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キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
第5章 幸福の街
15/28

手のひらと手のひら

正化8年7月5日 雪冠の魔女の館

相棒のSXに荷物を縛着していく。とはいえ、出発は明日だ。携行缶等の一晩外に置いていても構わないものだけだ。

「相変わらず手際が良いですね」

「まあ…そうだね、慣れてるから」

「ユーコさんの後ろ…そういえば乗ったこと無いですよね…」

「そうだね、ミシェルはいつも箒だったもんね…後でちょっと乗ってみる?」

「はい、是非お願いします…あの、ユーコさん…!」

「ん?どうしたの」

「いえ…あ、シラカバの街覚えてますか?」

「うん、覚えてるよ…薬湯気持ち良かったね」

「ええ、また入りたいですね」

「そうだね、またミシェルの乳肉揉みしだきたいしね」

「ユーコさんはまたそんなことを言って…本当によくないですよ?」

「あはは、そうだね…ヴァニカが真似しちゃうと困るから、これからはちょっと控えないとね」

「そうですよ!ヴァニカちゃんと言えばミズナラの街…どうなったでしょうか…」

「もう戦ってる様子は無いんでしょ?きっとおっちゃん達が勝ったって」

「そうですよね‥でも、姿が無いんですよね…」

「でも傭兵も居なくなってるんでしょ?」

「はい、でもエリーさんの部下の人達の姿も無くて」

「じゃあ、きっとエリーを探してるんだよ、おっちゃんに会ったらちゃんとミシェルの事も話しておくからね」

「ありがとうございます。」

朝からこんな感じだ。互いに言葉には出さないものの、明日訪れる別れから目を逸らしたいから、私とミシェルはずっと朝から同じ様な思い出話をずっと続けている。

別れは笑顔で軽やかにしようと思っていたのに…駄目だなぁ

「ねえ、ミシェル…」

「はい…ユーコさん」

何かを、続けてきたような雑談をしようとしても、次の言葉が出て来ない。

二人の間に沈黙が横たわる。

「ミシェル…」

「ユーコさん…私まだ旅したい…一緒に行きたいです…」

言われてしまった…ずっと目を逸らしてきた言葉を…

「ユーコさんとエリーさんとヴァニカちゃんと一緒に行きたい…」

「行けば良いじゃないですか」

「へ…?」

また唐突に現れる雪冠の魔女。

「ししょ…じゃ無かった。雪冠の魔女様…それはどういう…」

「ですから、一緒に行きたいのなら一緒に行けばいいんじゃないでしょうかって…」

きょとんとした顔で言い放つ雪冠の魔女

三人揃ってきょとん顔である。

「え…だってそうでしょう?もう一人前になったんですから自由にしても…あれ?私変な事言ってます?」

「あっ…そう、ですよね」

「あぁ」

よく考えたらそうだ…そうだよなぁ…

「ですよね?合ってますよね?大丈夫ですよね?」

私達二人のおとぼけに、不安になった様子の雪冠の魔女は柄にも無くオロオロとしている。

「合ってます合ってます!ミシェル!」

「はい」

「それじゃあ、最後まで一緒に行く?」

ミシェルの顔にぱっと笑顔の花が咲いた。

「はいっ!よろしくお願いします!」

やっぱり、賑やかなのは悪くない。そう考えながら私はミシェルをぎゅっと抱き締めた。


正化8年7月6日

「み…篝火の魔女様、どうかお気を付けて」

「また遊びに来て下さいね」

「ええ、みんなもしっかり修行するんですよ?」

「はい、ミシェルお姉様…ご、ごめんなさい…篝火の魔女様」

「ふふっ、それじゃあみんな元気で…」

ミシェルと魔女っ子達の涙の別れだ。随分慕われていたのだろう。魔女っ子達は皆ぼろぼろと泣いている。

「ああ、エリー様…どうかお元気で…絶対にまた来て下さいね…」

「あ、ああ…善処するよ…」

イメルダはあの後もちょいちょい理由を付けてはエリーの身体を調べていたらしいが…完全に目覚めてしまったイメルダと、完全にトラウマになってしまった様子のエリーの別れ…うん、ぶれないことは良いことだ!と思う

「お…お母さん…これどうしよう…」

ヴァニカは年長の魔女っ子達から大量のお菓子を渡されたらしく困っている様子だ。

「はいはい、リュックに入れるから後ろ向いてね」

滞在中に魔女っ子達がヴァニカに作ってくれたリュックにお菓子を詰める。

「ちゃんとお姉ちゃん達にさよなら言った?」

「うん、お菓子ありがとうも言ったよ!」

「お、ちゃんとお礼言えて偉いぞ!」

ヴァニカの頭をわしわしと撫でる。これまた魔女っ子達特製の、革製のヘルメットの固い感触がする。

「あのっ…ユーコ様!」

「ん?どうしたの、ソフィー」

いつも離れを掃除してくれていた魔女っ子だ。

「こ、これ…ユーコ様の為に編んだんです…貰って下さい!!」

「ありがとう、いいの?私が貰っちゃって」

木の皮で編まれた籠網細工の様なもの…多分お守りの類だろう。

「はい、ユーコ様が無事に旅を終えられる様に作ったんです」

「そっか、ありがとうね…」

「きっと、また来て下さいね」

「うん、また遊びに来るよ」

思えば一月以上この地で過ごした。皆それぞれにこの地での思い出が、繋がりが出来たということだろう。

「遊子さん」

「雪冠の魔女さん…なんか随分長いことお世話になっちゃって…本当にありがとうございました」

「いえいえ、私達もとても楽しかったです。どうかお気を付けて」

「はい、貴方も元気で」

さあ、出発だ!

相棒に跨がり、空キックを一回

キックペダルを思い切り蹴り込む。

軽やかなマーチの様な単気筒のエキゾーストサウンドが、青々とした森に響く。

「キック一発、縁起がいいね!」

今日はどんな景色が待っているだろう!


王都 王宮地下

暗く、黴臭い空気、陰鬱とした雰囲気の漂うこの場所はかつてここが聖堂の街であった頃の地下墓所なのだという。

こんな場所を指定するなど、余程相手ははったりを効かせたいのか、それとも単純に悪趣味なだけなのか…

どちらにせよ下らない話だ。イリアナは呆れる様な溜息を漏らす。

迷信に囚われ、文字通り命を捨てて彼女の意に従う者達

幾度も失敗し、未だその命を果たせぬ彼らはこのような下らない演出でもせねば、威信を保てぬと思っているのだろう。

そもそも威信など端から無いというのに…

対等な同盟関係にあると思い込んでいる彼らから、彼女の元に文が届いたのは昨日の事だ。

今まで姿を見せたことの無い彼らが、対面での面会を求めてきたのだ。

特に応じる必要も無いそれに、彼女が応じようと思ったのは、偏に好奇心によるものだ。数千年に渡って迷信に囚われ、王国への憎しみだけを糧に生きてきた者達は、一体どんな惨めな顔をしているのだろう、と。

「出ていらっしゃったらいかがです?」

暗闇に声を投げる。どうせいつも通りこそこそとネズミの様に隠れているのだろう。

「うふふ、豪胆ですこと…」

イリアナの正面から人影が現れる。

背が高く、余裕のある笑みを湛えた女

ぞっとするほどの美貌の持ち主であるが、しかしそれだけでは無い迫力の様なものを纏っている。

「初めまして、お姫様。私は…賢者、とでも名乗っておきましょうか」

一歩一歩、賢者はイリアナに歩み寄る。

動くことができない。息をすることすら許されない様な奇妙な威圧感

「さあ、楽しいお喋りをいたしましょう…イリアナ王女様?」


シャラの街から東に80km

高地であるという事もあるだろうが、それでも日本のこの時期と比べれば圧倒的に過ごしやすい。

ヨーロッパのアルプス山脈を行くような、爽やかな気候である。まあ、私は日本の南北アルプス山脈にしか行ったことは無いのだが…。

「結構進んだようだが…あとどれくらいだい?」

「うーん、だいたい一時間もあればシャラの街だね」

雪冠の魔女の館から西に進みシャラの街へ出て、そこから中央街道を南下してエリーの領地であるフェアラインヒルの中心地であるビャクダンの町を目指すのが、目下のプランだ。

「シャラの街に着いたら取り敢えずご飯だね」

極力人里には寄らずひたすら進み、一気にシャラの街に出てしまいさえすれば、仮に追っ手がいたとしても速度で振り切れる。

「そうですね…あ、ヴァニカちゃんはお腹大丈夫ですか?」

「うん、さっきおやつ食べたから!」

今日の生命線はヴァニカが魔女っ子達から貰ったお菓子だ。休憩の度に少し分けて貰って血糖値をキープしている。

そういえば、一人で旅をしていたときは走るのに夢中でご飯を食べ忘れてよく低血糖で頭が痛くなったものだと思い出す。幸いにも今は皆の調子を見ながらの旅だしそういった事にはならないが

「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」

シャラの街まではあと一息だ。

相棒に跨がり、圧縮上死点を出して…ん?感触がおかしい…まさか…

嫌な予感を振り払う様に思い切りキックペダルを蹴り込む!

ガヒョッ!という間抜けな音…ああ…いや、まだ手遅れじゃ無いはず…温間時はエンジンが掛かりにくいから、ね?

五度ほどキックを繰り返す。よし、クランキングの感触はある。もう一発…!

エンジンからの振動が来ない。やばいな、被ったか…

「お母さん…大丈夫?」

「あはは、ごめんごめん、ちょっと待っててね」

ヘルメットとジャケットを脱ぐ。

キック、キック、キック、キック、キック…

かかりゃしない…プラグレンチは…ああ、荷物の一番下だ…

こんなことなら車載工具入れに残しておくんだった。

キック、キック、キック、キック…

キックペダルを蹴り込む度にバイクが少しずつ動き、センタースタンドの形に地面が削れる。

「大丈夫かい?」

「故障ですか?」

「いやいや、そんな大層なもんじゃ無いよ」

プラグ被り、キックスタートのバイクの天敵だ。

それで無くても単気筒、1気筒がかからなくてもエンジンが回ってくれるツインやマルチとは違う。ビックシングルのバイクのキックスタートが難しいと謂われる所以でもある。

息が上がり、じんわりと汗が滲む。

もう…勘弁してよぉ…

キック、キック、キック、キ…

ぱんっと響く破裂音

「っしゃあ…あと…ちょっとぉ!」

キック、キック、キック

弱いながらに蹴る度に数度の爆発

息を整える。身体を縮めて集中し、渾身のキック!

トン…トン、トン、トントントントントトトト…

ゆっくりと、不安定な回転から徐々に回転が安定する。

数回スロットルを大きく開けてエンジンを吹かす。プラグが被ってしまった時はこれをして生ガスをしっかり燃やして排出仕切らないと、その後にエンストしかねない。車体が倒れた時も同様だ。

「よーし…かかったかかったぁ…」

「ははは…お疲れさま、ユーコ」

「いやあ、本当にもうくったくただよ」

慣れのお陰でそれななりには素早く復帰出来たが、慣れないうちは倍以上の時間がかかったりもする。

まあ、横着せずにプラグを外してライターで炙るなりして付着した生ガスを揮発させてしまえば速いのだが…

そういえば、そろそろプラグも交換時期だ。シャラの街に着いたら忘れずに交換しよう。もう鬼キックは勘弁だ。

「キックいっぱい縁起悪いね!」

「あはは…」

ヴァニカの言葉には苦笑いするしかない

「お待たせ、じゃあ改めて出発しよう!」


シャラの街

王都圏最北部の街の一つであるシャラの街は、王都やフェアラインヒル公爵領がある中央平野を見下ろす街道結節点の街だ。

雪冠の魔女が管理する北の山脈に添う様な北山街道、王都方面へ南下する中央街道、更に北の山脈を北に抜けて北上する街道防人の道という三つの街道が交差する交通の要衝である。

また、古王朝時代から王都圏の主要な防衛拠点とされてきた大きな街だ。

石造りで固められた街は活気に溢れ、兵馬は精悍、そんなこの街のシンボルは街の中心に聳える大願の聖堂だ。

記録にも残らない程の昔より、それこそ雪冠の魔女でさえ物心ついた頃には遠い昔からあったと伝え聞かされて来たという程に古いこの聖堂が大願の聖堂と呼ばれるようになったのは今から2000年程昔なのだという。

何でも、当時はウェスタリア王とその兄で廃嫡された親王との間で王位を巡る内戦が起きていたそうで、親王の妻が自分の命を捧げて聖堂に祈り、結果として親王が当時の王を廃して王位に就いたという逸話からそう呼ばれる様になったとか…

そこから、代償を支払えば大願を成就させてくれる聖堂として国中に広く知られるようになったらしい。

血生臭い話ではあるが、これによってウェスタリア王国は古王朝時代と呼ばれる時代から今の王朝の時代に続いて行くのだから、歴史的には非常に重要な出来事である。

王位を勝ち取った現王朝の祖エレオノール一世はかなり有能な人物であり、自分の廃嫡は不当であるとしてシャラの街で新ウェスタリア王国初代国王として兵を興して周辺の貴族に決起を促してまとめ上げ、結果として勝利を掴み取る事になる。これがこの事件が単なるお家騒動に収まらず、王朝の交代であるとされる原因である。

現在の王朝は、古王朝から血統を保ってこそいるものの、新王国を継承するものとされている。

「相変わらず…詳しいね」

「だから、こっち来るときにその辺の歴史も丸暗記させられるんだってば」

私の歴史解説の授業は終わった。とはいえ、当のエレオノール一世の子孫であるエリーや4000才近い雪冠の魔女の弟子であるミシェルからすればまあ当たり前の話に過ぎないだろうが…

「ヴァニカ、どう?ちゃんと覚えられたかなぁ?」

「…お母さん嫌い」

「そっかぁ…ヴァニカはお母さんの事嫌いかぁ…」

「嘘!好き!大好き!」

「ありがとう、お母さんも大好き!」

慌てて訂正するヴァニカを抱き締める。

まだこの辺の話はヴァニカには難しいらしい。

「なんて言うか…お参りにはなかなか勇気が要る場所ですね」

「そうだね、願い事が大きいほど代償もより大きい物が必要だって言い伝えもあるしね」

事実、毎年何人も聖堂で自ら命を絶つ人がいるという。遺書には恨みを晴らすために誰某を呪って欲しいみたいな物騒なものから、不治の病に冒された家族を救って欲しいというものまで、様々な願いが記されており、それらは全て聖堂に奉納されているそうだ。

「ただ、人々の想いで他の聖堂と同じようにマナの流れの中心になっているという事以外は、特に力の様なものは感じられませんから…多分迷信の類なんでしょうね」

「篝火の魔女様にかかれば聖地も台無しだね」

「あ、いえ…その、救いを求めて信仰心を持つのは良いことだと思いますよ!」

だが、だとすれば救いを求めて命を絶った人々のなんと悲しい事だろうか…

すがるべき信仰を頼り、自分のを捨ててでも果たしたい大願の為に命を絶つ。それが迷信だとも知らずに…まるであの刺客達の様では無いか…

「どうするエリー、お参りしていく?」

「いや、私には守りたい者が多すぎてここにいる神様に捧げられる様なものは何も無いからね、止めておくよ」

エリーらしい答えだ。

「そっか、それじゃあ私は錬金術師の所に行って来ちゃうから、皆は先にご飯食べに行ってて?すぐ追い付くから」

「あたしも一緒に行く!」

ヴァニカはそう言うが、初めてだろう長旅で大分疲れている様子だ。

「うーん、じゃあヴァニカは二人と一緒にお母さんの好きそうなご飯を注文しといてくれる?お母さんお腹空いちゃったから」

「分かった!」

うん、素直でよろしい

「ユーコさん、今回は私もご一緒して良いですか?」

「いいけど…錬金術師だよ?」

ミシェルは錬金術師の店が苦手な筈だが…

「はい、そうなんですけど…エリーさんの剣の事が気になってて…」

ああ、その事か…

シラカバの街でエリーが刺客から奪った剣は魔法の力で熱を放っていた。その原理は雪冠の魔女でも分からないらしく、錬金術師や魔導師に聞いてみた方が良いのでは無いかと言われていた。

「そう言うわけで、エリーさん剣を貸して貰ってもいいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

エリーは鞄に縛り付けていた剣を外し、ミシェルに渡す。

名品だがあまり気に入っていないようで、よく鉈か何かの様に粗末に扱っていた。

「それじゃあ、ヴァニカ、エリーの事よろしくね?」

「分かった!」

「…うん?」

納得のいって居なさそうなエリーは、ヴァニカに引っ張られていった。


「ふぅむ…なるほどなるほど…」

この街の錬金術師はシラカバの街のおじいちゃんのお弟子さんで、腕のいい初老の錬金術師だ。今まで映画でしか観たことの無かったモノクルを付けている私が初めて出会った人物でもある。

「全体に魔導鋼による回路が引かれていて、魔導エネルギー…いや、精霊の力だったかな?それを強制的に吸引して使用する仕組みの様だが…しかし…」

「どうしたんです?」

「いや、魔女様ならば使えるでしょうが、常人であれば数秒で体内の魔導エネルギーを吸い尽くされてしまうでしょうね…これは魔女様の持ち物で?」

「いえ…ある人が使っていた物です。普通の人が」

「魔女以外が使うとどうなるの?」

「魔導エネルギーが吸収されて死んでしまうだろうね…勿論ただ剣として使うだけなら問題は無いが、魔導具としては欠陥品もいいところだよ」

魔導エネルギー…多分マナの事だろう。しかし実際に鋼を溶断する程の威力を見せていた筈だが…

「剣を一瞬で溶断するとしたらどれくらいの魔導エネルギーが必要になるんでしょうか?」

「私も専門家では無いのでどうとも言えませんが…常人であれば一人や二人の魔導エネルギーではとても…それこそ火の魔導エネルギーを持つ魔女様でも無ければそんな芸当は不可能でしょうね」

「そうですか…ちなみに木のマナ…魔導エネルギーを持つ魔女が使ったらどうなるのでしょう?」

「うーん、使ってみないことにはどうとも…多分回路的には発芽や何かを促す物だと思うんですが…」

「なるほど、ありがとうございます」

「いえ、あまりお役に立てなかった様で…」

「そんな事無いって!あ、そういえばガソリン!」

ミシェルの用事に気を取られてすっかり忘れていた。

「ああ、この間の残りが20lなら残っているけど、どれぐらい必要かな?」

20l…だいたい今のところの燃費が23km/l位で携行缶1本が空になってプラスちょいの消費だから、エリーの領地までが大体500kmと少し…25lの消費と考えて計算しても大分余裕がある。エリーの領地にも錬金術師はいるらしいから…

「あ、じゃあ今日はそれで!あとこれ買い取るとしたら幾ら位になりそう?」

さっき交換したスパークプラグをカウンターに置く。

かなり電極が摩耗しているが、それでもこの世界ではハウジングの特殊ニッケル合金や絶縁体の高アルミナセラミックスはなかなかに珍しい筈だ。

電極にイリジウムがコーティングされたイリジウムプラグなら、きっと値段がアップしただろうが、正直被ったらどうしようもなくなってしまうので、私は普通のノーマルプラグを愛用している。それに、イリジウムプラグは点火速度が速すぎてSXには不向きという話も聞く。とはいえ、40年以上昔の設計のバイクで、割と各部に遊びのあるバイクなので、実感できる程の違和感は無いが…

まあ、それでも悪い噂のあるものを相棒に使いたく無いしね!

「ふぅむ…ほぉ…」

ジロジロとプラグを眺めている。ちょっと押そう

「その先っぽの金属、私の国の技術で作られた特殊な合金合金でね、すっごい丈夫なんだよ」

「なるほどぉ…」

大分夢中だ

「で、下の陶器の部分も、こっちではあまり使われていない金属の化合物で出来てて、かなり固い上に腐食もしにくくて薬品にも強いときてる!これを使って実験器具作れたら素敵じゃない?」

「新素材の…実験器具…」

いろいろ想像しているようだ。頬が緩んで非常に気持ち悪い

「こっ…これで!」

指を3本出してくる。そっと、プラグを回収する

「ま、待ってくれ!4で!4で!」

「4と…これで」

私は指を五本出す。

「ふぐぅ…4と…3なら…」

「おっけい!商談成立、新素材は貴方の物!おめでとう」

「や…やった…」

新品でも精々500円位のプラグでこんなに貰うのは流石に申し訳なくなってくる。

ミシェルも大分ドン引きしている様だし…まあ、一般的な街の人々の世帯年収数年分の取引だしなぁ

「あ、それと…これはおまけね」

ブレーキパッドを鞄から取り出してカウンターに置く。こちらも廃品だが、複数の金属繊維なんかを焼き付けた所謂シンタードパッドだ。

「極端に摩擦に強いから、研究したら面白いと思うよ」

「おおっ!ありがとう!それじゃあ、先ずはガソリン…それからガソリン代を引いた分で…お金を」

「はいっ、毎度!」

私とミシェルは店を出た。

バイクに携行缶を固定して…

「じゃあ、二人に合流しー」

背後からいきなり首を絞められる。

視線をずらすとミシェルも同じように首を何者かに絞められていた。

なんだよ…これ…


「お母さん達おそいなぁ」

「そうだね、買い物に手間取っているんだろうか?」

シャラの街で有数の料理の美味い店と評判のイチジク亭で、エリザベートとヴァニカは二人が戻るのを待っていた。

「ご飯冷めちゃうよ!」

「ヴァニカ、先に食べておくといい。きっと二人とももうすぐ来るだろうから」

「いい、エリーが食べてて!あたしはお母さんが来てから一緒に食べる」

鳴り響くヴァニカのお腹の音

「ち…違う!あたしじゃないもん!」

「ふふふ、そうだね…でもヴァニカがお腹を空かせていたらきっとユーコは悲しいと思うな」

「うぅ…じゃあ食べる…」

多少不服気味だが食べ始めてくれたことにほっとしつつも、エリザベートは少し遅すぎるとも思う。

いつもであれば、商談をしてちょっと世間話をする程度で10分とかからない筈なのだが…

ふと、脇を通る男が懐から手紙を取り出し、無言のままエリザベートの前に置いた。

「ん?これはなんだい?」

その問いにも答えず、そのまま歩き去って行く。

「エリー、それなに?」

嫌な予感がする。エリザベートは封筒を破り、中を改めた。

「二人が…攫われた…?」

手紙には二人を攫った旨と、エリザベートの身柄の要求が書かれていた。

(正面からでは敵わないと踏んでか…卑怯者どもめ…)

「う…嘘…お母さん!」

飛び出そうとするヴァニカをエリザベートは掴まえる。

「離して!エリー!!離してよ!お母さんを助けに行くんだ!離して!」

「ヴァニカ!」

「ひっ!」

大声一括、エリザベートの獅子の如き迫力に、ヴァニカは怯えて動きを止める。

「二人は私が助け出す。ヴァニカはここで待っていなさい」

店員を呼び、ヴァニカを託す。

「大切な友人の愛娘だ。くれぐれもよろしく頼む」

エリザベートはそのまま視線をヴァニカと合わせ、彼女の頭を撫でる。

「うぅ…お母さん…」

「大丈夫、二人とも無事にここまで連れてくる。そうしたら、皆で一緒にご飯を食べよう?それまでいい子で待っていられるね?」

ヴァニカは泣きじゃくりながら小さく肯く。

その姿に微笑みを残し、エリザベートは夜の街へ駆け出していった。


「げほっ…ごほっ…おえっ…あー、びっくりした…いきてたぁっ!」

「げ…元気ですね」

「元気なわけ無いじゃん!こちとら絞め落とされてんだぜ?…で、ここどこ?」

見たことの無い石造りの部屋の中に転がされている。じめじめしてるし黴臭い。

「多分、例の刺客の隠れ家だと思います…」

「まじかぁ…私達が生きてるって事は、あれだよね…」

「はい、人質でしょうね…」

交渉相手が日本政府や雪冠の魔女という線は、まず無いだろう。とすれば奴らの狙いは十中八九エリーと見て間違いないはずだ。

「ごめんなさい…私が気が付いていなかったばっかりに…こんな事に…」

「はい、ストップ!反省会は終わりね」

ミシェルがまたうじうじし始めたのでストップをかける。

「せっかく魔女になったのに相変わらずなんだから…頼むぜ、篝火の魔女様?」

「そう…ですよね!ごめんなさい!これからの事を考えましょう!」

ただまあ、こうやってサクッと切り替えられる様になったのはかなりの成長だ。

「よっし、それじゃあまずどうやってここから逃げるかだけど…魔女様の魔法でドーンみたいな事は?」

ミシェルは首を横にふる。そりゃそうか、そんなことが出来るならとうにやっているだろう。

「ちなみにだけど、木の魔女ってどう戦うの?」

薬師の魔女は山崩れを起こしていたし、雪冠の魔女は戦うところは見ていないが六英雄だ。

「えーと、まず戦うって事がそう無いんですけど…木々にお願いして戦って貰ったり、森の木々に頼んで地面に大きな穴を開けてそこに落としたり…ですかね?」

「割と平和なにおい」

「なんかがっかりしてませんか?いっておきますけど、一人前の魔女が頼めば木々はコノカミみたいな力を出してイミカミとも渡り合えるんですからね!」

それは凄い。

「じゃあ、早速それを!」

「いえ、この辺にはその木が無いんですよ…」

それじゃあどうしようも無いか…思えばシャラの街自体極端に緑が少なかった様な気がする。

「他にはなんか無い?」

「うーん、木の種があればそれを急成長させて敵を刺し貫いたり…とか?」

急に物騒な事を言いだしたぞ、この子

「鞄の中に幾つか護身用に木の種を入れてあったんですけど…取り上げられちゃって…」

「そうだ!」

いいこと思いついた!

「な…何です?」

「靴の裏とかって植物の種がついてたりするじゃん?」

「はぁ、そういうのって草の種とかで、人体を貫通出来るようなのはまず無いですよ?」

「怖いこと言うなぁ…そういうんじゃ無くってさ、その草とかにお願いしてなんか出来ない?」

はっと気付いた様な顔をするミシェル

「いけるかもしれません…やってみましょう!」

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