50、祭りの前夜(その2)計画
「水中に潜んでいるというのは、どうだろうか?」
俺は言った。
「え?」
みんな聞き返してくる。
「この辺は確かにアシや水草は少ないが、全然無いわけでもない。水中メガネとシュノーケルを着けて、最初から水中に潜っているんだ」
「それで?彼女はどうする?岸に上がった所で、村人に見つかってしまうのは確実だろう?」と宇田川。
「吉岡にホースかパイプを持ってきてもらう。ヘリの中にあるはずだ。無ければ竹の節をくり抜いたものを使う。あともう1組の水中メガネとシュノーケルを、海月用に持って行けば大丈夫だろう。ゴーグルとシュノーケルはみんなの荷物で持ってきているはずだ。そうして水中を下流に移動して、人気の無い所で岸に上がる。そこから逃げだすんだ」
宇田川が反論した。
「口の言うのは簡単だが、実行するのは難しいぜ。人が集まらないうちと言うと、水の中で1時間以上待つ事になる。それから水中で海月さんを見つける事も難しい。夜に水の中じゃ何も見えないからな。そして水中を移動するって?川下にも人は当然いるから、何百メートルも移動する事になるぞ。できるか?第一どうやって岸の上の事を知るんだ?」
だが吉岡が代案を出す。
「いや、事前に海月さんにケミカルライトを渡しておくんだ。川に飛び込む位置はわかっているから、これならすぐに見つかるはずだ。それから下流にもケミカルライト付きの重しをつけたロープを沈めておく。それを上陸する目印にすればいい。あとは水中で待っている宮元の忍耐力だな」
柴崎が言った。
「スキューバ・ダイビングを使えばいいじゃんか」
吉岡が答える。
「スキューバの道具はヘリに持ってきてないんだよ。だから水中に潜るとしたら、宮元の言った方法しかない」
計画の実現性を確認するため、全員で下流に向かって歩く。
夢丸の話では、人が密集しているのは、生贄が入水する前後100メートルほどだと言う。
安全圏を取って200メートルほど下流で上陸地点を探す。
千葉側に田に水を引く水路があった。
割と大きな水路で、水の取り込み口にはうまい具合にアシも生えている。
夢丸に聞くと、その水路は手下浦に繋がっていると言う。
ここなら上陸も容易にできそうだ。
位置的には利根川から手下浦に出た水路が、Y字形に流れこんでいるような形になる。
みんなで改めて計画を練った。
まず俺は、輿と桟橋の対岸になる下総の国・千葉県側のアシの茂みに、事前に潜んでおく。
宇田川が常陸の国・茨城側、柴崎が千葉側と川の両側に別れて待機する。
何かあれば柴崎が川に入って、アシの茂みに潜んでいる俺への連絡係にもなる。
吉岡は上陸地点で待機。
ここには水中に目印のケミカルライトをつけたロープが渡してある。
ここから水路を伝って、下総の国・千葉県側に脱出する。
茨城側にいる宇田川は、逆に上流側からボートで渡る。
その舟の手配は夢丸が請け負ってくれた。
上陸地点から最終脱出ポイントまでは馬で移動だ。
最終脱出ポイントは、吉岡がキャンプを張っている手下浦になる。
そこに柴崎の兄さんにヘリで向かえに来てもらう。
ベレッタは茨城側の宇田川、そして俺、上陸地点の吉岡はショットガンが持つ事になった。
弓道の心得がある柴崎は、この時代の弓矢を持っていく。
ロープとホース、ケミカルライトは全員で準備する。
話がまとまると、俺は試しに川に入って泳いでみた。
様子を確かめてみる。
川岸は泥のため歩きにくいが、すぐに砂地となり、川底は意外としっかりしている。
水温も夏のため、低くない。2時間でも3時間でも平気だろう。
水深は夢丸の話だと、生贄が飛び込む所はかなり深く、10Mくらいあるとの事だった。
陽も傾き始めてきた。
吉岡はキャンプ地に戻り、俺達は馬で水守の海月の家に再び向かう事にした。




