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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編?

エメラーダ公御前試合 異種兄妹

作者: 稲荷竜

 二者が同時に試合場中央に歩み出た時、あたりからどよめきが起こった。


 あまりにもすさまじき体格差があったのだ。


 尋常なる試合である。


 稀代の武芸好きであるエメラーダ大公により開催されたこの武芸大会には、様々な事情、因縁を抱えた闘志たちが集った。むしろ、事情のない、腕試しだけを望む者は、避けた、と述べるべきであろうか。

 というのもこの平穏なる時代において、この武芸大会は殺し合いを是とするものであったのだ。ここでの比べ合いは鍛錬用武器による寸止め形式ではなく、実戦用武具を振り抜くものである。


 人も亜人も魔の者も先ごろ終わった大戦によって疲れ果て、もはや血を見る必要のない時代の到来を喜ぶ声が多数を占めていた。

 それゆえに大公という、王にほど近い権力者の開いたこの催しは、様々の波紋やひそやかな反対の声を押し切るかたちで本日に至った。


 これに参加し、衆人環視の中で睨み合う両名……その姿はあまりにも対照的で、見る者はみなこれより起こりうる惨劇を予感し、眉をひそめ、目を背ける者さえあった。


 オークと、人間族の少女との立ち合いである。


 言わずと知れたことではあるが、オークというのは、その大柄で屈強な筋骨をもって、人類を脅かし続けた魔の者の尖兵である。

 ことに戦争終盤のオーク族は、その恵まれた肉体に武芸まで身につけているのが普通であった。


 ゆうに人間の成人男性一人分の長さ、太さ、重さを持つであろう馬鹿げたサイズの棍棒を、しかも左右の手にそれぞれ持って戦う棍棒二丁流の棒術は、恵まれた体躯を持つオーク独特の戦闘技法である。


 中でも『ガ・ボルグ戦闘術』と呼ばれた二丁棒術は、対人類特化の流派であり、右手の棍棒で地面すれすれを、左手の棍棒でそれよりやや高い位置を、わずかにタイミングをずらして薙ぎ払う『人くじき』と呼ばれる技によって、その戦闘術の名を畏怖とともに世に広く知らしめた。


 また、今試合場に立つギ・ゴーグというオーク族の青年は、その天稟(てんぴん)により若くしてガ・ボルグ戦闘術を極めた才人であった。


 自他ともに厳しい接し方をする青年である。女を犯さず、酒を嗜まず、そういったオークらしからぬ清貧さにより仲間になじめず、ただ一人、里を離れたところで武芸の極みを目指し続けた者であった。


 彼が生まれたころに戦争が終わってしまっていたために、実戦おいてその棍棒が振るわれることはなかったが、間違いなく現在のオーク族でもっとも武芸の真髄に近い場所にいるとされるのが、ギ青年なのである。


 いっぽうで華奢な少女の方が何者かというのを知る者はあまりにも少ない。


 その名をシャルロット・エメラーダ。すなわちこの血生臭い祭典を開催した大公の血縁者である。


 しかしシャルロットはゆえあって隠されてここまで育てられた。


 というのもこの娘、人とオークのハーフなのである。


 この娘の誕生秘話は、戦争が終結に向かう、さる寒い時期までさかのぼる。


 大公家といえど戦争と無縁ではいられぬ。むしろ、戦乱が終わりかけた時だからこそ、後に備えて武功を一つでも立てておこうという焦りもあった。

 その焦りが家中に伝播し、当時の大公の七人いる子供たちはみな、前線に陣を張り、『大規模な、しかし確実に勝てる敵の攻勢』を待った。


 この時にもっとも奮起したのは末娘のマリーテレーズである。

 大公家もほかの貴族とかわりなく、先に生まれた者ほど次代の家督継承権が高い法則があった。

 第三子ぐらいまでであれば、上の者の品行や能力に問題があった場合には家督相続を許されることもありうるが、第七子ともなれば継承は絶望的であり、どこぞの貴族へ嫁にでも行かなければ、冷や飯を食わされるものと決まっていた。


 ところがマリーテレーズは野心の強い娘であった。


 王の次に尊いとされる大公の家に生まれた者が『貴族の嫁になる』というのは、すなわち家格を下げることに他ならない。

 マリーテレーズはそれを大変嫌ったのである。


 ここで武功を立てて、その目覚ましき活躍により、民衆から押し上げられて大公位を継承するか、それとも王族に見染められてその嫁に入るか、彼女が選ぶ道は二つに一つであった。

 そして、王族に見染められ、婚姻まで話が運ぶ可能性は、ありえないものと誰もが思っていた。


 一つには、マリーテレーズの、美しいものの気の強さがありありとにじみ出る美貌が原因だ。

 娘にも受け継がれるこの傲岸不遜な美しさは、なみの男性であればジッと見つめられただけで怖気付いてしまうようなおそろしさがあった。遠目に鑑賞するぶんにはよいが、(ねや)をともにするほど度胸のある男性は、そうそういないであろう。


 なにより彼女は庶民の娘であった。

 母は大公家で使用人をしていた女性なのである。しかも、扱いとしては『捨て子を拾って養子にした』というもので、母方の後ろ盾が彼女にはない。


 ゆえにマリーテレーズは戦争終結間近の空気漂う中、武功を求めて味方の構築する前線から大きくはみ出したところに陣を布き、あっけなく捕虜となった。

 気概はあったが、運と実力が足りなかったのである。


 マリーテレーズを捕虜としたのはオークの部隊であった。


 このころになれば捕虜の扱いについて人間、亜人、魔の者のあいだで協定のようなものがあった。

 特に人間の貴族を捕虜にした場合、多額の身代金が支払われるのが常であったため、女を犯すことを至上の喜びとするオークたちも、マリーテレーズを一番上等な牢に入れ、彼らなりに丁重な扱いをもって遇したのだ。


 ところが捕虜とされたマリーテレーズは己の解放のための身代金が支払われないだろうことを予測していた。


 大公の娘とはいえ、『養子に迎えられた孤児』扱いの第七子である。

 また、自分の野心の高さは兄姉に知れ渡っていたものだから、捕虜となったのを機に、この『なにをしてくるかわからない末妹』を処理してしまおうという陰謀がうずまいていることを、彼女は充分に覚悟していた。


 通常であれば死を選びたくなるほどの絶望の中で、しかし、マリーテレーズの野心はいささかもおとろえることがなかった。


 あるいはすでに心が狂っていたのだろう。

 上昇志向以外を失ったこの哀れなる少女は、自分が大公位や貴族位をえられぬものとさっさと見切りをつけると、次はオーク族に自分の立つ瀬を作ることに決めたのだ。


 彼女がそうして得ようとした地位は、果たして彼女が『これ未満に下るのは嫌だ』と思った人間族大公の地位より、上なのか、下なのか……


 彼女の中でどのようなロジックが構築されたかはわからない。

 あるいは、オーク族を指揮下において、大公家に攻め入ろうという算段まであったのかもしれない。


 ともあれマリーテレーズは、戦争がすっかり終結し、大公家に帰されるまでのあいだに、オーク族の中でも地位の高い男とのあいだに、二子をもうけた。


 そのうち一人、マリーテレーズが大公家に帰ったあとで生まれた少女が、シャルロットであり……

 もう一人こそ、シャルロットと対峙するオークの青年、ギ・ゴーグであった。


 オークとの混血児であるシャルロットは同年代の者たちの誰より力強く、また、大柄であった。

 それにしたって、身長も肉付きも、オークの特徴が色濃く出ている兄の半分ほどしかない。


 だがシャルロットにはオークを殺すための必殺剣がある。


 マリーテレーズの娘であり、オークの娘でもあるシャルロットの家での扱いはひどいものであった。

 家督を継いだ伯父(おじ)による庇護はあったが、その扱いは庶民のメイドとほぼ同等のものであり、また、戦争を終えたばかりという時勢のせいか、元敵対種族とのハーフへの風当たりは強かった。


 そのような中で母から毎日のようにオークへの恨み言を聞かされ続けたシャルロットの内心や、いかなるものか。

 マリーテレーズはこのころになると『自分が幽閉同然の生活を強いられているのは、あの時、自分の陣を攻め落としたオークのせいだ』と思いこむようになっていた。


 マリーテレーズの記憶の中で、オークたちは卑怯な手段を用いて自分を虜囚の身に落とし、協定を無視して辱めてきた唾棄すべき種族となっていた。

 自らの野心が招いた現在であることは彼女の頭からすっかり忘れ去られ、どこまでもどこまでも、自分は被害者であり悲運のヒロインなのだという物語が出来上がっていたのだ。


 マリーテレーズの騙る(・・)物語の中では、オークこそが我が身を襲うあらゆる不幸の原因であり、オークを産み落としてしまった後悔から、実の娘たるシャルロットにもついついきつく当たってしまうのだ……ということになっていた。


 これをひどい虐待のあと、涙ながらに毎夜語られ、すっかり信じてしまったシャルロットが、オークに対し並々ならぬ恨みを抱くのは無理からぬことであろう。


 また、シャルロットにも母と同じく、『思い込みの才能』とでも言うべきものがあった。

 その才能は次第に己を悲劇のヒロインにした物語を形作り、この複雑怪奇なる事情の絡み合う己への悲運は、オークを、特に忌むべき兄を打倒するとすべて自動的に片付き、運勢が上向きになるものと思い込まれていったのであった。


 その思い込みはシャルロットが絶え間なく磨き続けた剣の腕にも反映されており、彼女はついに、素早くオークのふところに潜り込み、垂直に跳びながらオークの喉に剣を突き刺す独特の技法、『悪鬼跳び(ぬき)』を編み出していたのである。


 兄を殺すために錬磨した技法をたずさえ、ようやく、兄を討ち果たす機会をいただくことができた。

 シャルロットの目に浮かぶ歓喜はそういった理由からである。


 向かい合う二者の体にはそれぞれ気が充溢(じゅういつ)していた。


 シャルロットがわずかに背後を振り返る。

 そこには向かい合う二者の母であるマリーテレーズがいた。


 すでに四十に迫ったその女は、清艶なる美貌に狂気の笑みをにじませ、我が子たちの殺し合いを待っていた。

 そこに『母の愛』と形容されるような色はいっさいない。

 むしろ、二人の子ら両方には殺意とでも言うべき視線を向け、このあともっとも残酷なる結末がおとずれることを誰より期待しているようだった。


 土の敷かれた円形の試合場で対峙する二者の周囲は、その気迫により陽炎のように空気が揺らめいているようにさえ見えた。


 殺し合いの開始を告げる陣太鼓の音が鳴り響いた。


 決着は一瞬であった。


 シャルロットは地を滑るような低さでギ・ゴーグの懐に入り、そのまま脚に力を込めると『悪鬼跳び(ぬき)』を繰り出す。


 いっぽうでギ・ゴーグは得意の『人くじき』を繰り出そうともせず、シャルロットの剣を喉に迎え入れると、妹の体を片腕でギュッと抱きしめ、もう片方の腕を大きく振るった。


 棍棒を投擲(とうてき)したのである。


 放たれた棍棒は回転しながら物見席まで高速で飛び、そこにいたマリーテレーズの痩せた体をぐしゃりと潰して、そのまま止まらずに壁へとめりこんだ。


 驚愕に目を見開くシャルロットにかすかに笑いかけて、ギ・ゴーグは息絶える。


 オークは戦闘種族だという思い込みが色濃かったゆえに、誰もがこの純朴にして実直なる青年が、殺し合いに臨んだ理由を聞こうともしなかった。


 だからこの孤高なる青年の願いを知る者は誰もいなかったが、もしも彼に心を許せる友がいたならば、彼は語っただろう。


 彼は幼いころに人里へ戻った母のことをずっと気にかけていた。

 可能な限りの手段を使い、母のひどい行く末と、人里で生まれたらしい妹のことを知った彼は、己にできることを探したすえに、たどりついたのだ。


 武芸しかない己にできるせいいっぱいの親孝行。


 それこそが、妄執に取り憑かれた母の人生を鍛えた腕前で終わらせ、妹をオークという呪縛から解放してやることだった。

 武芸以外のものがなかった彼には、それぐらいしかできなかったのであった。

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