65、最後の戦い(その2)戦慄・牛人の秘密
牛人が猛然とナギナタを振り上げて、突進してきた。
こいつは横にフットワークが利かなかったはずだ。
俺は沼側によけた。
しかし今日のヤツは、それほど甘くなかった。
牛人も俺が横に避けるのを予想していたのだ。
鋭くナギナタを横に振るった。
俺は自分から体を反らせて倒れた。
そのまま一回転して起き上がる。
さらにナギナタを持ち変えた牛人は、細かく俺を追い詰めるように、ナギナタを繰り出した。
俺はそのまま後ろに後退するしかなかった。
だがこのまま下がると、兵士たちがいる所にぶつかってしまう。
牛人のスタートダッシュは素早い。
出来ればヤツに先に動いて欲しかった。
仕方ない、一気に茅原まで走ろうかと考える。
その考えを読んだかのように、牛人は茅原の方に回りこんだ。
俺を沼の方に追いやる。
俺は衝撃を受けていた。
昨日闘った時の牛人とは、別人のようだ。
頭も回るし、動きも素早い。
今日は頭の鈍い、力だけの大男とは思えない。
俺は沼に追い込まれないように、牽制で槍を突き出した。
牛人はそれをナギナタで軽く受けると半回転させて、ナギナタの柄で俺の槍を地面にたたきつけた。
ボキッ、という鈍い音と共に、槍がへし折られた。
牛人のナギナタは柄も鉄製らしい。
これがほんとの鬼に金棒か?
兵士が歓声を上げた。
神主などは前に走り出して叫んだ。
「殺せ!牛人!その卑族を殺すのだ!」
牛人は苛立ったように、神主の方をチラッと見た。
俺はその隙に、残った柄の方を牛人めがけて投げ付ける。
牛人はそれを軽く柄で払った。
それと同時に俺は、ヘリの方に走り出す。
一瞬遅れて牛人のナギナタが、俺のいたところをなぎ払う。
背中を浅く斬られる。だが動きには支障はない。
今度は俺が岸側だ。
だがそれと言って、俺が有利になったわけではない。
牛人はどこにでも移動する事ができるからだ。
単に俺が沼に追い込まれなくなったにすぎない。
こうなったら茅原に誘いこんで、兵士の見えない所で撃ち殺すしかないだろう。
俺は茅原に飛び込んだ。
牛人も俺を追って、茅原に走りこんでくる。
茅原はかなり見通しが悪かった。
俺の方が身体が小さいので隠れやすいと思ったのだが、牛人はここでも戦い慣れを見せ、うまい具合に身を潜めた。
ケモノのように巧みに、風の動きに合せて移動している。
何かがうごめいた。
俺はそっちに向けてベレッタを発射した。
と同時に、反対の左後方から牛人が突進してきた。
反射的に剣で受けるが、弾き飛ばされる。
かろうじてナギナタは避けたが、そのまま牛人の体がのしかかってきた。
牛人が俺の首を押さえる。
これまでかと思ったら、上になった牛人が話し始めた。
「やはりここで飛び道具を使う気であったか?ワシが昨夜とあまりに違うので、驚いたのであろう」
言葉使いまで変わっている。
苦しいながらも、俺は牛人を見上げた。
「昨夜はおのれ等が神主を殺してくれても良かった。そうしてくれれば好都合だったのだ。それにあの神主の前では、いかにも虚けたフリをしていねば為らぬのでな」
「何故だ?」
「ワシこそが、本当の龍神神社の主となるべき者だからだ。ワシの本当の名前は竜ヶ崎満兼丸。アヤツの腹違いの兄にあたる」
俺は驚いた。
だがこの事態の悪さは変わらない。
「ワシの母は、あのオナゴと同じ様に生贄の巫女であった。あの巫女共がどうなるか、知っておるか?特に神主が気に入ったオナゴは、密かに輿の下に隠れておる者が助けだすのよ」
牛人は、話しながらも憎しみの色を濃く露わにしていった。
「そして神社の奥にある社には地下に洞窟があってな、そこで人知れず神主の囲いの者となる。ワシの母はそこで慰み者となっておった。ケシ汁で酔わされてな。そうしてワシが生まれた。ケシ汁の毒気のせいか、ワシはこのような面相となって生まれたのじゃ。殺されそうになったワシを、母は自分の命と引き換えに助けてくれた。どの道、神主に飽きられた女は、再び川に沈められる運命にあるのだがな」
あまりに凄惨な牛人の告白に、俺は衝撃を受けた。
だが牛人の話は続く。
「ワシは神社の奥で、龍神神社を守る者として育てられた。あのオナゴもおぬし等の昨夜の事が無ければ、川早丸という者が助けだす手筈になっておった。しかしおぬし等を恐れた神主は、本当に坂東太郎に差し出す事に決めた。ここでおぬし等を倒し、ワシへの村人の人望を集めた所で神主を滅ぼす。全てを暴露してな。そしてワシが新たな神主となって、この地を制するのだ」
「おまえが神主になれば、海月を助けて真っ当な祭りにするか?」
「ワシも昔は、この祭りを正しいものにしようと思うておった。だがやはりワシにも、父の血が流れておるのであろう。今の神主の痴態を見ているうちに、ワシが今の神主にとって代わり、富と土地と女の全てを、手に入れてやろうと思うようになった。それに「牛よ、牛人よ」と村人に蔑まれて生きてきた、今までの恨みもあるでな。今の神主には子も他に兄弟もない。アヤツが死ねば、ワシしか竜ヶ崎の血を引くものはいなくなる。事情を知っている神社の古老どもが推挙してくれるであろう。あのオナゴは惜しいが死んでもらうしかない」
「テメエはやっぱり化け物だぜ!!身も心もな!」
俺は左手でベレッタを腰の下から抜き出すなり、牛人のドテッ腹めがけて撃ちこんだ。
話の間に密かに持ち変えていたのだ。
牛人はひっくり返った。
俺は立ち上がり、牛人の顎を思いっきり蹴り上げた。
だが牛人はナギナタを掴むと、俺の方に振り上げる。
飛び下がって避けたが、右手を薄く斬られた。
剣を拾うとすかさず牛人に打ちかかる。
牛人が腹を撃たれたのと、俺の怒りが倍加したのとで、戦いは互角になったようだ。
茅を盾に隠れながら、俺も鋭く剣で切り付ける。
いつの間にか2人は、廃寺の方に来ていた。
俺は細かく動き回り、寺の木や建物の柱を盾にする。
こうすると長いナギナタは取り回しに不利だ。
俺の剣撃が牛人の左手の甲に当たった。
人差し指と中指が切れ、皮1枚でぶら下がる。
牛の悲鳴を上げ、牛人はナギナタを取り落とす。
だが牛人はうずくまったかと思うと、腰の後ろから巨大なナタを取り出した。
それを振り被って襲いかかって来る。
得物を持ったリーチの長さは同じくらいだ。
どちらも決定打を与えられず、素早さの勝負になる。
先に息が切れた方が負けだ。
素早さでは俺の方がやはり分があった。
だが牛人には俺と違って、一撃や二撃ではダメージを受けない頑丈な体がある。
互いにいくつかの手傷を負う。
庭に出た。
広い所では牛人の膂力に押されて、俺は沼の方へ再び追い込まれていく。
俺は一気に桟橋へ飛んだ。
牛人も俺を追って飛び乗ってくる。
頭の上には、500キロはありそうな鐘があった。
剣は上には振り上げられない。
二撃三撃と牛人と桟橋の上で打ち合った時、牛人は俺の左足の甲を右足で踏みつた。
そのままナタを横なぎに振るって来る。
たまらず俺は仰向けにひっくり返る。
俺は仰向けに寝転がったまま、仁王立ちになっている牛人を見上げる形になった。
ヤツは残忍な笑いを上唇が裂けた三つ口に浮かべ、ナタを振り上げた。




