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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
序章 古き港
2/28

旅の始まり

正化8年5月20日 

クロマツの街漁業ギルドの酒場

「嘘だろ…」

アレクが呟く

私こと物見遊子を景品にした腕相撲大会、三馬鹿がまた馬鹿なことをやっていると聞いて、面白がって参加した力自慢の漁師達は、しかしそのことごとくがヘンリーことエリーの前に無残にも敗れ去った。

街1番の怪力とも言われるウェンスキーでさえも全くといっていい程手も足も出ない有様である。

異世界人のフィジカル恐るべし、いや異世界人同士なので、恐るべきはエリーのフィジカルなのだろう。政府はこんな連中相手に拳銃で身を守れると思っているのだろうか?

「アレク…と言ったかな?」

エリーが口を開く。

「君は何やら勘違いをしているようだ」

「…勘違い?」

「ああ、私とユーコは恋仲では無い。先程知り合って夕食をともにしているだけだ」

「本当か…?」

「本当だとも、私は美しい花は愛でるべき物だと思っている。手折って自分のものにしよう等と野暮な事は考えないさ」

男装の麗人には、キザな台詞がよく似合う。なる程私の母が宝塚にはまった理由が少し分かった様な気がする。

「へへ…あんた、いい男だな」

アレクがエリーに右手を差し出す

「アレクだアレク・グリーンウッド」

「ヘンリー・フェアラインヒル、この出会いに感謝しよう、アレク」

二人は硬く握手を交わす。男の友情っていいもんだね、片方女の子だけど

フェアラインヒルか…ふと浮かんだ疑問は、しかしあと回しで構わないかと思い直す。

今はこの楽しげな空気に浸る方が優先だ


「素敵な人々だったな」

酒場から宿への道中、エリーが小さく呟いた。

夜はもう遅く、昼間の喧騒が嘘のように街は静まりかえっている。

もう数時間もすれば街の漁師達は動き始める。クロマツの街の短い夜の静けさだ。

「でしょ?皆、私の自慢の友達」

「彼らも皆そう思っているだろう」

エリーが優しく微笑む

「ねえ、エリー」

「なんだい、ユーコ」

「どうして嘘をついたの?」

出会った時から感じていた疑問は、私の中でもはや確信にまで達している。

「嘘…とは?」

「貴女は…エリザベート王女でしょ?」

エリーが足を止める。

「どうしてそう思うんだい?」

理由は幾つかある。伝え聞いていた見た目、初めて出会った時に咄嗟に出てきたエリーという下手くそな偽名、身分を偽るような男装、それに座乗艦が寄港したにも関わらず下船していないという王女の噂、酒場で見せた怪力、王女の領地であるフェアラインヒルと挙げればきりが無いほどだ。しかし、なにより

「口調…かな?」

「口調?」

「貴女は嘘が下手な事を自覚しているから、それを誤魔化す為にそんな芝居がかった口調をしてる。違う?」

「ふふっ…参ったな」

エリーは小さく笑い頭をかいた。

「ニホンの人々は賢いとは聞いてはいたがこうも簡単に見破られるとは」

「多分、殿下が御自分で思っているよりずっと嘘が苦手でいらっしゃるだけですよ」

「よしてくれ、そんな改まった言葉は…今まで通りで構わない」

「ですが…」

「そういうのは堅っ苦しいドレスを着て退屈な舞踏会に出るときだけで充分だ」

おや?と思う。想像していた反応と大分違っている。

「改めて、君達を欺いていた事を謝罪しよう。そして君の言うとおり私がウェスタリア王国第一王女、ロード・フェアラインヒル・エリザベート・ドゥ・ウェスタリアだ」


ークロマツの街 宿屋「太陽の帰る所」

宿についてしばらくすると、エリーが訪ねてきた。何やら話があるのだという。

「ユーコ、私を君の旅に同行させては貰えないだろうか」

開口一番、この王女様はとんでもないことをおっしゃった。

普通に考えて外交問題である。バレたら渡航資格の剥奪では済まないだろう。それに…

「エリー、ニホンが嫌いなんじゃ無いの?」

エリザベート王女は対日強硬派であり当初から融和友好路線をとる国王に反発していると聞いている。

だが、彼女は否と否定する。

「君達の国との友好を快く思っていないのは、私の配下にある近衞軍のもの達だ。」

曰く、彼女自身は父である国王の方針に賛同しているが、配下の将軍達は強硬派であり、その事が彼らの耳に入って後は言葉巧みに宮廷から遠ざけられて、彼女の代理である軍の司令官が強硬路線を叫び続けているのだそうだ。

確かに、彼女にドロドロの宮廷闘争を戦えるとはどう見ても思えない。とはいえ、私自身宮廷に関しては昔読んだ少女漫画程度の知識しか無いのだが…

「ユーコ、君はこの国を…ウェスタリアをどう思う」

「どうって…活気があって豊かだと思うよ?税金も他の国と比べて安いって聞くし、国も積極的に農地開発とか水路の建設をしてるらしいし…あ、それに魔物が出たらすぐに軍隊が来てくれるから安心して暮らせるって」

エリーが頑張ってるからじゃ無い?と付け加えると、彼女はありがとう、そうだと良いなと小さく返す。

「旅先で出会った人は皆、王様に感謝してるって言ってたし良い国…なんだと思うけど」

こちらに来る前から国王の評判は聞いていたが、実際来てみるとそれは評判以上だったようで、国王について話す人々は皆どこか誇らしげだった。

「ユーコ、君はウェスタリア地方の外に行った事は?」

私は首を横に振る。

王国の中心地であるウェスタリア地方は今の王朝の礎となった古ウェスタリア王国のあった場所を示す。

現在の王国は周辺国を併呑してその版図を拡大し、私の居た世界のアメリカを上回る程の広大な面積なのだという。

いつかは行ってみたいと思うが、そのためにはしっかりと計画を立てて地盤も固めなくてはならない。そもそも錬金術師の協力が無ければ給油すらままならないのだ。

「私は何年もウェスタリアの外で戦ってきた。そこはこの美しいウェスタリアとは何もかも違う…」

魔物に民が襲われても動員されない領主の軍、重税や干魃にあえぎ死んでゆく子供達が居る一方で、貴族達は日々贅沢の限りを尽くす。

王国がしっかりと目を光らせ、領主も国王の信頼の厚い者達が務めるウェスタリアとは異なり、地方は領主の専横が罷り通る地獄なのだという。

「私達は君達から新しい力を学び、ウェスタリアでもその外でもすべての臣民が豊かに暮らせる様にしなければならないんだ。」

地方と中央の経済格差、日本でも度々問題になるそれは、剣と魔法の異世界ですら暗い影を落としているということだろう。

「私は今まで愚かだった。佞臣達の口車に乗せられ、何年も英雄ごっこに興じてきた。ドラゴンを殺し民を救ったとしても、救った彼等が餓えで死んでしまったら何の意味があるというのか!戦士であればそれでも良いだろう。だが私は王族だ、王族は民の一生を預かっている。それ故、彼等の幸福と安全のために全力を尽くさねばならない。」

彼女がここまで思いの丈を打ち明ける事が出来たのは、私がここでは無い異世界の住人だからだろう。

ずっと思うことがあったのだろう、言いたい事もあったのだろう。

それでも彼女は王女として、彼女の愛する民の望む英雄として、ずっと振る舞ってきたのだ…俯くことすら許されずに…

「私はもっと知らなくてはならない、強くならなくてはならないんだ…英雄としてではなく、王族として」

だから、と彼女は続ける。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「私を連れて行ってはくれないだろうかー」


正化8年5月21日 

クロマツの街

「ごめんくださーい!」

「あら、ユーコさんいらっしゃい」

朝一番でマダムの店を訪れる。今朝も街はエリザベート王女を一目観ようと人混みでごった返している。

すぐ横を通った事にすら気が付かず。

「ガソリンが26リットルと弾が18発、間違い無いかしら?」

マダムから携行缶と紙袋を受け取り、支払いを済ませる。

「うん、ありがとう!それと、どっか防具買えるお店知らない?」

「防具って鎧とか兜とか?」

「うん、兜が欲しいの友達用に」

言ってエリーを指し示す

「どうもマダム、ヘンリー・ザッカーバーグと申します」

エリーは昨日の反省を踏まえて偽名を変えたらしい。

「初めまして、ヘンリーさん」

私の知る限り世界最高の美女二人の出会いだ

「お二人はすぐに発つのかしら?」

「うん、この後食料と消耗品買ったら出る予定」

それならばと、マダムは出来合の武具を売っている店を教えてくれた。

「ありがとう!また来るね、マダム」

「ええ、いつでもお待ちしているわね。それとヘンリーさん」

「私ですか?」

「ええ、慣れない旅でしょうがお気をつけて…大事な体ですから…ね?」

マダムに見送られながら店を出る。

「先程のマダム、私の正体に気が付いたのだろうか?」

「たぶんねー、マダムは凄い人だから」


ークロマツの街 正門

買い込んだ物資を相棒の荷台とサイドバックに割り振り、積載と縛着を済ませていく。旅路への期待が膨らむ時間だ。

「流石に手際がいいな」

「まあ慣れてるからね…よし、完了っと!じゃあさっき教えたとおりに乗ってみて」

分かったとエリーがバイクに跨がる。

「ちがうって!足はこっち!マフラーに足乗っけちゃ駄目だってば!」

「あ、ああ済まない」

「オッケー、その体制で宜しく!」

続いて私も相棒に跨がる。

「今日も宜しくね、相棒」

そう言ってタンクを軽く撫で、キーを回す。

キックペダルを広げ空キックを一回

「ユーコ?何をしてるんだい?」

「しっ!」

出発前、私と相棒だけの大切な儀式の最中なのだ。

邪魔することは何人たりとも許されない。

デコンプレバーで圧縮上死点を出す。賛否あるが私はデコンプ使いたい派の人間だ。

キックペダルを上まで戻し、下げるのでは無く、全体重を乗せ蹴り上げる様にして蹴り込む!

トン、トン、トットットットと小気味よい単気筒のエキゾーストサウンドと振動が体を震わせる。

キック一発気分は爽快!

「兜かぶった?」

「あ、ああ」

私もヘルメットを被り顎紐を締める。SHOUHEIのEX-0(イーエックス-オー)クラシックオフロードヘルメット然とした見た目が、フラットトラッカー仕様の相棒によく似合う。

ある程度回転が安定した事を確認して優しくアクセルを開きクラッチをミートする

「お…おお!動いた!」

そりゃ動きますとも

さあ、今日はどんな旅が待っているのだろうー


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