚に照らせば彼女の方がその美意識には適うだろう。もっと乳と尻がデカければ完璧に市井好みの見た目だ。ちなみに言えば私のような一般の日本人の感覚だと、ここまで完璧美人なのにコンプレックスに感じてるんじゃねーよばーかばーか…といったところだろうか?

「大丈夫、エリーは綺麗だよ」

「そ…そうですよ!!街ではエリーさんは綺麗で格好いって男の人も女の人にも大人気なんですよ!」

ミシェルが慌ててフォローしに来る。

「ミシェルは重そうだね」

「んなっ!な…なんてこというんですかっ!そりゃ最近食べ過ぎてちょっとぷにぷにしてきちゃってますけど…」

「あ、じゃあその重そうな乳肉ちょっとわけてよ」

「うー…も、もうしりません!」

エリーの箒がふわっと離れる。

乳がデカくて安産型、抱き心地の良さそうな…グラビアアイドルの様な体型のミシェル。身長は多分私よりちょっと高いくらいだが、座高は凄く低いくらいだ。民族の違いっておそろしい。

柔和な顔つきは貴族にも好まれそうだが、体型は完全に市井好みだ。私としてはエリーもミシェルも甲乙つけがたいと思う。

かくいう私はといえば身長160cm、脚の長さは一般的な日本人程度…現役時代鍛えていたお陰か無駄な肉は無いが、無駄じゃ無い肉もない。加えて顔つきのせいで変な男か子供しか寄ってこないときた。

せめて髪でも伸ばそうかな…いやメットが被りにくくなるから無いな。

「きょ、今日のユーコはなんでそんなにいじわるなんだ!」

「えー?そうかなあ…」

「そうです!いじわるですっ!」

「まあまあ、この先の宿場でなんか甘いものでも奢るから、二人とも怒らないでよ」


南北街道 王都の南西約80km

大地を揺さぶる馬蹄の響き、王都圏を南北に縦貫する街道を完全武装の騎馬達が駆け抜けて行く。

戦の始まりかと恐ろしさを感じさせる威容と張り詰めた空気であるが、しかし沿道を行く人々は掲げられたその軍旗に歓声を送る。

交差した白銀の剣に貫かれるドラゴンの意匠

王国の英雄である王女とともにドラゴンを討伐した功績によって国王直々に与えられた彼等の誇りであり、民にとっては英雄譚に語られる英雄達の象徴である。

側衛騎馬大隊、王国の民にとっては彼等もまた王国の英雄達であった。

その先頭を行くリカルド・デーニッツは一路ミズナラの街を目指していた。

エリザベート王女の捜索に彼等が当たらずに遙か北を目指しているのは、リカルドにとってすれば畑違いの、政治向きの要件だ。

王女の捜索に部隊の半数を残し、彼女の失踪を隠すために本来王女が訪問する予定であったミズナラの街に向かっている。

周囲の目を欺く事が出来ればそれでよし、仮に異常を察知されたとしても、少なくとも敵対者の目をこちらに振り向けることは出来るだろう。

彼等が全幅の信頼と最上の敬意を向けるエリザベート王女にはしかし、恐ろしい程に敵が多い。彼等が王女を狙う暗殺者と戦ったのは、それこそ十や二十ではきかないほどだ。

宮廷に敵が巣くっている以上、軍に頼る事も出来ない。上層部が王女を王宮から遠ざけている以上、編成上の上位部隊、近衞軍に頼るなど以ての外だ。

王女に同情的な領主はそれなりにいるが、信頼できる味方はこの平和な王都圏には多くない。

彼等の向かう先、ミズナラの街の領主はそんな数少ない者の一人だ。王女の安全を確保するまで、彼であれば秘密を隠し通してくれるだろう。

(こんな時、せめて奴が居てくれれば)

詮無いこととは分かりつつも、そんな事を思わざるを得ない。かつてリカルドとともに王女の両翼と謳われた若き騎士が居てくれたら、とー


魔の棲む森北端より北へ約100km 街道の宿場町

「ん~っ!おいひいれすぅ」

この世の幸せ全てを詰め込んだような顔をしてミシェルが言う。この宿場町には名物のお菓子がある。砕いたドライフルーツを混ぜ込んだトルコアイスのようなものに、周囲の山に自生する果実をすり潰したソースをかけて食べる。本体の甘さにソースの酸味がアクセントになって非常に美味だ。

これを食べるためだけに、ここまで来る人もいるほどなのだという。

「好きなだけ食べなさい、私の奢りだから遠慮はいらないよ」

そこまで幸せそうに食べられたらアイスも本望だろう。

実際、この国において氷菓子は高級品だ。それこそ庶民が手を出せるものではない。しかし、このアイスはとてもお手頃価格だ。

その理由はこの町の裏手の洞窟にある。

冬は雪が多く降る。その雪と冬場に作った氷を洞窟に詰め込み、天然の冷凍庫にしている。氷室のようなものだ。このアイスもそこで作られているのだ。

山道で疲れた旅人の体をその涼と優しい甘みで癒し続けている。

「しかし、二人ともよくそんなに食べられるね…」

「あー、寒いもんねこの辺」

言いつつ私もアイスを頬張る。標高の高さ故から、この辺りはこの時期でもかなり涼しい。普通の旅人であれば息を切らしてここに辿り着くのだろうが私達はバイクでここにきたのだ。体は温まってはいない。私も今日はG-1ジャケットを着ているがそれでも体はだいぶ冷えている。

寒そうだったので私のレインコート上下を貸してあげてはいるが、それでもエリーはアイスを食べようという気にならないのだろう。暖めたミードを啜っている。

「でもついつい食べちゃうんだよね、ここに来ると」

「私は箒でだいぶ息が上がってしまったので…」

「箒って疲れるの?」

「あ、はい。意外と楽そうに見えてると思うんですけど、魔法自体が結構体力使うんです。」

確かに箒を降りたとき、大分息が上がって汗もかいていた。

「そうなんだ、てっきりバイクみたいにいけるもんだとばっかり」

「同じだけの時間小走りのと同じくらいですかね?それでも地形も関係ないですし、ずっと速く移動できるので楽は楽だと思いますよ?」

「ペースとか平気?無理してない?」

「大丈夫です!私、箒で飛ぶことに関してはかなり自信があるんです。全速力で一昼夜飛び続けたこともあるんですよ!」

ミシェルが自慢気に言う。ドヤ顔という奴だろう。

「可愛い顔してかなり体力あるんだね…でも無理しないでよ?疲れたらちゃんと言うんだよ?」

小走りで一昼夜ということは、休憩無しの24時間マラソンの様なものだろう。恐ろしい話である。

「はいっ、ありがとうございます」

「しかし、やはり速度が速いと大変なんじゃないかい?」

「それはまあ多少はそうなんですけど、どっちかって言うと全速力で飛ぶ時は向かい風の方が大変なんです。」

「そこはバイクと同じだね」

まあそりゃそうか、両方体が剥き出しなんだから。

「ん?昨日、速度を上げたときもそんなに変わらなかったと思うんだが」

「そりゃあね、前で私が壁になってるから」

「ああっ!そうか、済まない苦労をかける…」

言われるまで気が付かなかった様だ。まあ乗っている間あれだけはしゃいでいれば気が付かないのも無理は無い。

「気にしないで良いって、私が好きで乗ってるんだから」

「スピード上げてるとゴーグルが無いと目も開けられないですよね」

「私もこれが無いと無理だなあ」

言って横に置いたメットのインナーバイザーを下げてみせる。

「そういえば、その帽子飛んでっちゃわないの?」

私はミシェルの膝の上の帽子を指さす。

彼女は絵に描いたような魔女の帽子を被っている。鍔が凄く大きくて、上がフニャッと曲がっている例のあれだ。ミシェルの場合純正かカスタムか、右側の鍔を跳ね上げて金色の飾りボタンでサイドクラウンの部分に固定している。

それにリボンの結び目がかなり大きくとって後ろに回して、余りの部分も長く垂らした独特のものだ。

「魔女の帽子は飛んで行かないように出来てるんですよ?ほら」

彼女が帽子を裏返して見せてくれる。

なるほど昔の飛行機乗りの飛行帽のような耳当てと、そこに一体化したベルト式の顎紐が付いている。

「おー!内側もハンモックになってるし被りやすそう、すっごい色々ちゃんと作ってある!」

「へへっ、ありがとうございます。この帽子は魔女のアイデンティティですから、皆色々自分好みに作ってるんですよ」

「その鍔とかリボンとか?」

「はい、私咄嗟の時って右に避けたりロールしたりする癖があるんで、その時邪魔にならないように右の鍔は予め固定してるんです。リボンは…この方が可愛いかなって…あと色はこのコートと合わせてあるんですよ。」

言って、コートの袖を摘まむ。こちらも魔法使いらしいあわせの部分と袖と裾の部分に黒革の補強と金糸の刺繍があしらわれたロングコート、ボタンが腰上までしか無いのは昔の騎兵の様にも見える。

色は彼女の言葉通り帽子と同じ深緑色でコートの下に見える焦げ茶のニーハイブーツと合わせて、森の中に隠れたら見つけられなさそうな色合いだ。

意外と道具にはこだわるタイプらしい。そう言えば箒にも金属製の足置きが付いていたし、柄の部分も独特の形状で握る部分は握りやすそうなカーブがつけられている。

バイクに乗ったらカスタムの沼に嵌まりそうだ。

箒は普通腰掛ける物だと前に聞いた事があるが、改造で跨がれるようにしているのは速度を追求した結果なのだろう。走り屋タイプかレーサータイプか…

「二人は似た者同士のようだね」

こちらの考えを見透かしたわけでは無いだろうが、エリーがそんな事を言ってきた。

「ユーコもバイクをかなり自分好みに手を加えていると言っていたからね」

「エ…ヘンリーはやっぱり剣に拘ってたりするの?」

「いや、私は特にそういうのは無いね、慣れた形の物でちゃんと斬れる物なら何でも大丈夫さ、これも確かその辺の街で買った物だし」

弘法筆を選ばずという奴だろうか?確かに専門外の私から見ても護憲部分のメッキが剥がれているし、何だか全体的に安っぽいしぼろっちい。

王族の剣がこんなんで良いのだろうか?そう思うが、こんな人目に付くところで指摘は出来ないし、まあそこまでのことでも無いか…

「なるほどねぇ…さて、もうちょっとしたら出ようか」

昼頃には今日の目的地に到着できそうだ。


ウェスタリア王国 王都 王宮

覇権国家たるウェスタリア王国、その都は古代王朝以前から宗教的聖地として崇敬されてきた大聖堂とその神域のある小高い丘の上に築かれている。

千年の昔にこの地に都が移されて以来、続く拡張に次ぐ拡張を続けた結果東西45km南北37km、六重の城壁に囲まれた巨大な城塞都市として鎮座している。

古式ゆかしい城壁都市であるが、それとは対照的な近代的な稜堡式城郭が街の周囲八方向に配置されており、それらは近衛八軍団それぞれの屯営として、王都防衛を担っている。

その中央部、代々王家の住まう王宮はこの街で最も歴史あるエリアであり、その佇まいは古代の宗教建築と城郭建築の融合体とも言うべき物だ。

華美な装飾の施された貴族の城館とは異なる、ただ只管に重厚で荘厳なその姿は、この王朝の是とする精神を物語るものだと言えるだろう。

「しかし、困ったものですな…」

その中、石造りの聖堂の様にも見える玉座の間には、国王の腹心中の腹心達が集まっていた。

議題は元老院における昨今の分離主義勢力の動向

「エリザベート王女殿下は民からも兵士達からも絶大な支持を集めて居られます。それにもしあの方が立つとなれば近衛軍はその全てが逆臣の汚名を着てでも王女殿下の元に付くでしょう。」

永らく王都圏を離れていた英雄、エリザベート王女が突如王都圏の軍の視察を行うとの報せが王宮にもたらされてより既に一週間余りの時がたった。

「心苦しいが…最早殿下には逆心ありと考えるより他あるまい…追捕の軍を送り、元老院で弾劾を行うべきだろう」

「いや、流石にそれは早計に過ぎるというものでしょう。まずは動向を探り、もって対策を講ずるべきかと」

「その様に悠長な事を仰っていては手遅れになりかねませんぞ!近衛が逆徒に加わると成れば我らは喉元に剣を突き立てられているも同じではありませんか!」

紛糾すれども前身はないこの一週間議論は百出すれど、一つの妙案も無い。

なぜ、娘は変わってしまったのか…国王エレオノール十二世は議論を眺めながら思う。

確かに昔からお転婆で男勝りな所はあったが、しかしその実誰よりも優しく、素直な娘だった。雅ごとが苦手で、純朴な少女の頃を思えば、今の拡張主義思想に至る切っ掛け等想像もつかない。

思えば、王宮に娘が寄り付かなくなった頃からだろうか…

「皆様、少し落ち着いて下さいませ」

一人の女性が声を上げた。

第二王女イリアナである。王位継承者権達の中で唯一ここにいる事を許された才女で、エリザベートが始祖の武勇を受け継ぐ者だとすれば、彼女はその知性を受け継ぐ者だろう。

そんな彼女の言葉にこの場の全員が口を噤む

「今、不用意に軍を動かせばそれこそ近衞軍の反乱を招きかねませんわ。先ずは情報収集こそ肝要と存じます。」

「殿下、先程も申し上げた通り時間が…」

「ええ、ですから南方に密使をお送り下さいな。その上で南方の王国軍の戦力を集結させれば、南方諸侯は喜んでお喋りして下さるはずですわ。」

なる程、これは脅迫である。

南方は比較的新しい領土である。

度重なる反乱によって土地は荒廃しており軍と呼べる軍も無い貧しい地域であり、王家への忠誠心は低い。

そんな土地ではあるものの、エリザベート王女の人気は北方に次いで高く、つい先頃も数ヵ月に渡って王女が遠征に赴いていた地域でもある。

謀に彼等が関わっている可能性は高く、王女がいない今、彼等を守りうる者は誰もいない。

そんな状況で駐留する王国軍戦力を動かせば、保身に走って情報を渡す諸侯も出て来るだろうというものだ。

悪辣ではある。しかし流血無き方策でもある。迅速に事を運べば軍による追捕より速い。

「よろしい、なれば万事その様に取り計らう様に」


王宮の地下、古い時代の遺跡の中は冷たく湿った空気が満ちていた。そこに響く姿無き声…

「エリザベートがシラカバの街に現れた。手の者が既に向かっている。」

「ええ、では予定通りに恙なく」

返すのは第二王女イリアナ

「エリザベートの狗共がミズナラの街で何やら動こうとしている。」

(側衛騎馬大隊…特に問題は無いけれど…)

「では、ゴドウィン卿にこう伝えて下さいな『側衛騎馬大隊がエリザベート王女の上洛のため、ミズナラの街に集結している。』と」

「以上だ。」

「ええ、御機嫌よう」

地下に本来の静寂が戻る。

「ふふ、ふふふ」

静寂を破り響く笑い声

「あと少し、あと少しですわ…あと少しで…うふ、ふふふ」

一人身をよじらせ吐息を洩らす

「ああぁ、お姉様…」


シラカバの街

街の至る所から湯気が上がり、硫黄の香りが漂う、シラカバの街。ここは古くから湯治場の街として栄え、今でも傷病者や旅人達を癒し続けている。

そう、湯治場の街!即ち温泉!!道の駅のソフトクリームと並び立つツーリングの楽しみの一つにして、ライダーが愛して止まない旅の醍醐味の一つである。

「それじゃあ、とりあえず錬金術師のお店に行って、その後に昼ご飯って感じでいい?」

「えっ…錬金術師…ですか?」

「うん、バイクの燃料は錬金術師に頼まないと手に入らないからね」

「あの…私も行かなきゃ駄目ですか?」

「いや、別に駄目って事は無いけど…どしたの?」

ミシェルはどうやら錬金術師のところに行きたくないらしい。なんでも錬金術師の店の中はマナが歪んでいるとかで、気持ち悪くなってしまうのだそうだ。

はぐれてしまっても困るので、彼女には店の外で待っていて貰おう。

「こんにちはー、久し振りー!」

この店の店主はかなり高齢のお爺さんだ。かなりよぼよぼだが腕は確かである。

「おお、いらっしゃい、よく来たのう」

「今回もガソリンお願いして良い?」

「どのくらいの量じゃね?」

「んーいつもくらいで良いかな」

言って携行缶を渡す。

「どれくらいで出来そう?」

「明日の朝には用意出来ると思うがの…それよりそちらのお人は」

エリーがビクッとする

「旦那さんかね?」

「そーだよー、子供が出来たらお爺ちゃんにも見せに来るね」

「あー、私はヘンリー・ザッカーバーグと言います。ユーコには旅に同行させて貰っておりますが…特にそう言った関係では…」

「なんじゃぁ、残念じゃのう」

「あはは、ごめんね。じゃあ、また明日来るね」

「おお、待っておるでのう」

私とエリーは店を出た。

「ふう、気付かれたかと…」

「マダムが特別なんだって」

「二人とも、お帰りなさい」

「うん、それじゃあお昼にしようか!」


「薬師の魔女?」

私は蒸し鶏を頬張りながら聞き返した。山椒の様なピリッとくる辛みの効いたソースがあっさりとしたササミにマッチして非常に美味しい。

「はい、町外れに住んでいる高名な魔女なんですけど…魔の棲む森の事を相談出来ればなって思いまして…」

ミシェルの言うところによれば、魔の棲む森の様な古い森には大抵管理者として魔女が棲み着いているものらしいのだが、あの森の管理者は大分前に亡くなってしまったらしい。

「魔女にとってあれ程の立派な森はとても魅力的なので、放って置いても誰かしら棲み着くだろうとお師匠様も思っていたらしいのですが…」

「多分、他の人達もそう思ってたんじゃない?」

森が余りに魅力的で、移り住みたいがお互いに遠慮してしまったのだとしたら、魔女というのは余りに日本人じみている。

「そう…なんだと思います」

「それで、その薬師の魔女に魔の棲む森に住んで欲しいということ…かな?」

「あ、いえ、薬師の魔女様はこの辺り一帯の山の管理者をされていますし、かなりお歳を召した方なので…でもお弟子さんやお知り合いの方に頼んで頂け無いかと思いまして」

高名な魔女ということは、人脈も広いだろうし、まだ一人前では無いミシェルが探すよりずっと手っ取り早いだろう。

「それじゃあ、食べ終わったらその人の所に行ってみようか」

ゆで卵を割り、殻を剥きながら言う。日はまだ高い。


「んぎぃい!んひぃい!」

一歩一歩足を踏み出すごとに、怪鳥の様な声が出る。大丈夫、みっともないのは自覚している。

「大丈夫ですか?」

「だ…駄目かも…」

「ふむ、では少し休憩しようか」

二人して涼しげな顔のミシェルとエリー

私達は今、シラカバの街を見下ろす急斜面を登っていた。目的地はその中程にある薬師の魔女の住まいだ。こんなところに住むなんて、余程偏屈なクソババアに違いない。

というかこの二人、麓からずっと私の手を取り背を押してくれているのだが平気なのだろうか?

「二人、は…だい、じょぶ…?」

「私は…こういうのは慣れてますので」

「私も特に問題ないな。というかユーコ、運動不足なんじゃないかな?体力なさすぎる気がするんだが…」

異世界人のフィジカル恐るべしである。

確かに最近は運動を全くしてないし、移動も専らバイクだ。

しかし、こんな空気の薄い高地で!おまけに不安定な砂利の急斜面!普通は!へばるだろう!!

水筒から水を飲み、息を整える。座り込みたくなるが、こういう時座ると立ち上がれなくなるのは知っている。

「よっしゃ!行こう!」

薬師の魔女の家はもう目の前だ!


薬師の魔女、その名に違わず一歩その家に踏み入ると、むせ返る程の薬草の匂いが充満していた。

様々な薬草や何らかの動物の干物がそこかしこに吊されている。壁一面を覆うように置かれた棚にところせましと置かれた瓶に入っているのは薬だろうか?

「待っていましたよ、雪冠の魔女の弟子ミシェル」

出迎えてくれたのは品の良いお婆さんだった。てっきりでっかい釜で掠ってきた子供をコトコト煮込む類の鉤鼻のババアだと思っていたのだが。

「初めまして、薬師の魔女様」

ミシェルが腰を落とす挨拶をする。確かカーテシーという奴だ。スカートの裾摘まむ例の挨拶の原型とか何とか…

「そちらのお二人はエリザベート王女殿下と旅人のモノミ・ユーコさん…で良いですね?」

エリーの正体がばれるのは想定内だが、私の名前を知っているとは思わなかった。

「ああ、お初お目にかかる。薬師の魔女殿」

「どうもっす、えっと、どっかで会ったことありましたっけ?」

「あ、ユーコさん、薬師の魔女様は占いが得意な方なので」

占いって…その域を遙かに超えているような気がするのは私だけか?

「ユーコさん、貴方は面白い方のようですね」

褒められたのか馬鹿にされたのかよく分からないが笑って誤魔化す。こういう上品な人は苦手だ。それに底が知れなさすぎる。

「貴方方がここに来た理由は分かっています。魔の棲む森の管理者に関しては任せて貰って構いません。それと、これを」

薬師の魔女が大きな鞄と一通の手紙を渡してきた。

「これは?」

「まず、その手紙は雪冠の魔女様へ…お願いできますか?」

「は、はい。必ずお渡しします」

ミシェルが受け取る。

「そしてこれは街の湯治場へ」

鞄を受け取る。馬鹿みたいに重い。

「何が入ってるんです?馬鹿みたいに重たいんですけど…」

「目には見えなくとも、貴方の体にはイミカミによってつけられた傷が幾つも残っています。湯治場の主人に渡し、ゆっくりと湯に浸かるといいでしょう」

要は薬湯の元みたいなものだろうか?意外と優しい婆さんのようだ。

私達は頭を下げて薬師の魔女の元を後にする。

さて、帰りは怖いぞぉ、何せあの急斜面を一直線に降らなくちゃ行けないのだから…九十九折りって偉大だね。

「思ったんだが…ミシェルの箒に二人乗りって出来ないんだろうか?」

エリーが言う。はっとするミシェル。

「あっ、そういえばそうですよね…ユーコさんのお手伝いしなきゃって頭がいっぱいで…」

私の手を引くためにわざわざ歩いて登ってくれたミシェル、感謝である。

「帰りは私の箒の後ろに乗って下さい」

が、その手があったか…という感じだ。行きで乗せて貰ってたらさぞ楽だったろうと思うが、贅沢は言うまい。

「それじゃあ、どうぞ」

「お邪魔しまーす」

ミシェルの後ろに跨がる。バイクと比べれば頼りない感じは否めないのでミシェルの肩にしっかりつかまる。

「それじゃあ、上げますね」

不思議な浮揚感、ヘリコプターや飛行機とも違う、風に吹かれる木の葉にでもなったかのような心地だが…

いやいやいや、無理だ!これ無理な奴だ!

「ごめん…降ろして…」

「え…あ、はい」

両足が地面に着く。

「ごめん、無理だわ、痛すぎる。おー、いってぇ」

考えてみれば、あんな細くて硬いところに跨がるなんて狂気の沙汰だ。海外仕様のエンデューロマシンばりの三角木馬加減である。

「え゛っ…跨がったんですか?!」

ミシェルが信じられないといった様子でこちらを見る。

「というか、よく落ちませんでしたね…普通痛いとかの前に乗ってられませんよ?」

ミシェルも、体重は足置きに乗せて棒はニーグリップするだけなのだという。

「私以外の魔女が箒に跨がらないのにはちゃんと理由があるんです。横座りで乗って下さい!」

言われるまま、座り直す。

「上げますよ」

再びの浮揚、おお!今度は余り痛くない!

しかし慣れない横座りは怖いものだ。しっかりとミシェルの背に捕まる。

「そういえば、エリーは歩きで平気?」

「私は大丈夫、自分のペースで降らせて貰うよ」

余裕の笑顔で言う。異世界人のフィジカル恐るべしである。

「それじゃあ、下で合流でいいですか?」

「ああ」

答えたエリーは、まるでよく矯めた弓から放たれた矢のように、天空に稲妻が走る様に、それはそれは恐ろしい程の速度で坂を駆け下っていった。

「え、えぇ…」

呆然と見つめる私とミシェル

「異世界人のフィジカル恐るべし…」

「エリーさんだけですって…あんなの…」

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