9、拒絶
翌朝、俺は早くからベッドの中で目を覚ましていた。
と、いうよりあまり眠ってない。
昨晩はあまりにも色んな事があった。赤川と吉岡のキスシーン、秋田の告白、そして夜の浜辺で出会った白拍子の海月。
しかも彼女の言った道理に合わない言葉。
彼女の言葉通りなら、彼女は平安時代の人という事になる。
でも俺は現代人だ。
彼女が平安時代からやってきたか、俺達が平安時代にタイム・トラベルしたかのどちらかだ。
確かにここが平安時代だと考えれば、このきれいな海も空気も全部つじつまが合う。
でもそんな事がありうるのだろうか?
もう一つ、こちらの方が可能性は高いと思うのだが、これは何かのアトラクションで、彼女は役者か何かだという事だ。
変わった設定だけど、現実にはタイム・トラベルよりはマシな考え方だろう。
あと思いたくはないけど、彼女は精神異常かなにかで、自分を平安時代の人間だと思いこんでいるという場合だ。
でも彼女はそうではないと俺には思えた。
柴崎が寝返りをうった。
もうこれ以上1人で考えている事はできない。柴崎なら何か知っているかもしれない。
吉岡と宇田川を起こさないようにそっとベッドから起き、柴崎を軽く揺さぶる。
うるさそうに顔をしかめ、こちらを見る。
「なんだよ」
「ちょっと話がある。起きてくれ」
柴崎は腕時計を見ると
「まだ6時前じゃねぇか、後にしてくれよ」
と俺に背を向けた。
「まだみんなに聞かれたくないし、最初におまえに確認しておきたいんだよ」
しぶしぶ柴崎は起きてきた。外に出て中央テラスのテーブルに座る。
「なんだよ、話って」
俺は昨日の出来事を話した。
柴崎なら何か知っているかと思ったのだが、彼も何も知らなかった。
そこに吉岡と宇田川も起きてくる。2人にも話した。
柴崎は「おまえ、その子にからかわれたんじゃないの?」と言う。
吉岡は黙っていたが
「いや、もしかするとそういう事もありうるかもしれないぜ。俺も何かここはおかしな点があると思っていた」
と言い始めた。
宇田川がそれを受けて
「うーーん、オマエの話だけじゃ何とも言えないけど、そう考えると話が繋がるかもな。もちろん、その子が精神錯乱という可能性も捨てきれないけれど。結局、その子にもう一度会ってみるか、柴崎の兄さんに会って話を聞いてみるしかないんじゃないか?」
とメガネを押し上げながら言った。
柴崎の兄さんには会えるかどうかわからないけど、そう話がまとまった所で朝食を取ることになった。
いつも何かと準備で遅い女子をそのままにして、俺と柴崎はフロントで斎藤さんを呼んでもらった。
吉岡は当然別行動を取りたいだろうし、園田もチャンスが必要だろう。
斎藤さんが来るとさっそく、柴崎の兄さんに合せてほしいと頼んだ。
斎藤さんは困ったような顔をして
「どうしたの一体?」と聞く。
俺は何となく昨夜の事は言わない方がいいような気がして
「いえ、みんなでここはどのあたりなのか気になったので、聞いてみようと思って」
と答えた。斎藤さんは俺の顔を探るような目で見て
「うーん、柴崎さんのお兄さんは、大事な仕事の最中で会えないわ。ここには政府や財界の要人も大勢来ているし、何かと忙しいと思うの。だからその事は帰ってからゆっくり聞いて」
といなされる。
昨日から斎藤さんと一緒に泳ぐ約束を取り付けていた柴崎は、すぐにでも一緒に海へ行きたそうだったが、それはとりあえず午後からにしてもらった。
自転車を借りてまた東の端に言ってみた。
昨日と同じように崖を登ってみると、番小屋と兵士が見える。
俺は言った。
「もしここが平安時代だとしたら、あの兵士はリゾートから出る客を監視しているだけじゃなく、外からの盗賊なんかの侵入も防いでいるんだろうな」
宇田川もうなずき
「向こう側の兵士は平安時代の防人ってところだな。服装はいかにもそれっぽいけど。でもこれだけじゃ、ここが平安時代だなんて決めつけられないぜ。俺はまだどちらかというと、これはアトラクションの1つか、宮元が見た女の子が精神異常って説を取るけどね」と言う。
「それじゃあ、あの白拍子の一座のいる場所に行って、聞いてみようぜ」
俺は反対されたことにムキになり、崖を降りていった。
今度は別のスタッフを見つけて聞いてみる。
「昨夜の夕食で、ディナーショーに出ていた白拍子の人たちに会いたいんですが?」
そのスタッフも怪訝な顔をして
「白拍子の人?あの人たちは外部よりお呼びしている劇団の人達なので、今はリゾート内にいません」
と言って去ってしまった。
もうこの中にはいないのか・・・心にポッカリ穴が開いたような気がした。
もうあの白拍子の海月って子には、二度と会えないかもしれない。
そう思うと、どうしようもなくやるせなくなってきた。
なんでもっとあの時に、色々な事を話しておかなかったんだろう。後悔が胸をよぎる。
考えてみると、昨日の夜から俺は後悔ばかりしている。
コテージに戻るともう正午近くになっていた。
蜜本と秋田2人で退屈そうにしていた。
「あ、みんな、どこ行ってたのぉー。つまんなかったー」
と蜜本が言う。
「アカは吉岡君と2人でどっか行っちゃった。ソノちゃんはわかんないしぃ」
園田のことが少し心配だったが、俺にどうする事もできない。
秋田がいつの間にかにじり寄ってきていた。
「昼から2人でどっか行こうか?」
俺は生返事で「ああ」とか言ったけど、心は他の事を考えていた。
もしかしたら美月は従業員用の宿舎にいるかもしれない。午後はそっちに行ってみよう。
昼食はカフェテリアでパスタを食べる。
柴崎は斎藤さんが来るので浮かれている。
俺は斎藤さんが来ると引き止められそうな気がしたので、トイレに行くと言ってみんなから離れた。
単独別行動を取るつもりだ。
従業員用の宿舎は俺達のコテージの真北に当たる所、リゾートとパインコート駅の両方に隣り合った位置にある。
パインコート駅はフロントの真北の位置だ。
自転車に乗ってリゾートの一番外側を周回している道路を越えると雑木林なので、そこで自転車を降り草むらに自転車を隠す。
雑木林をぬけていくと簡単な柵があり、その向こうに従業員用の宿舎が見えた。
別にここには厳重な番小屋はない。
宿舎の様子を見た後、入り口を探そうと思って雑木林の中から周囲を回って行くと、途中で木製の高い塀に囲まれている所を見つけた。
ここには警備員がいる。
警備員が腰のトランシーバーを取って何か話すと、宿舎の中に入って行った。
今がチャンスだ。
俺はすばやく門の中に潜りこんだ。
しかし、木の格子になっている門には鍵がかかっている。
ぐずぐずはしていられない。俺は3m近い門をいっきに登り越えた。
木の影にいったん隠れて様子を見る。
大丈夫みたいだ。
この塀の中は大きな農家くらいで300坪ほどの広さだろうか。建っている家も板ぶきの平屋で農家屋敷のようだ。
井戸の近くで様子をうかがっていると、中から赤い着物の女の子が出てきた。
海月だ!
俺ははやる心を押さえて、そっと木の影から出て声をかける。
「こんにちは」
海月はビクっとして、思わず桶を落としそうになった。こちらを向く。
「あ、こんにちは、いきなり後ろから声をかけられるから、ビックリしました」
彼女も俺を見てにっこり微笑んだ。
「よかった、まだ居たんだね。もう帰ったってホテルの人から聞いたから」
海月はちょっと顔色を曇らすと
「え、うん、まだ私達も仕事があるから・・・。」
と語尾を濁した。
俺はその様子をあまり気にせず
「もう会えないのかと思ったよ、昨晩のあれっきりじゃ寂しいと思ってね。もっと海月さんと話がしたいと思って」
海月はあたりを気にしていた。
「私達、お客様とは個人的に話したりしないように言われているの。誰かに見つかったら怒られます」
と言うので、俺は仕方なくここから引き上げる事にする。
「わかった。それじゃあ今夜はどう?昨日と同じ場所で会えない?」
海月は突然怒ったように
「ダメ!今晩はダメ!」
と強い調子で言った。
昨日と違って、海月が俺をうとんじているように感じられた。
「何か用事があるの?」
彼女は最後に静かにこう言った。
「きっと、もう会わない方がいいと思います」