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夏休みの思い出は平安で  作者: 震電みひろ
37/68

37、筑波山の戦い(その4)、少女・ミズハ

女は燃えるような目で、俺を睨みつけていた。

俺も一瞬睨みあった。

だが俺はすぐに道に戻り、ナイフを遠くに捨てた。

盾を拾い、ベレッタから不発弾を抜いて予備のマガジンを装着した。

「待て!」

女が俺に声を掛けた。振り返る。

「殺さないのか?」

俺は一応ベレッタを構え、あたりを注意しながら答えた。

「殺さない。俺には元々そんな気はなかった」

女は頭を押さえながら藪から出てきた。

「ここであたしを逃がすと、また帰りにでもアンタを殺そうとするかもよ」

俺はもうこんな事はうんざりだし、先を急がなければならないので心が急いていた。

「じゃあ、木にでも縛り付けて行こうか?帰りに解いてやるよ」

左胸の脇を見る。

シャツごと斬られていた。血が出ている。

女は言った。

「失敗すると殺されるんだ」

「だれに?」

思わず聞き返した。

「仲間に。あたしら筑波のサンカは平貞盛のヤツラに支配されている。それでヤツラの命令通りに密殺したり、城に潜入して情報を集めたりしている。もし任務に失敗すれば、仲間が粛正する。だからアンタを殺さない限り、あたしは殺される」

俺は傷口に、Tシャツの裾を切り裂いて作った包帯をあてながら聞いた。

「もし俺が、今この山に入り込んでいる貞盛の一党を倒しても?」

女は顔を上げた。

「アンタはあいつらを倒せるのか?」

俺はしまったと思った。俺1人で倒せるハズがない。

言葉のアヤとは言え、調子に乗りすぎだ。

しかしここはハッタリで乗り切ることにした。

「ああ、俺にはできる。一体何人いるんだ?」

女はうれしそうに近寄ってきた。

顔は汚れていて髪もザンギリだが、よく見ると丸い感じの顔にクリッとした目で、中々可愛い顔立ちだ。

「あいつらは15人ほどだよ。あたしらも皆で力を合せればヤツラなんかに負けないんだけど、向こうには朝廷がついているからね」

俺は教えてやった。

「今はそうでもないかもよ。何せ親玉の平貞盛は、将門様に追われて京に逃げているからね」

女は驚くと

「え、貞盛様は京に将門討伐部隊を率いるために登ったんじゃないのか?」

「今は違うよ。少なくともこの筑波にいる兵隊どもは、将門様の残党狩りから逃げまくっている連中だよ」

「畜生、どうもおかしいと思っていたんだ。登ってくるなり全員里に居座って誰も外に出さない上、外から来るヤツを全て追い払えなんて。今まではあたしらの里に留まるなんて事は、めったに無かったんだ。おまけに好き勝手にヒドイ事してさ。食べ物だってあたしらの貯えなんて全くお構いなしに食い散らしてしまうんだ」

女は口惜しそうに地団駄を踏んだ。

俺は聞いた。

「この先、李高仙人という人がどこに住んでいるかわかるか?」

女は首を振ると

「いつも山頂の岩の上で瞑想しているというけど、わからない。あたし達も山神を恐れて山頂まではあまり行く事はないから」

時間がない、歩きながら話そうと彼女に告げる。

彼女は同意した。

この先、彼女がついていれば心強い。

「君達は山を降りる事はないのか?」

俺が話かけると彼女は

「下には大和人がいるからね。あたしらはあまり人目がつくような里には出ないね。でも坂東や奥州はまだマシだよ。大和人の手が入ってない土地の方が多いから。京の近くではアタシラの仲間は、ほとんど山の中にしかいないという話だよ」

俺は不思議に思って聞いてみる。

「この山からあまり出ないのに、遠くのよその土地に事がわかるの?」

彼女は得意そうに

「あたしらは独自の連絡網を持っているんだ。だからたとえ山狩りがあっても逃げおおす事ができるのさ。でもアンタが教えてくれたような大和人同士の細かい事情までは、中々わからないけどね」

「まだ名前を聞いてなかったけど。俺は宮元駿馬」

「あたしはミズハ。アンタ、大和人とも違うようだけど、どこの国の人?」

それは説明すると長くなるので無視することにし、彼女に相談を持ち掛けた。

「もし俺に協力してくれれば、将門様に君達の事を頼んでみてもいいんだけど」

彼女はキッとなって振り返った。

「もう大和人に使われるのはゴメンだね。それより貞盛の残党を何とかしてくれれば、それでいいよ」

俺は虎の威を借りるようなマネを恥じた。彼女らは誇り高い集団なのだろう。

気を取り直して尋ねた。

「この先、まだ待ち伏せはあるの?」

「あんたは草原で平氏の待ち伏せを破っただろう。そしてあたしらの土蜘蛛も破った。平氏の連中はこのさき山頂近くまで攻めて来ないよ。でもあたしらの仲間が攻めて来るだろうよ。まだこの先には陽炎、木霊、蛇装の術の仕掛けがしてあるからね。でもそれは全てあたしが知ってるから避けられるし、これから仲間にもあんたのさっきの話をしてみるから大丈夫なはずさ」

良かった。そんなにワナがあったら、多分俺は命を落としていただろう。

一応聞いてみる。

「それってどんなワナなの?」

彼女は澄ました顔で

「そこに着いたら教えてやるよ。それよりあたしは先に行ってみんなを説得するから、アンタはこのまま登って行きな。じゃあね」

彼女は先に走り出すと、左手の草藪に走りこんで消えた。

けもの道でもあるのだろう。

大分時間をロスしてしまった。

時計を見ると11時を過ぎている。

休んでいる時間は無い。俺は歩き続けた。

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