7、疑念
まだ暗い内に目がさめた。
腕時計を見ると4時15分だった。俺は普段は殴られても起きないタイプなのに、やはり興奮してるのだろう。
寝直そうと思って目を閉じたが、体が最早パッチリ起きていると告げている。
仕方なくもっそり起きた。3人はまだ寝ている。日の出でも見るか。
Tシャツと短パンのまま外に出る。
ビーチに出るため松林の中を歩いていると、途中、ハンカチを見つけた。園田の物だ。でも昨夜外に出る時は持っていなかったと思うから、後から1人で外に出たのだろう。あの夢の中のすすり泣きは園田だったかもしれない。
ふと見るとすぐそばに妙なものが見えた。丸いものだ。金属らしい。
手に取ってみると最初はなにかのフタかと思ったが、どうやら大昔の鏡らしい。
赤っぽい、銅でできている。直径は5、6センチか。表面はよく磨かれていて顔もはっきり写る。
でもこんな年代物どうして持っているんだろう?これも園田のだろうか?
浜辺に出た。ちょうど空が群青色から刻々と変化していく所だった。きれいな朝焼けだ。
空気も冷たくてすがすがしい。雲がやはりオレンジ色に輝いていた。
松林からだれか来る気配がした。
園田だった。俺に気付くと逃げようとした。
「待てよ」
俺が声をかけると、とまどいながら園田は立ち止まった。
俺は声を掛けた事を後悔した。思わず言ってしまったのだ。何を話そう?
思い出してポケットからさっきのハンカチを出す。
「これ、園田のだろ?」
「・・・ありがと・・・」
すばやく園田はハンカチを取ると行こうとした。
「これは園田の?」
俺は銅でできた鏡を出した。
はじめて顔を俺のほうに向けると、じっと見て「知らない」と言った。
そのまま園田はコテージの方に去っていった。
気まずいので俺は少し遅れていく。
戻ると中央テラスのテーブルに宇田川がいた。
「あれ、宮元、早いじゃん」
「オマエこそもう起きたの?」
「うん、慣れない井戸水だから、ちょっともよおしちまってね」
ここは井戸水を汲み上げている。すごくおいしい水だ。
「大丈夫なのか?海で泳いでる時に漏らすとか、勘弁してくれよ」
「いや、そんなに強烈じゃない、ただ普段よりしたくなるって程度さ」
部屋の戻ると柴崎も起きだしてきた。
「今、何時だ?」
「6時だよ。おまえも下痢ぎみか?」
「なんだ、それ?」
俺は宇田川の事を話した。
「軟弱な腹だな、おれは反対に空腹だ。朝飯7時からオッケーなんだっけ」
吉岡も起きてきた。
電話でフロントに、できるだけ早く朝食を持ってくるように頼んだ。
7時きっかりに朝食は運んでこられた。
洋食と和食から選べるがみんな洋食にした。
フランスパンとコーンスープ、スクランブル・エッグにベーコン、これは割と普通だった。
朝食は全員集まって、屋外にある中央テラスで食べる。
今朝の鏡をみんなに見せてみた。
「すいぶん昔っぽいものだな」と柴崎。
「でもこれはまだできて新しいだろ。銅で作られてるみたいだな」と宇田川。
「歴史の教科書に出てきそうだ。みやげ物じゃないか?」と吉岡。
色々言ったけど、誰のものでもなくどうしてこんな所にあるのかもわからなかった。
とりあえず、俺が持っている。
その日は朝から自転車でリゾート内を巡ってみる事にした。女の子は牛車だ。
4人乗りで屋根が付いている白木作りの牛車は、予想以上に大きかった。
まだ9時だってのに自転車をこいでいるとかなり暑い。今日も暑くなりそうだ。
女の子たちは快適そうだ。楽だろうし。
一番東側の敷地の端まで、男だけ行ってみることにする。
松林がいつのまにか雑木林になり、ゆるやかに登りになっているかと思ったら、最後は登りの小さな崖になっていた。
熊笹につかまりながらよじ登る。崖の上は雑木林だ。
少し離れた所に厳重な鉄条網の柵が続いている。ここが境界か。
と、見てみるとうまくカモフラージュされてはいるが、所々に番所のようなものが見える。
その前にはなんと・・・
迷彩服を着て自動小銃を持った男が立っているではないか。
みんなも気付いたらしく唖然としていた。声を出すと物騒な事になりそうだから、誰も声を出さない。
ただ迷彩男に緊張感はなさそうだ。ヒマそうにしている。あ、あくびした。
中から紙コップを持った別の男が出てきた。見張りの男に渡している。
視界の中にもう1つ番所が見える。どうやら互いに見える範囲にあるようだ。
「なにか知らんが随分厳重な警戒だな」
小声で柴崎が言った。
その時、また宇田川が驚いたようにこう言った。
「なんだぁ、あれ?」
宇田川の指差す方向、鉄条網の向こう側にもう1つ番所があった。
しかしその格好は。
こっちが軍隊ならむこうは大昔の兵隊のようだ。
飛鳥時代か平安時代の兵隊のような格好をしていた。
茶色の鎧(戦国時代の鎧兜じゃなく、埴輪が着ているやつ)に黒の烏帽子。
下は着物のようだ。
暑いらしく腰の竹筒からしきりに水を飲んでいる。
「なんだ、このアンバランスな差は?」
俺があきれたように言った。
「これもアトラクションの1つなのかな?」
宇田川が言った。
ちょっとみんな薄気味が悪くなったので、そろそろと今来た道を戻り始めた。
俺達が自転車の所に戻って来ると、女子たちの牛車が待っていた。
「何かあった?」
蜜本が聞いてくる。
「いや、別に」
そばに牛車の係員がいたので、とりあえず俺はそう答えた。
昼からは西の端の岩場で磯遊びをした。
「うわっ、でっかいカニ!」
蜜本がはしゃぐ。見るとでっかい毛ガニがたくさんいた。
身が手のひらくらいはあるのが、そこら中にいる。
「捕まえようぜ」
柴崎が真っ先に飛び出す。
みんなカニをつかまえようとしたが、女子たちはカニを掴むのが恐いらしく、また岩の割れ目に素早く隠れてしまうので中々捕まらない。
ここでも吉岡が運動神経の良さを見せる。
結局、吉岡が3匹捕まえた以外は男が1匹づつだった。
海の中ではサザエやアワビがどっさり取れた。
「こういうのって漁業権とかあって、取っちゃダメじゃないのか?」宇田川が言う。
みんなでひとしきり遊んで岩の上に座る。
俺はふと上を見上げると、高い崖の上から迷彩服姿が見えた。こっちにもいるのか。
「あの軍隊みたいなの、一体なんだろうな?」
吉岡も同じ方向を見たらしい。
「いくらおエライさんが来てるとは言っても、ちょっと物々しすぎるんじゃないのか?」
俺もそう言う。ここはすごく変だとは言えないけど、何かがおかしい。
「この様子だと、このリゾートをぐるっと全部見張っているんだろうな」宇田川も言った。
「それと向こう側に見えた、あの昔っぽい衣装の番人だよ」俺は続けた。
「なんであんな格好でいるんだ?あれじゃあ外から他の人が見たら、余計におかしいと思うよ」
宇田川が後を続ける。
「でもあの様子だと、この中を隔離しているようにも見えるよ」
俺はもう疑問を抑えられなかった。
「今までの疑問を整理してみよう。まず、あの出発駅だ。あの研究所みたいな所。なんであんな所が出発駅なのか?次に所沢からわずか10分程度でたどり着けるこのリゾート。そして人工物が全く見当たらない点、そしてあの警備。ここは絶対普通のリゾートじゃない」
柴崎はあくまで気にしなかった。
「おまえ、考えすぎだって。ここにいるのは各界の著名人ばかりだぜ。そんな人達を集めてクーデターでも起こそうってのか?そんな訳ないだろ。ここに来てなんの不満がある?それに電車の話だって、直通リニアモーターカーみたいなのが出来たのかもしれないだろ。なにせ画期的らしいからさ。あと迷彩服の連中は確かに俺も少し変だと思ったけど、それはこれだけエライさんが集まれば当然の事かもしれないだろ。人工物が見えないのは、テレビの時代劇とか見てれば、そういう所は日本にも探せばまだあるってわかるじゃないか」
俺にも反論できるほどの根拠があったわけじゃない。どこがおかしいか明確に言える根拠はないのだ。
ただ口には出さなかったけど、あの鏡と何か関係かあるような気がしていた。
夕食の時はまた斎藤さんが待っていてくれた。今日は和食だ。大きな舟盛りに伊勢エビ、カニ、アワビ、サザエ、タイ、マグロ、イカなど海の幸が山盛りになっている。
会場の方も今日は海が見える岬の上にある大広間だ。
今日のショーは白拍子だった。
昔の神主みたいな着物を来て頭に烏帽子をのせ、笛や太鼓に合わせて歌いながら踊るのだ。
そのメインの女の子は白い着物を来て、目がパッチリ大きく口が赤い、可愛さと造詣の美しさを併せ持った美人な女の子だった。
エキゾチックな顔立ちだ。超好みのタイプだ。
こんな可愛い子がこの世にいたのか、と見惚れてしまった。
あれ、でもこの子を見るのは、初めてじゃないような気がする。
アイドルに似てたかな?それともデジャビューか?
たらふく食ってコテージに帰る。
柴崎はいつの間にか、明日は斎藤さんも一緒に泳ぐ約束を取り付けていて、大喜びだった。