表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キック・スタート  作者: かぷせるこーぽ
4章 魔女の館
12/28

結末の後、始まりの前

「それは…どういうことですか?」

ここに刺客は来ないと言い切る雪冠の魔女。虚勢なのか根拠があるのか、穏やかな笑みを湛えたその表情からは何一つ読み取れない。

「皆さんは正当王位戦争という言葉を聞いた事は?」

「いえ…初めて聞きます。エリーは?」

エリーも分からないというように首を横に振る。

「そうでしょうね、今ではもうその名も失われて久しい、遠い昔の出来事ですから-」

ルキアナは語り出す。それは歴史の話…そして彼女自身の過去の話-


今から凡そ3700年前、まだウェスタリア王国が大陸西方の一国家であった時代、人々と精霊との距離が今よりももっと近かった時代、ある一人の少女が王国の北方の街に生を受けた。

それは平凡な、しかし多くの人々の祝福と喜びに満ち満ちた命の始まりの瞬間。

長じて後、岩室の魔女の弟子となった彼女は精霊の祝福を一身に集めるかの様な才を見せる。

そうして周囲の期待を集めた彼女が独り立ちの儀を経て白雪の魔女の名乗りを許された頃、彼女の運命を決定付ける一つの出会いがあった。若き賢者ジナイーダ・クトゥーゾヴァとの出会いである。

人一倍の才能を持つ白雪の魔女は、その才能に劣らぬ知識欲を持っていた。

そんな彼女の欲する知識を、求める答えを、惜しげも無く与えてくれる賢者を彼女は信頼し、賢者もまた白雪の魔女を妹のように慈しんだ。

時は、後に征服王と呼ばれるナーヴァの治世

王朝が古来よりの精霊信仰を捨て去り、祖霊信仰を掲げた転換の時代であった。

一人の少女を弟子に迎え、穏やかな時を過ごしていた白雪の魔女の元にもその転換の波は訪れる。

精霊信仰を絶対的な国是とする北方所属連合と王国との戦争…

長い戦いの中で、白雪の魔女の住む森は焼かれ周囲の村は蹂躙された。

そして彼女の愛弟子も、森を包む炎に巻かれて命を落とす。

深い悲しみの中に沈む彼女に、賢者が尋ねる。

曰く、戦いを止めたくはないかと

曰く、森を守りたくはないかと

曰く、弟子の無念を晴らしたくはないかと

賢者は言う。我等にはその力があるのだ、と

二人が生み出したのは、魔導の力

世界の力を借りる魔法では無く、世界の力を導き利用する外法の力

力を得るほどに、二人の元に集う人々

あるものは、家族の仇と言う

あるものは、世界の全てが憎いと言う

あるものは、せめて何かを成したいのだと言う

集った力は街を呑み込み、地方を呑み込み、やがてそれは国と呼ばれるようになる。

まつろわぬ民の祖国、ノルディア国

戦乱の世に生きる者達にとって、それは希望だった。

そして白雪の魔女はいつの頃からかこう呼ばれるようになる。

女帝エメラダ

まつろわぬ民に力を与える者として

世を鎮め平らげる者として

幾多の王の上に立つ王の中の王として

白雪の魔女を戴く彼らが北方を併呑して帝国を名乗り始めた頃、彼女は一人の孤児を弟子として迎え入れた。白雪の魔女が生まれて60年が経った頃の出来事である。

どうしてこの時に彼女が弟子を迎えようと思ったのかは誰にも分からない。もしかすると、自分の生きた証を遺そうとしたのかも知れない。

事実、彼女は新たな弟子をノルディアの宮殿には近寄らせず、純粋に魔女として、摂理の調律者たる者として育て上げた。

弟子が成長し、後は独り立ちの儀を待つばかりとなった頃、賢者は彼女に言う

-残すはウェスタリアのみである

出会った頃と変わらぬ姿で、変わらぬ声で

しかし何かに取り憑かれた様な瞳で、歪みきったマナで-

正当なるこの地の王位は我等にありと、万象五属万に遍く精霊の同胞たる我等にこそ、その座は輝き万物を照らすのであると叫ぶノルディア帝国

正当なるこの地の王位は我にありと、千万の古くより続く祖霊より大地を受け継ぐ我等にこそ、その座は高く万民に恵みを齎すのだと叫ぶウェスタリア王国

十年に渡る激しい戦いは祖霊より受け継いだ大地を蝕み、精霊の舞う空を曇らせ、万物万民を潤す河を毒した。

それは図らずも彼女が嘗て見た景色、彼女が止めようとした人々の営みそのものであった。

都が火に包まれ、宮殿に敵が踏み込んだ時にはもうその傍らに自分を支えてくれた賢者の姿もなく、大切な愛弟子は自分の命をする敵の一人となっていた。

たった一人、火に包まれ行く宮殿で愛弟子達を迎えた彼女は彼らに向けて言葉を放つ

-生まれ行くのが定めであれば、滅び行くもまた定め。心得よ!大いなる循環は私を永遠に生かすであろう。心得よ!私が再び立つは世の円環の乱れし時ぞ。

ナーヴァは肝に銘じようと一言返し、一刀白雪の魔女の首を刎ねた。


「-これが私の知る女帝エメラダの、我が師白雪の魔女の一生、そしてあの人の戦った正当王位戦争のお話です」

「驚いた…貴方が六英雄のルキアナだとは…同じ名だとは思ったが…」

遠い昔に起きた大戦、英雄の物語に語られる正義と悪の戦いは、しかしその実正義も無ければ悪も無い…思いが、願いが、境遇が、偶然すれ違っただけの何処にでもある戦争の形…何か一つが違っていれば、手を取り合っていたであろう人々の、たった一つの悲しい食い違いの話だ。

「しかし…失礼だが貴方はその様な歳には見えないのだが…」

「ええ、ここまでは私の師匠のお話…そしてここからは、私のお話-」


師を討ち、王国の民に英雄と迎えられた雪冠の魔女は、しかし都に凱旋すること無く、一路東へ向かう。

彼女を突き動かすのは怒り、そして恨み

師に道を踏み外させた賢者を追って彼女はひたすら東に向かっていた。

東の果て、人界の東端とさえ言われる砂漠の入り口で、遂に彼女は賢者に追い付き、尋ねる。

何故、師を唆したのか

何故、師を理の外に連れ出したのか

何故、師を見捨て一人逃げ行くのか

賢者は答える。

友であるが故、我が身の全てを与えた

友であるが故、思いを遂げる力を授けた

友であるが故、還りを待つ者であるために

賢者は更に言葉を継ぐ。

友を、全てを失った身であれど環から外れた我が身は朽ちぬ。故に、我は友の帰りを永遠に待つと

偉大な魔女の弟子はそれに否と首を振る。

大いなる循環に還っていった師が戻ることは無い。

道を踏み外した師であったかも知れないが、理の中にあり理の元に還っていったのだと。

しかし、その言葉は賢者の掌に置かれた赤い物質に無言のまま否定される。

理を歪める禍々しく巨大な力

エリクサー

その全てを持って完全たるこの不完全であるべき世界に、あってはならないその一つをもって完全な物質

壊れず、かけず、減らず、増えず、朽ちず

個体であり、液体であり、気体である

理の全てを冒涜するかのような、仮説上の物質

歪む世を正し、理の調律者たる役目を果たすというのならば、貴方の師の帰還を待ち、正すとよい。私はそれを止めはしない

その言葉とエリクサーをその場に置き、賢者は東の果てへと旅立っていった。


「その後、いつか来る師匠の復活を防ぐために、私はずっと生きてきました。」

「じゃあ…そのエリクサーを…?」

雪冠の魔女は首を横に振る

「エリクサーは私にとってはただ破壊する為のものです。私が今もこうしていられるのは、体を精霊の依り代として使っているから…私の体の殆どはもう既に人では無く、この意識ですら私のものである保障は無いのです。」

ルールを守るためにルールを破ることはしないという意志、それが雪冠の魔女を生かしているのだろう。

「確かに、貴方はもう人間では無く、私が話しているのは貴方の人格では無く、雪冠の魔女という役割を果たすだけの精霊なのかも知れないですね」

自分の意志で、自分を捨てる。それは生半可な覚悟で出来るものでは無いだろう。

「でも、この間薬師の魔女が言ってたんですよ、心も体も技も気持ちも、全部が自分の意志の為の道具なんだって。だから、私は貴方を貴方自身として信用出来ます。」

「うふふ、ふふっ…そうですか、そうですか」

雪冠の魔女は笑う

「面白い人ですね、貴方は」

目元を拭い、息を整える魔女…ツボに嵌まったんだろうか?

「大分前置きが長くなってしまいましたが、貴方達の事を狙う刺客について話しましょう。簡単に言えば彼らはノルディア帝国残党の末裔ですね」

「残党の末裔って…4000年前の国ですよね?」

執念深すぎじゃ無かろうか?

「そう、それ故に彼らの信じる物は事実では無く伝説による教義…王国に恨みを抱く者達の悪意が澱になって固まった迷信を信じる狂信者の類です」

意味のある教えも時を経て形に拘るとその実を失うということだろう。

「しかし、ただの狂信者にしては妙に腕が立つようだったが…」

「あれは失われたノルディア帝国の魔導技術の外法の業です。自らの命を削り、一時的に常人を超越した力を手に入れる。貴方達も見たのでは無いですか?彼らの自らの命すら道具とするような戦い方を…そもそも外法の業を使った時点で残された命は精々2日、それを過ぎれば貌は崩れ、長い苦しみの末朽ちていくだけの生ける屍、もはや彼らは対峙した時点で既に死兵なのです。それも化け物じみた力をもった…」

狂信者…納得だ。そもそも死を覚悟では無く既に死んでいる状態で挑んでくる。気持ち悪い…

「とはいえ生身で彼らと戦って圧倒する王女殿下達も十分化け物じみていますけど…」

「あー、確かに」

「エリーさんの部下の方、一発で馬ごと4人吹っ飛ばしてましたし…」

「いやいや、私達等まだまださ」

別に褒めているわけでは無いのだが…

「コホン、それで外法の業は精霊に嫌われてしまいます。彼らの歪んだマナの流れ、貴方も見たでしょう?」

「はえっ?!あ、あーそのー」

気付いていなかったのだろうか。私?勿論気付いてないが?

「はぁ…ミシェル『はえっ?!』ではありません!全く、マナをよく見る癖を付けなさいとあれ程言ったというのに…」

呆れた様子の雪冠の魔女。血が通っていないかのように冷たい印象の彼女もこうしていると普通に暖かい先生という様子だ。

「失礼、話を戻しましょう。この山は普通の山とは違い、ありとあらゆる精霊が濃く満ちています。外法の者が足を踏み入れればそれらの精霊と司る万象が彼らに襲いかかるでしょう。それこそ物質世界に巨大な影響を及ぼすほどに」

高圧の気体の様な物だろうか?1気圧なら問題なくとも、それが高圧になれば人を殺しうる。加えて敵と味方を見極めてくれるのなら非常に便利なセキュリティだ。

「ですから、皆さんも安心して滞在して下さい。」

「なるほど…であれば、お言葉に甘えさせていただこう。」

「そうだね、じゃあしばらくお世話になります」

これで今後について考える時間も確保できる。本当に頭の下がる思いだ。

「では、お昼ご飯まで時間もありますし、ヴァニカさんの検査をしてしまいましょうか」

「すいません、お願いします」

「はい、お願いされます。ヴァニカさん、行きましょう」


ヴァニカの検査が終わったのは、二時間半程経ってからだった。どうやら検査だけで無く、傷や痣に薬を塗ってくれたりと、治療までしてくれたようだ。

「お母さん!終わった!」

「お!ちゃんと良い子に出来たかな?」

「うん!な、ミシェル」

「はい、良い子に出来てましたよ」

「そっか、良い子良い子!」

ヴァニカの頭をぐしゃぐしゃっとなでる。

「それじゃあ、ユーコさんは師匠とお話しするので、向こうで一緒に遊びましょっか!」

「うん!」

ミシェルが私に目配せする。それに肯き返し、私は二人が出てきた部屋に入る。ベットとソファがあるだけのシンプルな部屋だ。

「それで…どうでした?」

「あまり良いとは言えないでしょうね…」

ミシェルの目配せで何となく察してはいたが、あまり聞きたく無かった話でもある。

「具体的にはどんな…」

「まず外傷ですが、全身に打撲と切り傷、骨折が二カ所、骨の変形が三カ所、内臓の損傷が一カ所…それと」

「まだあるんですか…?」

この時点でかなりの重傷だ。正直もう聞いていられない。

「ええ、その…女性の部分がかなり傷付いているようです。正直な所、しっかり治療しても将来子供を望めるかは半々といった所です。」

頭がクラクラする。あんな小さな子になんてことを…

「外傷に関してはこのくらいです。」

「大分…ですね…」

「ええ、かなり…」

外傷だけでこれである。

「それで…感染症ですが、これについては火の精霊の加護でほぼありません。」

「火の精霊の加護…そういう物なんですか?」

「いえ、あの子の場合は特に火の精霊に愛されているので特別でしょう。感染症にはほぼ掛からないとみて平気でしょうね。一部残っている物は薬で治るのでそう心配は要らないと思います。ここまで強い火のマナを持って、ここまで火の精霊の恩恵を受けている人は、火の精霊を宿した魔女にもそうはいませんよ?」

「そうですか…」

ほっと一安心だ。思えばあんなに劣悪な環境で過ごしていたにも関わらず、炎症やかぶれの様な物はほぼ無かった。火の精霊は殺菌とかしてくれるということだろうか。

「ただ、慢性的な栄養失調とそれに伴う成長障害が見られます。これについてはこれからしっかり食事をさせてあげられるでしょうからまあそこまで神経質にならなくてもいいでしょう。」

「普通に食事をとらせるだけで平気ですか?」

この世界にサプリの様な物があるかは分からないが、そういう物は大丈夫だろうか?

「大丈夫ですよ。ここに居るうちは食事の栄養は考えるように言っておきますから。それと…」

「まだあるんですか?!」

「ええ、あとは心の傷ですね…色々と調べてみたんですが、一番顕著なのは精神が一時的に退行してしまっている事でしょうか」

気になっていた部分だ。1日で大分雰囲気が変わってしまっている。

「その…治療って…」

「これに関してはしっかり愛情を注いであげることしか出来ませんね。」

「そうですか…」

「遊子さん、ヴァニカさんと出会ってどれくらいですか?」

雪冠の魔女は優しい声音で尋ねる。

「えっと…昨日です。」

「そうですか…この後はヴァニカさんをどうしようと?」

あの子と出会ってからずっと考えてきた。実現出来るかどうかは分からないが…

「引き取りたいって…そう思ってます。」

「多分簡単では無いですよ?貴方は異界の方、ヴァニカさんはこちらの世界の人…常識で考えればまず難しいでしょう」

ずっと方法を考えてきた。しかし辿り着いたのは、一つの答えだけだ。

「少なくとも、あの子が幸せに生きていける様にする方法はあります。その上で、引き取れる様に方法を探っていきます」

結局確実にあの子が幸せになれ無ければ意味は無い。

「そうですか…だからきっとヴァニカさんは昨日会ったばかりの貴方をあんなに慕っているのかも知れませんね」

雪冠の魔女はしっかりと私の目を見据える。

「ヴァニカさんの幸せを第一に考えるというのはとても大事な事で、立派な事だと思います。ただ、自分の犠牲を勘定に入れるのは止めましょう。ヴァニカさんにとって一番の幸せは、貴方と一緒にいることなんですから」

「あ…ありがとうございます」

「ふふっ、頑張って下さいね?お母さん」


「二人とも寝ないの?」

ヴァニカを寝かしつけ、雪冠の魔女が私達に貸し出してくれた離れの1階、暖炉のある部屋に戻るとそこではエリーとミシェルの二人が寛いでいた。

「ええ…なんだか眠れなくて…」

「私もだよ、緊張の糸が切れたからかな?」

「もー、あんま夜更かしするとお肌荒れちゃうぞー!」

二人の傍に腰を下ろす。

「えっと…ヴァニカちゃんのこと…」

「うん、しっかり聞いたよ…あんなにいい子なのに…」

「私も聞かせて貰ったが…やりきれない気分だよ…」

嘘の下手な二人だ。私の事を心配して起きてくれていたのだろう。本当に良い友達に恵まれたものだ。

「ユーコ、そういえば君はどうしてヴァニカを助けようと?」

「んー?そうだなぁ…なんて言えば良いんだろう…今度はって思っちゃったから…かな」

「というと?」

正直あまり思い出したくない記憶だ。

だが、この二人に話したら少しだけ気が楽になる。そんな気がする。

「うん私ね、22の時に結婚して子供を授かった事があったの」

「そうだったんですか」

「そう私の人生で一番幸せだった時間…子供の名前はどうしようか、どんな子に育つだろうって、旦那といっつも話してた。私とお腹の赤ちゃんのためにって、旦那がいっつも車で送り迎えしてくれてね、そんときもずっと生まれてくる子供のこと話してた。」

大切な人と過ごす大切な時間

「いい旦那さんですね」

「うん、最高にいい男だったよ。その日もね、いつも通り旦那と楽しくお喋りしながら車で買い物に向かってたの。それで、停まらなきゃいけない場所で停まって」

赤信号、あの信号のタイミングが違えば全てが違ったのに…

「そしたらね、横からトラックって言う…馬で言うと40頭分くらいの重さがあって、バイクみたいな速さで走れる乗り物が突っ込んで来ちゃって…」

過剰労働の大型トラックによる居眠り運転

「え…それって…」

「うん、トラックの来た方に乗ってた旦那は即死だったって…私も病院に運ばれて治療を受けてさ…意識無かったんだけど…目が覚めたらさ、もう誰もいないの。大好きだった旦那も、お腹の赤ちゃんも…」

「それは…」

「病院に運び込まれた時点で、私か赤ちゃんどっちかしか助けらんない状態でね…しょうが無かったんだって」

「済まない…その、悪い事を聞いた」

「ううん、気にしないで」

エリーが謝ることは無い。私が自分で話しているんだから。

「でもね、勘違いしないで欲しいの。その子の代わりにヴァニカっていうんじゃ無いっていうことだけは」

あの子の代わりなんてどこにもいないし、ヴァニカの代わりだってどこにもいない。

「私ね、14才の時にも自分が何も出来なかったせいで友達を亡くしててね、それ以来昨日ヴァニカに会うまではずっと自分の出来る範囲、責任を取れそうな範囲の事以外ずっと見て見ぬ振りをしてきたの」

「そんなことはない!君は私を、私達を助けてくれたじゃないか!」

「正直、イミカミも刺客も自分で何か正しいことをしようとしたわけじゃ無い。ただ状況に流されるまま動いてただけだよ」

「そんなことは…それでも…」

「エリーは優しいね…私はね、ヴァニカを見つけたときにずっと見捨てる言い訳を考えてた。責任を取れるのかって…それはあの子が助けてって、絶望しきった顔で呟いた時もずっと」

踏み出せない最初の一歩

「でもね、その時街の子供達…5、6才くらいの子供達がね、楽しそうに走ってるのが見えてさ…ああ、あの子も生きていたらあれくらいだったんだって。そう考えたらさ、なんかもう下らない言い訳してる自分がほんと馬鹿みたいで、ちっぽけで、なっさけなくなってさ…気が付いたらヴァニカを連れて行ってた。そんなに迷信とか信じるタイプじゃ無いけどさ、なんて言うかあの時はあの子が背中を押してくれたような…そんな気がするんだよね」

「ユーコさん、さっき師匠に言ってたじゃ無いですか、全ては意志の道具なんだって。体は無くっても、きっとその子の意志がずっとユーコと一緒にいてくれたんです」

「そうかな…うん…そうだと…いいな」

「そうです。魔女が言うんですから間違いないです」

「私はね嬉しいの…あの事故でもう子供を産めない体になっちゃった私を…もう母親になんてなれないと思ってた私を、ヴァニカがお母さんって頼って甘えてくれるのが…ほんっとうに幸せなんだ。自分勝手…かな」

「自分勝手なもんか!君がそうして助けたからヴァニカは元気な笑顔を私達に見せてくれる。保証したっていい。君は立派な母親だよ」

エリーの言葉に、いや二人の言葉に、堪えきれず涙が零れた。それを隠すように袖で拭って私は二人に背を向け立ち上がる。

「ごめんね、辛気くさい話しちゃって、ちょっとお酒とって-」

「ここにありますよ」

いつからそこにいたのか、雪冠の魔女が瓶とグラスを持って立っていた。

「雪冠の魔女特製のミード、秘蔵の一番美味しいところ開けちゃいましょう」


「あらあら、仕方の無い子ですね」

すぐに酔って寝てしまったミシェルに膝枕をし、頭を撫でる雪冠の魔女、その姿はまるっきり親子のそれだ。

「私達魔女は子を成さないんです」

慈母の様な眼差しをミシェルに向けたまま、雪冠の魔女は言う

「それはこの世界の決まり…大いなる循環に身を捧げる事を拒む魔女はそういません。ただそれでも子供とはこうも愛おしいものなのだと言うことを、弟子達が私達から技術や知識を学ぶように、私達は弟子達から学ぶのです」

「なら、ミシェルはヴァニカに劣らずよい母に恵まれたのだと思うよ」

「だね」

「ふふ、ありがとうございます。私は貴方達二人に感謝しているのですよ」

「何故だろうか?」

「この子をここまで守ってくれたこと…いえ、それだけでは無いですね、ずっと自信を持てず自分の才能を生かし切れなかったこの子が、今では堂々と自分の意見を言ったり、危険を顧みず誰かのために行動できるようになりました。貴方達のお陰です。ありがとう」

「いや、それはミシェル自身の努力の賜物だ。私達がどうという問題では無いよ」

「ミシェルが旅の中で色んな物を見聞きして経験した結果です。それはきっと、貴方の母としての教育の賜物でもあると思いますよ」

「まあ、母として言わせていただけのるなら、あまり危険な所に飛び込んで行くのは勘弁して欲しいのですが…あともう少し周囲をよく見て貰えれば言うこと無しなんですけれど」

大切な弟子が危険な旅をしてきた事に、やはり思うところがあるのだろう。お使いに出しても中々帰って来ず、帰ってきたと思えば刺客に追われているとなれば誰だって心配になるだろう。

「それでもこの子がこんなにも楽しそうに、こんなにも嬉しそうにしている姿を見ていると、本当に良い旅をしてきたのだろうと思うのです。沢山の人や物に出会って、沢山の楽しい事や悲しい事を経験して…そして何よりも貴方達の様な素敵な友人を得る事が出来た。短い時間であったとしても、一回りも二回りも成長して帰ってきてくれた。可愛い子には旅をさせろというのはきっとこういう事なのでしょうね」

雪冠の魔女は私達の方に向いて姿勢を正す。

「この子は近いうちに一人前の魔女となるために独り立ちの儀に臨みます。とても苦しい儀式です。どうかそのときあの子を支えてあげてはくれませんか?それが上手く行くにせよ、失敗したとしても…」

独り立ちの儀、名前だけなら何度も聞いた魔女が一人前になるための儀式。実際それがどんなモノであれ、私達の答えは決まっている。

「駄目だって言われたってそうしますよ、ね?」

「ああ、それにどんな儀式であれきっとミシェルならやりきるに決まっている」

私達を何度も救ってくれた大切な友達。彼女との旅はここで終わるとしても、それでも彼女のために出来る事があるというのなら…

「ありがとうございます。本当に幸せ者ですね、この子は…」

雪冠の魔女は立ち上がり、ミシェルをひょいと抱き上げた。

弱々しそうな見た目の割に妙に力があるらしい。

「それでは、私はそろそろ休みます。お二人もあまり夜更かしせずにお休みになって下さいね?」

「はーい、お休みなさい」

「今日は本当にありがとう」

にっこりと笑って魔女の師弟は部屋を出て行った。

「…なんだか、妙に疲れちゃった」

「そうだね、君もそろそろ休んだ方がいい」

「そうする。お休み、エリーも早く寝なね?」

私はそう言い置いてヴァニカの待つ部屋に戻る。

不安は多いが、きっと何とかなる。何とかしてみせる。

ヴァニカの可愛いおでこにキスをして、私も眠りにつく。

「お休み…ヴァニカ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ