66、最後の戦い(その3)決着
これまでか?
そう思った瞬間、筑波山で平雅盛とやりあった時の状況が、頭にオーバーラップした。
突然全てが、スローモーションのように感じる。
ナタを振りそうと、牛人が上体を前に屈めた。
それと同時に、俺は右足の踵で牛人の左足の甲を、思いっきり踏みつけた。
そう、そこは俺が昨日、錆びた槍を突き刺した所だ。
ナタを振り下ろしながらも、苦痛に牛人の上体は崩れた。
その瞬間を逃さず、雅盛の時と同じように、俺は上体を起しながら、左手で守り刀を抜いた。
そのまま目の前にある牛人の左目に突き刺す。
牛人はそのままナタを振り降ろしながら前に倒れた。
俺は横をすり抜けるように転がる。
ものすごい絶叫が響いた。
牛人は立ち上がると、2本の指の無い左手で左目を押さえ、ナタを目茶苦茶に振り回す。
いつの間にか、牛人は鐘の真下にいる。
俺は振り回されるナタをさけ、今度は右足の甲に全体重をかけてサバイバルナイフを突き刺した。
牛人がのけぞった瞬間、そのナイフの柄を思いっきり踏みつけて飛ぶ。
そのまま桟橋から飛び降りた。
ナイフはぐっさりと牛人の足を桟橋に縫付けたはずだ。
ヤツは俺が桟橋から飛び降りた事を知らないのか、またも上半身をガードするように、ナタを目茶苦茶に振る回した。
俺は、鐘を釣り上げた縄を結んである木に走る。
その縄めがけて剣をふるった。
だが縄が太いのと湿っているせいで、一撃では切れない!
俺は焦った。
二撃目でも切れない。
どうやら牛人は、近くに俺がいないのを悟ったらしい。
用心しながら右手でナタを構え、3本指しかない左手でナイフを抜こうとしている。
俺は縄ごと木に打ちつけるように、剣を横に振るった。
魂身の力をこめてだ!
ザクッ。
今度こそ縄は切れた。
500キロ近い青銅製の鐘が、牛人の上に落下する。
牛人もろとも桟橋を押し潰しながら、沼に巨大な水しぶきと泥を跳ねあげ、沈んでいく。
意外にゆっくりだ。
鐘に結ばれた縄が、後を追ってズルズルと引っ張られていく。
その時の光景は、今でも連続写真のようにハッキリと思い出せる。
・・・終った・・・・
俺はがっくりと膝を着いた。
剣を地に立てる。
ふと海月の方を見る。
すると神主が剣を持って、海月に近づいて行こうとしていた!
俺は呆れたように、疲れたように、ポケットから信号弾を取り出すと、ゆっくり構えた。
狙いをつける。
距離は10M。
「竜神の生贄は、おまえが相応しいぜ!」
俺は憎しみを込めてつぶやき、引き金を引いた。
ボン!
という音が湖面に響いた。
赤い光を引いて放った信号弾が、まさしく龍の様に、神主の胸に突き刺さっていった。
炸裂音がし、神主の体はふっとんでいった。
兵士達はあっけにとられ、石仏の集団のように立ち尽くしていた。
俺はゆっくりと体を起し、海月の方に歩いていこうとした。
その時突然、沼岸で水しぶきと共に牛人が現れた。
這い上がろうともがく。
俺は、水の中に引き込まれつつある鐘の縄を掴むと、モヤイ結びを作った。
残った桟橋を踏み台にして、沼にジャンプして飛び込む。
牛人の背後に飛び込む瞬間、結びの輪をヤツの首に掛ける。
そのままグイと引き絞った。
牛人は暴れた。
泳ぎ去ろうとする俺のMAー1の襟首を掴む。
俺はMAー1を脱ぎ捨てた。
俺は岸に上がると、牛人の方を振り返る。
沈みゆく鐘が、牛人を道ずれにしようと引き込んでいく。
まるで今まで利根川に沈められた娘の怨霊が、牛人を沼に引き込んでいるかのようだ。
狂気と憤怒の形相を浮かべて、辛うじて顔だけ出ている牛人に、俺は静かに、しかしハッキリと言った。
「神主は死んだよ」
険しかった牛人の眉が、ふっと緩んだように見えた。
それが最後で、牛人の頭は水中に消えた。
まるで何も無かったように、湖面は静かだった。
俺は海月の方へ歩み寄った。
兵士も村人も、俺が歩み寄った分だけ退き、ついには膝を着いた。
吊るされている木から彼女を降ろし、縄をほどくと海月は俺にしがみついて来た。
俺はなされるがままになっている。
目は遠く沼の方を見ていた。
しばらくすると、馬の蹄の音が聞えてくる。
目を上げると、将門が部下を引き連れてやって来ていた。
俺から少し離れた所で停まる。
2頭の馬だけ前に出た。
夢丸と李高仙人だ。
李高仙人の後ろには、海月の母親が乗っていた。
彼らが保護していてくれたのだ。
夢丸が馬を降りると静かに言った。
「もう大丈夫。誰も貴殿らを襲おうともしないし、お館様がそれをさせない。海月殿と母親を連れて、この地を離れるがいい」
李高仙人が言った。
「ワシも途中まで連れていってくれ」
李高仙人と海月、海月の母親をヘリに乗せ、俺も乗り込んだ。
将門の横にミズハが立っていた。
ミズハの頬は涙で濡れていた。
将門が俺の方を見てゆっくりうなずく。
俺も頭を下げた。
ヘリはローターの回転を増し、ふわりと浮き上がった。
あたりを見下ろすと、村人達は恐れおののいて逃げ出しているかと思ったが、なんとひざまずいてこっちに向かって祈っているではないか!
俺は直前まで命を掛けて戦っていた、沼のほとりをじっと見ていた。
やがて沼だけが、弱い月明かりで光って見えるようになった。
俺はやっと全てが終ったという安堵と脱力感から、ヘリの床にへたりこんだ。
体中の関節が細かく震えているようだ。
「やったな・・・・」
柴崎が横に来て言った。
いつの間にかみんな後ろに来て、俺達が命懸けで戦った利根川流域一帯を見下ろしている。
坂東太郎は、真っ暗な中に横たわる銀の龍のようだった。
俺は思い出したようにヘリの中を振り向いた。
海月がじっと俺を見ている。
俺はよろめきながら立ち上がると、海月のそばに寄った。
彼女も俺を見つめる。
彼女は俺の傷を優しく撫でると
「ありがとう・・・・本当に助けてくれたのね。・・・」
とだけ言った。
目には涙が浮かんでいる。
俺は力一杯彼女を抱きしめた。
俺達はもう2度と離れてはならないかのように、固く抱きあっていた。




