68、エピローグ、それぞれの場所に(その2)完結
「わからないんだ」
俺は昨日の事を思い出すと、正直にそう言った。
「わかんねえことは無いだろう、隠さずに言えよ」
柴崎が頭をこづく。
「本当にわからないんだ。全てが夢の中みたいで」
でもそんな事より昨日の夜、俺と海月の心は1つだったという確信があった。
無言の俺に何を感じたのか、吉岡が
「もういいだろ、人には言わないで胸に秘めていたい事もあるんだ。その事は宮元1人が知ってればいい」
と言ってくれた。
みんなも納得する。
柴崎の兄さんが出て来た。
「みんなそれじゃあ列車に乗ってくれ。ちょっと発車まで時間がかかるし、今度は運転時間も長いかもしれない。僕や斎藤さんも一緒に乗るから」
と言った。
俺達は列車=タイムマシン、コナン・ドイル号に乗り込む。
すぐに柴崎の兄さんも斎藤さんも乗り込んできた。
宇田川が聞く。
「こいつはどんな原理になっているんですか?」
「簡単に言うと時間軸を移動できるんだ。宇宙が膨張していて、それが風船に例えられるのは知っているね。この時、風船表面の世界はどの2点間も同じ様に広がっている。だからどこが風船の中心とは言えない。中心は風船の表面上ではなく中側にあるからね。僕等の宇宙も、3次元空間はこの風船の表面の世界と同じだ。だから僕等の世界上には宇宙の中心は無い。風船もふくらまして行くと段々大きくなっていくだろう。この風船の中心からの距離が小さい時が過去で、大きい時が未来だ。このタイムマシンは、ビックバンから僕達の宇宙までの時間的距離を移動できるんだ。この巨大な粒子加速器を使ってね」
全然よくわからなかった。
俺は1つ聞いてみた。
「このマシンの「コナン・ドイル」っていう名前、コナン・ドイルの小説「ロスト・ワールド」からヒントを得たんですね」
彼は俺を見て笑うと
「そう、僕はあの小説が好きでね。「ロスト・ワールド」の世界に連れてってくれるコナン・ドイルにあやかってつけたんだ」
「僕達のせいで、通さんが責任取って会社を辞めるような事は無いんですか?」
俺は気になっていた事を聞いた。
「その点については、僕の次のプランが通っているから大丈夫だろう。僕は元々有史時代のタイムトラベルは反対だったんだ。影響が大きすぎるからね。僕の夢はコナン・ドイルのロストワールドへの旅だ。今は中世代白亜紀に、人類に有害な細菌やウイルスがいないか調べている所だよ。もっとも今度は君達は招待しないけどな。今度外に出られたら大変な事になる」
俺達は全員下を向いた、穴があったら入りたい気分だ。
彼は笑った。
吉岡が思い出したように聞いた。
「そう言えば宮元、海月さんに何を貰ってたんだ?」
俺は思い出して、バックから包みを取り出した。
「あ、そうそうオマエラにもあるよ。海月がみんなにも御迷惑かけましたってさ」
取り出すと、それは綺麗な布で作られた手縫いの札入れのような物だった。
香袋が付いている。
3つとも同じだ。
「オマエのはどんなのだ?」
柴崎が聞いた。
俺だけは別に渡された包みだ。
開けてみると、みんなとは少し違った札入れが入っていた。
香袋もある。
札入れの中を見てみると和紙が入っていた。
この時代の紙は貴重な物だ。
開いてみる。
中に書いてあったのは
『君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわをとなりて 苔のむすまで』
と書いてあった。
君が代だ。
俺が不思議な顔をすると、みんながのぞきこんで来た。
「何て書いてあったんだ?」
俺はみんなに見せた。
みんな不思議そうな顔をする。
柴崎の兄さんもわからない。
斎藤さんが見てこう言った。
「もともと日本の国歌・君が代は短歌で『相聞歌』っていう恋歌だったそうよ。私も良く知らないけど、古今集か何かに載っている「読み人知らず」の歌じゃなかったかしら?意味は「あなたの事を思う気持ちは、千年のちの世でも変わりません」というような感じだったと思うわ。それを明治の国歌制定の時に「君主の治める世界は、千年だろうとその先だろうと変わらない」という風に読み替えて国歌にしたんだと思うわ」
柴崎が大発見したかのように、大きな声を出した。
「それじゃあ、海月さんがこの歌の作者だったんだ!それが後世になって国歌になったんだ」
柴崎の兄さんもうなずきながら言った。
「多分、そうだろう。もしかして彼女が白拍子ならどこかで宮元君の事を思いながら、この歌に節をつけて舞ったのかもしれない。それが人々の心に残って、後の世にまで伝わったのかもしれないな」
俺はこの歌を見つめながら思った。
・・・あなたの事を千年先でも、そのさらに先でも思っています・・・か。
その時「もう1つ意味があるのよ」と海月の声が頭の中に響いた。
「あなたの世界は千年先の代、そこでも私達は永遠に一緒なのよ」と。
ポトンと何かが包みから落ちた。
拾って見ると、手縫いの布製の人形だ。
どこか海月に似ている。
こっちをクリッとした目で見ていた。
ポト。
ズボンの腿がしずくで濡れた。
知らぬ間に涙が出ていた。
俺はみんなに見られないように、そっと涙をぬぐった。
みんな見てないフリをしてくれている。
「コナン・ドイル101特別便、発車いたします」
アナウンスが流れた。
俺は深くシートに座り直し、目を閉じる。
タイムマシンは徐々に加速を上げる。
巨大な円を描きながら。
「これより特殊運転に入ります。・・・・」
クン・・・・・
軽いショックと共に、俺は最愛の人と命懸けの冒険の時代に、別れを告げた。
(終わり)




