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6話 試験

 ──幻想に囚われている。


 アイリス・ネフェタルリアは夢に囚われていた。決して叶うはずもない、その幻想に、その身を抱かれ続けてきた。


 誘拐。穏やかじゃない単語だとは思うけれど、実際に起こったことだ。どこから情報が漏れたのは分からないけれど、アイリスが魔術を使えない無能だと言うことがバレたのだ。ネフェタルリア家は地位が高い。その失墜を狙う敵だって、少なからず存在する。その勢力に、アイリスは攫われたのだ。

 期間にして約三日。その時間は、しかし幼いアイリスにとって苦痛でもなんでもなかった。だって、変わらない。いつもと、変わらない。食事の量が変わって、誰かに攫われているという状況だけが、いつもと違っていて。


 他は何も変わらない。太陽が見えないのも、外が見えないのも、誰も助けてくれないのも。何も変わらない。だから──ずっとそうだと思っていた。そうなのだと、諦めきっていた。

 だけど──運命は、まだアイリスを見放してはいなかった。

 アイリスに何の価値もないし、家ではいない者として扱われているという真実を知らされた犯人たちは、足手まといになるアイリスを処分しようとした。

 助けてくれる人なんていない。どれだけ喚いても、どれだけ泣き叫んでも、事実は変わらない。誰も、ここから出してくれるはずの人なんていない──。

 そのはず、だったのに──。


『大丈夫か!? どこにも怪我はしてないか!?』


 その人は、今までとは異なっていた。最初から、全然違っていた。私と違う銀髪で、獰猛な赤色の瞳をしていて──なにより、私の心配をしてくれていた。何の価値もなく、生きる意味すらない私の、心配を。


『あ……』


『お、おい……!? どうした? なんで泣いてるんだ?』


 涙が、止まらなかった。なぜかは知らないけれど、涙が溢れるのを止められなかった。


『私……私ぃ……っ!?』


『……辛かったよな。一人で、ずっと……けど、もう大丈夫だ。俺が、いるから……』


 まだ、私を心配してくれる人がいてくれるのが、嬉しかった。私を見捨ててくれない人がいてくれるのが、嬉しかった。なにより、私と言う存在を認知してくれたことが、一番うれしかったのだ。



 ──その日から、私は幻想に囚われた。

 私は生きていていいんだと。私にも、生きる意味があるのかもしれないと。その眩しさに惹かれ、私は毎日を暮らしていた。

 ……けれど、運命は残酷だった。一度は救った私を、見捨てたのだから。

 ──ネフェタルリアを襲う業火と化け物。それこそが、私の生きる意味を失わせたもの。





 ──一か月はまるで嵐のように過ぎ去った。


 そして、ついにやってくる。アイリスの全てを決める試験が。エヴァ―ガーデンにおいて、成績を決める試験が。

 一度おさらいをしておこう。エヴァ―ガーデン──魔術師の楽園である学園には一か月ごとに試験がある。これこそが、今回アイリスが受ける試験だ。名前を定期試験だの、なんだの言っているが……そこらへんはどうでもいい。重要なのは、この試験で一定以上の成績を出せなかった魔術師はエヴァ―ガーデンを去らなければいけないと言う事実だ。

 試験内容は筆記と実践。これらの試験の意味は魔術を理解しているか、どれだけ魔術を扱えるか……という点を把握するためのものだ。

 この二つを合わせ、五段階中三段階以上の評価を受けることができなければ、その者はエヴァ―ガーデンから追放され、楽園に残る資格を剥奪される。要は教えるに足る魔術師を選別する儀でもある。

 

 ここまでは落ちた場合の話をしてきたが、合格した時の話もついでにしておこう。五段階中三段階以上の評価を受けた者──要は合格した者は三つのグループに分けられる。その内訳は三、四、五と言った具合だ。生徒が弾き出した成績によって、パートナーが得られる恩恵も変わってくるということになる。

 例を挙げるならば、最高評価を受けた者には次の試験まで最高の待遇を受けられる、といったものだ。とはいえ、天翔はこれについてはどうでもいいとしか思っていない。なぜなら、天翔の生徒であるアイリスはまずそれ以前の問題だからだ。確かに彼女には一か月間みっちりと魔術の基礎を教えた。

 

 彼女と出会ったばかりの頃と比べれば、天と地の差であることは明白だ。だが、それだけで上位に上がれるほどこの学園は甘くない。だから、あくまで今回天翔とアイリスが目指すのはこの学園に残れる評価──三の評価と言うことになる。無論、これも簡単な事ではないだろう。なにせ、今のアイリスは未だ第七階位の初心者の魔術師だ。可能性が低いことも、百も承知だ。

 だが──やれることはやってきた。

 だから、後は全力を出しつくすだけ。全力を注ぎ、後悔しないようにするだけ。

 とはいえ──そんな簡単に思えるようにならないことも、天翔は分かり切っていた。


「ふわぁ……人が、こんなに……」


「そりゃあ……そうだな。この学園に通ってるエリート連中からすれば、同じ実力を持った魔術師と言うことになる。だから、近くで見てその技術を奪う……ぐらいの感覚はあるのさ。だから、みんなで観客席に居座るんだ。別に強制でもないのに観客席が埋まるのはそういう理由だよ」


 試験当日。エヴァ―ガーデン内に設置されている試験場──コロシアムの控室にて。

ごった返している人の波を映像越しに見つけ、アイリスが戦々恐々としていた。それもそうだろう。なにせ、この人数は間違いなく多すぎる。

 エヴァ―ガーデンにいる人間の数は大体千人程度だ。その半数以上が生徒と先生であり、他には施設を維持するための魔術師である。──が、間違いなくこのコロシアムはそれ以上を動員できる造りだ。それこそ、一万は下らないほどに。

 なぜ、そんなに詰め込めるようにしたかと言うと──無論、アイリスに言ったことも間違いではないが──魔術師が多く来訪するからだ。エヴァ―ガーデンは優れた魔術師を輩出する名門学園である。つまり、世界各国が注目する学園でもあるということだ。要はスカウトの一種だ。試験において優れた魔術師に目を付け、今からつばを付けておく。いわば、試験──コロシアムを利用した一種のパフォーマンスだ。


「あわわ……あそこにはイギリス……フランス、アメリカまで……」


「そりゃ、スカウトが本来の目的だからな……どこだって、優秀な魔術師は欲しい」


 それもこれも、世界が魔術に染まったのが原因と言えるだろう。科学が支配していた頃、科学の発展こそが競争の論点だった。では、魔術の世界では? 決まっている。優秀な魔術師を輩出し、歴史に名を刻む魔術師を育てることが国際競争の論点になった。ちなみに日本で生まれた魔術師は別に日本に居なきゃいけないわけではない。他の国で活躍してもいい。だから、他の国も来ているのだ。


「さて……アイリス、体調は?」


 大量の人を見て固まるアイリスに、天翔はそんな風に切り出した。緊張しているのは最早明白だ。なにせ、アイリスの顔は若干青ざめており、瞳が少しだけ揺れていて、普段よりもほんの少しだけ動きがぎこちない──要は緊張している人間の仕草をしているからだ。


 とはいえ、仕方のない話ではある。なにせ、文字通り退学がかかっている。落とせば、ここを離れることになり、同時に当主になれないのと同義だ。イギリスに本土を構える御三家の内の一つの当主の経歴に、そんな後ろ暗い経歴があっては誰も認めてくれない。

 だから、これは彼女に与えられた最初の試練だ。これからたくさん経験するであろう、最初の試練。

 色々話をして緊張を増長させるのも得策ではない。ゆえに、天翔は魔術の話をせず今本当に気にするべきことだけを聞いた。体調が悪いということは魔術のパフォーマンスにも影響してくる。

 ゆえに体調をいつでも完璧にするのは魔術師としての責務、と言っても過言ではないかもしれない。しかし、この一か月はあまりにも激務過ぎた。ともすれば、彼女の体調を調整できないほどに、忙しかった。ゆえに天翔からすれば一つの懸念事項だったのだが──、


「体調は、むしろいいぐらいです」


「そうか……なら、よかった」


 ──どうやら、問題ないらしい。とすれば、万全の状態で試験に挑めるわけだ。


「あの……天翔先輩は、いつ観客席の方に?」


「一応、アイリスの出番が近くなるまではここに居られるけど……」


 どこか気恥ずかしそうに聞くアイリスに、天翔はこれからの自分の予定を話す。

 試験の待合室にパートナー──先生が居られるのは生徒の出番が迫るまでだ。これはパートナーを組んだ先生側の都合、もしくは生徒の都合を考えたものだ。先生側は直接その目で見ることによって、これからの対策を考えられる。生徒側は自分だけで感情をコントロールできるようになる……という名目のもとだ。


 先ほども言ったが、魔術を行使するにあたり、表層意識である感情のコントロール、もしくはコンディションは非常に重要となってくる。ゆえに、ここでその練習を積め、ということらしい。


「じゃあ、その、そこまで……居て、くれませんか?」


「……いいよ。それで、アイリスの緊張が和らぐなら」


 アイリスの懇願を天翔は了承し、用意されている椅子に腰を下ろす。そして──少したってからだろうか。アイリスが俯きがちに口を開いた。


「実は……不安なんです」


「不安……そうだな」


 いきなり告げられた告白に、しかし天翔は特に驚くこともない。なにせ、彼女が抱く不安と言った感情も、天翔は予想していた。

 なにせ、彼女はまだこの一か月の成果を自分で理解していないからだ。本当にこの一か月で身に着けた力は、通用するのか──など、様々な考えがアイリスの中には渦巻いているはずだ。


「それに関しては、俺から言えることは一つしかない。アイリス……この一か月を思い返してくれ。正直言って死ぬほど忙しかったろ?」


「そうですね……すごく、忙しくて寝る暇もないくらいで」


「今までで一番努力した……そうだろ?」


「はい。間違いなく、そうです」


「なら……大丈夫だ。昔から言うだろ? 努力は裏切らない、って」


「努力……努力、そうですね……私も、そう聞きました」


 実際はそんなことはないわけだが──それでも、気休め程度にはなったようだ。緊張や不安などと言った感情は未だ抜けきらないものの……しかし、先ほどよりは幾分かマシになった。

 そんなわけで、天翔はひとまず待合室に設置されているディスプレイ──親機である魔術機器から発信されている波長を受け取り、映像を流す魔術機器の一つ──を見る。


「相変わらず、凄いですね……あの人」


「ああ……間違いなく、学生が至れる領域を超えてるな……」


 アイリスも天翔に倣い、映像に視線を映して、ぽつりと感嘆を漏らした。それに天翔も同意する。

 ──映像に映っているのは試験管の前で幻想もかくや、という世界を作り出しているのは水髪の少女だった。以前、アイリスを叩きのめした少女──アリア・ノビス・システリア。システリア家次期当主だ。エヴァ―ガーデン内における魔術師の階位としては最高位に位置し、尚且つ学園副主席になりうる生徒として有名な少女だ。


「あれは別格として……ほとんどの学生が、魔術師としての実力はあるものの、まあ、やっぱ学生だなってレベルだ。要は金の卵ぐらいかね」


 それが映像を通しての天翔の総評だった。無論、アイリスとはかけ離れている。とはいえ、絶対に追いつけないほどのレベルでもないと言うことだ。

 何とも惜しい話だが、彼らに優秀な、それも第二階位以上の魔術師が講師につけば、しっかりと上を目指せるだろう。


「これなら、アイリスでもチャンスはある。……ちゃんと実力を発揮できればな」


「はい……絶対に、生き残って見せます……!」


「頼もしい限り……っと、そろそろ時間か」


 アイリスと話を交わす中──時間がついにやってくる。アイリスの、試練の時間が。


「アイリス……俺から言うことは、一つだけだよ」


「……一つ、ですか?」


「ああ……一応、教えられるだけのことは教えたつもりだしね」


 彼女には一か月で詰め込めるだけの基礎と知識は詰め込んだ。ゆえに、今更どうこうする気はない。だが、どうしても言ってやらなければならないことがあった。


「アイリス……誰も、君に期待してない」


「……」


 当然だ。『最弱姫』などと蔑まれ、嘲られ、誰が彼女に期待を寄せるだろうか。コロシアムに座る誰もが、アイリスと言う少女に期待など向けない。憐憫と嫌悪を持ってアイリスの試験を見るはずだ。


「だから、見返してやろう。誰もが期待してない状況で──その全てを覆してやろう。全員に吠え面かかせてやるときだ」


「はいっ!!」


 かつての夜に誓ったように。これは逆転劇だ。地獄を経験してきた少女による、逆転の物語。


 ──『最弱姫』の逆転劇が、今始まる。



 アイリスは試験場へと続く暗い廊下を歩いていた。

 出番が近くなったので、近くに来て準備をしていろ、ということで控室から出てきたのだ。


「緊張は……あるけど」


 静寂に包まれる廊下を踏破し、沸き立つ試験場に向かう中──アイリスは自らの胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。

 緊張はしている。けれど、そこまででもない。不安はある。けれど、立てなくなるような、竦んでしまうようなほどではない。むしろ、勝っているのは昂揚感だ。これから魔術を披露できるという感情が渦巻いている。

 いや……違う。そうではない。この胸の高鳴りは、そうじゃない。この心臓の鼓動音は、決してそんな感情を糧にしているわけではない。恐らく……ただ一つだ。一か月間に及ぶ指導を施してくれた、天翔への感謝の念、結果を出して少しでも恩返しがしたい……きっと、そういうことなのだ。


「驚いた。まさか、ここまで来るなんてね」


 声が、投げかけられた。それは幼い頃に一度だけ出会い、決裂を余儀なくされた水髪の少女。──アリア・ノビス・システリアだった。


「あれだけの醜態を晒して、まだ立てるなんて……鈍感なのか。馬鹿なのか。あるいはその両方なのか……」


「何が、言いたいの?」


「簡単な事──あなたに、あそこに立つ資格はあるの?」


 アリアは光り輝く試験場を指した。これからアイリスが向かう、場所を。


「あそこは努力を積み重ね、研鑽を重ねた者しか入ることを許されない領域よ。魔術をろくに行使すらで

きないあなたに、あそこに立つ資格は、少なくともないわ」


「……」


 間違いない。彼女の言っていることは正しい。アイリスでは、これまで魔術を披露してきた魔術師が積み重ねてきた努力と研鑽には遠く及ばない。

 でも──それでも。アイリスには、諦められない。


「……私は、あそこに立つことが怖い」


 天翔の前では決して吐露することのできなかった想いを、アイリスは吐き出す。

 なにせ、あそこは処刑場だ。皆が好奇──否、嫌悪の視線を向けてくる。容赦のない罵声、悪意のある視線──刃が、アイリスを傷つけてくる。何度も、経験してきた。あの日──ネフェタルリアが壊滅したあの日から、いや、それ以前から何度だってそれを経験してきた。


「なら……っ」


「だから……あの時の誓いを思い出すの。何度でも、何度でも。惜し潰れそうになったら、あの想いを思い出すの」


 忘れていない、あの日の誓い。アイリスを見捨てなかった、少年の事。ここで逃げることは、今日までアイリスに付き添ってくれた少年の想いを無下にすることだ。それは、できない。今まで誰も期待してくれず、無能と呼ばれて、見捨てられてきたからこそ、もう二度と逃げたくないのだ。だから──アイリスはここに居られる。


「行ってくる。私は……必ず、合格して見せるから」


 決して見送りでない事ぐらい分かっているけれど、そう言わずにはいられなかった。なにせ、誰もがアイリスに対して無関心を貫く中、彼女だけはアイリスに対しずっと話しかけてきていたのだから。


「どうして……あなたはっ……」


 アリアの恨めしい呟きが廊下に落ち──アイリスは光の先に進んでいった。



「やあ、一か月振り……というわけでもないか」


 アイリスの控室を後にし、観客席にやってきた天翔に話しかけてきたのはいつぞやの青年──有馬春海だった。


「ああ。一応、魔術実践では会ってたしな……そこ、座っていいか?」


「勿論。元々、そのために取っておいた所だし、構わないさ」


 どうやら、有馬春海は天翔の席を取っていてくれたらしい。その厚意には素直に感謝を示したいのだが……。


「え……ごめんなさい、俺そういう性癖の人はちょっと……」


「どうしてたったそれだけで僕が男色だと思うんだい!? ただ席が取れずに立っているのもなんだろう

から取ってあげただけなんだけど!?」


「だって……俺は親しい人、もしくは女性にしかそういうことしないし……」


「だいぶ現金だね君!?」


 元々隠しているだけでそういう性格なのは言うまい。というか、結構標準の性格だと思っていたのだが、違うのだろうか……。

 ともあれ。折角の厚意を受け取らないわけにもいかない。そういうわけで、天翔は大人しく先ほどまで声を荒げていた春海の隣に座った。


「……で。どうだい、彼女。合格できそうなのかい?」


「……さあ。詰め込めるだけは詰め込んだけど、それだけで受かるほど甘くないのは知ってるさ」


「無責任……とも言い切れないね。僕達ができるのはあくまでサポート面だ。実際に魔術を行使するのは彼女達。僕達がどれだけサポートを尽くそうとも、全力を注ごうとも……結局は彼女達次第だ」


「始まるぞ、皆が注目する、試験がな」


 春海の言葉を聞きながら、天翔は中央の試験場を指した。そこにいるのは──緊張した面持ちを浮かべているアイリスだ。そう、始まるのだ。アイリスの人生を決める試験が。そして──自然と、会場中が湧き立つ。


「おい……あれって、『最弱姫』じゃないか……?」

「なんだ……まだ居たのかよ。でもまぁ、今回で落ちるだろ。なんたって『最弱姫』だからな。魔術なんてできやしないさ」


 各々が感想を漏らす。そして、その評価は正しいだろう。──今までのアイリスであれば。


「さあ……見せてやれ、アイリス。君の、実力を」



「さて……アイリス・ネフェタルリア。試験内容は、理解しているな」


「はい」


 試験場に立つ五人の中で──顔に皺を刻んだ偉丈夫が前に一歩踏み出し、アイリスに話しかけた。アイリスは彼から投げかけられた問いに、分かっていると返す。

 試験内容──それは試験官に対して魔術戦をすることだ。五人の中から一人を選び、戦う。その中で試験管らは魔術師としての技量、判断力──ありていに言えば、総合力を見るのだ。

 そして──アイリスの前に立ちはだかる偉丈夫が、試験を務める魔術師だろう。

 笠宮久遠──魔術師階位第三階位上位にして、高位の精神魔法すら弾くほどのレジストを持つ魔術師だ。間違いなく、アイリスにとって最悪の相手であるのは間違いない。


「では……始めよう。試験時間は十分。その間に、君がどれだけ魔術を使えるようになったか。……それを見極める。それでは、アイリス・ネフェタルリア──来い!」


「──っ」


 笠宮久遠の合図とともに──残りの四人が一斉に外へと出て、試験が始まった。白シャツに短パンと言う中々に合わない格好をしている笠宮久遠だが──実力は折り紙付きだ。


「笠宮久遠……彼、確か試験官の中では一番強いんじゃなかったかな?」


「ああ、間違いなく。黒魔術を専門にしてる魔術師で……アイリスとの相性は最悪だろう」


 彼の警戒すべきは黒魔術──世界の物理法則に干渉する魔術だ。その中でも久遠と言う魔術師が秀でているのは、筋力増強魔術。元々備わっている筋肉を増量させ、巌のような耐久力と攻撃力を得る……というようなものだ。そして、口にした通りアイリスとの相性は最悪だ。


「ぬうん!」


「──っ!」


 剛腕が振るわれ、アイリスが転がるようにして紙一重でその一撃を躱す。身体能力向上の魔術を唱えているわけでもないのに、その威力は絶大。当たればアイリスの意識など一撃で吹き飛ぶことが容易に想像できる。


「どうした、アイリス・ネフェタルリア!? その程度か! そのままでは不合格だぞ!」


「っ、あぁぁぁ──!」


 剛腕が振るわれるたびになんとかして回避していくアイリスに、笠宮久遠が忠告をする。アイリスもそれを分かっているのか、剛腕が迫る中なんとか隙を見出し、魔力を込め──。


「《燃えろ》!」


「ぬ!?」


アイリスの小さな掌から炎が飛び出し──即ち魔術が行使され、笠宮久遠も思わず驚きの声を上げた。しかし、それは彼だけではない。


「な──あれ見ろよ!? あれ、魔術じゃ──」

「う、嘘だろ……『最弱姫』が、魔術を……!?」

「な、何が起こって……しかも、術式改変まで……!?」


 初級火魔術──イグニス。適性がなくとも誰でも使える火系統の一番簡単な魔術だ。だが、たったそれだけで試験会場がざわめく。ありえないはずの出来事に、会場全体が驚きの声を上げていく。それもそうだろう。なにせ、アイリスが魔術を使えると言うことは今の今まで隠してきていたのだから。今まで使えないと思っていた彼女が魔術を行使すれば、驚きで満ちるのも仕方のない事だ。しかも──術式改変すら行っているのだから。


「ほう……どうやら、初級の魔術ぐらいは覚えたようだな……しかし、その程度で受かるとは思わん事だ!」


「──分かって、ます……!」


 しかし、初級魔術では通用しない。ここはそんなところではないのだ。そんなことぐらい、アイリスも分かっているだろう。だから──アイリスは連結させた(・・・・・)


「《水よ》!」


「ぬ──連結、だと!?」

 アイリスの左手から初級水魔術──アクアが放たれ、今度こそ笠宮久遠、並びに会場全体が絶句する。それも無理はないことだ。なぜなら──今彼女が行ったことは、高等技術の一つである魔術連結だ。右手と左手に通っている魔術回路で別々の魔術を行使、もしくは魔術を連続で行う技術なのだから。

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