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111(November_first)  作者: adhuc
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一章:「顰(1)」

私には他人よりも分からない事が多い。いや、分からなくなったと言うべきか。


私の横にある木で作られやけに艶々した、仰々しいデザインのサイドテーブルにはまたもや木を基調とする、200年ほど昔に一般化していた古めかしい蓄音機の形を模すオーディオプレイヤーが置かれ、

主の危機などまるで興味がないと言うかのように静かに円盤を回しながら淡々と音を流している。

古いのは見た目だけで、全て最近作られた統一以前の、「古きよき野蛮な時代」のイミテーションに過ぎない。


これもよく分からない。なぜ時代遅れを好むのか。もうその時代を懐かしめる人間は余り残っていない。

この蓄音機の持ち主である人間は第三世代であるから、統一以前の空気に触れた事も無いはずだ。

よく周りを見渡せば、絵画や絨毯、動物の模型など、到るところにそのようなイミテーションが部屋には散りばめられている。


mk2ステンレスで統一された冷たい金属質の部屋にそれらが不規則に置かれている様は、過去を懐かしむと言うよりか、現在に対してのあからさまな反抗にも見え、

私の前で仰向けに倒れ、恐怖に喘ぐ部屋の主が、懐古主義の反体制テロ組織の一員なのだと思い出させる。



-----------------------------------------------------------------------------



蓄音機から漏れる音楽が一巡し、飽きもせずまた同じ曲を演奏し始めたところで、そろそろ仕事を終わらせるべきかと思い至った。


「お前達のような組織は、この蓄音機と同じだ」

私が突然話し始め、目の前の不幸な男、

スピゲル・オーマンは驚き、ハッと息を呑むと、あわあわと唇を震わせ、必死に言葉を探す。


「ど、どういう意味だ、このブリキの怪物め」

必死に苦悶した成果がそれか、と人なら一笑に付すだろうが、私の中にそういった感情はもう存在しない。


「とって付けたような大義を掲げ、立場の弱い人間を煽って何かを成し遂げた気になり、増長した挙句、自分達より大きな魚に疎まれ、消される。そんな組織はいくつも見てきた。何度も現れては、何度も潰されていく。違うのは大義のニュアンスだけだ。」

私の言葉を聞いてか聞かずか、スピゲルは黒色の目を見開くと、仰向けのまま血相を変え天井に向かって呼ばわり始める。


「我々は、成すべき事をなしている!昔の人々の顔を見ろ!顔色よく、明るい!自らが正しいと信じていたからだ!今の人間はどうだ?人造の灰色がかった顔をし、偽りの笑顔を貼り付けている!それは、自らが歪んだ存在だと心の奥で分かっているからだ!人は、生身の身体を捨ててはいけない!」


「笑顔の真贋が何故分かる?」

そう言うとスピゲルはひどく紅潮した顔をこちらに向け、つばを飛ばしながら大袈裟に口を動かす。


「我々が正義だからだ!貴様ら人工物の歪な曇りきった心では何も分かるまい!

それが、人が生体を捨ててはいけない理由の一つであり、人が生体を尊ぶべき理由の一つである!私の話を聞け!さすれば、」

「リピートはもういい。」

男の喚きを、手元の銃で掻き消す。血が深緑の絨毯を赤黒く侵食し、その対比で大きく口を開けた死体の赤い顔が徐々に白くなっていく。


これも、もう何度も繰り返してきた。


死体の写真を撮り、部屋を後にする。



-----------------------------------------------------------------------------



仕事を終え、高層ビルの上階から、他の住人に気取られないよう階段を使い地上へ降りる。


前情報ではビルの中には螺旋の関係者や、それにまとわり付く護衛が少なからずいると言われていた為多少の戦闘は覚悟していたが、

捕捉カメラやテーザータレットなどもなく、案外あっさりビルを抜けることが出来た。

mk2ステンで作られた部屋の防音性が幸いしたようだ。対象にとっては災いか。


入り口を出て素早く横の裏路地に入り、ゴミ箱に偽装し予め設置していた「デビルアス(通称DA)」に使用した銃を入れる。


全くひどい名前だが、この長方形の膝ほどの長さの黒い箱があれば、

忽ち衣類だろうが銃器だろうがなんでも箱ごと溶かし蒸発してくれる為、

割高な事を差し引けば近頃のプロによる犯罪行為にはほぼ必需品と化しているネストの売れ筋商品であり、犯罪者が触れる最も身近なセラフ機関とも言える。


DAが正しく機能したことを確認し、黒い人工獣革のコートを羽織り裏路地を抜け、日の当たる道に出る。空は眩しいが、肌に当たる陽光の暖かさはもう感じない。


セラフによる人工オゾンで覆われた灰色の空、灰色の街。ハイドラの首都「グロウサイド」には、エアロゾルによる局地的な気温低下により年中雪が降り続け、

耐雪設備により積もる事こそないものの、空を舞う降雪が、人間の感情や活気を食い尽くしているかのように、大都市を静寂に包んでいる。


道を行く人々に紛れ、会話の最中、不愉快さに我を忘れぬよう一呼吸置き、端末に登録した相手を電話口に呼び出す。


「はい。こちら、ロウ専用火葬場です。火葬のご予約ですか?それともBBQ用会場のご利用?」

最早聞きなれた耳に付く甲高い声が発する、趣旨の理解に苦しむ冗談を聞き流す。


「買い手が依頼していたマグロを一匹釣った。買い手の要望通りの状況で保存してある。支払いを頼みたい。」


「あー、はいはい。その真っ赤なマグロね、ちょっと問題が発生したのよ。」

相手の言葉に無意識に舌打ちが出る。この手の仕事での問題とは、大抵「ちょっと」では済まないのが定石だ。


「面倒はごめんだ。仕事は果たした。その分の報酬を要求する。」

端的に、なるべく感情を出さぬよう伝える。相手はそれを知ってか知らずか、相も変わらず人の神経を逆撫でることに長けた声色を駆使する。


「そんなこといっても、相手の意向が変わったのよ。仕方ないでしょ?私はあくまで仲介役で、殺しの依頼を司る神じゃないんだから。」


「意向の変更だと?今更首を持って来いと言われても不可能だぞ。」


「そんなんじゃないわ、ただ支払い方を変えたいそうよ。それなら可能でしょ?他でも無い凄腕漁師さんなら。違う?」

世の中には、人を不快にさせる話し方講座でもあるのだろうか。あるのであれば、その講師と講習生の暗殺依頼が来る事を切に願う。


「マグロ級の依頼を果たした褒美に、依頼主自ら一杯付き合ってくれるのか?ありがたい。」

無論、嘘だ。


「ま、そんな所ね。よく分かったじゃない。直接会って支払いたいそうよ、彼女。」

私はその言葉に、憤りも忘れただ黙るしかない。



-----------------------------------------------------------------------------



グロウサイド東部の郊外は、白と灰色で整えられた都市内や他の郊外とは打って変わり、自生植物が街道や外壁を破壊し覆い、耐雪設備の停止した街は色のない雪で覆われ、

人々は、焚き火や旧式の発温装置のような原始的な方法で必死に肉体の温度を維持せねばならず、その様は、荒廃。その一言に尽きる。


その理由は人生の成り行きと同じく複雑で多様だが、一番はここがC.M.Hの使用を拒否するロウ達が多く住む地域だからだろう。


三十余年前、あからさまに政府から見放された彼らは、それでも尚この地で、支配者の圧力や世間の無関心、宗教団体からの干渉に耐え、自らの意思を変えずに生きている。


この様な地では私のような換装者は目立つのだが、敢えてここを指名した依頼主にいち早く報酬を貰い、諸々の事態への合理的かつ正当な理由を聞くため、

雪深い寒村の奥にある、本来豪奢な邸宅であっただろう、中央にあるガラス張りのドームが特徴的な次世代プラスチック製の白い建物へ足を運ぶ。


ここに来るように。と言う相手の指示の為だ。


首都中央からの移動で既に2時間は経過しているとはいえ今だ日は昇っており、割れたステンドグラスのドームからは赤や黄色、緑といった様々な光が本来の陽光の白色と混ざり、

周囲の埃によって、まさに降り注ぐ様にくすんだ白いホールを照らしている。


未だ依頼主は到着していないようだ。指定された場所に先に着けた事は幸運だ。

狙撃やブラフ、建物ごと爆破される危険性を除けばだが。


静寂の中、両側に入り口のある、トランプの柄のように左右対称に立てられた六本の柱に支えられた広い縦長の空間を見渡し、一応罠や都合の悪い物がないか確認すると、六本ある柱の、私から見て左の2番目の柱、その影になっている場所に背中をもたれる。


無意識に暗闇に潜んでしまうのは職業病か、私の性質かは判断できない。


暫くホールの床と壁を見つめ、虚空とは果たしてどこにあるのかと考えていると、微かな足音を、左の入り口の奥で捉えた。


比較的軽い、狭い歩幅の足音二つと、重みのある広い歩幅の足音六つ。女性2人と男性6人だろう。仲介人は依頼主について「彼女」と言っていた事から、今近付いている女のうち一人が恐らく依頼主だ。


たかが報酬の受け渡しにお供を7人も連れるとは、それほどの人数を要するほど支払いが高額なのだろう。

そうでなければ面倒この上ない。


追加で銃を用意しなかった事を思い出し、思わず舌打ちを漏らしそうになる。


近付いてくる足音に耳を澄ます。足音からは大よその判断しか出来ないが、踏んだときの音の重みから、重装備でない事が分かる。


ネストの殺し屋を始末するにしては無用心だ。

舐められているのか、そもそも戦闘の意思がないのか。


近くで響く足音がとうとう入り口に達し、先頭で歩いていた人物が姿を見せるやいなや、私は困惑せずにいられない。


集団の先を行く女、いや、濃紺の上品な防寒具をまとった、今では珍しい金色の髪を長く垂らしたその人物は、

暗殺依頼と関係があるとは思えぬ、紛れもない少女であった。

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