25、間者・夢丸(その2)
「何のようだ?」
柴崎が聞いた。
「いや、こっちで焚き火が見えたから来てみたんだが、いい臭いがしてたもんでつい出て来ちまった。それ、余っているのか?」
男は焚き火のそばに刺してある残りに肉の塊を指した。
「ああ」
「もらっていいか?」
俺達が答えるより早く、男は肉を掴むとむさぼり食い始めた。指の先まで舐める。
俺は警戒を緩めずに聞いた。
「どこの者だ?」
男はもう1つ肉が残っている串を見つけると、それも掴みながら答えた。
「下総の国、猿島郡石井郷の者だ」
「私の里のそばだわ」
海月が言った。
「なんでこんな所にいる?」
俺はさらに聞く。
「おまえら、このあたりの者じゃねえな。このあたりは今、戦が起こっているんだよ。俺はそのために様子を見にきた、というわけだ」
「戦?誰と誰の戦だ?」
柴崎が身を乗り出して聞いた。
「興世王、源経基様と足立郡の郡司・武蔵武芝様よ」
「おまえはどっち側なんだ?」
「俺はどっちでもねえ。下総の平将門様の領地の者よ。将門様がいずれ双方を仲裁なさる時、兵を出すのにこの地域の様子を調べておくよう配下の者に触れを出してな、それで俺達がこのあたりの様子を見に来たってわけよ」
柴崎はそこで考え込んでいた。
男の身なりを見るにそんな立派な身なりにも見えなかったし、スパイができるほど賢そうにも見えなかった。
「おまえはどこの生まれだい?」
今度は男が海月に聞いた。
「私は常陸の国の筑波郡です」
「へえ、近くじゃねえか。でもあのあたりも大変だぜ。去年より何度も戦があったからな。特にあの郷の近くは将門様の仇敵・たいらのさだもり平貞盛様の領地だからな。あたり一面焼け野原よ」
海月の顔色が変わった。
「え、将門様は一昨年に上京なさって、全ては許されたはず。戦も収まったのではないのですか?」
男は平然と
「いや、俺みたいな下っ端にはわかんねぇけど、それが良くなかったみたいだぜ。何でもその事で将門様が朝廷から罰されなかったのが気に入らねぇのか、良兼様なんかが共謀して将門様に攻撃をかけてきやがったんだ」
海月は青ざめた顔で硬直していた。
俺は聞いてみた。
「こっちから筑波には行けるか?」
男は考えるような感じで
「よそ者が行くのは難しいかもな。何せ貞盛様の領地へ、将門様の領地から入り込む事になるからな。貞盛様の集めた兵と思われるかもしれん」
「何とか行けないか?彼女の故郷に母親もいるし、龍神祭りまでに行かなければいけないんだ」
「そうだな、よし、俺にまかせとけ。俺と一緒に領地に入れば将門様もきっと大丈夫だろうよ。俺も下総に戻る途中だったから、明日から一緒に行くべぇ」
俺はこの男の調子良さに少し不安を感じたが、それしか方法が思い浮かばなかった。
男は自分の名前を夢丸と言った。
俺達もそれぞれみんな名乗る。




