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夏休みの思い出は平安で  作者: 震電みひろ
59/68

59、竜神祭り(その2)生贄

やがて土手の上の方に、背の高い松明が見え始めてきた。

行列を作っている。

その向こう側には、輿に乗った神主が先頭にいる。

次に酒や龍神に捧げる貢ぎ物を担いだ人達。

最後は白木の立派な輿の上に、白い巫女の衣装を着た海月が座っていた。

昨日のままの姿だ。

海月はじっと動かずに、うつむき加減に前を向いている。

今、何を考えているのだろう?


暗闇の中でたくさんの巨大な松明に囲まれて、白木の輿に乗った白装束の海月は、まるで美しい悪夢の世界に紛れ込んでしまったように幻想的だった。

俺は子供の頃に見た絵本の、キツネの嫁入りの挿絵を思い出した。


川の両側に人々が集まっている。

川岸が松明で赤く照らしだされた。

俺は見つからないように、さらに頭を口まで沈めた。

ふと水面を見ると、ポツポツと雨が降り出したらしく、波紋があちこちに広がっている。

そう思っていたら、見る間に雨が強くなってきた。

あっと言う間に土砂降りになる。


海月が桟橋に姿を表わした。

神主も一緒だ。

変にガニ股になっている。

顔には膏薬を塗って油紙を貼った後がアチコチにある。

その後ろには右目に包帯を巻いた牛人もいる。


川岸の松明は雨のため小さくなっていった。

それに気づいた烏帽子を被った男が、篝火に油を足した。

篝火は再び赤々と燃え始めた。


水嵩が増してきた。

この辺は水田地帯なので簡単には増水しないが、かなり水面が上がってきている。

俺は流れ出そうとするカモフラージュの浮島を手で掴んだ。

神主は白い髭がついた棒を、サッサッと左右に2回ずつ振った。

今みたいに白いひし形が繋がった紙じゃない。

「・・・この坂東の地を潤す坂東太郎は、この世の五つの海を支配する五大竜王のうち東海竜王の第三皇子なれば、神代の昔より天と地の狭間にありて・・・・」

神主の祝詞が聞える。

稲妻が光った。

そして「ガッシャーン」という雷の音が響く。

人々は慄いた。


なるほど、これなら神主が雷を呼んだように見える。

なぜ巫女を生贄に捧げるのに、この時期のこの時間に選んだか理解した。

これで逆に晴れていれば、神主の祈祷により竜神の怒りが収まった、という筋書きになるのだろう。

霊験あらかたなことだ。


海月が、川に浮かべられた輿に乗った。

牛人も一緒だ。

後ろから4人がかりで大きな石を運びこむ。

100キロぐらいありそうな石だ。

その石に結ばれた縄を、海月の腰に巻き付ける。

かなり厳重に巻き付けた。

プリンセス天功でも、ちょっとやそっとでは抜け出せないだろう。


男の1人が、輿を川の真ん中に漕ぎ出した。

村人達が手に手に草舟や灯籠、花、願いを書いた木簡などを流した。

牛人が、海月が結び付けられた大石を抱えあげる。

雷鳴がまた鳴り響く。

もう神主が何を言っているのかはわからない。

祈りの声が一段と高くなった。

海月が目を閉じ、手を合せた。

回りの人達も手を合せる。

みんなずぶ濡れだ。

海月の体には白装束が雨で濡れて張り付き、体の線を妙に艶めかしく浮きだたせていた。

俺は少し嫉妬心を感じた。


神主がひときわ大きな声で何か叫んだ時。

海月は目を開けて手を合せたまま、川に飛び込んだ。

稲妻が走る。

海月が飛び込む瞬間が、青い光の中で写真のようにハッキリと見えた。

牛人がすぐ後から、重しの石を川に投げ込む。


俺はその全てを見るか見ないかのタイミングで、水中に潜った。

必死で水をかく。

バラストのお陰でそんなに苦労しないで体は沈んだ。

だが心は焦る。

海月の息は良くもって2分くらいだろう。

必死で水中をかき進んだ。

ホースを握っているので、その分だけ手が自由にならない。

上の事は何もわからなかった。

雷鳴さえ聞えない。

おまけに本当に真っ暗だ。

どっちに進んでいるのかもわからない。

本当にこっちでいいのだろうか?

俺は、不安が雲のように湧き起こるのを感じた。

早くしないと今までの苦労が水の泡だ。

海月が沈んだと思われるあたりに突き進んだ。

どこかにケミカルライトの光はないか?

見つからない。

俺はパニックになった。

こんな所で迷って全てが無駄になるのか?

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