4、リゾート
ハッとした。あわてて時計を見る。しかし時間はまったくたっていない。
俺は気を失っていたのか?もしそうだとしても1・2秒のはずだ。
隣の宇田川に聞いてみる。
「俺、いま寝てた?」
宇田川もちょっと不思議そうに俺の方を見て言った。
「いや、わからない。俺もいま一瞬クラッとしたような気がしたから。」
隣の女子たちも少し不安そうに騒いでる。
「今、なんかこう、フッて感じに来なかった」
「来た来た、なんか立ちくらみの時みたい」
他の乗客も同様な事を感じていたのだろう。話している女子の方を見てる。
感じとしては頭は上下、下半身は下上と、別々に振動したような感じだ。
ごく一瞬だったけど。
と、列車は減速しはじめた。ゆるやかだが確実に減速している。
アナウンスがまた入った。
「ご搭乗中のみなさま、当「コナン・ドイル」は目的地にあと3分で到着いたします。到着時刻は午前10時10分。お気持ちの悪くなった方はクルーもしくは駅係員までお申し出ください。身の回りにお忘れ物のないようお気を付けてください。御搭乗ありがとうございました」
吉岡がすっとんきょうな声を出した。
「10時10分!10時に所沢を出て?10分で一体どこに着いたんだよ!」
「ほんと、どこに来たんだぁー?」
俺も思わず声を上げる。
「所沢から10分じゃどんなに早くても、加速と減速の時間もあるから20キロくらいしか進めないだろう」
宇田川はメガネを中指で押しあげながら言った。
ほんと、そうだ。列車はそんなに高速で走っていたとも思えない。しかもあの「特殊運転」以外はほとんど加速と減速だった。そして「特殊運転」は1秒もなかった。
俺が
「所沢からそんな所に、大規模な海沿いのリゾートなんてあったか?」
というと、
「ワープでもしたのかな?」
柴崎は冗談で笑いながら言った。
列車を降りる。到着駅は割と普通の駅だった。ちょうど「羽田空港駅」に似ている。
ただ、やはりやけに天井が高くてホームが広く、ホームの壁沿いには大学の研究室のように、ずらっとガラス窓の並んだ部屋があった。まあ気になるけど許容範囲だろう。
駅名には「バインコート・ニュー・リゾート・センター」となっていた。
ここはパインコートっていう名前なのか。でも一体どこなのだろう。
やはり羽田空港駅に似た感じの改札口を通って、長いエスカレーターに乗った。
「ここはけっこう普通の駅って感じじゃない?」
と柴崎が言った。
吉岡も「そうだな、まあさっきほど特別ヘンじゃないね」と答える。
宇田川が「でもさっきの電車、いったい何だったんだろう。何か変わった感じだった」
蜜本が話かけてきた。
「ねぇ、ソノちゃんがなんだか気持ち悪いんだって」
俺が聞く「さっきの電車のせい?」
柴崎も聞いた「さっきのアナウンス通り駅員に言ってみる?」
園田は少し青い顔をしながら「ううん、いい。別に大丈夫。」と言った。
俺が「でも具合悪そうだよ」と言うと
「本当に平気だよ、気にしないで、大丈夫だから」
と園田は言ってチラッ吉岡の方を見た。
吉岡は別に園田の方を見ようともせず、エスカレーターの上の方を見ている。
吉岡は本当にもう園田に気がないのか、それとも気にしてないフリをしてるのか?
なんだかちょっとこの旅行がイヤになった。なにか面倒がありそうで・・・。
エスカレーターを登りきり、地下鉄の構内のような中を歩く。広告の看板はあったが売店は全て閉まっていて、招待客以外は誰もいないのでちょっと無気味だった。
最後のエスカレーターを登り(このエスカレーターは普通の長さだ)外に出ると、8月の太陽が俺達を刺した。
暑い、なんかさっきの所沢より太陽が強く感じる。
でも空気がおいしい!!
こんな気分は初めてだ。すっごく爽快感がある。大気が素朴だけど豊かな香りを含んでいる。東京の空気では絶対味わえない!
「おー、空気がうめえぇー」
柴崎が叫んだ。
「いやぁ、こんな風に空気がうまいって感じること、あるんだなぁー」
宇田川も深呼吸した。
女子はみんな深呼吸して
「すっごーい、イイきもちぃー」
「空気が澄んでるよぉー」
「体の中からキレイになるって感じだねぇー」
とはしゃいでいる。園田の気持ち悪さもふっとんだようだ。
吉岡が深呼吸しながら上を見上げて
「見ろよ、空もすっごく青いよ」と空を指さした。
見上げると、空が本当にポスターカラーで書いたようななスカイブルーだ。
ところどころに2、3個ぽっかり白い綿雲が浮かんでいる。
俺はポツンと言った。
「空を見てこんな気分になれるなんて、久しぶりだな」
空を見て感動できるなんてずーっと忘れていた。
たしかにこの空気と空のためだけに、ここに来る価値はある。
一緒に来ているツアーの様々な人も、ここの大気のきれいさを絶賛していた。
招待客を囲むようにしていた係員がメガホンで
「みなさま、ここの空気のきれいさに感動した事でしょう。さ、それではまだまだ感動する事がございますので、先にまいりましょう」と言った。
国際展示場駅の前のような感じで、ゲートに大きく垂れ幕で
「歓迎!パインコート・ニューリゾートへ!!夢と感動をどうぞ!」と書いてあった。
その幕の下で俺達を待っていたのは、なんと馬車!
「ここでは公害を出すような自動車は一切使わないのです。お客様にも交通は全て馬車を利用していただきます。従業員のみ緊急の場合などに電気自動車を使用いたしますが、基本的には馬車や牛車、自転車などを利用していただきます」
柴崎がすかさず
「牛車だって、どんなのか後で乗ってみないか?」
と言ってきた。
秋田が「牛車~、なんかすごいダサそうじゃん」と言った。
コイツには『雅とか風流』は無縁なんだろうな。
俺が「牛車って平安時代は貴族の乗り物だったんだぜ。スピードはないけど風情があっていいと思うよ」と言うと、
「あたし、乗ってみたーい!」蜜本が言った。
「アカ、一緒に乗ろう!」蜜本が誘うと赤川も
「おもしろそう、貴族のお姫様になれる?」と楽しそうだった。
柴崎がどこかからパンフレットを貰ってきた。手回しがいいぜ。
「これで見るとリゾート内をめぐる牛車があるみたいだな。さっそく明日にでも乗るか?」
とパンフを見ながら言った。
吉岡が「とりあえずホテルを見てから、まずは海で泳ごうぜ」と言う。
俺達が乗る番の馬車がやってきた。馬は4頭だてで6人乗りだ。
御者以外に中から若い女性の係員が出てきて「どうぞ、お乗りください」と言った。
白い馬車の中は赤いソファーだった。この馬車には男子4人しか乗らない。
「それではこれよりパインコート・ニューリゾートのリゾート・ビレッジに御案内させていただきます。私は皆さまを案内させていただく斎藤といいます。よろしくお願いします」
柴崎が「斎藤さん、彼氏いる?」とすかさず聞いてきた。
ガイドの斎藤さんは笑って
「いえ、今はいません」と答えると
「楽しみが増えたぜ」と俺に耳打ちする。
「それでは説明を続けさせていただきます。当リゾートは「自然に親しむ」という目的で作られております。みなさまをこれから御案内するホテルも全てコテージになっています。朝食はコテージまでお運びいたしますが、夕食は基本的にはホテルのレストランでご招待客の皆さま全員で一緒に取っていただきます。レストランでは毎日違ったショーも予定されているので、そちらの方もお楽しみください。また昼食に関しては、みなさまに当リゾート内で使えるクレジット・カードをお渡しいたします。このカードは通常はお帰りの際にご清算となりますが、今回は全て無料となります。このカードはリゾート内の全ての施設で御利用になれます。ですから貴重品はコテージ内のセーフティーボックス内にしまわれて、カードのみお持ちになって頂ければ、けっこうかと思います」
斎藤さんは、薄いピンクのスーツに肩まである髪の毛を茶色に染めて先端をウエーブさせた仕事のできそうな美人だ。なるほど柴崎の好きそうなタイプだ。
胸の盛り上がりも、スーツの上からでもハッキリとわかるほど大きい。
「なお当リゾートではテニス、ゴルフ、グラススキー、その他スポーツと、マリン・スポーツではスキューバ・ダイビング、サーフィン、ウィンド・サーフィン、ヨットによるクルージングなどが楽しめます。なお重ねてお客様に申し上げますが、当リゾート敷地の外へは決して出ないように固くお願いいたします」
馬車は白い門をくぐった。「パインコート・リゾート・ビレッジ」となっている。
フロント・ロビー前はロータリー形式になっていて、そこに馬車は滑り込む。
白い制服のホテルマンがドアを開けてくれ、俺達はホテルのロビーに入った。さすがに立派だ。できるだけ自然な素材で作ろうとしているらしく、ケバケバしい派手さはないが素朴な華さを感じさせる。
斎藤さんがフロントで手続きをしてくれた。
「それではこちらがお客様方のクレジットカードです。お名前が入っています。それとこちらがカードキー。差し込むだけで大丈夫です。それではコテージまで別の馬車がありますのでまいりましょう」
別の2頭だての小型な馬車(こっちはオープンで上に雨よけの幌が貼ってある。)でフロント・ロビーのある建物から移動する。敷地内はきれいな公園のようだった。
左手に松林ごしに砂浜と海が見える。反対側の右前方には富士山が、まるで絵画のようにキレイにそびえていた。
「この富士山の角度だと、ここは静岡県の神奈川寄りなのかな」
と宇田川が言った。
「所沢から10分でか?」
俺が聞き返す。
「たとえどこにしたって、所沢から10分で海に出るのは難しいよ。富士山が見えるんだから太平洋側に間違いない。それで所沢から近いって言ったら、東京湾以外は鎌倉か静岡しかないだろ」
宇田川はもっともな事を理由付きで言った。さすが論理性ではピカ一だ。
コテージについた。白木で作られたコテージは、その木の白さと夏の太陽とで輝いていた。
コテージは4棟1組になっているらしく、正方形の4隅にコテージが建っている。真ん中はガーデンテラスになっており、白木作りの屋根の下で食事が取れるように大テーブルとイスがあった。下は石を切り出して貼ってあり、4組のコテージの隣には、他のコテージの組と川のようにつながっているプライベート・プールになっていた。
「それではごゆっくりお楽しみください。各コテージの中にはフロント直通の電話があります。また何かわからない事がございましたら、担当の私かスタッフをお呼び出し下さい」
「きっと呼び出すよーー」
変に演技を入れて呼び掛ける柴崎に、苦笑を残して斎藤さんは帰っていった。
俺は柴崎に声をかける。
「さあ、荷物入れちまおうぜ」