49、祭りの前夜(その1)
水守には約1時間ほどで到着した。
海月の家を尋ねてみる。
貧しい草吹きの家だった。
木材がほとんど使われていない。
柱と壁の下側だけに板が少し貼られているくらいで、あとは壁も屋根も全て茅でできていた。
入り口はムシロが掛けられているだけだ。
2人いれば一日で作れそうな家だ。
家の中を覗いてみたが、中には誰もいなかった。
隣の家のおばさんに聞いてみると、海月は母親を連れて散歩に出たらしい。
きっと母親と別れを惜しんで、ゆっくり話でもしているのだろう。
邪魔しちゃ悪いと思って、俺達は先に龍神神社の方を偵察してみることにした。
牛久沼を迂回して、取手市と柏市と我孫子町の中間くらいに来た。
西に利根川と渡良瀬川、北東に鬼怒川と小貝川、南に手下浦(現在の手賀沼)がある。
龍神神社は、利根川を見下ろせる小高い丘の上に建っていた。
かなりの大きさの神社だ。
俺は単なる神社だと思っていたが、それは違っていた。
将門の屋敷のように、高い板塀や土塁に囲まれている。
むしろ有力豪族の館、と言った方が正しい。
実際、神社が支配している荘園もかなりの大きさだった。
「昔から宗教っていうのは儲かるんだな」
変に感心したように柴崎が言う。
地元の人に聞き、生贄の巫女が投げ込まれる場所を案内してもらった。
巫女を乗せる豪華な輿と桟橋は、龍神神社のある茨城県側に設置されていた。
輿は大人が4~5人乗っても沈まない頑丈なものだ。
桟橋も村人が補修していた。
夢丸が言った。
「土手の上は祭りの主催者やお役目方で一杯になるだろう。土手の両側も見物人が満ちあふれている。この辺はアシも少ないし、あたり一面に祭りに来た村人がいるから、到底隠れるような所はないぞ。」
その時、土手に自転車が駆け登ってくる。
吉岡だ。
この時代にマウンテン・バイクが突然登場したので、周囲の人間は呆気に取られていた。
「おまえ何?チャリで来たの?」
柴崎があきれたように言った。
「いや、馬がちょっと手に入らなくてさ」
吉岡はぬけぬけと答える。
「回りの注目を引くだろう?」
宇田川が聞く。
「それだったら俺達、この服装でもう十分人目を引いているよ」
それもそうだ。
「それで作戦はできたのか?」と吉岡。
「いや、この付近一杯に祭りに集まった人で埋まるそうだから、密かに助け出すのは難しいみたいだ」
宇田川が言った。
柴崎が「ヘリで助けだすというのはどうだ?」と言ってきた。
「空に舞い上がれば、龍神に召されたと思うだろう?」
宇田川が異議を唱える。
「いや、どうしてもならしょうが無いけど、もう少し目立たない方法を考えよう。もしかしたら天狗かなんかに巫女が攫われた、という事になるかもしれない。そうしたら追いかけて来るかもしれないしな。どっちにしろ誰かが彼女に近寄ったら怪しまれる。ヘリは最後の手段にとって置いた方がいいな」
俺が今までの話をまとめた。
「今まででわかっている事は、まずこのあたりは村人で一杯になるという事。それに生贄の巫女は、護衛付きで川の上に浮かべられる。当然誰か近づけば村人達にバレてしまう。と言って祭りの前に生贄を逃がしてしまうと、海月の親族に迷惑がかかるため、これもできない。さてどうする?」
柴崎が言った。
「祭りそのものをブッ潰すしかねぇだろう?」
吉岡がそれには反対した。
「たった4人でか?このあたり一帯の村人となると何千人といるぞ。それを全部敵に回す気か?」
「銃があるじゃんか」
「宮元はマガジン2個。柴崎がマガジン2個と銃に入っている残りの10発くらい。マガジン1つで19発だぜ」
宇田川も言った。
「俺が持っているショットガンも、弾は10発しか残ってない。とても相手にできないよ。リスクが大きすぎる」
夢丸が言った。
「祭りを打ち壊すのは反対だ。村人は銃や兵士よりも龍神の祟りを恐れる。祭りを妨害する者を、どんな犠牲を払っても排除しようとするだろう。おまけにケシ汁(麻薬)に酔っていればなおさらだ」
吉岡が別の案を述べる。
「祭り自体を延期させる方法はないか。その間に生贄を助けるとか」
夢丸がやはり首を振った。
「ここまで来て延期なんてまずありえないし、たとえ延期しても事態は変わらない」
それらの話を聞いている間、俺はジッと川を見つめていた。
何か方法があるはずだ。




