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夏休みの思い出は平安で  作者: 震電みひろ
32/68

32、筑波山へ(その1)

また長い廊下を歩かされ、海月がいる部屋に案内された。

「宮元さん!」

海月は俺を見て驚きの声を上げた。

俺も部屋の中に入ると海月を抱きしめていた。

彼女も俺にしがみつく。

「もう会えないかと思ってました」

彼女は俺の胸に顔を埋めて、すすり泣きながら言った。

時間が無い、俺は海月の肩を掴んで顔を起こす。

「俺は明日、筑波山に登って李高仙人という人物を連れてこなければならない。もし日没までに帰って来れないと、みんなが殺される事になってしまう。それに海月を助けだす事も出来ない。海月は明日の朝、水守に送って行かれるらしい。でも待っていてくれ。必ずその李高仙人を連れてきて、海月の所に行くから」

海月は涙で濡れた顔を激しく振ると

「私の事は本当にもういいの。これまでしてきてくれた事で十分。それに私はこの事は運命だと思っているし。宮元さんに会えただけで幸せだわ。それより筑波の山に登るって大丈夫なの?あの山には男神と女神がいて、ある所より上は入らずの山の結界になっているのよ。山の頂にはダイダラボッチが積んだという大岩がいくつもあるというわ。その神域を汚す者は、山の神に石にされてしまうという」

俺は笑って言った。

「大丈夫。そんな事なら。俺は子供の時にも筑波山に登っているんだから、もしそうならとっくに石にされているはずだよ」

海月はうつむき加減に首を振ると

「それはあなたの時代の話でしょ。あなたは私の話を迷信と言って信じてないけど、それなりに根拠があるのよ。昔から人が行ってはならないと言われている所には、理由があるの」

そうかもしれない、と俺は思った。

だが行かないわけにはいかない。もう約束してしまったのだ。

それと貞盛の残党に関しては、彼女を余計に心配させるだけだから話さない事にした。

「大丈夫、必ず戻るよ。そして海月をきっと助けだす!」

俺は強い意志で言い切った。

海月はまた俺にしがみついてきた。

俺は彼女の顔を上げるとキスをした。

俺にとっては生まれて初めてのキスだ。彼女の唇は柔らかかった。

強く海月を抱きしめる。

彼女の体は柔らかにしなり、着物越しにも豊かな胸の感触がわかった。

「宮元殿、そろそろお部屋に戻られないと・・・」

外に待っていた女性が声をかけて来た。

俺は海月からゆっくりと離れると、静かに立ち上がった。

「それじゃあ、また」

俺はそれしか言えなかった。

「気をつけて・・・」

彼女も俺を見つめた。

障子が空き、俺は外に出た。

海月は障子が閉まるまで、じっと俺を見ていた。


部屋に戻り、みんなに将門との約束について話した。

柴崎が

「それじゃあ『走れメロス』じゃねえか」

と言う。

冗談は言っているが、内心は不安らしい。宇田川も

「オマエに命を預けるのは、競馬で一度も勝った事がない馬に全財産を賭けるようなもんだけど、仕方ねぇな。明日は頑張ってくれよ」

と言う。珍しく柴崎が神妙な顔つきで

「簡単な竹槍なんかでも気をつけろよ。この時代は竹槍や矢にトリカブトの毒が塗ってあるからな」

と忠告してくれた。

それを最後にみんな布団に入ったが、緊張のせいか誰も眠っていないのがわかる。

俺も暗闇の中で、明日の運命を祈った。

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