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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
第6章 祖霊の都 上
24/28

幕前に蠢く

「成る程ね…」

囚人の話によれば、ミズナラの街を襲った傭兵は近衛卿の差し金だったらしい。

彼はその場にて責任者として傭兵に同行し、作戦の失敗の責任を問われて今に至るということらしい。

大規模な傭兵集団の出所については、エリーの屋敷でも何度か議題には上がっていたものの、敵をほぼほぼ殲滅してしまった上に、数少ない捕虜も有力な情報を知らなかったので、結局黒幕は判明しなかった。

「それじゃあ、その証拠になる書類とかも見分けられる?」

「ああ、巧妙に偽装してこそいるが…それより、約束通りここから出してくれるんだろうな?」

「大丈夫、約束は守るよ…でも今は王都から出られないけど…どっか行く当てはあるの?」

「…どういうことだ」

大分長いことここに閉じ込められて居たのだろう。外の状況について何も知らないのも無理は無いだろう。

手短に、現状の王都の状況を説明すると、彼は声をあげて笑い始めた。

「いきなりなに?」

「いや、済まない…結局あの爺の恐れていた通りになったんだと思ってな…」

そりゃそうか…ここまでやられたのだから、近衛卿に対する恨みも生半なものでは無いだろう。

「もし貴方が嫌じゃ無ければ、エリー…エリザベート王女の陣営で保護してあげる事も出来るけど…」

「…あの騒動の首謀者の一人だぞ?受け入れて貰えるとはとても思えないが」

ミズナラの街の騎士団や側衛騎馬大隊にもかなりの死傷者が出た事件だ。エリー達からすれば素直に受け入れられる相手だとは思えないが、しかし現状彼には利用価値がある。

「私達はね、エリザベート王女の名望を濫用していた証拠を探しに来たんだけど…貴方がその証拠探しに協力して、国王陛下との会談の場で証人として証言してくれるんなら、私達から安全を保証してくれる様に説得出来ると思う」

何やら悩んでいる様子だ。このままここで攻め殺される可能性や、エリーの到着を受けて証拠隠滅の為に殺される可能性、エリーに降って報復に殺される可能性を比較しているのだろう。どのみち殺されるリスクが消える事は無いのは中々に困難な決断だろうと思う。

「…分かって…申し出を受けよう」

とりあえず、これで証拠については一安心だ。だが、証人を受け入れるにあたっては、こちらの安全について不安が出来る。罠という事はまず無いだろうが、それでも近衛卿の元部下を手放しで信用するわけにもいかない。

「ミシェル、大っきめの木の種ってまだある?」

「ありますけど…何でですか?」

「ちょっとアイディアがあってね、1個ちょうだい」

ミシェルから貰った木の種を囚人に見せる。

大分皮の分厚い立派な種だ。

「それじゃあ、これを噛まずに飲み込んで?」

「こ…これをか?」

躊躇するのも無理は無い。ぱっと見、栗みたいなサイズをしているし、表面はニス掛けした木材の様な質感だ。私だったら絶対に無理な自信がある。

ただ、命懸けの状況は人を強くするようで、彼は覚悟を決めてそれを飲み込んだ。

「おぇ…あー、飲み込んだぞ…」

「おっけい、じゃあ私達を裏切ったらどうなるか…ミシェル、見せてあげて?」

ミシェルは理解した様で、物凄く嫌そうな顔で鞄から取り出した種を瞬時に急成長させて見せた。

「こんな感じで、うちの魔女様は一瞬で木の種を大木に成長させられる。…さっき飲んだ種の意味、分かるよね?」

囚人の顔がさぁっと青ざめる。

「大丈夫、逃げようとしたり、裏切ったり、私達に危害を加えなければ…ね?」


証拠集めを終えた私達は囚人を伴って宿に戻った。

流石にボロボロの服の儘うろつかせる訳にも行かないので、近衛卿のワードローブの中から適当な物を拝借して着替えさせてある。

「とりあえず…髭と髪を何とかしてきたら?大分むさ苦しいよ…」

風呂上がりに彼を見ると、その小汚さがより際だって見える。

剃刀を手渡しながら言うと、彼は不思議そうにこちらを見返してきた。

「…なに?」

「いや…よく刃物を渡せるなと思ってな…」

この剃刀で…ということも有り得るだろうが…

「私一人ぐらいなら殺せるだろうけど、そんなことしたら内側から緑化されちゃうって分かってるでしょ?折角生き残る為に私達と来たのに、そんなことする程馬鹿じゃ無いでしょ?」

そもそも、生き意地の汚いタイプだというのは分かっている。ミシェルとヴァニカがいる以上変な気は起こさないだろう。割と賢いタイプではあるようだし…

「そうか…そうだな…それじゃあ、ベランダを借りよう」

「ん、終わったらお風呂も使っていいからね」

彼の背中を見送り、二人の方を向く。

「さてさて、それじゃあ今後の予定を確認しちゃおうか」

「あ、はい」

「う…ん…」

おやおや、うっつらこっくらとヴァニカが船を漕いでいる。

「ヴァニカ、寝てて大丈夫だよ?」

「ううん…起きて…る。おかあさん…守る…」

「そっか、じゃあお母さんのお膝においで?」

「ん…」

ヴァニカを膝の上に乗せると、すぐに可愛らしい寝息が聞こえて来る。

「ふふっ、今日は頑張ったね…」

いつもだったらとうに寝ている時間だが、私の事を気遣ってずっと起きてくれていた。

「明日…っていうか、今日はエリーの所の使者が来るはずだから、大通りに向けて旗を出すのを忘れない様にしないとね」

成功の目印は白地の布を簓にした旗を大通りから見える位置に出すことだ。

「そうですね、今日は天気も崩れなさそうなので、あの人の散髪が終わったら出しちゃいましょうか」

「うん…で、移動に関してだけど…」

予定では、エリーと国王の会談はここより外側の市街地で行われる予定だ。明後日の会談の時間に合わせて移動する必要がある。

「私の後ろに乗っけてくから、ミシェルはヴァニカをお願い」

「危なくないですか?」

「知らない男にしがみつかれるの嫌でしょ?」

「嫌ですけど…ユーコさんだって…」

「私は慣れてるから平気だよ。それにいざって時にミシェルが真っ先にやられちゃったらそれこそ問題でしょ?」

最大の抑止力はミシェルの魔法だ。エリーに保護して貰うことが彼にとっての生命線である事を考えれば、妙な行動に出るとは思えないが、警戒しておくに越したことは無い。

「うぅ…分かりました…」

「移動は今日のうちに、国王の移動に被らないようにしないとだからね…ルートの安全確認は任せて平気?」

「はい…ただ近衛卿の屋敷の事が表沙汰になってしまうと…警備が厳しくなってしまうんじゃ…」

「うん、多分そうだろうね」

現状ですら夜間外出禁止令が出されている。その上で近衛卿の屋敷内での騒ぎが発覚してしまうと、王都内の各門の警備が厳しくなるのは予想できる。

「一応私のジャケットとか着させて日本人の振りをさせるつもりだけど…正直どうなるかは分かんない」

ある程度の検問であれば、日本人ならほぼほぼフリーで通れるが…現代日本で例えると国務大臣の邸宅への強盗傷害、殺人、器物破損に不法侵入事件だ。そう考えるととんでもないな…

とりあえず、出たとこ勝負になるのは仕方が無い。

いよいよ、作戦も大きく動き出す。さあ、やるしかないぞ…


王都北方稜堡から南へ5km地点

エリザベート麾下の各部隊が王都の目と鼻の先に駐留出来たのは、偏にアレクサンダーの協力によるものだ。

投石機や床弩こそ届かないが、騎兵部隊であれば襲歩で一気に駆け抜けられる程度の距離だ。

彼等はこの位置で簡易的な柵と堀、土塁を築いて屯している。

「オドゥオール、毎回危険な仕事を任せてしまって済まない」

「気にしなさんな、王都の連中は昨夜の阿呆共みたいな真似はしないだろうからな」

今回も軍使として王宮に向かうのはオドゥオールだ。副使にはジョルジュが、更に護衛の騎士が8人程だ。

流石に王都が軍使を攻撃するような事は無いだろうが、戦史を紐解けば、返答代わりに軍使の首を城壁に晒して来るような事もある。

「よし、そろそろ出発しよう。多分嬢ちゃん達が待ってるだろうからな」

オドゥオール達の背中を見送り、王都の城壁を見遣るエリザベートは、かつてあんなにも頼りに思えた城壁の圧迫感を感じる。

(敵になってみると恐ろしいものだ)

遠い、どこまでも遠く思える生まれ故郷は、しかし今やその手で触れることが出来そうな程に近くにあった。

「あと少し…あと少しだ!」

決意を込めて呟いた彼女の表情に、一切の揺らぎは無かった。


王都 元老院大議場

連日紛糾する会議は、この日最高潮を迎えていた。

そんな中で追求を受けるアレクサンダーは、この中で数少ない冷静な元老院議員だった。

「我々近衛軍の判断が誤りだというのなら、まずは第一王女の行動の違法性の根拠を示して頂きたい」

追求の矛先自体はアレクサンダーだけでは無く、近衛卿以下近衛軍全隊に向いている。エリザベートの権勢を利用して、さもその側近の様に振る舞ってきた彼は、その立場上此方に同調するしか無いだろうというアレクサンダーの判断だ。

切り捨てればその言葉に重みが無くなるだろう近衛卿は、今の所目論見通りに動いてくれている。

とにかく戦力を動かされる事を防がなくてはならない。少なくとも、エリザベートの軍使が到着するまでは…

彼の正面、議長席の上にある国王の御座で侍従武官が何やら慌てて話している。

国王に彼が何やら耳打ちすると、国王以下の一行は議場を離れていく。

(やっと来たか…)

アレクサンダーはほっと息をつく。

国王が離席した事に気付いた議長が、一時閉会を告げた。


エリザベートからの軍使の対応の場にアレクサンダーが呼ばれたのは、近衛騎士の中ではまだ信用出来ると国王に思われている為だろう。あくまで近衛騎士の中では、だが…

軍使は昨晩彼の元を訪れたオーク族の騎士オドゥオールだ。

書状を読み上げた後の玉座の間の反応はそれぞれで大分異なっている。

要求されたのは、衆目のもと外郭市街地で行う会談。

オドゥオールを斬るべきだと言う者、持てる兵力全てでエリザベートを叩き潰すべきだという者、会談に応じるべきだという者、領地を与えて慰撫するべきだという者…強気の者も弱気の者も様々だが、少なくとも5000人程度の兵力しか持たない彼女に対しては明らかに過剰なものだ。

しかし、まるで異民族による大攻勢に遭ったかの様なこの恐慌はエリザベート陣営、それに対する協力を決めたアレクサンダーからすれば、一面として有利でさえあった。

彼等が恐れるのは、最早伝説に残るほどの武勇を持つエリザベートと、麾下の精兵による王宮への乱入と王位の簒奪である。もしそれを成せぬ程度の条件さえ示せば、逆にその恐れは安堵に変わるだろう。

「畏れながら申し上げます」

アレクサンダーは玉座の前に進み出た。

「許す、申してみよ」

「はっ王都の治安上、第一王女の随員を100名以下になさいますようお願い申し上げます」

「ふむ…警衛総監よ、その程度であれば恙なく会談を行うことが出来るな?」

あくまで絶対王権に於ける王に怯えや弱さは許されない。

要するにこの会話の意味は、その程度の数の随行者であれば王都警衛の戦力で勝てるのか、という事である。

「はっ、警備の都合上その程度が適切かと存じます」

潮目が変わったな…アレクサンダーは心中に安堵する。枢密会議の面々である賢人達とはいえ、恐怖に支配された者達は自分達が勝てると思えば、その提案に乗ることを躊躇わないだろう。

(リチャードの言っていた通りだな…)

高級品を売るときは初めから安値を出すのでは無く、先ずは高値を提示してそこから値切った方が客は喜び、また別の物を買うときに店に訪れてくれると言う話をしてくれた彼の弟のリチャードは、あくまで商売の話をしていたのだが、図らずもこの場には意外にぴたりと嵌まっていた。

そもそも、王都側が勝手に自分で値を吊り上げていただけではあるのだが…

「宜しい。ではオーク族の騎士よ、エリザベートには随員を100名以内にすれば入城を認めると伝えるがよい。そちらの希望通り明日の正午に北の大路にて席を設けよう」

「はっ、陛下の御高配に主に成り代わりまして御礼申し上げます」

オドゥオールは恭しく一礼し、この場を辞去した。

(これで私の役目は終わりだな…)

後は、ただ妹の成功を祈るだけだと、アレクサンダーは自分の肩の力が抜けるのを感じた。


アレクサンダーが王の私室に呼ばれたのは、オドゥオールを見送ったその暫く後の事だった。

「陛下、アレクサンダー参上いたしました」

「肩肘を張らずともよい我が息子よ…人払いは済んでおる」

内々の話という事か…エリザベートに関することだろうとアレクサンダーは当りをつける。

とはいえ、彼にもこの父親の考えは未だに読み切れていない。名君との誉れ高いエレオノール12世は、あらゆる改革を断行してきたが、それは裏を返せばそれらを強行出来るだけの政治力を有しているということだ。

「エリザベートと会ったらしいな…息災だったか?」

ドクンと心の臓が跳ねるかの様な衝撃が走る。

(鎌をかけているのか…?)

第三軍団は即応待機の状態で兵員の出入りは無いし、先の戦いの最中は周辺地域を立ち入り禁止区域としていたので、見られていた筈は無い。

しかし、この王であれば…とも考えられるのが恐ろしいところである。

「ええ、相変わらず元気が有り余っている様な風情でしたよ」

正直に行くしかあるまいと、アレクサンダーは腹を括る。

「ふむ…いい加減婿でも迎えて欲しい物だが…相変わらずか…」

何を聞きたいのだろうか…穏やかな父と子の会話であるものの、彼の心中は穏やかでは無い。

(今後の展開が読めない…何の意図がある…)

「いやいや、エリザベートはあれで情の深い娘です。夫を迎えて子でも設ければ落ち着くでしょう」

「そうであれば良いのだが…父としては娘がいつまでも剣を振り回しているというのはどうにも…な」

「しかし、父上も豪胆ですな…あの様な申し出を受けられるとは…」

アレクサンダーは軽く仕掛ける。

「実の娘に会うのに豪胆も何もあるまい」

暖簾に腕押しだ。躱している様に感じるのは考えすぎなのだろうか…

「父上、近衛騎士団は-」

「言うな…」

そうか…この父は全て知っているのだろう。

「事実がどうであれ、そうとしか考えられなくとも証無き咎を裁く事は出来ぬ…それが王であると言うことだ」

君側の奸によって実の娘が利用されているとしても、証拠が無ければ裁く事は出来ない。

いや、強権を発動する事は出来るだろう。現に先王はその強権を振り翳して専横の限りを尽くしていた。

だがその先王が40代で原因不明の病死を遂げ、その後を継いだエレオノール12世は国内に法治主義を徹底させた張本人である。その権勢の源流は王国法に基づいた公正な施策にあり、例え近衛卿の悪行に勘付いていたとて、その証拠を掴むことが出来なければ裁く事は出来ない。

「成る程…釣りですか…エリザベートも気の毒なものです」

エリザベートは餌だ。彼女を泳がせる事で近衛卿の尻尾を掴もうとしているのだろう。

「イリアナの入れ知恵ですか?」

その悪辣な遣り口は知恵者の第二王女のやりそうな手法である。

「いや、私の考えだ。私の他は数人しか知るまいよ」

(数人…側衛騎士か…)

側衛騎士は国王の身辺警護を所掌する独立した精兵だ。

名前こそエリザベート配下の側衛騎馬大隊と似ているが、あちらが王族の馬車の警護をする近衛騎士団配下部隊を前身としているのに対して、こちらは物心つく前から徹底的に鍛え上げた王を守る為だけに生きる者達である。

ありとあらゆる戦闘をこなす彼等は、古来より王の目としての役割も担っている。

法治主義を貫く王にとっては、唯一自由に動かす事の出来る駒である。

「それで…釣果は如何ですか?」

「ふむ…どうにも潮目が良くないものでな…」

そんな側衛騎士でも、その諜報の成果は芳しく無いようだ。

近衛卿の屋敷は常時私兵や一部の近衛騎士が詰めているし、近衛騎士団本部は徹底的な防諜が成されている。そうそう簡単に情報を得られるものでも無いのだろう。

「では、エリザベートが先に吊り上げてしまうかもしれませんね」

「ほう…?」

「どうやら、エリザベートは中々の釣り竿を手に入れた様ですよ?」

「ふふふ、そうか…成る程な、お前が言う程ならば余程の業物らしい」

「ええ、そう聞いています」

この王都に潜入しているというエリザベートの『友人』

彼女が全幅の信頼を置いているであろう事は、その者達の事を話す時の目が、全て物語っていた。

会ったことも無ければ素性も知らない者達ではあるが、なぜかその者達であればこの状況を打破してくれるような、奇妙な予感がアレクサンダーの中にはあるのだった。


王都 中央市街地区

「軍使っておっちゃんだったんだねぇ」

馬に乗って大通りを行くおっちゃんは、目印を見た後此方にウインクした。これでもうこの宿には用は無くなった訳だ。

「…あのオーク、エリザベートの騎士だったのか」

「ん?ああそっか、貴方ミズナラの街に行ってたんだよね…やっぱりおっちゃん強かった?」

囚人が嫌そうな顔をする。

「強いなんてもんじゃ無かった…あれは…悪夢だな」

リカルドやギルバートから話は聞いていたが、敵方から聞くとより一層重みがある。

「そっか、このヴァニカはおっちゃんの直弟子だから気をつけてね?」

「剣から火を出すような頓珍漢な子供に喧嘩売るほど自信家じゃ無い。安心してくれ…」

うん今朝、寝惚けたヴァニカに焼き殺されかけたのが効いている様だ。

「オドゥオールさん、あんな真面目な顔も出来るんですねぇ」

「いや、結構失礼だね…」

自覚の無さそうな暴言を吐くミシェル

「それで…街はどんな感じ?」

「今の所そこまで警備も厳しくなっていないみたいです」

と言うことは…

「近衛卿の屋敷はどんな感じ?」

「えっと…大分厳重な感じになってますね…それと馬に乗った人が出入りしているみたいです」

やましい事があるが故に、公権力の立ち入りを防ぎたいのだろう。王都の警衛総監は国王の信頼も厚いとなれば尚更だろう。恐らく自分達の力で私達を探そうとしている筈だ。

「逆に厄介な感じだ…」

王都警衛であれば、犯人の目星もつかないだろうからどうにかなる可能性も高いが、近衛卿の私兵が探しているとなると囚人の顔が知られている可能性が高い。それに王都警衛の様に一目で分かる様な制服を着ていないから、敵がどこにいるか分からないのも厄介だ。

「とりあえず、出発しよう」

悩んでいても仕方ない。敵がどう動くにしろ、此方も動かなくてはどうにもならないのだ。


王都 市街地

国王と第一王女の会談の場所が決まったと聞き、ジナイーダはその近くにやって来ていた。

この場で第一王女を討ち取ると自信満々の様子だったが、さてそう上手く行くかとも思う。両陣営選りすぐりの精鋭の集まる中で外法を用いたとてどれ程戦えるものだろうか…

彼等の天敵とも言える魔女、圧倒的な武力を持つ第一王女とその配下の側衛騎馬大隊、精霊に愛を一身に受ける恵みの子、王の身辺を守護する殺人機械達…無理だろうなと彼女は結論付ける。

仮にあの面白い異界人にこれを伝えたらどんな対応をするだろうかと思う。

彼等を放置するだろうか?いや、それは無いだろう。

彼女の勇気は、正義感は、きっと彼等を止めようと動くに決まっている。

それは傍目には美しく立派なものに映るだろう。

そう映るのだ。事実がどうであれ…

「ふふ、素敵ね…本当に素敵」

小さく呟いた彼女はふと、背後に近付く気配を感じて振り向いた。

「あら、どうしたのかしら?」

立っていたのは、代わり映えのしない格好のいつもの男だ。

恐らく明日の襲撃に備えた準備をしていたのだろう。

「御手出しは無用に…と言ったはずですが?」

「御手出しなんてするつもりは無いわよ?」

どの道何の意味も無い事にいちいち干渉するつもりも無いのだが、どうやら彼等にはその自覚すら無いらしい。

(本当に自信家ですこと…)

「兎に角、貴方の役割は戦いが終わった後…それまでは大人しくなさっていることです」

「もう十分大人しくなさっているつもりだけれど?」

「からかっておいでか?」

「ええ、退屈で仕方がないの」

「…もうしばらく我慢なさるのが賢明です」

そう言い残して男はこの場を去って行った。

傍目にもはっきり見て取れる程の苛立ち様に、ジナイーダは小さく溜息を吐いた。

彼の人生で、ジナイーダとの会話は恐らくこれで最後になるだろうに、結局退屈な男のままだったとの、呆れ。

生と力を紡いで来たというのに、どうしてその様な退屈な一生に耐えられるのだろう…

疑問と憐れみを感じながら、彼女もまた歩き出す。

久しく見ぬ面白げな催しは、果たして自分を楽しませてくれるのだろうかという期待に、胸を躍らせながら…

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