30、謁見・平将門(その3)
俺達は兵士に案内され屋敷の一室に通された。
荷物は調べられるため兵士が持っていく。
海月は別の部屋に連れて行かれた。
悲しそうに何か言いたげに俺を見た。
胸が締め付けられる。
今残された武器は、身に付けていた俺と柴崎のベレッタとポケットナイフくらいだ。
部屋の中でしばらく様子を伺うと、俺達3人は相談し始めた。
「どうする?」
柴崎だ。
「なんとかしないと・・・このままでは何のためにここまで来たかわからない」と俺。
「しかし脱走はムリだぜ。なんとか説得か交渉できないものかな」と柴崎。
「銃を将門に献上するとか?」宇田川だ。
「この先、銃なしで大丈夫か?」と柴崎。
「でもここから出られなかったら、何の意味もないんだぜ」と宇田川。
「それより銃を持っていることで、余計に怪しまれたらどうする?」と俺。
「じゃあやっぱり脱走か?」
俺は後悔していた。
ここに来るんじゃなかった。
柴崎と宇田川の言う通り、夢丸と別行動を取るべきだったのだ。
こうなったら俺の命にかけて、将門に談判してやる。
その時だった。誰かがやってきた。
俺達は緊張して沈黙していると、スーッと障子が開いた。
そこには若い女性がいた。
女性は口を開いた。
「宮元殿、お館さまがお呼びでございます。おいでませ」
俺?
一瞬驚いたが、願ってもないチャンスじゃないか。
何とか交渉してそれでダメなら、逆に人質にでも取ってやる。
腰のベレッタの位置を確認した。
俺は部屋を出た。
柴崎と宇田川の目が不安そうだった。
長い曲がりくねった上、入り組んだ廊下を歩きながら考えた。
今の俺には海月を助けるという責任以外にも、ここまで巻き込んでしまったみんなを、無事に現代まで帰すという責任もある。
この2つは何があっても守らなければならない。
廊下の複雑さは、どうやら敵の侵入を防ぐためらしい。
これでは簡単に将門の寝所にたどり着く事はできない。
やがて1つの部屋の前に来た。
女性が声をかける。
「宮元殿をお連れいたしました」
「入れ」
中から将門の太い声がした。
俺だけが女性に促されて中に入る。
そこは寝所ではなかったが、どうやら将門の私室ではあるようだ。
将門はくつろいだ格好で俺達の持ち物を前に広げ、しげしげと見ていた。
俺はただ突っ立っている。
部屋には将門1人で他の兵士はいない。隣の様子はどうだ。
「突っ立ってないでそこに座れ」
将門はニヤッと笑って、自分の目の前を指した。
魅力的な笑顔だ。この状況でなければ。
俺の緊張した顔つきを見て、さらに笑顔で話しかけてきた。
「心配するな。別に取って食おうというのではない。少し聞きたい事があるのだ」
いくら心配するなと言ったって、祟ると言われている人物と夜更けに2人っきりでは、誰だって不安になってくる。
将門より先に、俺の首の方が胴体から離されそうだし。
それにしてもやはり肝の据わった人間なのだろう。
夜中に調べもすんでいない異国?の男と2人っきりとは。
俺が刺客だったらどうするのだろう。
それとも俺など問題にしてないのだろうか?
俺達は全員、この時代の人間より遥かに体格はいいのだが。
「夢丸に聞いたのだが、おぬしら、離れた所がら弓矢を使わず、雷鳴でイノシシを倒したそうだな。一体どうやったのだ?」
くそっ、あの男、俺達がイノシシを倒すシーンから見ていたのか。とぼけた顔して。
こうなったら銃について話すしかない。
「雷鳴ではありません。この筒の先より鉛の弾が飛び出して、イノシシを殺したのです」
俺はショットガンを指して説明した。
「どうするのだ。やってみせてくれ」
俺は少し驚いたがレミントン・ショットガンを手に取る。
隣の部屋に兵士が隠れている様子もないし、たとえ隠れていたって、この距離ではショットガンをかわせない。
一瞬俺はこのチャンスに乗じて、将門を人質に取ろうかと考えた。
しかしそうはしなかった。
俺はこの人物に、何とはなく心が惹かれているのを感じたからだ。
何故かこの人になら事情を説明すれば、わかってくれそうな気がした。
俺はショットガンを手に取りスライドを開いて弾が入ってない事を確認し、構えてみせた。
「こうして狙いを定め、引き金を引くのです」
「それでよいのか?」
「いえ、弾を込めなければダメです」
「やってみせてくれ」
俺は銃を置いて断った。
「いえ、とても大きな音がするので、この夜中ではみんな何事かが起こったかと飛び起きてくるでしょう。明日になさった方がいいと思います」
将門はうなずくと言った。
「ところでおぬしは、あの白拍子の女子と恋仲だそうだの」
突然の個人的質問に、別の意味でビックリした。
「いえ、恋仲というほどでは・・・」
将門は快活に笑うと
「よいよい、隠さずとも。夢丸に聞いておるし、わしもおぬしの様子を見て感じてはおった。おぬし本当は龍神祭りを打ち壊して、娘を救いに来たのではないか?」
鋭い、さすがだ。
この時代の豪族とはこんなに肝が座っていて、人を見抜く洞察力や観察眼があるのか。
俺はすっかり舌を巻いた。
黙っている俺に対して
「わしは元々神仏など信じてはおらぬ。仏など元来異国の物の上、朝廷の支配を堅固にするための物だからな。神にしたところで、もし居たとしてもちっぽけな人間に荷担してくれるハズもないだろう。信じられるのは己1人の力よ」
神田明神の神様の口から、こんな言葉が出ようとは思わなかった。
企業は毎年の初詣に、その年の御利益を願ってやってくるというのに、このセリフを聞いたらどう思うだろう。
将門はこちらをじっと見つめると
「だから別におぬしが龍神祭りに対して何をしようとかまわん。しかしおぬしが貞盛の味方だというのなら話は別だ。斬らねばならん。それをおぬしに証明してもらいたい。家来の者が納得できるような事をな」
俺は勢いこんで尋ねた。なんとか助かるかもしれない。
「どのようにすればよいのですか?」
将門はじっと俺を見つめると
「明日、筑波の山に登ってもらう」と言った。




