7話 合格への道筋
一か月の訓練──その半分が過ぎたころに話は戻る。いつものように朝練を終え、朝食を取り終えたアイリスに向かって、天翔は頃合いかと心の中で呟き、そんな風に切り出した。
「アイリス……今日からは、並行して魔術連結の練習もやっていきたいんだが……いいか?」
「魔術連結……って、聞いたことないんですけど……なんですか?」
天翔からもたらされた単語に、アイリスは小首をかしげた。が、それも無理はないだろう。魔術連結と言う技術はアイリスのような素人には関係のない話なのだから。
「魔術連結……要は魔術を連鎖的に撃つってことだ。大まかなパターンは二通り。その名の通り、魔術を連続で放つこと、無論ノータイムで……けど、たぶん、アイリスにこっちはまだ早い。なにせこれ、軍……魔術師として才能がある奴らに限られるんだ、できるやつがな」
「それじゃあ、私が覚えるのは、もう一つの」
「そう……こっちは比較的簡単だ。右手と左手に通ってる魔術回路で別々の魔術を行使することだ」
「み、右手と左手で‥…っ」
天翔の口から語られる魔術連結の方法に、アイリスは大きく目を見開いて動揺を露にしていた。
「あー……確かに、文面だけ見ると難しそうだが……実際、そこまで難しいわけじゃない。要は、保存領域で、一度の魔力行使で別々の魔術式を組み立てるってことだ」
天翔の説明不足で、アイリスは難しく感じただろうが……これは案外難しくない。
保存領域とは人の頭の中にある、術式を保存しておく領域だ。魔術を発動する際──もっと言えば、戦闘になった場合、いちいち地面に描いて術式を構築するのでは遅い。
ゆえに、保存領域に術式を保存し、式句を唱えることによって起動する……というのが魔術行使のパターンだ。話は脱線したが、戻ろう。この保存領域には、容量と言う制限がある。要は携帯のメモリとでも思ってくれればいい。その容量が許す限りならば──幾らでも魔術式を放り込めるのだ。その中で、式句を唱え、適応する魔術式を引っ張り出す。魔術連結とは、その一連の動作の中にもう一つ加えること。要は魔術式を二つ組み上げることだ。
「でも、それって難しい……んじゃないですか? だって、二つですよ? そんな、私、そんなことしたことないですし……」
「魔術式を二つ組み替える……って聞くと、確かに難しく感じるかもしれない。けど、実際はそうでもないんだ。……要は、魔術式をどれだけ理解しているか、という一点に集約される」
「……つまり、魔術式をちゃんと理解できていれば、二つを構築させるのもできない話じゃない……ってことですか?」
「そういうこと。つまり、魔術式を構築する時間を短縮していけば、魔術連結はできる」
結局はその点に集約されるのだ。魔術式を理解しているか否かで、明確な違いが出るほどに。
しかし──アイリスは納得できないように首を傾げる。
「でも……それなら、私以外の……それこそ、この学園に通ってる人は皆できるんじゃないんですか?」
「あー……いや、全員が全員ってわけじゃない。さっきも言った通り、魔術連結には魔術式を隅から隅まで理解することが条件だ。でも……それって意外とできるやつは多くない」
どんなことにも通ずることだが、基礎が完全にできている……という人間は決してそう多くない。大抵の人間は基礎を極める前に、応用に手を出してどん詰まりになっていく。これに今回を当てはめると、魔術式を理解すると言う基礎を積んでいないときに魔術連結という応用に手を出してしまう、というのはよくあることだ。
「やっぱり、基礎大事ですね……」
「そうだ。とにかく、基礎──土台を積む。しっかりとした土台を積み上げた奴は、それだけ魔術師として大成しやすい。当たり前の事だけどな……それと、これはやるかやらないかはアイリスの自由なんだけど……」
「……?」
「アイリス……明日から動けなくなるかもだけど、いい?」
「え……?」
「君……あんな技術まで彼女に伝授していたのかい?」
「ああ。そこまで難しい技術じゃない。やろうと思えば、アイリスがやっている魔術連結は誰だってできる」
「確かにそうだね。センスがあれば……という冠がつくけれど。……分かってるかい? そもそも、魔術式を理解したとして、それで右手と左手……要は別々の手で別の魔術を行使するなんて馬鹿げた真似ができる魔術師が、この学園にどれだけいると思う?」
アイリスの魔術連結を見た有馬春海は馬鹿げていると、アイリスの能力を認める。なにせ、彼の言っていることは正論だ。アイリスには簡単……みたいに言ったが、実際もっと難しい面がある。なにせ、繊細な魔力コントロールが求められる。例に挙げれば、五メートル先にある小さな輪に針を通すような感覚だ。 それほどまでに魔力をコントロールすることは難しい。
「魔力コントロールに関しては、大体先天性のものが大きい……つまり手先が器用な方がコントロールしやすい。だが……それでも、彼女はまだ魔術を習い始めて一か月だ。そんな短期間でできるほど、簡単な技術ではない」
「まあな。だから、アイリスが使えるのは初級魔術だけだ」
もっと言えば、天翔が彼女のために作り上げた、ほとんどオリジナルのような魔術だけだ。他はできない。しかし──今回はそれだけでも問題ないだろう。
「……とはいえ、だ。彼女の魔術連結に関しては、確かに驚いた部分もある……しかし、それだけでは受からない」
「だろうな。第一、試験で高得点を得るには試験官に一杯食わせなければいけない」
試験中、試験官の魔術での反撃は禁じられている。その代わり、防御系統の魔術は許されている……つまりは、自らの得意な魔術を使って、それを突破するのが一応の目標なわけだ。それ即ち、自らがどれだけ成長したか、どれほど魔術を扱えるようになったのか……という指標になるわけだ。まあ、非常に曖昧な条件なのは間違いない。
「その点で言えば、先ほどから言っているけど……彼はまずいね。あのレジストがある限り、アイリスに勝ち目はないと思うけど」
「ああ……間違いなく、無理だろうな……けど、絶対にできないわけじゃない」
可能性はある。僅かだが、しかし確かな光だ。アイリスが勝つには、その光を手繰り寄せる──アイリスがその可能性に気づけるか、という話になるが。
「教えてあげていないのかい?」
「それ教えたら意味ないだろ。あくまで、彼女の力で試験を合格するんだから」
「間違いないね……ということは、まだあるのかい? 秘策」
探るような春海の声に、天翔は何も言わずに試験を見守る。秘策──秘策とは言えないまでも、一応策は伝授してある。魔術連結と同じような、高等技術だが。
「ほう……先ほどと、威力が異なっているな……いや、考えてみれば一撃ごとの威力が違っていた……か。ふむ……どうやら、優秀な者がついていたようだな」
「ありがとう……ございますっ!」
天翔が見守る先で──アイリスの変わりように、笠宮久遠が感嘆の声を漏らした。それにアイリスは肩で息をしながら答える。
だが──戦局はあまり芳しくなかった。それもそうだろう。なにせ、魔術師としての力量が違うのだ。防御魔術をあらかじめ付与している笠宮久遠に、アイリスの魔術など効かない。ゆえに、勝つ方法は一つしかないだろう。
──アイリスの得意魔術を笠宮久遠にヒットさせるだけだ。
「……魔術を行使する際、色々な外的要因によって威力が変化することがある。これは本人の意思に関わらず、だ。それを意図的に変化させる技術……だね。しかし、よく覚えられたね。あれって即効性もないし、第一そこまで強くなったと感じられない。覚える人間なんてあまりいないのに」
目まぐるしい魔術戦が行われている最中──魔術戦とは言い難いが──隣で見守っていた有馬春海がアイリスがやっていることをあっさりと看破してのける。
そう、彼が言った通り、魔術行使は思った以上に環境や本人の状態に左右される。その性質は魔術師同士の戦いでもしばしば利用されるのだ。要は相手の精神状態を揺さぶって、魔術の威力を下げる、と言ったように。
ゆえにこれをコントロールできるようになれば、そういった不安要素から解放されて真っ向から戦える可能性が増えると言うことだ。しかし、一見メリットが多いこの技術を習得しようとする魔術師はそういない。なぜなら、自らが強くなったという実感が湧かないからだ。強くなったという感触がない以上、習得する者は必然的に少なくなる。
「──さて、そろそろ魔力が尽きてきたころかね」
「はぁ……はぁ……っ、ぁ……」
魔術を行使し続けるアイリスに、その全てを魔術を使わずに悉く粉砕する笠宮久遠。端から見れば、間違いなくアイリスが優勢だと言えよう。だが、それはあくまでアイリスの魔力が持つまで。魔力が尽きれば──この通りの結果だ。
アイリスは地面に膝をついていた。それも肩で息をしながら。
──魔力切れ。大量にあったはずの魔力が底を突き、最早魔術を行使することも不可能になってしまった。
「随分と健闘したが……ここまでのようだな。とはいえ、魔術を一切習ったことのない状態からここまでやってのけた……それほどの覚悟と努力があれば、この先も特に問題ないだろう。この学園を出ても、再度立ち上がって……」
「それじゃあ、ダメなんです……」
笠宮久遠の降参を進めるような声に、しかしアイリスは俯きながら首を振った。
「それじゃ、私は弱いまま……前に、一歩も進めない」
「その結果……命を散らしても、死ぬと分かっていてもなお、君は進むのかね?」
「それが私の運命なら……抗うまで。決して、諦めはしない。あいつに、抗う力をつけなきゃいけないから……例え、それで死んでも」
「そうか……残念だ。だが、諦めぬ心もまた魔術師にとっては重要なものだ。いずれ、立ち上がるがいい。──今度は、自らを生きていてはいけないモノ……などとは、言わないようになった後でな」
敗北。誰が見ても分かるほどの敗北だ。魔術を使うことすらせずに、使わせることすらできずに敗北した。アイリスの心境はいかばかりか。
それに──。
「や、やっぱり、『最弱姫』には無理だよな……」
「つーか、最初から決まってたろ、無理だよ、あんなクズにここに通う資格なんてない」
──観客席にもまた敗北ムードが立ち込めていた。当然だ、あの状況であれば負けるのは明らか。誰もが見放し、誰もが賽を投げて、誰もが嘆息した。
──やはり、『最弱姫』は『最弱姫』のままだったのだと。
「いいや……まだ」
だが、少なくとも二人。
二人だけが、ただただそれを確信していた。
まだ、勝利の芽は残されていることを。
「まだ……私は、諦めない!」
天翔の小さな呟きに、聞こえるはずのないその声に、アイリスが呼応するかのように立ち上がる。その予想外の意志に、笠宮久遠は一瞬たじろいで──。
「《凍れ》っ!」
なけなしの魔力をつぎ込み、アイリスが放った魔術は初級魔術の一つ──フリーズ。水を固める、もしくは氷をぶつけるなどの魔術だ。無論、笠宮久遠に変わらず薙ぎ払われる。全力をつぎ込んだ魔術が破壊されたのがショックだったのか、アイリスが俯く。
「さて……終わりだな」
笠宮久遠の呟きが場に落ち、敗北がアイリスにのしかかって──。
──だが、その時の挙動を天翔は見逃さなかった。アイリスもまた、諦めたように見せかけて、その一瞬だけを見ていた。笠宮久遠が手を掲げた、その瞬間──腕が僅かに震えているのを。
──そう、アイリスが勝利するのは、ただこの一瞬しかない。
──さあ、見せてやれ。『最弱姫』が試験に合格する様を。
前評判を覆すその瞬間を。
「《惑え》!」
「馬鹿め──その魔術は効かん!」
アイリスがこの時のために残しておいた魔力を使って魔術を行使する。それはアイリスが得意な魔術──初級白魔術ミラージュ。相手の視覚情報に介入し、軽い幻覚を見させる程度の魔術だ。当然、初級と言う以上そこまで強い幻覚魔術ではない。笠宮久遠ほどの魔術師であれば、軽くレジストしてのけるだろう。 実際、彼は一瞬のうちに精神魔術を妨害、防御する魔術を展開し、レジストの態勢に入っている。
──アイリスにとって、笠宮久遠という魔術師が相性が悪いのはそれが理由だ。彼は精神に作用する魔術をレジストできる数少ない魔術師だ。
そもそも精神魔術とは人の意識──深層意識と呼ばれる場所に作用し、精神を作用する。レジストする、ということは精神魔術が深層意識に作用する前に魔術的な防壁でもって防御することだ。無論、簡単にできることではない。が、笠宮久遠はそれに長けている。自前の精神力かどうかは怪しいところだが……それが、今回アイリスが合格することは難しいと言われている所以だ。
「な、に……?」
しかし、結果は違った。弾かれるはずの魔術は、弾かれず笠宮久遠の深層意識に侵入し、幻覚を見せるに至った。
──そう、落とし穴、というか抜け穴が存在しているのだ。
先ほども言った通り、魔術行使は様々な外的要因によって左右される。笠宮久遠のレジストは完璧だ。外部からの揺らぎ、もしくは要因がなければ突破は不可能。
ならば、発想を逆転させてみよう。
術者本人の体調が魔術戦の中で悪くなったら、どうなるのだろうか。
当然、魔術は必然的に弱くならざるを得ない。なぜなら、魔術行使では体調もまた魔術の威力を変動させる一つの要素なのだから。
だから、アイリスは今まで水の魔術を使っていた。最初の魔術で笠宮久遠が魔術防御を張らず、生身で受けるのを知ったアイリスは、咄嗟に水の魔術に変えた。理由は単純。腕で弾き飛ばそうとなんだろうと、魔術は世界に介入し物理的に変化を起こすものである以上──水飛沫は必ず付着し、水による体温低下は否めない。それが僅かであろうと、致命的であるのには変わりないのだから。
──そして、ダメ押しとばかりに彼女は先ほど氷の魔術を使用した。それは皮膚に付着した水を凍らせて、体温低下を招かせるため。
これにより、急激な体温低下を余儀なくされ、魔術行使の精度に影響を与えた。ゆえに、展開したはずの魔術防御はアイリスの白魔術を防げなかった。
「なるほど、結局私もまた侮っていた、ということらしい。その程度の策、平常時であれば、警戒というものを働かせておけば、最上級の魔術防御を展開していた……が、戦う相手は所詮学生。魔術防御を破れる者など、いない……そう、高を括ったのがこの結末か。見事、アイリス・ネフェタルリア──君の、勝利だ」
「あ、ありがとう、ございますっ!」
笠宮久遠からの評価に、アイリスは頬を緩ませて感謝を述べる──と同時に、会場が湧き立つ。ありえないはずの番狂わせに、信じていなかったアイリスの魔術戦に、観戦していた者達が感情を露にしたのだ。
「お見事。素晴らしいね、君の教え子」
「才能があるかどうかで言われたら……得難い人材であることは間違いないしな。よく、やってくれたよ」
正直、天翔はこの結果を想像できていたかと言われれば、頷けないだろう。なにせ、何も教えていないのだから。敢えて、天翔はアイリスに対して何も教えなかった。笠宮久遠の突破方法を。だが、彼女はそれを自力で見つけ出した。天翔から教わったことを身に着け、疑問に持ち、一つしかない糸口を手繰り寄せた。
知らず、鳥肌が立っていることに、天翔は驚いた。その才能に、その頭の発想に、その魔術師としての未来に。
「おめでとう……アイリス。君の、勝ちだ」
眼下で嬉しそうに手を振るアイリスを捉えながら、天翔はそんな風に呟くのだった。
そして、数日後。
試験の成績が発表される当日。
天翔とアイリスは二人そろってエヴァ―ガーデン内の端っこに位置する掲示板にやってきていた。
「緊張しますね……天翔先輩」
「緊張……うん、まあそうだね。確かに実践の方では一定の評価貰えたようだけど……勉学の方でやらかしてる可能性も否定できないわけだし」
「そう、なんですよね……一応、それなりにできたつもりなんですけど……」
天翔の可能性の話に、しゅんと項垂れるアイリス。
とはいえ、実際に起こりうる可能性なので笑えない。この試験は実戦と理論両方を一定以上の評価を取ることによって合格なのだから。だから、どちらか一方に全力を傾けてどちらかを捨てる、などということはめったなことがない限りできない。
「結構、人いるんですね……みんな、自分は合格してる自信あるから身に行かなくてもいい……なんて人いるかと思ってたんですけど」
「まあ、大半の人間はそうだろうな……最初はあんまり来ないだろうし」
待つ傍ら、周りの状況を見ていたアイリスは驚きの声を漏らし、天翔は彼女の言葉を肯定した。最初は誰だってそうだ。あんまり来る必要はない。なぜなら最初の試験は一番簡単だからだ。当然、次は難しい。その次はもっと難しくなっていく。次第に、試験に合格できるかどうかすらも疑わしくなり、ここに来る人間が増えて言ったりするのだが……そこはいいだろう。ともかく、世間話を続けていた最中──遂にその時が訪れた。
黒服に身を包んだ教員──というか、従業員が三人がかりで巻物のような物を運んできて、おおよそ四メートルぐらいの大きさがある掲示板に張り付けていく。
どうやらこの方式は今も変わらないらしい。今では電子掲示板などの技術が発展しているのだから、導入すればいいのだと思うのだが、恐らく穂坂学園長が機械音痴であるためこういう形式を取っているのだろう。
「えーと……アイリスの名前は、と」
そんな裏事情を察しつつ、掲示板に群がる者達の中には入らず、遠目で──魔術で強化して──アイリスの名前を探す。ちなみに掲示板に乗る合格者の並び順は単純に成績順だ。成績が高い方から順に書かれ、低いものほど後に名前が書かれる。アイリスの評価は恐らく五段階中三段階──要はアイリスの評価は最も低いところであるのは間違いない。
ゆえに天翔は掲示板の右の方を探していって──、
「あ、あった……」
──天翔が見つけ、声に出そうとするよりも早く、アイリスが信じられないような声で呟いた。
「て、天翔先輩……やった! 私……合格……!」
「ああ……おめでとう。君の、努力の結果だ」
サファイアの瞳に涙すら浮かべて、受かったことを喜ぶアイリス。大げさと言われるかもしれないが、実際それほどの価値が彼女にはあったのだ。今まで才能がないと言われ、鳥かごに囚われて。外に出た結果、罵詈雑言が浴びせられてきて。ようやく彼女は、真の意味で歩み始めたのだ。魔術師としての道を。
「……ありがとう、ございます……! 私、これで……ようやく……っ」
「感謝は言わなくてもいいよ。アイリスが頑張った結果なんだから……それに、これが最後じゃないだろう? だって、俺への依頼はアイリスを公爵級まで育てることなんだし……これからも、よろしく。アイリス」
感極まって言葉を紡げていない彼女に、天翔はむしろこれからだと告げる。瞬間、アイリスは肩を震わせ、天翔の言葉に驚いたようにアイリスは瞳を大きく見開いて。
「そう……ですよね。ごめん、なさい。……はい、これからも、よろしくお願いします、天翔先輩!」
けれど、決して天翔の差し出した手を取ろうとはせずに──アイリスの試験は終わりを告げる。
だが、まだこの時天翔は知らなかった。
彼女が抱えている問題を、その全てを
──脅威は、すぐにやってくる。全てを、壊すために。
★
『さてさて。我々の計画は……ひとまず良好、と言えばいいかね』
その頃。
世界のどこかで。
八個のモニターが集まる場所があった。それは決して誰にも分からない場所で、知られない場所で行われていた。
──魔術協会の取締役、元老達の会議。魔術協会創設時から魔術協会を牛耳っている者達の総称を、元老と呼ぶ。簡単に言えば、魔術協会の最高意思決定機関であり、円卓会議は権力的に彼らの下に位置する。つまりは、彼らの意志が世界を動かすと言えばいいか。世界にどこにいるのか、そもそも存在しているかも分からない彼らは、定期的にこうして会議を行っているのだ。
『確かに、ね。だが……良好と呼ぶには、まだ早いのでは? アイリス・ネフェタルリアと神代天翔はまだコミュニケーション不足だ。早々に軌道を修正するべきでは?』
『いやいや、これもまた解、ではないだろうか。そもそも、我々が立てた計画に沿えば……衝突がないのも、また人間関係を良い方向に持っていくには必要だろうよ』
『何とも言えない、のが正解じゃろうて。そもそも、最早人間と言う皮を剥ぎ取り、化け物と化した我々には、人間の感情など理解できぬのだから、彼らに任せるべきではないかのぉ』
『これだから爺は……とはいえ、今のところはそれが正解だろうな。我々が下手に介入したところで、意味などないよ』
『それに、心配しなくてもいいだろう。なにせ、彼女──アイリス・ネフェタルリアがどんな問題を抱えていようと、関係ない。なぜなら、神代天翔が全て解決してくれる。そうであるからこその、奇跡の十二番目なのだから』
最後の一人の言葉に、全員が納得する。
そして、会議は終了する。彼らが立てた作戦には、何の変更もなく──その時は、近づいていくのだった。