それでも貴方に幸あれかしと
ミズナラの街北東山中
昼間30人で出て行った傭兵の一団が7人になって帰ってきた。
「おう、お前ら大成功だな」
「へいお頭」
どこがだろうかとカールは半ば呆れる思いだった。
捕虜を一人連れてはいるようだが…
「無駄な身代金稼ぎで人数を減らすな」
「へへへ旦那、そうじゃないんでさあ。こいつをよーく御覧になってくだせえ」
言われて捕虜を見る。銀糸でドラゴン貫く交差した剣の意匠が施されたを紅の長外套に、膝まで届く鎖鎧
「こいつは…」
「ひひひ、苦労したんだぜぇ…たった一人で二十人も殺しちまうもんだから」
そう言った男も、顔に血の滲んだ包帯を巻いている。
「その通り、側衛騎馬大隊の騎士でさぁ。こいつは俺らに勝利をくれる鍵だ…話しますかい?」
「あ、ああ」
根切りが部下に猿轡を外すよう指示を出す。
「ひいっ!」
猿轡を外した瞬間に目の前の傭兵の喉笛を咬み千切る騎士。そのまま身体を拘束する傭兵を力ずくで引き倒し、その頸を踏み折る。
「おいっ!取り押さえろ!!」
周囲に居た傭兵が総出で取り押さえるが、騎士の動きを封じるまでに更に二人の傭兵が殺された。
「いやはや、まるで獣ですなぁ」
その騎士の姿にカールは薄ら寒いものを感じた。普通であれば捕虜になった騎士は身代金と交換に解放される。特に諸侯に仕える騎士では無く、国王の直臣である近衛騎士団に属する彼らであれば、換金のため一時的に身柄が国外に移される事こそあれ身代金は確実に支払われる。それはつまり捕虜になった時点で命の保証はされていると言うことだ。本来このような危険な真似をする必要は無い。
「おい、此方の旦那がお前に聞きたいことがあるそうだ。」
「はっ!この俺が答えるとでも?笑わせるな、穢れた傭兵共!」
大勢に拘束され、刃を向けられるこの状況にあっても尚、この騎士は怯える様子一つ見せない。
「答えぬと言うのなら命の保証は出来かねるが?」
「そうか、ならさっさとやるが良い!どうした、貴様らの鈍では人一人殺せぬか?それとも鈍なのは剣では無く貴様ら自身か?」
「一つ、王女はどこだ?」
「王女殿下なら王宮で舞踏会だ、ダンスに誘うなら急いだ方が良いぞ?おっと、失礼ダンスは嗜んでおられないかな?」
「二つ、貴様らがこの街にいる目的は?」
「殿下に良いところを見せるために武芸大会に出ようと思ってな、貴様らも…いや、人には向き不向きがあるからまあ仕方あるまい。」
「三つ、貴様は何処に向かっていた?」
「ああ、貴様の実家だ。貴様の母親とデートの約束があるのでな。パパって呼んでも良いぞ」
こんな調子である。恐らく痛めつけても情報は吐かないだろう。
「ぷっ…クルクルとよく口の回る男ですなぁ」
「…逃げ出さないようにそこらの気に縛り付けておけ!猿轡も忘れるな」
その後その指示をこなすために更に四人の傭兵が死んだと聞き、カールは頭が痛くなってきた。
あれでは騎士では無く獣では無いか
正化8年5月28日ミズナラの街
この日の早朝、身元の証明できる人間に対してのみ城門が開かれた。とはいえかなり厳しい基準で…だが
「どうぞ、お通り下さい」
とはいえ、そこはほれ、外務省が発行して更にウェスタリア国王の玉璽まで押された私の甲種特定渡航者旅券、通称ポータルパスポートを見せれば一行揃ってほぼスルーだ。権威万歳!
「もしかしてユーコさんって凄い人?」
「いや、ユーコが凄いと言うよりは外交的配慮だろう。」
「いやいや、私の女としての魅力でしょ!」
「いえ、外交的配慮です!」
衛兵がわざわざ大きな声を出してまで教えてくれる。あーそーですかー、御丁寧にどーも。
「しかし…俺も一緒でよかったのか?」
確実に衛兵に聞こえない位置に達してからおっちゃんが小声で聞いてくる。
「おっちゃんはいい人だし平気だって!衛兵も屈強な護衛を付けてますねって言ってたし、どっからどう見ても怪しくないって」
我ながらふわっとした物言いだが、事実おっちゃんはいい人なので何の問題も無いだろう。
長い石段を登り終えると、ようやく商業区域に辿り着いた。日本のお城風に言えば三の丸みたいな位置だ。
「石造りの街!いいねぇ!」
絵に書いたような中世の城郭都市だ。街全体をほぼ四角形に囲む城壁の中に可愛らしい建物が所狭しと並んでいる。
現在立ち入れるのはこの三の丸こと商業区域までだ。
「さてと、じゃあ私は錬金術師のお店でガソリンを注文してこないとだけど、みんなはどうする?」
「それじゃあ私は剣を探しに行こうかな?」
「じゃあ私もご一緒しますね!」
「俺は宿を手配しといてやろう。予算の希望とかあるか?」
「一人3くらいで!」
「あいよ」
「じゃあ昼に大通りのどんぐり亭っていうご飯屋さん集合で!」
一晩中弄ばれ、殴られ、朝になってゴミのように放り出される。
何度も何度も繰り返されてきた。でも慣れる事なんて絶対にない。苦痛で不快な夜
「もう…いやだ…助けて…お母さん…」
そう言ったところで、何が変わる訳じゃ無い。誰が手を差し伸べてくれるわけでも無い。
動く気力も起きず、ただここに蹲る。このまま静かに…眠るように死んだら、楽になれるのかな?お父さんとお母さんに会えるのかな…
目を閉じる。もう何も見えないように…
そうやってどれくらいの時間がたっただろう?ふと肩を優しく揺する手の感触に気付き、あたしは目を開けた。
「大丈夫?」
昨日出会った異界人…確かユーコとか呼ばれてた。
「ひどい格好…立てる?」
私は首を横に振る。嘘だ。本当は歩けるけれど、もう何もしたくない。
「じゃあ、しょうが無い」
そうだ…あたしのことなんて放っておけば-
「んわあっ!」
何を考えたのか、異界人はあたしを抱きかかえた。
気が付くとあたしは医者で薬を塗られ、豪商が行くような豪華湯屋で身体を洗われ、清潔で上等な服を着て異界人の前で暖かいご飯を食べていた。
「ほら、あんまりがっつくと喉に詰まっちゃうよ?」
涙が零れてくる。それを異界人は優しく拭ってくれた。
止め処なく次から次へと涙が流れ落ちる。声を上げて泣き出した私を、異界人は優しく抱きしめてくれた。
「もう大丈夫。大丈夫だから…ね」
彼女を見つけたのは偶然だった。薄汚れて路地で放心する彼女を見て、最初は見て見ぬ振りをしようとした。
その場限りの偽善で、自分の罪悪感を誤魔化して…そんなことをしたって責任なんてとれやしない。余計彼女を絶望させるだけだ。
それが自分に向けた言い訳だった。
正義感が強く責任感があって、クラスをまとめてくれています。
小学校の通信簿にそう書かれていたとき、お父さんは凄く喜んでくれた。
そんなお父さんを見るのが嬉しくて、喜んで貰えるのが嬉しくて…
困っている人には手を差し伸べて寄り添ってあげましょう。道徳の教科書はただそう語る。
それがどんなに大変な事かも知らない子供に、無邪気な正義感に酔いしれる私に…。
私がその事に気が付いたのは、中学校に上がってからだった。
気が付いた時には手遅れなんて、よくある話だ。
ただ一言、遺書の最後に書かれた私へのありがとう。
お葬式の席で、あの子のお母さんに言われたありがとう。
話してくれてありがとう。
気にかけてくれてありがとう。
そんな、ありがとう。
何も出来なくてありがとう
気にかけるだけでありがとう
口だけの味方でいてくれてありがとう
そんなありがとうが、私の幼い正義感が、教科書通りの行いが、ただの安っぽい偽善だと突きつける。
そうだ。責任を取れないなら、最後まで寄り添っていられないのなら、手を差し伸べるべきじゃ無い。
自分で生き抜く術を持たない子供に手を差し伸べて、最後まで責任なんて取れるのか?最後まで寄り添ってあげられるのか?
所詮私はこの世界ではよそ者だ。
そんな私がどうしてそこまで出来るというのか…
「もういやだ…助けて…」
自分への言い訳は、彼女の声で途切れる。
実際に声が聞こえたわけじゃ無い。唇がそう動いた。そう見えた。
あんな子供があんな格好であんな場所で、あんな目をして助けを求めている。
踏み出そうとして、やはり躊躇う。
責任を取れるのかと頭の中で自分に問われる。
守ってやれるのかと頭の中で自分に問われる。
どれくらいの間そうして逡巡していただろう。ふと、無邪気に走り回る街の子供達が見えた。
一歩を踏み出していた
「落ち着いた?」
「…うん」
私の腕の中で、彼女は小さく返事をした。
沢山食べたからか、それとも湯上がりだからか、彼女の小さな身体はとても暖かい。
「そっか、よかった。」
手を離す。
「まだ食べる?」
「うん」
食べたいと思うのは彼女が生きようとしている証だ。全身の痣も、きっとすぐによくなるだろう。
「食べながらで良いんだけど…私はユーコ、物見遊子。異世界から来たの。よかったらお名前教えてくれるかな?」
「…ヴァニカ」
「ヴァニカ…良い名前だね」
今まで名前を聞かれても、本名を教えたことは無かった。
お父さんがくれた大切な名前だから
お母さんがくれた大切な名前だから
大嫌いな連中に、そんな大切な名前を呼ばれたく無かったから…
でも、この異界人…ユーコに教えたのは本当の名前、大切なあたしの、あたしだけの名前
「ヴァニカ、もしよかったら-」
ドアのベルがけたたましく鳴り響いた。
「おーいたいた探したぜ、クソ餓鬼」
店に入って来たのは大勢のいかにもならず者と言った風体の男達
その視線の先にいるのはヴァニカ
「ひっ…」
ヴァニカが小さく悲鳴を漏らし、その表情が恐怖に歪む。
「終わったら俺のとこに来いって言ったよなあ!」
ヴァニカの手を取り連れて行こうとする男
「いやだ!助けて!!」
「その子を離してっ!!」
恐怖を感じるより速く、私はヴァニカを奪い返していた。
「なんだおめえは!」
頬を思い切り殴られ、ヴァニカを抱えたまま倒れる。口の中に血の味がする。
「ユーコ!!」
「大丈夫、大丈夫だから」
男が私の髪を掴む
「んー?お前あれか、異界人」
そのまま投げ飛ばされる。テーブルに倒れ込んで身体中が痛い。
「異界人は高く売れそうだなあ、それにまだ異界人とはしたことねえんだわ」
背中を蹴られる。息が出来ない。
「やめて!…もう…やめてよ…」
ヴァニカが私の腕の中で、必死に藻掻き私のために叫んでくれている。
胸に、何か硬いものが触れた。
パァンッ!と、何かが破裂するような音がした。
甘ったるくて粘っこい様な、でも不思議と嫌じゃ無い独特の匂いがする。
「いってぇー!!」
ユーコを傷つけていた男が鎧を着込んだ腹から血を流して倒れ込み、変わりにユーコが立ち上がる。
「動かないで!」
その手には見慣れない金属の道具が握られている。
その道具からは、火の精霊様が怒っているような、そんな匂いがした。
正直、初めてまともに撃ってちゃんと当たるとは思っていなかった。
「動いた奴から撃つ」
「魔導師か!」
「殺してやる」
しかしどうやら彼らを怒らせてしまった様で、逃げずに揃って武器を構え始めた。
「ヴァニカ、私の後ろに隠れて!」
じりじりと後ずさりして距離を取ろうとするも、彼らもじりじりよってくる。
壁にぶつかる。
もう一発撃つ。壁に飾ってあった銀の装飾皿を貫通し、壁に穴が空く。
外れた…が
「金属も貫通するぞ!次は頭を狙う!」
はったりだ。頑張れ私、そういうのは得意だろ!
どうやら効果があったようで、相手が少したじろいだ。
「どいつから撃ってやろうか…お前か!」
銃口を向けられた男の肩がビクッと跳ねる。
「そーれーとーもー、お前か!」
次の男に銃口を向ける
ドンッという衝撃音
「あ…あれ?私じゃ無いよ?」
入り口付近にいた男が店の奥まで吹き飛ぶ。ん?
「騒がしいと思ったら嬢ちゃんか!」
「おっちゃん!!」
ぼろぼろの私をおっちゃんが見る。
次に店内の様子を見る。
察してくれた様だ。
「そーかそーか俺のダチと遊んでくれてたのかそーかそーか」
おっちゃんが拳をボキボキ鳴らしながら店内に入ってくる。
そこから先は、一方的な蹂躙だった-
「ユーコ!ユーコ!」
泣きながら私に抱きついてくるヴァニカ。余程怖かったのかさっきから離れようとしない。
「嬢ちゃん、こっちは片付いたぞ」
ならず者達は商工ギルドの人達が、吊せとかなんとか物騒な事を言いながら連れて行ってくれたようだ。
「ありがとう、助かったよ」
「そりゃ良いんだが…その子は?」
「ヴァニカ、昨日会ってるでしょ?」
おっちゃんはじーっとヴァニカを見る。
「ああ、昨日の悪ガキか!すっかり別嬪さんになってるから気が付かなかった。」
おっちゃんはヴァニカの頭をわしわしと撫でる。
「ちょっと!首取れちゃうでしょうが!」
「取れねえって!」
ヴァニカはすっかり怯えた様子だ。
「き…昨日はごめんなさい。もうしません!」
昨日凄まれたのが尾を引いているようだ。
「そうかそうか、しっかり謝れて偉いぞ!」
どうやら子供を叱り慣れているのだろう、場面を見てちゃんと接する態度を変えているらしい。
「おっちゃん、顔怖いのにちゃんとしてるね」
「どういう意味だそれは」
おっと、これでは私が怒られてしまう
フェアラインヒル公爵領から使者が来たとの報告が来たのは昼前の事だった。
「おお!こんなにも早く!」
ノリスは面会の為に急いで支度を調える。
フェアラインヒルの農騎兵連隊は、普段農耕に従事しているが、いざ動員令が下れば騎兵として軍事行動にあたる屯田兵で、広大な領地の防衛警備のためにエリザベート王女が創設した部隊である。半農とはいえ訓練体制はしっかりしており、王国軍騎兵部隊に匹敵する練度を有するともっぱらの噂である。
彼らが駆けつけてくれるならば心強い
ノリスは心が浮き立つような心地であった。
ミズナラの街北東山中
騒がしくなった敵陣を背にギルバートはそっとその場を後にする。
戦い、虜となった恥辱を雪ぎたくはあるが、しかし彼にはやるべき事がある。伝えねばならぬ事がある。
彼はペッと真っ赤に血の混じった唾を吐く。
無論彼の血では無い
ミズナラの街
「これとかどうですか!?」
「素敵だとは思うが短剣ではね」
エリザベートとミシェルの二人は、予定通り剣を探していた。
やはり街の中の店だけあって、ものはしっかりしているし、品揃えも悪くは無いのだが、やはりと言うべきかエリザベート好みの剣は見つからなかった。
「で…殿下!殿下ではありませんか!」
「ひゃっ!」
そんなとき横合いからかけられた声にエリザベートは柄にも無く肩をびくりと跳ね上げ驚いた。
見れば、見慣れた髭面がそこにあった。
エリザベートは彼の口を勢いよく手で塞ぐ。
「リカルド、町中だ!分かるな?」
コクコクと肯くリカルド。エリザベートが手を離すと、彼女が手を当てた場所がはっきりと赤く腫れていた。
「殿下!お久しゅうござ-」
跪いて挨拶を始めたリカルドの顎をエリザベートが蹴り上げる。
「あ…あー、人が倒れていますー、私達二人で介抱しないとー!」
ミシェルの下手くそな演技を援護射撃に、二人はリカルドを担いで店から駆けだしていった。
匂いを辿る
3つが4つになる
4つが3つに分かたれる
追うは2つ
匂いは近い
リカルドが目を覚ましたのは、大通りから一本入った路地裏だった。
「面目次第もございません!」
「いや、分かってくれれば構わない。それで…卿等は息災であったか?」
「はっ!我等一同皆無事であります!」
エリザベートはほっと息をつく。
「それは何よりだ。それで、卿等は-」
「あのー、ちょっと良いですか?」
「何だい?」
「そちらの方は?」
完全に置いてけぼり状態のミシェルが口を挟む。
「ああ、彼はリカルドだ」
「リカルド・デーニッツと申します。殿下の配下にて側衛騎馬大隊を率いております。」
「ご、御丁寧なご挨拶ありがとう御座います、サー?」
ミシェルはエリザベートの方を見る。エリザベートは察して肯く。
「サー・デーニッツ。私は雪冠の魔女の弟子ミシェルと申します以後お見知りおきを。エリーさん?ちょっと」
ミシェルはリカルドに背を向け、小声でエリーに言う
「大隊長の騎士様って、なんでそんな要人がいるんですか!聞いてないですよ!」
「ミシェル殿、要人と言うなら殿下以上の要人はそうおりますまいよ」
が、割とまるぎこえだったようである。
「そう構えますな。今は騎士とて生まれは商人の子、貴方の様な美しいご婦人にそう肩肘張られてはむず痒くなります故」
口調に反して砕けた態度に少し拍子抜けしながら、ミシェルは尋ねる。
「あ…はい…そ、それでサー・デーニッツは何故この街に?」
「そうですな、あれは1週間ほど前に殿下が失踪なさってから-」
リカルドはここに至るまでに起きたこと、そして今この街に起きている事を二人に話して聞かせる。
「まあ、そんな所ですな…」
「ちょっと失礼いたしますわ、サー・デーニッツ。エリーさん?ちょっとよろしくて」
「ん?なんだい?」
二人は再びリカルドに背を向ける。
「魔導戦艦から飛び降りるって何考えてるんですか?!そんなのちょっと豪勢な飛び込み自殺ですよ!」
「それに関しては私も同意見ですな」
やはり聞こえている。エリザベートはミシェルの声が声が大きすぎるのでは無いかと思うものの、それを言うと彼女の怒りに油を注ぐ結果になりそうなので黙っておくことにした。
「良いですか、普通死にますからね?」
「まあ、結果的に私はこうして元気に生きているんだから、二人ともその認識は改めた方が良いな。魔導戦艦から飛び降りても死なない、と。」
「ふ・つ・う死ぬんです!むしろ生きているのがおかしいんですって!」
ただ、結局別の一言で火力は上がることになったが…
「そうですな、むしろこれで亡くなっていたら殿下にも多少は人間らしい部分があったのだと思っていたところです。」
「相変わらず卿は失礼だな!」
「ははは、自分から危ない目に飛び込んで行く殿下がお悪いのです」
「そうですよ、もしそこで死んじゃってたら、この間の刺客の人々はさぞ喜んでくれたでしょうね!」
「刺客…ですと?」
リカルドの雰囲気が変わる。
「ひっ…!」
それは目の前で虎がその口を開けたような威圧感。
エリザベートは眉をひそめて首を横に振る。
「こ、これは失敬!しかし、その…刺客というのは…?」
今度はエリザベートが今までのあらましを語る。どうして逃走を図ったのか、何を目的に旅をしているのかまで
聞き終えたリカルドの目は微かに潤んでいるように見えた。
「そうですか…奴め、殿下を守って…粋な真似をする。」
「その話は私も初めて聞きました。」
「ああ、私がその話をしたとき、君は酔って寝てしまっていたからね」
イミカミの森での出来事だ。
「そうそう、誓って言っておくが、私が卿等を置いて行ったのは卿等を信頼していないからでは無い。それだけは分かってくれ」
「ええ、分かっておりますとも」
そういうリカルドの表情は父親の様に暖かいものだ。
「しかし、イミカミに殿下と打ち合える暗殺者…相も変わらず無茶ばかりしておられますな」
「正直私一人ではどうにもならなかったよ。ここにいるミシェルと、今は別行動だが話しに出てきたユーコがいてくれたお陰だ。」
「本当に、貴方達が居てくれてよかった。ありがとう」
リカルドがミシェルに頭を下げる。
「い、いえ…その、私こそいつもエリーさんやユーコさんには助けて貰ってばっかりで」
「そのユーコ殿という御仁にも会ってみたいものですなぁ」
「昼に落ち合う予定だからすぐに会えるさ」
「しかし…古代ノルディア帝国の紋章を持つ暗殺者…きな臭いですな」
リカルドも特に心当たりといえるようなものは無いようである。
「ああ、あれ程の腕前の剣士は卿等以外で見たことが無い。ゴドウィンやその辺りの奴儕に雇い入れられるとは到底思えないのだが…。」
「ふぅむ…ん?何やら騒がしいですな」
確かに大通りの方がざわついている。
道行く人にエリザベートが尋ねたところ、どうやらフェアラインヒル公爵領の農騎兵連隊が来たらしい。
「フェアラインヒルって言うとエリーさんの?」
「ああ」
「おお、流石はザッカーバーグ翁、素早い動員ですな」
先頭の騎馬がフェアラインヒル公爵の軍旗を掲げて堂々と入城してくる。
「わあ、凄い!あの人達みんなエリーさんの領地の方なんですか?」
ミシェルが町娘の様な無邪気な歓声を上げる。
「妙だな…」
「ええ、妙ですな」
対してエリザベートとリカルドの二人は怪訝そうな目線を隊列に向けている。
「妙?何か変なんですか?」
「ああ、装備がおかしい。本来であれば-ん?あれは…ギルバートか?」
後方から大慌てで接近してくる騎兵。顔中血塗れの男は何やら叫んでいるように見えた。
隊列の先頭を行くカールは、根切り率いる傭兵達のやり口に関心すると共に、その悪辣な手腕に完全に閉口しきっていた。
開戦前に救援に来る諸侯の軍に成り済まして敵城に押し入るなど、戦場の不文律も何もあったものではない。
「へへ旦那ぁ、笑顔ですぜ…このまま城主の館まで一直線!ってなぁ」
根切りの準備の良さは驚くべきもので、500人分のフェアラインヒル公爵領で用いられる揃いのチュニックと軍旗を用意していた。
それだけではなく、周辺諸侯の軍装まで取り揃えている。どうやら根城に大量に確保してあるとの事だ。
道理で大荷物だったわけだ。
ふと、沿道に目を向けたカールはある人物に目を止めた。一人は側衛騎馬大隊の軍装に身を包んだ髭面の大男
もう一人は、緑色のテールコートを着た銀髪の優男
(いや…違う…王女だ!!)
「おい、根切り…あそこにいる二人組、見えるか?」
「おお、あれはデーニッツ…獲物ですな」
「ああ、それと隣の優男…領主の首はいらん。あの二人の首を取れたら追加で報酬を支払ってやる。」
「へへ、お任せを-ん?なんだぁ」
隊列の後方が騒がしい。
カールは馬を横に寄せ、後ろを確認する。
(あれは…あの獣!)
「門を閉じろ!あいつらを街に入れるな!!おい!偽物だ!」
ギルバートの声が届き、街中がざわつく
「やはりか…!」
それと同時に隊列の戦闘にいた5騎がエリザベートの方に突っ込んでくる。
だが
「ぬぅおりゃぁあ!!」
先頭の騎馬がリカルドの金棒によって馬首をへし折られ、将棋倒しの様に連鎖的に落馬する。
エリザベートはどうにか落馬を免れた1騎の騎手に飛び付きその首を掻き切った。
「ミシェル!路地の奥へ!」
「は…はい!」
リカルドがエリザベートの方に寄ってきた。
「素人ですな…市街地で乗馬のまま戦おうなどとは」
「有難い事では無いか」
二人は大路に立ち塞がる。
「隊長!」
その二人の元にギルバートが駆け寄る。
「ん?殿下!お久しぶりです!」
「ああ、血塗れだが…大丈夫か?」
「はい!敵の喉食い破ったときに返り血をちょっと浴びてしまいまして」
深紅の長外套と同じくらい真っ赤になった顔で、ギルバートはにっこりと笑う
「ほう、そいつぁ豪毅だ!」
「では」
エリザベートは地に臥した敵のサーベルを拾う。
「ふむ…中々の業物だな頂いておこうか」
エリザベートの好みのサーベル、店を探し回っても見つからなかったものが手に入るとは付いている。
「さあ、一暴れと行こうでは無いか!!」
「おいおいおいおい、なんだぁ?!」
「門の方みたいだけど…」
私とおっちゃんは街の不穏な騒々しさに気が付く
「ユーコ…大丈夫だよね」
「大丈夫、私とおっちゃんが付いてるからね!離れちゃ駄目だよ?」
「ユーコさん!大変です!!」
息を切らせてミシェルが走ってきた。
「どうしたの?一体なにが…」
言いかけた所で街の半鐘がけたたましく鳴り響く。
「今…あそこの所でエリーさん達が戦ってて…」
「エリー?」
「ああ、そうだった!簡単に言うね、実はヘンリーはエリザベート王女なの!」
「あいつが…いや、納得出来るか…」
どうやらおっちゃんは納得してくれた様だ。
「それなら俺は助太刀に行こう」
「それじゃあミシェルはこの子をお願い!」
ミシェルにヴァニカを託す
「えっ!?この子は…」
「ごめん、多分今は説明してる時間が無い!私の娘だと思って守ってあげて!」
「ユーコ…」
「大丈夫、ちゃんとこのお姉ちゃんの言うこと聞いて良い子でいればすぐに迎えに行くから!ミシェル、この先の峠にある間道の入り口で待ってて!すぐ追い付くから」
二人が飛び去るのを見送る。
「よっし!じゃあ行こうか」
バイクのエンジンを掛ける。
「キック一発縁起が良いね!」
「そいつぁいい!行くぞ!」
後方から寄せてくる味方の部隊
門の奥から無数に寄せてくる敵の部隊
街の外からは焼けた石が次々飛んでくる。
「不味いな、どうやら門の開閉装置を抑えられたらしい」
二人の敵の頸を軽やかに掻き切りつつエリザベートが言う。
「なに、どのみち撫で斬りの予定です!集まってくれるなら有難い!」
ギルバートが敵から奪った両手剣で敵を切り伏せながら返す。
「そうですぞ、殿下!戦のいの字も知らぬ素人に戦場の作法を教えてやりましょうぞ、あっはっはっは!」
リカルドは豪快に笑いながら敵の頭を兜諸共叩き潰した。
この場に於いては戦局は拮抗しているものの、他の通りにはかなり圧迫されている所もある様だ。特に右翼の敵は大分押し込んで来ているように感じられる。
「ホセ、ダニエル!卿等の隊で右翼の救援に向かえ!」
指示を受けた二隊が駆け出して行く。
こうして最前線で戦いながらもエリザベートは指揮を執る。本来部隊の戦闘間の全体指揮はジョルジュという隊の副隊長の役目だが、彼はクロマツの街に残った部隊の指揮を執っている。リカルドはこういった事に向いていないため、全体指揮と最前線での戦闘をエリザベートは両立せざるを得ない。
「殿下!」
ギルバートの声にエリザベートは膝を折って背を逸らす。顔を掠めるようにして彼の剣が屋根の上から襲いかかった敵を両断する。
「屋根上からも来よるぞ!警戒しろ!!」
この格好は…
「リカルド、さっき話した刺客だ!寄せ手の雑魚とは違うぞ!気を付けろ!!」
「漁夫の利狙いですか、せっこい刺客ですね」
「ああ、だが不味いな…」
「ふむ、明日は少し筋肉痛になりそうですな」
「ひーふーみーよっし撫で斬りです」
後方を遮断する刺客の群れ。
この位置に陣取るエリザベート達より少し多い。
エリーはファルシオンを抜き左に構える。
「これより先は必死の境地ぞ!卿等の剣に偉大なる祖霊の加護があらんことを」
「ええええぇぇるいいいいぃ!!」
「おっらああぁ!!」
赤黒いローブの連中におっちゃんが穴を開けバイクでそこを強引に突破する。
味方の所で急制動!よっしゃあっ!上手く行った!!
「ュ、ユーコ?!」
「エリー!迎えに来たよ!!」
「ようヘンリー、王女様だったんだってな!」
「オドゥオールも…二人とも!ここは危険だ!!」
返り血塗れのエリーが慌てた様子で言う。
「だから来たんでしょ!逃げるよ、乗って!」
「済まないが、私は-」
「ギルバート、馬は何頭残ってる?」
「12頭です」
「ユーコ殿」
こちらも返り血塗れの髭面の騎士が声をかけてきた。
「門の外まで騎馬で道を開きます。殿下を連れて落ちて下さりませんか?」
「リカルド!何を言って…」
「後ろは俺等が押さえます。」
血塗れで顔は見えにくいが声は若い騎士が言う。
「ギルバート、私も残って戦う」
「それじゃあ俺はここを手伝おうか。髭の騎士さんよ、勝つつもりでいるんだろ?」
「無論だ。殿下、必ず探して迎えに行きます。ここは我等にお任せ下さい」
無理やり、エリーを私の後ろに座らせる。
「おい、待て!リカルド!」
「殿下、すぐに全部撫で斬りにして追いかけます。俺等の武勇話を楽しみに待ってて下さいよ」
「エリー、そろそろ出ないと」
騎士達が頑張ってくれているものの、あまりゆっくりしている時間は無さそうだ。
護衛して貰うとはいっても敵の群れの中を突っ切るのはかなり難しそうだ。ジャケットの内側の拳銃を確認する。当てる自信は無いが、威嚇くらいにはなるだろう。
「誇り高き大隊諸君!ロード・フェアラインヒル・エリザベート・ドゥ・ウェスタリアの名において命令する!一人も欠けずにこの戦いに勝利せよ!」
歓声が上がる。
「おっちゃん!またね!」
「ああ!またすぐに会おう!ヴァニカによろしくな!」
12騎の騎士が突撃する。
その後に続いて、私は相棒のスロットルを開けた。
ミズナラの街北方約70km
「天気…崩れそうだね…」
空が灰色に濁っている。低く垂れ込めた雲が今にも降り出しそうな雨の気配を教えてくれる。
「エリー…」
「ふぅ、済まない。そうだよな、私がこんなんじゃ駄目だな!彼らが勝つと言ったんだ。私が信じてやらないとな」
ぽつりとヘルメットの隙間から雨が入ってきた。
「うん」
ぽつりぽつりと、次から次へと、雨粒が私達を濡らしていく。
「雨衣…着る?」
「ごめん…もう少し、このままで…」
バイクの振動と共に、背中にエリーの震えが伝わってくる。
ああ、雨だな…




