42、筑波山の戦い(その9)、貞盛残党との死闘2
仕方が無い。
相手は正々堂々と闘おうとしている。
ここで逃げれば、ミズハ達の支持も得られないだろう。
俺は立ち上がった。
「俺は宮元駿馬。李高仙人に会いたい。それだけだが、どうしても闘わねばならないのか」
雅盛は答えた。
「いた仕方あるまい。おぬしを李高仙人の所に通す訳には参らぬ。ところでおぬしは、この筑波の山衆の娘を味方に付けておるな」
俺は一瞬ミズハの方を振り返ったが黙っていた。
「やはりな、子春丸のやり方をワシは好かぬ。いずれシッペ返しを食らうであろうと思っておったが、やはりな」
彼は剣を俺の方に置いた。
「さあ、取られよ、いざ勝負!」
俺はその剣を拾った。
構える。
正直言って剣道はあまり得意ではない。体育の授業でやったぐらいだ。
それがまさか真剣を持って戦う事になろうとは。
この時代の刀は、通常の反りが入った刀以外にも、直刀と言われるまっすぐな刀もあった。
そして直刀には、両刃の剣と片刃の剣と両方ある。
今、俺が持っているのは両刃の剣だ。
対して雅盛が持っているのは、通常の反り入った刀だ。
向こうの刀の方が少し長い。
だが身長は俺の方が10センチ以上高いので、リーチを入れると同じくらいかもしれない。
真夏の太陽がジリジリと照り付けてくる。
セミの声もやんでいる。
一番暑い時刻だ。
俺は隙を見て、雅盛をベレッタを撃つつもりだ。
剣での勝負じゃあ勝ち目がない。
雅盛が切り付けてきた。
剣で防御する。
素早い!
あの小さい体でこの重い剣を、どうやってあんなに素早く振れるのか?
防御した剣を持つ手が、ジンと痺れる。
剣道で言えば小手、面、胴の連続技だろうか。
そこを”切る”というよりは”突き刺す”ように攻めてくる。
俺は防戦一方だ。
徐々に追い込まれていく。
このままではいけないと思い、思い切って剣を横に薙ぎ払った。
雅盛は楽々と避けると、サッと小手の要領で俺の右手を切った。
すぐに手を引いた。深くはないがパックリと斬られている。
またもや俺は追い込まれていく。
血が右手から手のひらの方に流れて滑りやすい。
次に雅盛が大きく打ち込んで来た。
俺はそれを剣で避けようとする。
すると雅盛は剣を絡めとるように、急に剣を跳ね上げた。
俺は剣ごと体が泳ぐ。
その俺の胴めがけて、雅盛は剣を打ち降ろして来た。
かろうじて身をひねってよける。
剣は取り落としていた。
雅盛は静かに俺が落とした剣を見つめると、無表情にこっちを見た。
俺はレスリングのクラウチング・スタイルのように腰を落とし、両手を心持ち前に出して構える。
ベレッタを抜く一瞬だ。
だが彼は剣をこっちに蹴りよこした。
俺が拾うのを待つ。
相手がこうフェアに戦うのに、俺が拳銃を使う訳にも行かなかった。
俺は黙って剣を拾った。
ふたたび剣での打ち合いが始まった。
と言っても俺は防ぐだけだが。
雅盛はノドに向かって突きを入れてきた。
それを避けようと、俺は剣を右から左に払う。
だが、それが向こうの作戦だった。
俺が自分で振った剣のせいで自分の視界をふさいだ瞬間、太腿に焼けるような熱さを覚えた。
右の太腿を雅盛の剣が刺していた。
貫いてはいないが、刃先は5~6センチは潜りこんでいる。
雅盛は素早く剣を抜いて戻していた。
俺は思わず後ずさる。
それから2、3撃はかわしたが、4撃目の攻撃で、俺は仰向けにひっくり返ってしまった。
雅盛が頭上にせまった。
まぶしい真夏の太陽で、彼の顔は逆光で見えない。
正直言って半分あきらめた。
ここまで自分でもよくやったと思う。皆にはあの世で謝ろう。
「覚悟!」
雅盛の声が聞えた。
その瞬間、俺の頭の中で何かはじけた。
雅盛の剣がスローモーションのように、俺めがけて振り下ろされる
俺はその刃の根本を、右手で平手打ちしながら身体を起こす。
同時に左手で守り刀を抜いて、体ごと雅盛にぶつかるように腹に突き刺した。
雅盛は間近に俺の顔を見て、驚いたような表情でゆっくりと倒れる。
入れ替わるように、俺が立ち上がった。
俺の回りだけ、時間の感覚が無くなったようだ。
真夏の暑い太陽の下で、俺は茫然と立ち尽くした。
全てがスローモーションのようだ。
後ろで人の声が聞える。
どうやらミズハ達の仲間が、貞盛の残党を捕らえているようだ。
兵士の哀願の声も聞えた。
足元では雅盛がうめいている。
その全てが、俺にはどうでもよく感じられた。
そうだ、この世界の全ては俺には無関係のハズだった。
俺がこの手で直接人を刺すなんてあろうハズもない。
いわんや、俺が日没までに帰らなかったからと言って、みんなの命が危なくなるなんて、ある訳ないじゃないか。
全て俺の思い込みで、目が覚めたら部屋でうたた寝でもしてるに違いない。
きっとそうだ。
疲れた、それに体のアチコチが痛い。
もう何もかも忘れて、このまま倒れて眠ってしまおう。
現実感を喪失している俺の意識に、唯一滑り込んで来た言葉があった。
「ワシを探しておるようだが?」
俺は腑抜けたように声の方を見た。
作務衣というのだろうか?
そんな胴着を来た初老の男が立っていた。
「ワシが李高じゃ」




