17話 訓練のお時間
「で、馬鹿なの?」
「おっしゃる通りですごめんなさい本当にすみませんでした」
波乱を呼んだパーティーの翌日。昨日かっこよく別れたはずの少年の罵倒に、天翔はただただ平謝りするしかなかった。
原因は無論、昨日の顛末だろう。アイリスを馬鹿にされ、頭に血が上ってしまい、勝ち目が薄すぎる戦いに身を投じてしまったこと以外にあるまい。
「ほんとさ、天翔って昔から頭に血昇ると何するかわかんないよね。それで僕たちがどれだけ苦労したか分かってる?」
「言い返す言葉もございません……てか! なに前科棚に上げて言っちゃってんの!? お前だってそうだったろうが!? なあ、おい、悠斗!」
──暁悠斗。本来であれば、フランスに居る間はあまり会わないようにしていたにも関わらず、なぜか天翔は彼を宿泊地に呼び出していた。
「──うん、分かった、分かったよ。これ以上は不毛だ。互いに譲らないんじゃ、平行線でしかない。だから、今話すべきは交流戦のほうだ」
「ああ……そうしてくれると助かる。んで、コーチの件だが……どうだ? 受けちゃくんねーか?」
このままでは互いに悪口だけがかさみ、何の進展もないと悟った悠斗が、話を先ほどの交流戦に戻し、天翔もまた先ほど悠斗に向けて言った言葉を繰り返す。
そう、コーチ。要は今回限りの助っ人だ。アリアとの勝負、有紗との勝負。どうしても負けたくない戦いがそこにあるがゆえの帰結。
なにせ、現状アイリスチームがアリアのチームに勝つ可能性は限りなく0に近い。アリア単体でもアイリスら三人に勝てるだろう。アリアだけでも充分な脅威なのに、他にも二人。正直に言えばやってられない。
だが、それでも勝たなくてはならないのだ。あそこまで馬鹿にされれば、黙って見過ごすことは出来ない。
「僕は別に構わないけど……でも、忙しいからあんまり見てあげられないかもしれないし、なにより無関係の僕がいきなり割って入っても大丈夫なの?」
「なに、安心しろ。流石にお前を知らねえ魔術師はいない。東洋の大英雄様に教えらえれて嫌なやつはいねえだろうさ。なあ、東洋の大英雄様」
「ちょ、ちょっと天翔!? その名前は……」
「いやあー! 東洋の大英雄様が味方してくれるなら勝利は確定だね! はははは──あだっ!?」
「だ か ら! やめろって言ってるじゃないか!? それ以上言うなら、本気で怒るよ!?」
顔を赤くして怒鳴りだす悠斗に、天翔は宥めるために頭を下げる。
「でも……そうだね。分かったよ、僕も協力する」
「……いいのか?」
「うん。気にするなって、もう腐れ縁の仲だし……なにより、久しぶりに天翔と一緒に馬鹿やりたいしね」
「悠斗……じゃあ、頼むわ」
既に悠斗との関係は腐れ縁と言うか、それ以上の付き合いだ。親同士が仲良かったせいか、悠斗と天翔は幼い頃からずっと一緒で、ライバルで、ともに魔術を磨き合う仲間だった。本当にいい友を持ったと、天翔はそう思っている。
苦言すら言わずに、見返りもなしに手伝うと決めてくれた悠斗には感謝しかない。素直に感謝を言える間柄ではないが。
「それで? ルールの方は? 僕はあのパーティーに居なかったから、よくわかってないんだけど」
「そんなに難しい話じゃない。各チームに一つ、宝玉が渡され、かつ陣地が与えられる。これが前提。んで、ベスティアドーム……ま、会場だが、ここに四つの陣地が配置されている。陣地については、自分の陣地の場合何をしても構わない。魔術的罠を置いても何ら問題はないそうだ」
「しかも、見る限りでは陣地ごとに環境が全く違うね。北側は森、西は山岳、東は砂漠、南は海洋……一見、森が優位に見えるね」
「ああ……だが、必ずしもそうではない。うちは地力がなさすぎるから、比較的優位が動かない森陣地を選んだが……怖いのは、どことも競合しなかったってことだ」
そう、それが怖いところだ。当然、見通しが悪く、どこから敵が来るのか分からないと言う利点を生かせる、森林エリアが競合すると思っていた。しかし──全員が違う陣地を選んだのだ。
フィラリアが山岳陣地、アリアが海洋陣地、もう一人が砂漠陣地と。被らなさ過ぎた。
「魔術が、間違いなく関係してる」
「十中八九そうだね。例えばシステリア家の長女さん……この人なんか、完全にそうだね。海洋陣地を選んだのは、自らの氷魔法を使いやすいから。でもさ……これって、勝負つかなくないか? だってさ、自分にとって最も有利な陣地を選んだら、そこで待つのが定石じゃん。そしたら、絶対に勝負がつかない」
悠斗の言う通りではある。確かに、自らが最も有利な陣地で待っていることが一番効率がいい。皆が皆、それをやってしまえば、結果勝敗が付かなくなってしまう。
「そこはちゃんと考えられてるらしい。準備期間……各陣営には勝負が始まる前に準備の時間が与えられる。そこでトラップを仕掛けたり、宝玉を隠すのが定石だ。んで、勝負が始まると各陣営につき必ず一人、もしくは二人が行かなければいけない。
ただし、ずっとではない。攻める時間は制限付き。その時間が終われば、また準備時間が与えられて、再度攻撃に出なければならない時間がやってくる。その際、先ほど攻勢に向かっていない一人が必ず入っていなければならない……中々に練られた戦いだよ。こりゃ、フレデリカが考えたやつじゃねえ」
「強制的に攻めなきゃいけなくなるってことか……確かに、そうしないと決着がつかなくなっちゃう。よく考えられてるけど、どうする? 誰が攻めで、誰が守るか。そもそもどんな仕掛けをして、どこに宝玉を隠すか。なにより、どこに攻めるか。これがかなり重要になってくる。個々の魔術師としての実力もそうだけど、戦略も大事だ」
「ぶっちゃけて、まずどこが狙われると思う」
「そうだね……前評判と、陣地を合わせるなら、たぶんアイリス・ネフェタルリアさんかな。逆にウィロールさんとこと、システリアさんのところは攻められにくいはず。だって、アリアさんの魔術は、海でこそ真の実力を発揮する。いずれアリアさんが攻めに回るまで、攻められることはない、と思う。もう一人は……情報が少なすぎるかな」
「まあ、だよな……とすると、誰を攻めさせるかの問題になる」
「……正直言って、僕は三人の実力を知らないから何も言えない。けど……一応、思いつく人は居る」
「……俺も、一人しかいないと思ってる」
誰を攻めさせるのかについては大事な部分だ。なにせ、うちは総合的な地力が他に比べて圧倒的に足りない。アイリス然り、フィーネや朱里なども長引けば危ういし、何より円卓会議の当主候補が攻めてきたらたぶん持たない。
「「アイリス」」
二人の声が一致する。
「正直、防衛線ではアイリスさんは……その、言っちゃ悪いけど、使えないっていうか」
「ああ、たぶん役に立たねえだろうな。だから、最初に攻めるのはアイリスだ。二人は防衛戦に回って耐えてもらう」
「要は短期決戦だね。最初にどこか……いや、二人の関係性を鑑みるなら、最初に狙うのはシステリアさんのところ」
「そう、鉄壁と言っても過言はない。ここを落とすのはまず間違いなく地獄だ。けど……ここでアイリスにはアリアを倒し、宝玉をぶっ壊してもらわないといけない」
改めての現実確認に、思わず天翔が溜息をつき、悠斗が天井を仰ぐ。
「改めて見ると……きっついね、これ。勝つの結構ムリゲー感ある。でも、退く気はないんでしょ」
「ああ。退く気にはなれねえな。……一応、付け焼刃だが、方法はないわけでもない。ただ、一週間だ。まぁーた、おっそろしいスケジュールになりそうだが……まあ、勝てる方法は、ほんの僅かだけある」
「となると、天翔はアイリスさんの方に集中したほうがいいわけで、僕は二人に教えた方がいいわけだ」
「そうなるな……悪い」
「気にしないでよ。ただ……つきっきりってわけにはいかないんだ。調査の方もあるから」
「ああ、それでいい。むしろこっちが頼み込んでるんだから、そっちの事情も組むさ」
元々悠斗側の事情を捻じ曲げて来てもらっているのだ。そこら辺の事情は組まねばなるまい。
「頼むぜ、親友」
「勿論、親友」
目指すは勝利のみ。たった一つの目標を前に、最強のタッグが組むのだった。
「んでだ」
「はい」
悠斗と組み、アイリスを勝利に導くために。早速準備、もとい修練を開始する。相手は間違いなく同年代の中でも最強を争う魔術師。そんな化け物を相手にしなければならない。
「まず、はっきり言おう。──今のアイリスでは、アリアに勝てない。何をどうしたって、逆立ちしたところで遠く及ばない」
「……ですよね。あの時は勢いで言っちゃいましたけど、そもそも同じ土俵で戦えるかすらも」
当然、実力差があまりにもかけ離れている。要は亀がウサギにスピード勝負を挑むようなものだ。魔術だけなら、絶対に勝てない。
「ま……そのために俺が居る。幸い、一応だが、短時間程度ならやりあうことはできるようになる。ただし、あくまでも付け焼刃だ。当然、次からは対策される」
「どんな、方法ですか?」
「……まあ、少々きつい。正直言って、吐くことになるかもしんない。あまりにもきつすぎて。そこだけは……覚悟しておいてほしい」
天翔の引きつったような顔に、アイリスも釣られるように半笑いで返すが、残念ながら本当の事なのでなんとも言えない。なにせ、これからやることは天翔が一年かけて覚えた事なのだから。
「とりあえず……アイリス。そこで構えて。ああ、構えるって言うのは、テレビとか、ああひょっとしたら本とかでも見た事があるかもしれないけど、体の左半身を前に出す。んで……いや、細かい部分は後で教えるから、ひとまずそれで立ってて」
「こ、こうですか……なんか、格闘術みたいですごいですね」
天翔の指摘された通りに構え、既視感が彼女の中であったのか格闘術みたいだと呟く。
「何言ってんだ、これからやるのは……体術だ」
「へ──」
天翔の言葉に、一瞬だけアイリスは驚いたように声を上げ──瞬間、天翔の腕がアイリスの喉付近に迫っていた。
アイリスから数メートル分離れた位置に立った天翔は──文字通り消えた。いや、正確に話そう。アイリスと天翔の間にある数メートルを一瞬で走破した。間違いなくアイリスからは天翔が一瞬消えたように映っただろう。
──縮地法。歩き出しの動作すらも必要なく、一瞬で相手の間合いに侵入する術。天翔はたった今それを使ったのだ。
「……わ、わ。い、今のって……も、もしかして、忍者の!?」
「なんでそこでテンションが上がるのか分からんな……」
「だ、だって、日本忍者ですよ!? とにかく、かっこいいし……憧れるし! 初めてそういう作品見た時に、私もやってみたいな……ってずっと思ってたんです!」
「ああ……うん。なんかそういうとこあるよね、外国出身の方々は」
アイリスの興奮冷めやらぬうちに、天翔は説明を続ける。
「ともかく。これ……縮地法って言うんだが。彼我の間にある距離を埋めるのはたぶんこれが一番早い。さっきも見た通り、相手に知覚させず間合いに入ってしまえばこっちのもんだ。……まあ、相手が同等程度、もしくは自分より上だったら意味がないんだが」
「その、縮地法……って、どうやるんですか?」
「浮身。その応用だ。ただこれ……一週間で習得できるほど簡単な技でもない。要は片足を上げても体重がかからない身体操作を浮身と言うんだけど……簡単に言おう。体幹だけで動くこと! それが浮身だ!」
これがあるのとないのでは体術の幅が違う。浮身ができれば、戦闘面で地面を蹴ることなく動くことが可能になり、突然の方向転換をすることもできるようになるのだ。そこに縮地を足せば、中々な極悪コンボになる。ただし、縮地の方は見極められてしまえばそこまでなので、天翔としては優先的に浮身を身に付けさせたい。
「そ、そんなものがあったんですね……全然知りませんでした。あ、もしかして忍者とかもそういう……」
「……まあ、元を辿れば。最近の人はめっぽう使わなくなったし、そもそも魔術戦でそんなの必要なのか? って思うかもしれないけど、あったら手札が増える。魔術戦ってのは要は自分の持つ手札を出し合う戦いの事だ。ほら、同じ手は対策されるだろ。だから、できるだけ相手は未知の手札で戦おうとする。その方が相手が反応できないからだ。だから、あったほうがいい」
「……もしかして、アリアとの戦いにこれを組み込むんですか!?」
「正解。まあ、これは基本的なもので、他にも体術を覚えてもらう。……正直、ここまで奇をてらって、勝つ可能性がようやく開けてくるぐらい。俺はアリア・ノビス・システリアの魔術がどれほどなのかを知らない。だから……あとはぶっちゃけ現場での判断が求められる」
「──」
「これあっても、勝てるかどうかなんて分からない。あくまで可能性。そこから勝利を掴めるかは……アイリス自身だ」
「──絶対に、勝ちたいんです。負けたくない、あの子に……絶対に、負けたくない」
「そっか。じゃ、頑張ろうな」
「はい!」
期間一週間。あまりにも短すぎる時間での特訓が始まる。