表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111(November_first)  作者: adhuc
18/23

第四章:「獣(1)」

目の前に迫る男が、ヒートコイルを巻いた鉄鎚を目の前で振りかざす。

私はそれが顔面に当たる直前、後ろに体を逸らして避ける。


そして、私の頭の位置にある鉄鎚の長い柄を、

男が持つ場所より高い所で持つと、

腕のスラスターを使って柄を捻じ曲げて鎚の部分を男の顔に押し当てる。


顔の右半分に直撃したヒートコイルで男の顔は焼ける。

顔の水分が蒸発する音が、男の挙げる叫び声で搔き消される。


痛みで絶叫する男の顔から鎚を引き剥がすと、

男の顔の、爛れてヒートコイルに焦げ付いた皮膚や眼球が湯気を上げ、

溶ける様に顔から引きずり出される。


一昔に流行った陳腐なスプラッター映画の様だ。

それよりもずっと血糊の色は鮮やかで、役者の演技は真に迫っているが。


きっと、このネストの立体駐車場7階の中は、

肉が焼ける良い匂いがしているのだろう。匂いを感じ取れないのが残念で仕方ない。


ふと、第三世代の肉は厚紙のような味がする。と

知り合いの殺し屋が言っていたのを思い出す。果たして本当なのだろうか。

そもそも厚紙の味を知らないので、何とも言えないのだが。


私はそのまま床に座り込む男を無視し、

この場にいる、この男の仲間達に目を向ける。


怯えていると、目で分かる。


彼らは恐怖や吐き気からくる震えを必死に押し殺し、

眼前に立つ私を睨んで得物を構えているのだろう。


彼らも、この場所で仕事を終えた私を、

車で強襲してきた所までは良かったのだが。

私の動く速さが、車が立体駐車場の柱にぶつかる速さに勝るとは

思っていなかった様だ。


こういった事も、ここでは珍しくも無い。


私達殺し屋は、ネストでは花形的存在だ。


商い屋や壊し屋など、

ネストの数ある屋号の中でもトップの位置にあると見做される事も多い。


それは、他の屋号に属する名のある人物達が、

独立と言う形でこの殺し屋に転身する事が、

殺し屋を名乗れる手段の一つであるという事も、その一助になっているのだろう。


もう一つは、そのエンターテインメント性だろうか。


殺し屋にはランキングがあり、

それは全てのドーパー(Doper。ネスト住民の俗称)達が目にする事が出来る。


殺し屋はその成果を専属の仲介者を介し大々的に周囲に伝え、

それを元に情報屋の有志達がランキングを作る。


そのランキングは、更新の度に巨額の賭けの対象になり、

ネストの大きな興行の一つだ。


私は成果を発表する事がほぼ無い為、ランキングは最下位に近い。


そして、その様な栄誉ある屋号を持つ為の手段がもう一つある。

それが、「殺し屋殺し」だ。


殺し屋同士で決闘をするのは勿論、

まだ殺し屋を名乗れない者達が殺し屋を襲い、

それを功績として殺し屋に成り上がることも出来る。


私を襲った集団も、恐らくそれが目的だろう。


一度、無名の浚い屋(ネストの最下級に近い屋号)がトップランカーを殺し、

一躍ランカー入りを果たした事がある。


それからと言う物、こうした下位ランカーを狙う殺し屋志望は後を絶たない。


彼らも哀れな存在だ。

ランクが低い殺し屋は弱い殺し屋だろう。と言う、

淡い希望的観測を妄信し私を標的としてしまったのだから。


私は弱くは無いし、弱い人間に手加減する事の動機を失った人間であると言うのに。


ただ立っているだけの私に襲い掛かる事も出来ず、

ただ距離を置いて立ち尽くすだけの集団に飽き飽きし、

こちらから終わらせに掛かろうとしていた時。


遠くの駐車スペースに止めてあった黒いバンから、

片目の瞳孔が、猫の様に丸みを帯びた菱形の、

襟が派手な虎柄の黒いレザージャケットを着た女が降りて来る。


「ちょっと。あんたら使えなさすぎ。雑魚殺し屋も一人も殺せないの。」

両手を大きく広げそう話す女は、脛をすっかり覆う細身のブーツで、

つかつかとコンクリートを鳴らしながらこちらに近づいて来る。


どうやら、彼女が彼らに間違った希望的観測を抱かせた張本人の様だ。


「お前、味方殺しの虎門の壊し屋か。」

私は彼女の顔に見覚えがあったのでそう言う。


彼女は、虎門と言う壊し屋の派閥に属していながら、

利権争いで同派閥の人間を殺害し虎門を追放になった人間ではなかったか。

名誉挽回の手段として、殺し屋を殺そうとでも思ったのだろうか。


手下を使う仕事のやり方は、個人の名声とは結び付かない様な気がするのだが。


「そこそこ出来そうな浚い屋を使って楽に手柄を立てようとしたのに、台無し。

殺し屋は腐っても殺し屋ね。」

そう言いながら、集団の後ろに立った女は、広げた手から薄い幅広の、

蛇腹状になった剣を袖から放ち、そのまま勢い良く腕を縦に振る。


彼女の胸の前で交差する様に伸びる腕からだらりと蛇腹剣が落ちると、

その剣によって胴体から切り離された集団の首が一斉に床へ落ちる。


頭を失った体が崩れ落ちると同時に、

彼らが持っていた得物が落ち、大きな音を立てる。


中々の腕前だ。相手が私でなければ、

十分に殺し屋になるチャンスもあっただろう。

床に垂れた剣は、彼女が手首を動かすと即座に仕舞われる。


「雑魚は用済み。あんたもね。」

彼女はそう言い、

交差した手でバツを描く様に腕を斜めに振り下ろす。


再び鞭の様に振り下ろされた得物は素早く、私は後ろに飛び退ける。


しかし、不規則に伸びる剣を避けきれず、得物の先端が着ているコートを引き裂く。

またコートのストックが減った。私はその事に苛立つ。


彼女が腕を振るい、次々と繰り出す攻撃を、

私はすんででそれを後ろに下がりながら避ける。


もう少しの所で私に得物を当てられない彼女は、より動きを激しくする。


途中、彼女の顔が一瞬だけ緩むのを捉える。

彼女はきっと、

このままこの女が後ろに避け続ければ、すぐに駐車場の端に追い込まれる。

7階から落ちれば致命傷は免れず、落ちなければ私の攻撃の餌食になる。

この勝負。私の勝ちだ。などと考えているのだろう。


立体駐車場の周囲は壁が無く、コンクリートの柵と柱があるだけになっている。

残念だが、それは私も織り込み済みだ。


彼女の攻撃を避けて後ろに下がりながら、立体駐車場の突き当りに近づく。

一度剣が肩に当たり一部が抉れるが、気にはしない。


そして柱に背中が触れた直後、私は素早くコートを脱ぎ捨て、

体の節々に付いたエアスラスタ―を使いながら飛び上がる。


そのまま空中で回転し、天井に体を向けて柱を蹴り上げる。


彼女の得物は私のコートを無残に引き裂く。

突如として私が視界から消えた事に、彼女は驚いている様だ。


私はそのまま彼女の上で頭を両手で掴み、

彼女の頭上で足を開き逆立ちをする体勢になると、

踵のスラスターを作動させて彼女の首を一気に回転させる。


皮膚が破け、あらぬ方向に動いた筋肉が骨と擦れ合い、千切れる音がする。


しかし、強化された人工筋肉を完全に引き千切る事は出来ず、

彼女の頭は殆ど真後ろを向いたまま、着地した私を見ている。


「なにそれ、どうして。」

彼女が、首が捩じれ圧迫された声帯から絞り出すような声を出す。


何の事かと思うが、コートを脱ぎ露出した肩に付いた傷が、

見る見る内に修復されている事に対してだ。と彼女の視線を追って察する。


「ナノテクノロジーだ。この形で使用出来ているのは私の体だけだがな。」

私は奇妙な振り向き方をする彼女にそう応える。


ナノテクノロジーは、

その運用性の難しさから現在は単体での運用が主流となっており。

私の体の様に、

無数の形状記憶させたナノテクノロジーで構成された物体と言うのは、

実質的に製作又は運用不可。とされている。


唯一これが出来るのは、かつて製造された四体の第零世代C.M.Hだけだ。

その内三体は既に死亡しているので、

事実上使用しているのは私だけ。と言う事になる。


「雑魚殺し屋のくせに。」

彼女は苦しそうにそう言うと、体を動かそうとするが、

B.F.E.SとC.M.Hを繋ぐ疑似神経回路が不調を起こしているのか、

体は痙攣するだけで動かない。


私は体を動かそうともがく彼女の足を払い地面に倒すと、

背中を片足で踏み、腕を捻り上げる。

骨が外れる軽快な音がする。痛覚は残っているようで、彼女は小さく呻く。


彼女のせいでコートもブーツも台無しだ。


特に必要は無かったが、私の中に残る苛立ちを発散する様に、

思い切り彼女の腕を縦に引っ張る。

関節の外れた腕は異様に伸び、ギリギリと強化筋肉が音を立て、

レザージャケットがぶちぶちと千切れる。


私はそのまま今度は背中を踏む足の力を強め、

掴んだ腕を私の方に引き寄せる様に、斜めに腕を引っ張る。


するとジャーキーを嚙み千切った時の様に、ぶちり。と腕は彼女の体を離れる。


C.M.Hに痛覚を鈍くする改造を行っていても、

体中を走る疑似神経の中にある痛覚線が切断された時だけは、

その痛覚線が誤作動を起こし激しい痛みが体に走る。


それを証明する様に、腕が千切れた途端、

声は出さずとも、彼女の体が大きく跳ねる。


私は両手に掴んだ彼女の両腕を捨て、

背中を踏んだままの姿勢で、彼女の頭に顔を近づける。


「次は、自分の目で相手を見極めるんだな。」

そう言って、私は彼女の頭を両手で挟むように掴み、

そのまま力を込めて彼女の頭を潰す。


頭蓋骨が砕ける音と共に、にきびを潰した時の様に、

血液に交じり、破れたB.F.E.Sの中身や目玉が頭の裂け目や瞼から飛び出す。


持ち主の元から飛び出し、ころん。と転がった猫の瞳孔を模した緑色の瞳が、

私を見つめる。


私はその現場の近くに倒れている、

本来のターゲットの写真を端末で撮ると、その場を後にする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ