表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
第6章 祖霊の都 上
25/28

烽火

誰が敵なのか判らない状態というのは道行く全ての人が敵に見えてしまうもので、どうにも落ち着かない。

王都の市街地にいる以上、見つかってすぐにどうこうされる事は無いだろうが、緊張感は半端じゃ無い。正直吐きそうである。

私の後ろに乗っているこの男を見捨てて、集めた書類だけでいけばある程度安心出来るんだろうが、何度も言うように私は平和な日本でぬくぬくと育った一般人だ。スパイ映画の登場人物じゃああるまいし、そんな決断が出来るほど肝っ玉は据わっていない。

比較的大人しい部類のミシェルですら、怒ったら相手の顔面をグーで殴ってくるこの世界の住人なら分からないが…

とはいえ、近衛卿の騎士だったこの男が証人になってくれるというのは心強い事でもある。何せこの国は封建社会である。

領地を持つ貴族は王権に対して軍役や貢納、王国法の履行等の義務を負ってこそいるが、基本的には独立した存在であり、その領内や家中の事については一定の統治権を有している。

それ故、完全に情報封鎖が成されると、それこそ王家や元老院ですら手が出せなくなってしまう。

だがその中において、領主たる近衛卿の上級騎士であればあらゆる情報を知っているはずだ。

例えるなら、薩摩藩の家老が脱藩して水戸の御老公様に保護して貰うようなもので、シーズン最後のスペシャルみたいな状況なのだ。

そうは言っても、今の状況は芳しくない。何しろうちの黄門様と幕府はかなりの緊張状態で、そもそも敵は薩摩藩というよりは老中だ。

そんな事を考えながら、私達は門までやって来た。

北町奉行所…もとい、王都警衛の検問である。

「身分証の提示をお願いします」

パスポートを警衛に渡す。

パスポート情報の資料は配られていない所を見ると、そこまで厳しくは無さそうだが…

「この三人は私の同行者ね」

異世界人、魔女、恵みの子、顔に幾つも傷のある男…妙な取り合わせの中でもかなり浮いている囚人がやはり気になるようで、凄く見られている。

「そこのお前、何か身分を証明出来る物は?」

そりゃまあ、見るからに怪しいもんなぁ…

数名の警衛が私達を取り囲む。

「待って待って!私の従者だってば!」

「我々は王都の治安を預かっております。この様な怪しい者を通すわけには参りません」

王都に入った時とは情勢の緊迫感がそもそも違っている。権力を笠にしたところで押し通せるものでも無さそうだ。だからといって、折角の証人をみすみす逃すわけにはいかない。

「…実はこの人、さる貴族のお屋敷の召使いで…」

心の中で話を合わせてくれよと祈りつつ、作り話を始める。

「よく客人としてその屋敷に招かれていた私は、彼と恋に落ちました」

「ん?…なんの話です?」

芝居が濃すぎたか?しかしここまで来たら突っ切るしかあるまい!

「幾度も幾度も逢瀬を重ねて、どうしても彼を私の物にしたいと願うようになったのです…ですが、ああ…彼はそのお屋敷の主人に大層気に入られておりまして…もはやこうなれば二人でどこか遠い土地に逃げるしか無いと…しかし、私達はここまでの様です。きっとここで彼を貴方がたに渡してしまえば、二度と会うことは叶わなくなってしまうのでしょう…せめて、せめて最後に…」

周囲の視線が集まったタイミングで、囚人にキスをする。それはそれはディープなやつを、下品に激しい音をたて、街中に見せつけるかの様に長く、激しく…

それこそ、ハリウッド映画で今生の別れを前にした男女がやるようなレベルでだ。

当初驚いていた囚人も、ぎこちないながら動きを合わせてくる。此方の意図を理解してくれた様だ。

呆気にとられる警衛の表情が、驚愕から呆れに変わるまで数分かかった。もう舌が攣りそうなので、はやく止めて欲しい。

「…分かった!分かりました!!」

警衛が折れたのは、私が囚人のベルトを外しにかかった時だった。

「行っていいです。というかとっとと行って下さい!」

「んぷはぁっ…はぁ…はぁ…ほんろれすか…?」

やばい、呂律が回っていない。とはいえ、それだけの努力のお陰で、私達は完全に駆け落ちカップルだと信じて貰えた様だ。

「よかっらね、ダーリン!」

「あ…ああ…」

囚人に抱き付くようにして言った後、すぐに走り出す。

「そえでは、ご機嫌よう!」

ふう…何とかなったようだ。

「お…おい」

暫くして囚人が声をかけてくる。

「人前であんな事を…は、はしたないぞ!」

…童貞かな?

「でもお陰で無事に通れたでしょ?それとも他に何か名案でもあった?」

「そ…それはそうだが…」

「でしょ?でもまあ、大分目立っちゃったからとっととずらかろう」

近衛卿の配下に見られていないとも言い切れない。

本来なら目立たずに済ませたかったのだが、あの警衛がじっくりと眺めてくれたお陰ですっかりちゅうもくの的になってしまった。キスだけにね!

騒いでいる私達に、ミシェルがふわりと箒を寄せてきた。

「どう?この先大丈夫そう?」

「…北の大路の辺りに刺客の気配があります。少し奥まったところに宿を取った方が良いかもしれませんね」

なんだろう…口調は穏やかだが、何やら圧を感じる。さっきのは仕方の無いあれだったんだけど…

「それと、貴方…次は無いですからね?」

続いて囚人に笑顔で告げている。

「い、いや…俺も被害者なんだが…」

「知りません」

あーあ、可哀想に…完全に八つ当たりだよ…

そんなこんなで、私達は会合予定地点から少し離れたところに宿を取った。

さっきのおっちゃんの雰囲気的には予定通りの場所で会合が行われると見て間違いは無いだろう。

「ユーコさん、これでしっかりうがいして下さい」

部屋に着くなり、ミシェルから何やら黒っぽい液体の入ったカップを渡された。なんだろう…イソジンをめっちゃくちゃ濃縮したような匂いがする。

「お母さんに近寄るな!この変態!」

ヴァニカはヴァニカで囚人を威嚇している。

相変わらず貞操観念がガッチガチな気がする。キスぐらいならどってこと無かろうに…

「えー…じゃあミシェルが口移しして?」

「ふぇっ?!…いや、その…」

「いや?」

「い…嫌じゃ無いです!」

恥ずかしそうにミシェルが口移しで特濃イソジンを私に注いでくる。やっぱイソジンだこれ…

ぶくぶくガラガラ盛大にうがいをするとかなりすっきりした。

ミシェルの肩に手を回して、互いの額をくっつける。

「ミシェル…ごめんね?でもさっきはああするしか無かったの…分かってくれるよね?」

「ずるいです…そうやって正論ばっかり…」

ヴァニカの警戒心はかなり根深いところから来ているものだが、ミシェルに関しては多分嫉妬だ。

「うん、分かってる」

口をミシェルの耳に近付け、小声で囁く

「だから、今夜ミシェルが欲しいって言うのも…ずるいタイミングだって分かってるよ?」

「…本当に?」

「うん…ほんとだよ」

やっている事は完全に悪女のそれである。

しかし、これで円満に事を進められるのなら何も問題は無いし気持ちいいのは悪い事じゃ無い。

「それじゃ、ちょっとだけ待ってて?」

ミシェルから離れてソファに座る。

「さてと、ヴァニカお膝においで?」

ヴァニカを膝に乗せ、頭を撫でる。

「大丈夫、このおじさんは悪者じゃ無いよ?」

「でも、さっき!」

「あれはお芝居してたんだよ?上手だったでしょ」

「ほんと?」

「ほんとだよ、だってお母さん嫌そうにしてなかったでしょ?」

嘘は言っていない。

過去のトラウマから男女の事に対してかなりの嫌悪を感じているヴァニカに上手く説明するのは難しい。

将来的には性教育もしなくてはならないだろうが…今からどうした物かと悩ましいところである。

「うん…でも油断しちゃ駄目だからね!」

「そうだね、気を付けるね」

ふと、こちらを見ている囚人に気付く。

「何?」

その言葉に膝の上のヴァニカも反応して、まるで犬の様にうーっと唸って威嚇する。一生懸命威嚇する仔犬の様で非常に可愛いが、この子の戦闘能力は仔犬どころの騒ぎでは無い。

それを知っている囚人がビクッと怯える。

「こーら、怖がってるよ?駄目でしょ?」

「でもぉ…」

「はいはい、お母さんにぎゅーってして?」

ヴァニカがこちらを向いて私にしがみ付く。

「そんで…どうしたの?」

この男までケアが必要だったりするわけじゃあるまいな…まあ仮にそうだったとしてもしてやる道理は無いが

「いや…なんというか…」

控えめに、ミシェルとヴァニカを見る囚人

「凄いものを見たと思ってな…」

ああ、成る程ね…どうやら彼には私が猛獣使いに見えたらしい。

「言っとくけど、ほんとは二人ともすっごく優しくて良い子達なんだからね?」

「そう…なのか…?いや、勿論自分の立場は理解しているが…」

信じられないといった様子である。

片や、人を内側から緑化してしまう恐怖の魔女

片や、未知の力を操る狂犬幼女

彼の目に映る二人はこんなところだろうか?

どこの馬の骨とも知れない、どころか潜在的に敵になるかも知れない一時的な協力者…というよりは捕虜と言うべき己の現状を加味しても、二人が私の言うような者達だとはどうしても思えないのだろう。

「失礼な人ですね…森に還りますか?」

囚人の肩がビクンと跳ねる。

「こらこら、脅かさないの!」

そもそも、この世界にはジュネーブ条約の様な捕虜の取り扱いに関する明文化された条約や取り決めは無い。

一応騎士や貴族は捕虜になったら身代金と交換したりだとかの習慣こそあるものの、基本的に捕虜の生殺与奪権は捕らえた側に委ねられており、身代金と交換、奴隷として売っぱらわれる、殺されるの三択だ。

一応王国としては、諸侯の紛争ならば身代金で、他国との戦争捕虜は奴隷にという方針なのだが…ただし捕虜の人権という概念はそもそも無い。

ミシェル的には情報が必要なら国王の前で拷問でもすれば良いと思っている可能性すらある。

「ミシェルのそういう顔、私あんまり好きじゃ無いな…」

「でもぉ…」

「そんな悲しそうな顔しないの…さ、こっちおいで?」

隣に座ったミシェルの頭を撫でる。相変わらずふわっふわで柔らかい赤毛だ。

ふと、私以外の三人が身構える。

「ど…どうしたの?」

「やな匂いがする…」

「変な人達が5人、上がって来ます」

「あんたは隠れてた方が良い」

うん…ナチュラルに達人みたいな事を…

しかもミシェルとヴァニカは分かるが、この情け無い囚人までそんな事を言い始めるとは…異世界人の感覚恐るべしである。

ドアがバンッと破られる。

入ってきたのは…

「やっぱりな、カール!似てると思ったぜ」

近衛卿の傭兵だ。刺客じゃ無いだけ一安心だ。

飛び出そうとするヴァニカの肩をぐっと押さえる。

「久し振りだなマルクス…お前の足りない頭でよく俺の顔を覚えていられたものだ」

ああ、そういえばマルクスって言ってたなぁ…

「ほざいてろ!こちとら苛ついてんだ…五体満足で済むと思うなよ?」

昨夜最後まで出来なかった可哀想な傭兵だ。

「途中で寝ちゃうのがいけないんでしょ?子供じゃ無いんだからさ」

「ん…?あっ、お前まさか昨夜の!!異界人だったのか?!」

「そんなにたまってるんなら…昨夜の続き…する?」

「ユーコさん?!」

驚いた様子のミシェルに、視線で待つように伝える。

不承不承といった体ではあるが、分かってくれた様だ。

「どうせ最後なら気持ち良くなってから死にたいから…そっちの皆も一緒に…5人だけ?他は?」

「おい、マルクス…お前こんなガキに…」

「うるせえっ!この女はそこらの女とはちげえんだよ!」

ほほう…随分気に入られたもんだ。まあ、文明レベルの違いから来るテクの違いって奴だね!

「こ…ここにいるのは俺たちだけだ…」

「他の皆は来ないの?」

「ああ…この辺りには俺の班しかいない…」

息が荒くなっている。大分興奮してらっしゃる様で

「だってさ!オッケー、やっちゃって!」

真っ先に飛び出したヴァニカの手でマルクスの頸が飛ぶ。

え…押さえてた筈なんだけど…

気が付けば後ろにいた三人も火達磨だ。

「うわっ!火事になる!」

「えっ?あっ!精霊様、待って!」

おお!ヴァニカが頼んだら一瞬で火が消えた。便利ねぇ…

最後の1人は囚人が捕まえた様だ。

捕虜が一人、首無し死体が一つ、焼死体が三つ…

「う…うっぷ…ご…ごめん…ちょっと待ってて…」

王都で盛大に嘔吐しているうちに、皆が死体を一纏めにして上にシーツを被せておいてくれた。助かるぅっ!

「だ…大丈夫か?」

「うん、グロいのは無理っ!」

「あ、リラックス出来るお茶淹れます!」

「お願い、ありがとう」

「お母さん…よしよし」

「ふふふ、ありがとう」

滅茶苦茶心配されてるが、死体見て何とも思わない皆の方が私としては心配だよ…

「ふう…さてと」

ミシェルのお茶を飲み、少し落ち着いた。

「マルクスが言ったとおりなら、襲撃は偶然って考えた方が良いだろうね」

「そうだな…五人一組で1班なら、いつもの体制の通りだ」

伝令がいたら厄介かとも思ったが、それならばここで一網打尽に出来たということだろう。

「でも確認は大事だよね?…って事で、そこの貴方!」

木の種を無理矢理飲まされた挙げ句に縄でふん縛られて、猿轡までされた傭兵を指差す。

「ふがっ?!」

「この周囲に配置されてる近衛卿の配下の数と体制を教えて?」

「ふが、もごおっ…ふがっ、ふがっ!」

「おっけい…成る程ね」

「分かったんですか?」

「さっぱり分かんない!」

「だろうな…」

囚人が猿轡を外す

「いいいいい良いか?す、すぐにおれおれおれ俺をかかか解放しししないと、仲間がおおおお大勢来るぞ!」

びびり過ぎ…って訳じゃ無いな…

何せ目の前で仲間が世界一可愛い幼女に瞬殺されるなんていう訳の分からない光景を目にしたのだ。びびるなという方が無理な注文だろう。

「そうか、ならお前もとっととバラしてずらかるとしよう」

囚人が傭兵の首に剣を向ける。

いつの間にか武装しているが、まあ良いか…現にこうやって尋問の手伝いをしてくれている訳だし

「待て待て待て待て待て!カール、頼むよ…な?友達だろ?」

「済まんが…俺に傭兵の友人はいない。というか、傭兵は嫌いだ…」

あらら…可哀想に…

「そ…そこの美しい魔女様!た…頼む!精霊万歳!大自然万歳!」

「精霊様の名をお前が…っ!」

「はい、ヴァニカストップ!はい、ぎゅーってして?」

かつておっちゃんにヴァニカが言われた言葉だ。

恩恵種と恵みの子、価値観は似通っているが、まだおっちゃんの様に自制の効かないヴァニカを止める。

「あんた、ユリアだろう?ほら昨夜あんなに愛し合っーごへぁっ!!」

「あっ!ミシェルずるい!!」

ミシェルが捕虜の顔面を蹴る。なんだろう…この子一撃がいちいち物騒だ。

「あー、済まんが話が通じて無いみたいだから…腕一本落とすぞ?」

「やめてくれぇー!ピアノが弾けなくなっちまうぅ!」

「うるさいっ!ピアノなんて元々弾けねぇだろうが!」

なんだろう…凄くカロリーが高い。胃もたれしそうだ…

「ねえ、貴方名前は?」

「え…エドワード、エドワード・ティーガン!なあ、頼むよユリア…今度子供が産まれるんだよぉ…殺さないでくれぇ…カールに言い聞かせてくれよう…」

「それは貴方次第かな…エドワ…エディ?無事に奥さんと子供の所に戻らなきゃだよね?」

「言っとくが、そいつ嫁も子供もいないはずだぞ?」

まじかー…疲れるぅー!

「お、おまっ…カールおまっ-」

同じくうんざりしたような顔で囚人がエディに剣を見せつける。

「オーケー、カール…クールにいこう。大きく深呼吸して…」

「はいはいはいはい、また脱線してる!ちょっと一回猿轡!」

猿轡を戻させた上で、状況をエディに説明する。特に近衛卿の所にいると王国軍に殲滅されるという部分を重点的に…大分誇張もしつつでだ。

最初はふごふご言っていたエディがだんだん静かになる。

話が終わる頃になると、その目は絶望に見開かれ、額にはじわりと脂汗が浮かんでいた。

「と、まあそんな感じかな…残念だけど、近衛卿も傭兵も私兵も皆一族郎党皆殺しだろうね」

「どうする?今のうちに楽になっとくか?」

囚人が猿轡を外しながら尋ねる。

「嘘だろ…畜生…」

ショックを受けるのも無理は無い。なにせ傭兵達は何も知らされていないのだから…

それでも王権に対する背任と大逆である。王国法に照らせば加担したと認められる者は最高刑である族滅は免れないだろう。

「でも…私としてはあんまり物騒なのはいやなんだよねぇ…」

半分は本音だ。だが、一つ面白いことを思いついてもいた。

「ねえ、エディ?貴方…友達は多い方?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ