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8話 決裂は必然に

 ──炎が、咆哮が、容赦なく私の耳朶を震わせていた。


 そう、誘拐事件を超え、少なくとも私は生きていていいのだと、勝手に納得していた私は、すぐに打ち砕かれた。

 ネフェタルリア家を襲った最悪の事件。


 真相は深く知られていないものの、しかし災厄を生き延びた私には全て理解できている。

 ──要は私が生きていたから、皆死んだのだ。

 勿論、認めるのは怖かった。

 だって、それは私の価値を真っ向から否定するから。

 だって、それは私を救ってくれた誰かを否定することになるから。

 だから、嫌だった。けれど、認めざるを得なかった。

 生きていちゃけないんだ。生きていたら、不都合なんだ。

 そうだ。だから、あの時死のうとした。火に焼かれ、全身を炎に焦がしながら苦痛を享受して。あるいは煙を吸い過ぎて。あるいは漆黒の化け物にすり潰されて。


 ──けれど、いざとなると足がすくむのだ。どうしても、前に進めないのだ。

 何度も死を覚悟して。死のうと思って。

 けれど、その度にあの人の顔が浮かんでくる。

 私を救ってくれた、銀髪の誰かの顔が。あの時に投げかけられた声が。

 私の心を掴んで離さない。生きろ、と訴えかけるように心音がうるさい。

 だから、私は──その日、自らのせいで誰かが苦しむと分かっていながら、崩れ落ちるネフェタルリア家を脱出し、そのまま魔術協会に保護され、日本に飛ばされることになった。



 ──忘れるな。

 私のせいで、悲しむ誰かが居るのなら。

 私は喜んでこの身を差し出そう。

 けれど、ただでは死なない。一矢報い、侮らせたことを後悔させて。

 ネフェタルリアとして、死のう。

 それが、私の恩返しで、復讐。

 儚い夢すら見させてくれない世界への、意趣返し。


 ──ああ、でも、これはなんなのだろう。

 なぜかは知らないけれど、自分が死ぬとなると心が苦しくなって。

 なぜだかは知らないけど、銀髪の少年の顔が思い浮かんで。


 ──この気持ちは、なんなのだろうか。





 アイリスの運命を決める試練を終えて特に何の問題も発生せずに一週間が過ぎた。無論、何事も起きなかったと言う意味ではないが。

 ──ただし、これはいい意味でだ。いい意味での、変化。


 試練を合格し、彼女は少なからず友達……までは行かずとも、喋られるようになったらしい。それは彼女が試験で見せた数々の技術などが関係しているだろう。恐らくは、既に彼女は半人前──否、素人などと嫌悪され、拒絶されることはない。実力を示し、結果を提示した。もう、彼女を貶める人間はいないはずだ。


「とまあ、一週間の経過はこんな感じかね」


 天翔はそんな風に一週間の出来事を思い出しながら、そんな風に締めくくった。ひとまず、ここまでは円満と言っていい具合だ。けれど──天翔には、どうしても全てが終わったようには思えなかった。なぜ、だろうか。それは魔術師としての勘かもしれないし、面倒ごとに巻き込まれてきた苦労人の勘かもしれない。

 その勘が告げているのだ。──まだ、終わりではないと。


「さて……外に、出ますかね」


 勘など当たらないほうがいい。そんな風に意識を切り替えて、天翔は気分転換も兼ねて寮の外へと向かう。

 ──空は、心境を表すように、灰色に満ちていた。


     ★


「あ……天翔先輩」


「アイリス……授業は?」


 気晴らしに思い出をなぞりつつ、島内を散策する天翔だったが、そこで思いがけぬ出会いを果たした。──金髪に碧眼の少女、アイリスだ。今は学園の制服ではなく、外出用の服を身に着けていた。


「いえ、その……講師の先生が急に休みになったので、仕方なく」


「講師の先生が……? ああ、そこは分かったけどその服は? アイリスってそういう服持ってなかったんじゃ?」


 今のアイリスの服は先ほども言った通り、見た事のない服だ。上は灰色のカーディガンを羽織り、そこから覗くのはピンク色に近い上着。下は白色のスカート──前の丈の長さが後ろよりも短いと言うアンバランスな奴──を着ていた。そんな服どこから出したのか、と天翔は問うと、アイリスはどこか恥ずかしそうに。


「えっと……他の人に誘われて、買い物に付き合った結果、こうなりました……」


「……そう、か。いや、そうだよな。アイリスも年だし、そういうファッションにも興味が出るよな……」

 他の人──そこで友達と言わないのは彼女の性格の問題だ──に誘われて、買ったのだとアイリスは目を伏せながら呟いた。とはいえ、天翔も女子とはそう言う生き物であると理解しているし、何よりアイリスは今までそういう気軽な存在がいなかったため、誰かと一緒に買い物──というシチュエーションに憧れているのも分からなくはない。ので、天翔としては特に咎める気もない。流石に人の楽しみまで奪うほど、鬼ではない。


「そ、それで……その、どう、ですか?」


「……えっと?」


「その……この、服装、どうですか?」


「あー……」


 ひとまず追及は追えるとして。天翔はこれからどうするべきかに思考を巡らせている中──アイリスの遠慮がちな視線とわずかに紅潮した顔、気恥ずかし気な声で、その場でくるりと回って、今の自分は問題ないだろうか、と問いかけてくる。その質問に、天翔は一瞬どう答えようか迷って──。


「ああ、似合ってるんじゃないかな」


「ありがとう、ございます……!」


 心の中でガッツポーズを取っていそうな彼女の顔を見ながら、天翔はどうやら、これ言っておけば大丈夫じゃね? レパートリーから一番無難そうなのを選んだのが間違いでないことを悟った。ちなみに、全ては詩音と言う少女や、昔馴染みの少女のせいなのは気にしないようにしよう。


「そう言えば、天翔先輩は何をしてるんですか?」


「いや、暇だったから、昔の思い出をなぞりながら歩いてたんだ」


 ふと気になったのか、アイリスが天翔に尋ねてくる。とはいえ、大した理由はない。本当に懐かしむぐらいだ。

 ──懐かしい、本当に。

 昔の話──天翔がまだこの学園に在籍していた頃の思い出だ。諸事情により、天翔は一年しかこの学園に居られなかったのだが、それでも大事な思い出だ。魔術師としての、大切な思い出。親友と毎日馬鹿やって、昔馴染みの少女と遊んだ日々の事──天翔が魔術に関わらないようにして数年、一度も会っていないが無事でやっているだろうか。


「あの……もし、よかったらご一緒してもいいですか?」


「ああ……そうだね。その方が、いいかもしれない。それじゃ、行こう」


 アイリスが居て不都合になることは特にない。あるとすれば、昔を知る職員が天翔をからかうぐらいだ。とはいえ、そんなことを恥ずかしがるような天翔ではないし、アイリスもまた一緒に来たいのだろう。

 そういうアイリスの意志を汲み、天翔は彼女と一緒に島内を散策していく。けれど、空は一向に晴れる気配を見せず──むしろ、これからの不穏を表すかのように雲がかかったままだった。


     ★


 アイリスと共に島内を探索して回った所──既に時刻は六時を過ぎている所だった。今は春であるため、もう辺りは真っ暗だ。あまり外に長居するのも問題だし、そろそろ寮へと帰るべきだろう。


「アイリス……楽しかったか?」


 その旨を伝え、アイリスと一緒に帰路に着いている途中で、隣を歩く少女──ある意味で最も楽しんでいたアイリスに向けて口を開く。

 すると、アイリスは初めてと言っていいぐらいの満面な笑みを浮かべて。


「はい! とっても楽しかったです!」


「そっか……なら、よかった」


 彼女の喜ぶ姿を見て、はしゃぐ姿を見て、天翔は連れてきて本当に良かったと思っていた。彼女は出自が特殊なせいでそういった経験ができなかったのを知っているため、誰かと一緒に遊ぶと言う楽しみを伝えたかったのだ。

 ──確かに、彼女は強くなりたい、そう言った。だからと言って、脇目も降らず目的に邁進するだけは、いつか壊れてしまう。夢破れて、前に進めなくなってしまう。──天翔と同じようになってしまう。それだけは、彼女に経験してほしくなかったのだ。そんな体験など、しないほうがいいのだから。


「私……こういうの、夢だったんです。こうして、人生に一度は来てみたかった……」


 俯きがちに呟くアイリス。その声音は確かにそのような感情を孕んでいることは間違いなかった。──ただ、気になることがあった。些細で、間違っているかもしれないけれど。

 ──その言葉の裏には、何らかの覚悟があって。悲壮があって。抗えぬ破滅を待つ、少女のような面持ちで。

 そんなアイリスを見かねて、天翔は何かを口にしようと──、



 そこで、雰囲気も何もかもをぶち壊す、音が鳴り響いた。



「な……今のは」


「──っ!?」


 けたたましく鳴り響くサイレンの音。それは平和を崩す、平穏を崩壊させる音。島内に響き渡る音は──緊急用のサイレンだ。天翔だって一度も聞いたことがない、緊急の際に流すとしてプログラムに規定された音。つまりは──何らかの問題が発生したのだ。


「くそ……何が」


「──っ」


 未だ鳴りやまないサイレンが耳朶を打つ中、天翔は通信機──巷では魔力を通すことで使うことが出来るようになる科学と魔術の交差品、スマートフォンと呼ぶらしい──を取り出し、現状を把握するために、天城詩音、もしくはレグラスに連絡を取ろうと画面に目を落とし──。

 見逃さない。天翔は、その僅か一瞬を、見逃さない。

 ──アイリスの表情が、悲愴に満ちていた事を。覚悟に溢れていた事を。否、今にも泣き出しそうになっていることを。

 自然、それを操作することを止めてしまう。


「アイリス……どこに、行こうとしてる」


「天翔、先輩……っ」


 見つかってしまったことに、アイリスは顔を歪ませる。本当に、奇跡としか言いようがなかった。その少女がどこかに行こうとするのを目撃できたのは。天翔が混乱する中、彼女だけはこの時が来るのを知っていたように動いていた。つまりは、少なくとも彼女はこの緊急のサイレンの原因を知っていると言うことで──。


「離してください……っ。行かなきゃ、行かなくちゃならないんです……!」


「アイリス……君は」


 天翔の声に、聞こえなかったようなフリをしてどこかへ向かおうとする彼女の腕を掴むが、アイリスはぶんぶんと腕を振って、天翔の手を振り払おうとする。

 その反応が物語っている。間違いなく、彼女が中心に居ると。


「お願いします……お願い……っ、私を、行かせて……っ」


「──ダメだ。行かせるわけにはいかない」


 彼女の懇願を、天翔は一蹴した。

 ──その顔を見れば、誰だって行かせるものか。今から死ぬつもりの人間に、死地に向かえなど言うものか。


「理由を、話せ。なんで、そんな顔をする? どうして、君が行かなくちゃならない?」


 理由が欲しい。彼女が焦る理由を、知らなければ始まらない。問題が差し迫っているのが分かっていても、脅威を正しく認識できていない以上何もできない。


「無理、です……できません! 放っておいて下さい! お願いですから……放っておいて!」


 しかし、アイリスはあくまで喋ろうとしない。それどころか、激情に駆られた声音で天翔に見捨てろと言ってくる。

 ──なんだ、この変わりようは。

 アイリスの豹変と言っても差し支えないほどの変わりように、天翔は思考を巡らせる。この少女がこれほどまでに変わることが、信じられない。逆に言えば、それほどの事があったということだ。とすれば──なんだ。ネフェタルリア家を襲った悲劇、彼女を襲った何か……全てを組み合わせれば、見えてくるものがあるはずだ。


「行かないと……私が、行かないと……皆が!」


「だから、まず話を……」


「そんなことしてる暇なんてないんです!? そんな悠長にしてたら……これは、全部私のせいなんですから……っ!! 私が、決着を付けないと……」


 何に怯えているのだ、この少女は。

 取り乱すアイリスを見て、それだけを考える。怯える──正しい。彼女は何かに怯えていた。彼女が、こうならざるを得ないほどの、何かに。

 そもそも、エヴァ―ガーデン内には優秀な魔術師が集まっている。穂坂学園長を始めとして、優秀な魔術師がだ。つまり、一種の要塞だ。何が起こるとも、基本的には自分たちの防衛だけで何とでもなる。それをアイリスだって分かっていないはずがない。なのに、どうしてこんなに怯える? 慄く? なにが──彼女の心を縛り付けている?


 一つ、思い当たる節があった。

 ネフェタルリア家壊滅の知らせ。レグラスから伝えられ、報道されたそのニュースが頭をよぎる。

 まさか──まさか。予想もしなかったそれが浮上してくる。まるで天啓のように。

 穂坂学園長の会話を思い出せ。天翔は、穂坂は、あの時何て言っていた? ありえないと、一蹴されたし、天翔だって適当に口に出しただけ。──けれど、それがもし本当だったら。

 災害級(ハザードクラス)が、本当に出たのならば。あのネフェタルリア家が壊滅するだなんて、それぐらいしか考えられないと、そう言ったのは誰だったか。


 ──災害級(ハザードクラス)がネフェタルリア家を壊滅させたのならば。いや、もっと踏み込んで。


 ──災害級(ハザードクラス)がネフェタルリアを滅ぼすためだけに出てきたのならば。


 彼女の焦燥感も、悲壮感も、切迫感も、絶望も、納得できないわけではない。

 いや、むしろ納得できる。なぜなら災害級(ハザードクラス)は本来、千年に一度現れるような化け物だ。その能力は高く、一個師団以上の魔術師で当たらなければ勝てることはできないとされている怪物だ。十年前の災害(ハザードクラス)級出現に際しては、魔法使いが何人もいてようやくの勝利を収められたほどの恐ろしさだ。

 ──つまり、それならばエヴァ―ガーデンでは太刀打ちできない。魔法使いもろくに居らず、まともな戦力を数えれば一個師団に遥かに及ばないこの監獄では、届かない。そのまま滅ぼされるだけだ。

 否──それだけではない。それだけでは、足りない。

 まだアイリスは、何かを隠している。


「アイリス……一度、戻ろう。俺は穂坂学園長に掛け合ってみるから、そこで指示を……」


「ダメなんです……それじゃ、ダメなんです……私が、私が行かないと──」


「アイリス……っ」


 アイリスは今正常な判断ができていない。今のまま行かせるのは、まずい。それでは死ぬだけだ。災害級(ハザードクラス)に挑んだところで、彼女は何の役にも立たない。それどころか、一般の魔術師ですら戦力足りえないのだ。彼女の実力では、どうしようもない。

 分かっているはずだ。アイリスだって、理解しているはずだ。なのに、なぜ行こうとする。なぜ、逃げることをしない。災害級(ハザードクラス)は、その名前が示す通り天災と同じ扱いだ。例えば飢饉、例えばハリケーン、例えば大洪水。人間がどうしたって及ばない、コントロールのできないからこそ、そんな大仰な名前を授かっているのだから。


「アイリス……落ち着け! 今の君は、冷静じゃない! 命を……落とすぞ!」


「いいんです! 放っておいてください! そんなの……天翔先輩には、関係ないじゃないですか!?」


 そうだ。確かに、関係のない事だ。むしろ、いいことじゃないか。

 アイリス・ネフェタルリアが死ねば、お前は大嫌いな魔術に関わらなくて済むじゃないか。

 甘言が囁かれる。見捨てろ、と心のどこかで鳴り響く。

 うるさい。嫌に、粘着質に、絡みつく。


「お願い……だから、私を……行かせて。じゃないと……皆、死んじゃうんです。私のせいで、また……」


 昏い炎が見えた。少女の蒼色の瞳に、似合わないものを垣間見た。

 懇願は、しかし天翔には届かない。届くわけが、ない。


「行かせない……行かせるわけが、ないだろう。──死にたい、のか」


「そんなわけ、ない……」


 天翔の問いかけに、アイリスは掠れる声で応じる。まだ、死にたくないと、小さく否定した。


「でも……私は生きていちゃ、ダメなんです。生きていたら、皆が幸せになれないんです。誰も、救われな

いんです……だから、行かなきゃ、ダメなんです……! あいつと、決着をつけないと」


 涙を滲ませ、声を振り絞る彼女に──天翔は何も言えない。

 だって、そんな道は正しくなんてなくて。誰かの命の上に成り立つ幸せなんて、天翔は享受したくなくて。

 ──信じたくなかった。少女がそんな想いを抱いているなんて。

 ──気づけなかった。少女がそんなに思いつめているなんて。

 けれど、天翔にはその反論を口にすることはできない。夢が、破れた理想が、儚い幻想が、捨てたはずの想いが、疼く。疼いて、縛り上げて、喉を硬直させる。思考を停止させる。


 ──お前に、それを言える資格があるのかと、問いかけてくる。

 記憶がフラッシュバックする。思い出したくない、夢を思い出してしまう。

 血が、舞う。肉が、踊る。骨が、跳ぶ。惨劇が、開かれる。知り合いも、親しかった少女も、憧れた両親も。等しく、死が訪れて──。


「そ、んな‥…ことは……」


 ないと、そう言いたかったのかもしれない。夢に苛まれる中、見えなくなっていく光景に必死に縋りながら、否定したかった。

 けれど、アイリスは先ほど以上に──。


「誰も……助けてくれなかった!」


「──」


「誰も……手を差し伸べてくれなかった!」


「──」


「どうして!? どうして、私を誰も助けてくれないの!?」


「──」


「生きている意味がないから!? 価値なんて何一つないから!? 生きているだけで、罪だから!?」


「──」


「私だって死にたくない! けど……何の価値もない! 生きてるだけで、死を招く存在なんて害悪だ! 

生きていちゃいけない……悪だ!」


「──」


「これで……いいんです。私には何の価値もない。助ける意味も、ない。……私は決着を付けなくちゃいけな

いんです。その結果、死ぬのなら、皆助かる。それで、いいじゃないですか」


「──」


 紡がれる言葉に、天翔は言葉を返せない。

 彼女の想いは、決して誰にも届くことのなかった、秘めたるものだ。

 なんと、返せばいい。どうやって、止めればいい。今の天翔に、止める術などあるのか、誰もかれもを救える力などあるのか。

 否だ。

 そんなものは天翔には存在しない。全てを覆す力なんて、ない。

 いつだってそうだ。救ったつもりで、助けたつもりで、いつの間にか零れ出てしまっている。願って、想って、なくしたくないと叫んで。


「今まで、ありがとうございました……天翔先輩と、過ごしたのはほんの一か月でしたけど……すごく、楽し

かったです」


 動きを止める天翔に、アイリスの声が聞こえた。それは決別の言葉。そして──分かれの言葉だ。


「さようなら」


 それだけ残して、アイリスは走り去っていく。天翔の視界の端から、消えていく。

 天翔は何も言えず。ポケットからは振動と、着信があったことを示す音楽だけが虚しく鳴り響いていて──。



 ──空は灰色に満ちていて、雨が降り出していた。


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