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夏休みの思い出は平安で  作者: 震電みひろ
66/68

66、最後の戦い(その3)決着

これまでか?


そう思った瞬間、筑波山で平雅盛とやりあった時の状況が、頭にオーバーラップした。

突然全てが、スローモーションのように感じる。


ナタを振りそうと、牛人が上体を前に屈めた。

それと同時に、俺は右足の踵で牛人の左足の甲を、思いっきり踏みつけた。

そう、そこは俺が昨日、錆びた槍を突き刺した所だ。

ナタを振り下ろしながらも、苦痛に牛人の上体は崩れた。


その瞬間を逃さず、雅盛の時と同じように、俺は上体を起しながら、左手で守り刀を抜いた。

そのまま目の前にある牛人の左目に突き刺す。

牛人はそのままナタを振り降ろしながら前に倒れた。

俺は横をすり抜けるように転がる。


ものすごい絶叫が響いた。

牛人は立ち上がると、2本の指の無い左手で左目を押さえ、ナタを目茶苦茶に振り回す。


いつの間にか、牛人は鐘の真下にいる。

俺は振り回されるナタをさけ、今度は右足の甲に全体重をかけてサバイバルナイフを突き刺した。

牛人がのけぞった瞬間、そのナイフの柄を思いっきり踏みつけて飛ぶ。

そのまま桟橋から飛び降りた。


ナイフはぐっさりと牛人の足を桟橋に縫付けたはずだ。

ヤツは俺が桟橋から飛び降りた事を知らないのか、またも上半身をガードするように、ナタを目茶苦茶に振る回した。


俺は、鐘を釣り上げた縄を結んである木に走る。

その縄めがけて剣をふるった。

だが縄が太いのと湿っているせいで、一撃では切れない!

俺は焦った。


二撃目でも切れない。

どうやら牛人は、近くに俺がいないのを悟ったらしい。

用心しながら右手でナタを構え、3本指しかない左手でナイフを抜こうとしている。


俺は縄ごと木に打ちつけるように、剣を横に振るった。

魂身の力をこめてだ!

ザクッ。

今度こそ縄は切れた。


500キロ近い青銅製の鐘が、牛人の上に落下する。

牛人もろとも桟橋を押し潰しながら、沼に巨大な水しぶきと泥を跳ねあげ、沈んでいく。

意外にゆっくりだ。

鐘に結ばれた縄が、後を追ってズルズルと引っ張られていく。


その時の光景は、今でも連続写真のようにハッキリと思い出せる。


・・・終った・・・・


俺はがっくりと膝を着いた。

剣を地に立てる。

ふと海月の方を見る。

すると神主が剣を持って、海月に近づいて行こうとしていた!


俺は呆れたように、疲れたように、ポケットから信号弾を取り出すと、ゆっくり構えた。

狙いをつける。

距離は10M。


「竜神の生贄は、おまえが相応しいぜ!」

俺は憎しみを込めてつぶやき、引き金を引いた。


ボン!

という音が湖面に響いた。

赤い光を引いて放った信号弾が、まさしく龍の様に、神主の胸に突き刺さっていった。

炸裂音がし、神主の体はふっとんでいった。


兵士達はあっけにとられ、石仏の集団のように立ち尽くしていた。

俺はゆっくりと体を起し、海月の方に歩いていこうとした。


その時突然、沼岸で水しぶきと共に牛人が現れた。

這い上がろうともがく。

俺は、水の中に引き込まれつつある鐘の縄を掴むと、モヤイ結びを作った。

残った桟橋を踏み台にして、沼にジャンプして飛び込む。

牛人の背後に飛び込む瞬間、結びの輪をヤツの首に掛ける。

そのままグイと引き絞った。


牛人は暴れた。

泳ぎ去ろうとする俺のMAー1の襟首を掴む。

俺はMAー1を脱ぎ捨てた。


俺は岸に上がると、牛人の方を振り返る。

沈みゆく鐘が、牛人を道ずれにしようと引き込んでいく。

まるで今まで利根川に沈められた娘の怨霊が、牛人を沼に引き込んでいるかのようだ。

狂気と憤怒の形相を浮かべて、辛うじて顔だけ出ている牛人に、俺は静かに、しかしハッキリと言った。

「神主は死んだよ」

険しかった牛人の眉が、ふっと緩んだように見えた。

それが最後で、牛人の頭は水中に消えた。


まるで何も無かったように、湖面は静かだった。

俺は海月の方へ歩み寄った。

兵士も村人も、俺が歩み寄った分だけ退き、ついには膝を着いた。


吊るされている木から彼女を降ろし、縄をほどくと海月は俺にしがみついて来た。

俺はなされるがままになっている。

目は遠く沼の方を見ていた。


しばらくすると、馬の蹄の音が聞えてくる。

目を上げると、将門が部下を引き連れてやって来ていた。

俺から少し離れた所で停まる。

2頭の馬だけ前に出た。

夢丸と李高仙人だ。

李高仙人の後ろには、海月の母親が乗っていた。

彼らが保護していてくれたのだ。

夢丸が馬を降りると静かに言った。

「もう大丈夫。誰も貴殿らを襲おうともしないし、お館様がそれをさせない。海月殿と母親を連れて、この地を離れるがいい」


李高仙人が言った。

「ワシも途中まで連れていってくれ」

李高仙人と海月、海月の母親をヘリに乗せ、俺も乗り込んだ。

将門の横にミズハが立っていた。

ミズハの頬は涙で濡れていた。

将門が俺の方を見てゆっくりうなずく。

俺も頭を下げた。


ヘリはローターの回転を増し、ふわりと浮き上がった。

あたりを見下ろすと、村人達は恐れおののいて逃げ出しているかと思ったが、なんとひざまずいてこっちに向かって祈っているではないか!


俺は直前まで命を掛けて戦っていた、沼のほとりをじっと見ていた。

やがて沼だけが、弱い月明かりで光って見えるようになった。

俺はやっと全てが終ったという安堵と脱力感から、ヘリの床にへたりこんだ。

体中の関節が細かく震えているようだ。


「やったな・・・・」

柴崎が横に来て言った。

いつの間にかみんな後ろに来て、俺達が命懸けで戦った利根川流域一帯を見下ろしている。

坂東太郎は、真っ暗な中に横たわる銀の龍のようだった。


俺は思い出したようにヘリの中を振り向いた。

海月がじっと俺を見ている。

俺はよろめきながら立ち上がると、海月のそばに寄った。

彼女も俺を見つめる。

彼女は俺の傷を優しく撫でると

「ありがとう・・・・本当に助けてくれたのね。・・・」

とだけ言った。

目には涙が浮かんでいる。

俺は力一杯彼女を抱きしめた。

俺達はもう2度と離れてはならないかのように、固く抱きあっていた。

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