13、脱走(その1)
十分後、全員で外に出る。
柴崎が様子を伺うが、まだこの近くには警備員は来ていなさそうだ。
自転車まで走った。
海月の話では、彼女の泊っていた板囲いの農家屋敷から外に通じているらしい。
振り返って見ると、俺達がいたコテージの付近で懐中電灯の明かりが見える。
危なかった。
昼間俺が行った外周道路のそばで自転車を降り、草叢に隠して従業員用の宿舎に向かった。
まさか従業員用の宿舎に来ると思っていないのか、思いのほか警備は手薄だ。
板囲いの塀と宿舎の入り口にだけ警備員がいる。柴崎が寄ってきて耳打ちする。
「何とかしてこの辺の地図だけでも手にいれようぜ」
同感だ。そこまで頭が回らなかった。
「だけどどうやって?」
柴崎はニヤッと笑うと
「昼間、斎藤さんの部屋に行く約束をしてて、裏口の警備員がジジイだから12時ごろに薬を飲みに行く時、必ずトイレに行くそうだ。その時に入れるって行ってた」
宇田川が
「今は普通の状態じゃないぞ、大丈夫か?」
と言うと
「なーに人間、薬を飲む時間とかはあまり変えないもんだ。ダメならダメでまた何か考えればいいよ」
と気軽に言う。
こいつのこういう臨機応変さは、この先とっても頼りになる。
なるほど、裏口の警備員は12時に出ていった。
俺と柴崎と宇田川の3人は、反対側の番小屋の警備に見つからないように注意して、建物の影から1人づつ裏口に入った。
「見ろ、地図があるぜ」
柴崎が見つけた。机の上の本棚に堂々と立てかけてある。
地図を見ると現代(平成)の地図と比べられるように、この時代(平安)の地図がある。
この近辺と京の平安京、東海道地域、日本全国とある。
京を中心に瀬戸内海、北九州、東海道は一応地図らしくなっているが、それ以外はほとんど白地図だ。
これを見るとやはりここは静岡あたりらしい。
机の上には風呂敷があった。
中身を確かめると女物の着物や荷物なので、海月のために貰っていく。
壁には、拳銃がホルスターに入って2つかかっていた。横にはショットガンが置いてある。
俺はそのホルスターを1つ取ると拳銃を抜き出した。
ベレッタM92F。アメリカ軍が正式採用している。
スライドをちょっと引いてみる。弾は装填されていない。
俺は思い切りスライドを引っ張った。
ガシャンという音とともに、第1弾が装填された。
柴崎と宇田川がこっちを見た。
「すげえ」
「おまえ、それ持っていくの?」
俺はうなずいた。
「何かあった時のためにね」
柴崎もホルスターを1つ取った。
宇田川はショットガンを取る。やはり革性の弾帯がある。
俺と柴崎はベレッタとホルスターをバックに入れた。
さらに柴崎は2つ壁にかかっていた非常用リュックを取り、1つを俺に投げてよこした。
中を覗いてみると、マグライトや防水マッチ、工具セット、医療品、それとケミカルライトが1ダースほど入っている。
俺達は見つからないように、急いで吉岡が待つ所に戻る。
吉岡が宇田川のレミントン・ショットガンを見て驚く。
「おまえら、それ、どうしたの?」
「何があるか、わからないだろ。準備しておくに越した事はない」
宇田川が答える。
「それはそうだけど物騒だな。余計にもめごとになりそうな気がするが」
「本当にゲリラかテロリストになったような気分だな」
宇田川が苦笑する。
「これ」
俺が海月に風呂敷を渡すと、海月は驚いて
「これ、私のです!」
と言った。すぐに風呂敷を開けて、中からあの鏡を取り出す。
「良かった」
ホッとしたように海月は言った。
「早く行こうぜ」
柴崎が急かした。
俺達は昼間に海月から教えられた、塀の板の外れている所から囲いの中に入った。
海月が宿泊していた農家屋敷の中は、みんな寝静まっているのか、何の気配もない。
俺は屋敷に近づいた。指を唾でぬらし障子にそっと穴を開けて覗いてみる。
誰もいなかった。
屋敷を1回りしてみる。やはり誰もいない。
意を決して障子を開け、中に入ってみる。みんなを手招きした。
門番はこちら側にはまったく注意を向けていない。
床の間に一通の手紙があった。
マグライトを当ててみると海月宛だ。
海月に渡す。
それを見た海月は顔を曇らせた。
「何て書いてあるの?」
俺が聞くと
「お女将さんから私宛にです。私がここに戻って来た時のために残してくれました。私が逃げたために役人がやって来たとあります。みんなここの仕事から追い出されたみたい。約束のお給金も貰えなかったと。ほとぼりが覚めるまで京に戻らず、東国の方に回るって書いてあります。もし私が無事なら追いかけて来れるように」
海月の頬を涙が流れた。
「ここでどのくらい仕事する予定だったんだ?」
柴崎が聞く。
「7日間。これで米1俵と塩がもらえるはずでした」
俺は気持ちが暗くなった。俺の行動が彼女達の仕事を奪ってしまった。
「ぐずぐずしていられないだろう。ここから出よう」
柴崎がうながした。




