第四章:「獣(4)」
エレベーターのドアが開く。
それを待ち望んでいた様に、銃弾の雨がエレベーターの中へ注がれる。
私はそれを真正面から、胸の前で腕を交差し受け止める。
回避する方法も無い訳では無かったが、この程度で、そこまで必死になる事も無い。
所詮は壊し屋の下っ端共だ。
武器にしか頼れない人間に負ける謂れは無かった。
しばらく続いた弾丸のシャワーが止む。
エレベータの中は無数の穴が開き、無残な有様になっている。
穴が開いていない壁は、私が立っている場所くらいだろう。
目の前、エレベーターの乗り口にいる人間は6人。
扇形に並び、連射可能なライフルを腰で構えている。
一斉に弾を打ち尽くしたのか、男達は尚も立っている私に追加の銃撃をしてこない。
この程度の経口の弾であれば、肉体に大した損傷はない。
服は破れてしまうだろうが、また買えばいい。
私の体の、弾丸を受けへこんだ箇所が、一斉に元の形を取り戻す。
その様を見て、男達はあからさまに動揺していた。
ただの侵入者だと思っていた相手が、得体の知れない化け物だったのだから、
それも当然か。
「堪能したか?人生最後の仕事を。」
そう言って、私はスラスターを起動し、男達に飛び掛かる。
案の定、男達は、突然動いた私の速さに反応が追い付かない。
まずは中央にいる2人男の頭を掴み、
そのまま腕のスラスターを用いてそれを打ち付ける。
男達の頭は、ぶつかった瞬間大きく皮膚を波打たせ、
頭蓋や頸椎が破損する鈍い音がする。
私は二人が倒れる前にその頭を踏み付け飛び上がると、
後ろの壁を蹴って扇の右側を担っていた男達を狙う。
男達は咄嗟に銃に装填を試みるも、焦りからかうまくリロードが出来ない。
敵前でそんな隙を見せるとは、最早哀れさすら感じる。
私は、壁を蹴った勢いのまま、左膝を前にいた男の頭に打ち据える。
顔面に膝が直撃し、男の顔は下顎を残し全て潰れる。
床に、濡れた雑巾を落としたような水音が響く。
私の体は、右脚を立て、両手と左膝を地面に付けた状態になる。
私の左側に立つ、横にいた仲間が殺され動揺する男は、未だ攻撃を仕掛けられない。
相手が手を出さないなら、こちらから行くだけだ。
私は立ち上がると、そちらを見ないまま、
恐怖で声を上げる男の鳩尾を、スラスターを起動した左手で貫く。
手を伸ばせば脊椎を掴めたので、それを勢い良く引っ張る。
木の板を割った様な音が聞こえると、不自然な姿勢で男は崩れ落ちた。
残りは、左にいた二人だけだ。
流石に、銃弾の装填も終えただろうと思いながらそちらを振り向けば、
建物の外から、勢い良く走り去る車の音が聞こえる。
仕事を放棄して逃亡とは。もはや、追う価値も無い。
私はブーツを履き、コートを着た後、出口へ向かいながら、
奇跡的に無事だったヘッドセットを使い、スクモに連絡をする。
エレベーターの乗り口に置かれた監視カメラが、
こちらの動きに合わせて体を動かしている。
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「おい。サルガッソーにある、
ダニエル・マグワイアの父親が経営していたバーを調べてくれ。」
私は、バイクでサルガッソーへ向かいながら、スクモにそう言う。
「一応聞くけど。私の名前、オイだと思ってる訳じゃないわよね。
で、名前は?」
スクモがそう応じる。
「知らない。」
「そう。じゃあ商い屋の情報を当たるしかないわね。」
「いや、その店は商い屋に隠れて店をやっていたらしい。
だからそれは無理だ。」
「はあ?だったら調べようがないじゃない。」
「調べろ。それが仕事だろ。」
「シェフに、食材も与えずに料理を作れって言ってるようなものよ。」
「自分の腕でも焼いて食わせればいい。」
「食べさせるなら足でしょ。いや、そんな事じゃなくて。」
「いいか。私がサルガッソーに着くまでに頼むぞ。オイ。」
私はそう言って、その要求に文句を口にしているスクモとの通話を切る。
私は通話を終え、バイスの走行スピードを上げる。
私が早く着く程スクモが困ると思うと、俄然やる気が出た。
マットな質感の黒いバイクが、寡黙な狼を思わせる静かな駆動音で、
瞬く間に過ぎ去る景色の中を走る。
鬱陶しい程の輝きを持つ都市を抜け、区画を隔てる長いトンネルを抜ける。
サルガッソーに向かうトンネルの先には、
マリアナの時とは違い、一つの光も見えない。
かつてはサルガッソーも、マリアナに負けず劣らずの歓楽街であったが、
人類の春から20年余りで、
大量のロウがサルガッソーに流れ込んだ事からそれは大きく変わった。
ネストに入ったものの、ロクな職に付けなかったそのロウ達を中心に、
「第二戦線」と言う組織が作られると、ネストの屋号などに頼らぬ、
サルガッソーの完全自治を宣言し始めた。
彼らは、サルガッソーにあった商い屋の施設を次々に襲い、
その物資を持ってサルガッソーから屋号を排除していった。
最初の方こそ、
商い屋や壊し屋などがそれに抵抗する為に彼らに戦いを挑んでいたが、
やがてそれで得られる利益よりも損失が上回ると判断した2つの屋号は、
完全に抵抗を止め、サルガッソーは完全に、
ネストで弱者のレッテルを貼られていた者達の手に落ちた。
最初こそ、そこは敗者にとっての楽園だったのだろう。
しかし、略奪した物資がそこを尽きると、
生産力を持たない彼らは深刻な食糧不足に陥る。
リグリアやマリアナに助けを求める事は既に出来ず、
それらから略奪をしようにも、莫大な戦力を持つ壊し屋達に対し、
「待ち受ける」事で勝つ事が出来ても、「立ち向かう」のでは到底敵わない。
そしてジリ貧になっていた第二戦線に完全に終止符を打ったのが、
報復を誓っていた商い屋と壊し屋による、
殺し屋を大量投入して行われた第二戦線壊滅作戦。
通称「黒い断頭台」だ。
普段は個人で活動する彼らは協調性こそないものの、その戦力は圧倒的であり、
黒いコートに身を包んだ殺し屋達によって、
サルガッソーは一日にして地獄と化した。
私もその作戦に参加していたが、客観的に見て、
あれは今まで見てきた中でも一二を争う凄惨さだった。
街から聞こえるのは、銃声と叫び声、それと狂ったような笑い声。
街中には多種多様な方法で死を遂げた老若男女の死体で溢れ、
中には、それぞれ別の人間の部品で作られた肉の人形や、
自分の息子を、裂かれた腹に詰め込まれている女の死体など、
その異常さを物語るユニークな作品で溢れていた。
史上たった一度しかない、殺し屋の総力戦。
その様子は情報屋達により生中継され、
更に殺し屋の名をネスト中に高める事となり、
それが、現在の殺し屋のエンターテインメント化の始まりでもある。
その作戦はたったの一週間で終結し、第二戦線は完全に壊滅。
誰も寄り付かなくなった街は、更に20年程の時を経て廃墟と化し、
今やそこには、身寄りの無い浚い屋達や潜りの商人が細々と暮らしているだけ。
居場所を求めネストに堕ちるも、
そこですら居場所を失った者達の掃き溜めが、このサルガッソー地区だ。
ここに住む者達は、死体に集る蛆の様な物だ。
腐肉を食らいながら、
いつか飛び立つ日を夢見る者と、それを諦め蛆のまま死に往く者。
例え羽を手に入れたとしても、その羽は醜い蛾のそれにしか成らないというのに。
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トンネルを抜けた先にあるのは、かつての栄華を失い、
亡骸を晒しているだけのビル群と、
微かに点るオレンジ色の光。
私が訪れたあの時とは、大分印象が異なる。
あの時も寂れていたとはいえ、まだ人の息遣いがあった。
今はまるで、町そのものが、そんな自分自身を弔う大きな墓地の様だ。
私はバイクを下り、かつての争いの名残である、
トンネルを覆う大きなバリケードの開いた隙間に体を通し、
中に入った所でスクモに連絡する。
「それで、何処に向かえばいい?」
私は彼女が調べ終えた前提でそう話す。
仕事の為には彼女が情報を手に入れる必要があるが、
個人的には、彼女がそれに手こずる事を願っている。
非常に、難しい問題だ。
「今、座標を送ったわ。」
私の予想に反し、スクモは全て調べ終えたかの様に言う。
「なんだ、もう分かったのか。」
私はそう言う。
楽しみが一つ奪われた気分だ。
「ええ。ちょっと厳しかったけど。
世の中には、物好きがいた者ね。ネストの掲示板の一つに、
ネストのマイナーグルメのついて話す物があってね。
それを過去十年分まで遡って探していたら、見付けたの。
『サルガッソーにあるディア・ダニエルのフィッシュサンドは絶品だ。』
って書き込みをね。
後は、それを投稿した人物を調べて、
過去のネットへの投稿やソーシャルネットワークに残してた痕跡を洗い出して、
見事に場所を見付け出したわけ。」
スクモが、ここぞとばかりに勝ち誇った声色でそう話す。
「『ディア・ダニエル』か。」
スクモの話を聞き、私は呟く様にそう言う。
「そう。皮肉なものよね。
息子へ向けた愛の証が、巡り巡ってその息子を苦しめる事になるんだから。
それじゃあ、後はそっちの仕事よ。」
スクモはそう言って。通話を切る。
私は懐から端末を取り出し、送られてきた座標へ向かう。




