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15話 崩壊、再会、和解

 さて、一度フランスの話をしよう。

 世界が魔術に傾倒して、イギリスに次いで魔術を取り込んだ国の一つだ。先進国の中では二番目に魔術を取り込んだ魔術先進国。その言葉通り、フランスは魔術大国の一つである。

 イギリスと並び魔術に関しての研究が盛んに行われており、優秀な魔術師を輩出している国だ。

 魔術大国フランスの特徴は──国の頂点が総理大臣、あるいは大統領と言う、国民の意思を反映する者ではなく、最も強い魔術師であるということだ。これは他のどの国もやっていない恐るべき行為である。なにせ、魔術師を国の中心に据えると言うのはつまり魔術師優先の国家に早変わりするということ。要は魔術師こそが優遇され、そうでない人間は冷遇される。

 普通はありえないことだ。こんなバカげたやり方で国を治める者を決めるなど、あってはならない。だが、これがフランスが魔術大国として成り上がるための最善の策。主導権を握るイギリス、アメリカ、ロシア、またアフリカの国々に追いつくための一歩。


 そうして、頂点に立ったのは戦闘狂(バトルジャンキー)。ただただ闘争を求めるがあまり、国中の魔術師を倒してしまった恐るべき魔術師。



「よお、テンショウ。久しぶりだな、我は嬉しいぞ? お前と会えてな」


「俺は、会いたくなかったよ。──フレデリカ」


 フレデリカ・クラウスリス。

 飛行機から降りた天翔達を迎えた一人の女性。色の抜け落ちたような白髪と獰猛な赤の瞳。髪と同じように何物にも染まらない白のジャケットを羽織り、ショートパンツ、高身長の女性──天翔はその名を呼んだ。

 魔術師としての年数自体は長くなく、突然変異的に魔術師に目覚め、僅か4年。たったそれだけで、フランスの頂点に立ったありえない化け物。


「天翔先輩……あの人」


「ああ……フランスの頂点に立つ魔術師、『崩壊人』フレデリカ・クラウスリスだ」


「おいおい、反応が鈍いなぁ? どうしたよ、テンショウ。何をそんなに警戒しているのだ、我とお前の仲だろう?」


「……お前との関係なんざ、冷え切ってるよ。いいから視界に入んな。教育に悪い」


 フレデリカのにやにやした顔とからかうような声音に、しかし天翔はあくまで底冷えした声を返す。フランスの頂点に立っている魔術師であろうとお構いなしだ。それほどまでにこの女はおぞましいし、恐ろしい。


「つれんなぁ。まさか、気にしてるのか? 我と過ごした熱い夜の日を」


「え……え、えっ!?」


「余計な事喋るな、誤解を招くような言い方すんじゃねえよ狂人。お前が勝手に俺の宿泊突き止めて押し入っただけだろうが」


 事実を捻じ曲げるような言い方に、アイリス以下二名が驚きに満ちた声を上げるが、気にしない。第一、そんな事実は存在しない。からかおうとしているだけだ。


「なに、照れなくてもいいのだぞ? 我もお前には気がある。どうしても、というなら一夜を過ごしてやらんでもない」


「か、天翔先輩……、ど、どどど、どういうこと……!?」

「すごい……こんな大胆な告白があるなんて」

「告白、とは少し違うような気がするけど」


 フレデリカの情熱的な? 言い回しに、アイリスが顔を赤くして困惑し。フィーネが感心するように唸り。朱里はその言葉に疑問を口にする。


「……おい、ふざけるのも大概にしろ。さっさと本題に入れ。さもなくばどっか行け。俺はお前の事嫌いなんだよ」


「わーかった、分かったよ。全く、ほんっとうにつまらん男だ。だが……それでも構わんさ。いずれ、殺し合おう。それだけが、我が望むことだからな。──さて、本題に入ろう。アイリス・ネフェタルリア及びその仲間よ、フランスによく来た。歓迎しよう」


 天翔の声に恐れたのか、もしくはただ単純に興味を失ったのか。ともかくとして、フレデリカはからかうのを止め、先ほどよりかは幾分か真剣な口調で話す。


「今回、フランスの魔術師育成機関との交流戦だが、おおよそ一週間後を予定している。それまでは訓練するなり、フランスを楽しむなり有意義に時間を過ごしてくれ。それと……今日の夜、交流戦で戦う者同士の顔合わせ、要はパーティーが開かれる。これについては必ず出席しろ。でなければ、面白くないからな」


「面白さで決めんな。それで、宿泊先のほうはそっちが決めてんだろうな」


「勿論だ。わざわざこっちに来てもらった以上、路頭で寝られても困る。我が見たいのは生死をかけた死闘。であれば、その邪魔になるような行動は必然的にせんよ、我はな」


「……そうかよ。じゃあ、さっさと行かせてもらうわ。アイリス、フィーネ、朱里。行こう。やらなきゃいけないことがたくさんあるからな」


「あ、はい」


 フレデリカの説明に渋々ながらも納得した天翔は、後ろに控えていた三人に促し、さっさと空港を離れるために歩き始める。

 ただ、その際に──、


「……」


 ──フレデリカの好奇そうな視線だけが、天翔の背中に突き刺さっていた。








「す、すごい……」

「物語の中でしか見た事のない世界が、今私の前に……!」


 感動を乗せて発言したのはアイリスと朱里の二人だった。それも致し方ない事ではあるだろう。なにせこのフランスは魔術先進国──魔術後進国である日本とは全く違った風景なのだから。

 ──魔術道具。魔力を通すことによってはじめて使えるようになる魔術道具がそこかしこに溢れていた。そこに、以前のような車が道路に走るような街並みはなく、あるのは小さな道路、それこそ車が通れるようなスペースもない道を歩く人々の光景。また、以前の面影は残っていると言えば残っているぐらいで、殆どが魔術道具によって様変わりしている。要は近未来的とでも言うべきか。数十メートルに及ぶビル群に、それらを繋ぐ丸いガラスのトンネル。時々ではあるが、魔術道具に乗って空を行き交う人。


 魔術師中心の街──フランスの首都パリ。街のほぼ全てが魔力を使わなければなにもできないようにできている魔術先進国ならではの都市風景。


「フィーネは驚かないんだな」


「ええ、私は何度か来たことがありますので……でもまあ、最初はこんな感じでしたよ。誰でも最初はこうなりますよ……神代さんは、どうだったのですか?」


「俺は……そうだな、覚えてないな。仕事で何度か来たことあったけど、その時はすぐにパリから離れていったし」


 アイリスと朱里が目を輝かせている間、三人組の中で全く驚いていないフィーネに話しかけたところ、どうやら既に見た事があったらしい。とはいえ、彼女も彼女で初見は驚いたそうだ。

 それもそうだろう。世界の中でこんなに魔術道具を導入しているのはフランスだけなのだから。アメリカなどの魔術先進国は魔術道具を取り入れながらも前近代的な要素はしっかり残している。

 要はフランスが魔術先進国の中で、最も抜きんでるためだけにフレデリカの先代が全てやったことだ。


「そ、それで、天翔先輩。やりたいことってなんですか?」


「そりゃ、二人の特性調べるところからだよ。今回チーム戦らしいけど、フィーネと朱里のこと何にも知らないからな。そこからやっていかないと、どうしようもない」


 まずそこからだ。そして明日の夜、恐らくそこで交流戦の内容が明らかになるだろう。戦略を練るのはそこからだ。

 そんなわけで、天翔達はフレデリカに指定された宿に向かって──。


「あれ、天翔?」


 ──寸前、届いた声に天翔は弾かれるようにして首を動かした。だって、そう、今の声は。


「悠斗……?」


 暁悠斗。短く切られた茶髪に、整った顔。爽やかなイメージを増長させる服装の、天翔と同い年の幼馴染だ。


「久しぶり、だね。天翔。元気……みたいで、何よりだよ」


「そう、だな。お前も、元気そうでよかった」


 歯切れの悪い声に応じる、これまたぎこちない声音。二人の間に流れる重苦しい雰囲気に近くに居る三人が若干あたふたし始める。

 ややあって。


「アイリス……先に行っててくれ」


「天翔先輩は」


「俺は……こいつと、悠斗と、話してる。色々と話が、積もってるからさ」


 アイリスたちを先に行かせて──天翔は嬉しいのかそれともきまずいと思ってるのか、いまいちよく分からない十五年来の友人に顔を向けて。


「悠斗……勿論、付き合ってくれるよな」


「勿論だよ、天翔」


 悠斗はただそれだけ応じ──二人で近くの喫茶店へと足を運ぶのだった。






「……」

「……」

「……」

「……」


 沈黙。もしくは静寂。なんとも言い難い雰囲気が駄々洩れになっている二人は、店内でも一切口を開くことはなかった。なにせさきほど注文を聞きに来た店員が思わず後ずさったほどだ。たぶんだが、それが原因で誰も天翔と悠斗の近くに座らないのだろう。リラックスしたくて来ているのに、これではリラックスの欠片もない。


「えっと、いい加減悩むのもらしくないからさ、天翔。言いたいことが、あるんでしょ?」


「あーまあ、そう、だな……うん」


 悠斗もまたそんな雰囲気に我慢できなくなったのか、幾分か視線を彷徨わせて、意を決したように口を開く。勇気を振り絞った第一声に続くのは、またも歯切れの悪い応答。

 と言うのも訳がある。

 天翔と悠斗は親友と言っても過言ではない間柄だ。幼い時から一緒に居た輝夜よりも付き合いが長い友達と呼べる存在である。にも関わらず、天翔はこの数年一度も連絡を取らず、会いもしなかった。一番仲がいいと思っていた友相手にだ。心配しているのに音信不通とか、正直見限られていてもおかしくはない。

 色々述べたが、結局は怖いだけだ。会って、直接喋って、何を言われるか分からないから怖かっただけ。その事実に、天翔は一度だけ深呼吸をして。


「──悪かった。勝手に、いなくなって」


 頭を下げ、ひくつきそうになる喉を無理やりに動かし、それだけを絞り出す。それを聞いて、悠斗は溜息をつき、


「それはもう、気にしてないよ、天翔。むしろ、謝るのは僕の方だ。ずっと一緒に居て、君が思いつめてることも何にも分からなかった、僕の方なんだ」


「いや、それは違う。悪いのは全面的に俺だ。お前の落ち度は何もない」

「天翔はあの時精神的に落ち込んでたし、悪いのは君なら大丈夫だ、って思って何もしなかった僕の方だよ」

「俺だって」

「僕の方だよ」

「俺!」

「僕!」


 なんか訳の分からない所で両方意地出しちゃった。

 ──まさに今の状況にぴったりの言葉である。


「つーか、悠斗! 俺がどんだけフォローしてきたと思ってんだよ!? だから、借りを今返す時だ、さっさと悪くないって言いやがれ!」

「それはこっちのセリフだよ、天翔! そっちだって困ってる人がいたらすぐどこかに行って、輝夜にいつも怒られてたじゃないか! あれ、僕何度かフォローしたんだよ!」

「だからなんだよ!?」

「そっちこそ!」


「この馬鹿野郎が!」

「天翔のバーカ! 鈍感主人公!」

「それ悪口か!?」


 状況が白熱し、いつしか互いの悪口を言いあう。止まらぬ口撃と弾幕に、周りの人間がどよめき、いつしか業務妨害で警察呼ばれるのではないかと思うぐらいにヒートアップしていき──、


「……おい、何笑ってんだよ」


「いや……なんか、変わってないなって」


 ──しかし、その言い合いは悠斗の方が笑みを浮かべることで終わりを告げる。いきなり笑い始めた悠斗に、天翔は訝しむような視線を送り、彼の言い分を受けて少しだけ納得してしまう。


「んなの、変わるわけねえだろ。何十年も会ってないわけじゃねえし、そもそも数年……っつうか、たったの二年だしな。そんな短期間で変わるなんてあるわけねえ。人の本質は、そんな簡単に変わらんよ」


「──そうだね。天翔はあの頃のままだ。輝夜に怒られてばっかりの、あの時と何も変わらない」


「ちょっと待て。流石にそこからは成長したっつーか……」

「いやいや。変わってないよ。あとほら、相手によって態度変わる猫かぶり。あれ止めた方がいいと思うよ~。あれやって、輝夜に何度か拗ねられてたし」

「うるせえ、てか輝夜を自然に会話に入れてくんな。思い出すだけで身が震える」

「あはは。そうかもね。だって、天翔、輝夜怒らせると長時間説教だったもんね。酷いときは十二時間とか」

「やめなさい。……いや、ほんとにやめて。あれ何気にトラウマだから……」


 久しぶりに。何の気兼ねもなく、喋れたかもしれない。

 そんな風に天翔は心の中で呟いた。

 同門が壊滅し、両親が死に絶え、輝夜が引き裂かれ。友と道を違い、個人情報を隠して日本に住んでいた頃は、そんな風に思えなかった。

 別に友達ができなかったわけではない。けれど、どこかで。思ってしまうのだ。影が、迫ってきているのではないのかと。天翔を掴んで離さない何かがあるのだと、そう思ってしまって。

 結局、いつまで経っても、心の底から話したことなんて一度もなかった。ひたすらに自分を押し隠して。ずっと、心休まるときはなく、心から笑いあえる友もいなかった。


「悠斗」

「うん」

「悪かった」

「もういいよ。こうして、今喋れてるんだから。僕も、ごめん。気づけなくて」


 そんな風に、互いに謝って──再び笑いあうのだった。







「……そういえば」


「あん? なんだよ、急に。まだなんかあんのか?」


「いや、まあ……なんていうかさ。ほら、僕とは和解……みたいなのしたじゃん?」


「和解……まあ、そうだな。互いに思ってたこと言えたんだし、和解っちゃ和解、だな」


 言いたいことは言い終えたので、暫く静寂モードに入り、出された飲み物を飲んでいた天翔に、悠斗が思い出したかのように呟く。


「ほら、澪……峯口澪。澪もさ、天翔心配してたから、後で連絡入れなよ? 僕の方からは、少しおかしいしね」


「あー……そうだな、うん、分かってるさ。いや、だがな……あいつ、実は俺の事見つけて黙ってたんじゃね? じゃなきゃ、おかしいだろ。……世界一ともいえる、情報屋の名折れだろ」


 峯口澪──天翔にとって悠斗と同じ存在で、悠斗ほどではないもののそれなりに長い付き合いであり、かつ情報屋だ。

 どこから持ってきているのか、それすらも分からないが、情報を手に入れる量、質、速さ。その全てが世界のどの情報屋よりも勝っている点から世界一の情報屋なんて呼ばれることも多々ある。

 だが、天翔としては中々納得がいかないのだ。あの情報屋が天翔の痕跡を見つけられないことが。


「もう……そんなこと言って、結局謝らないつもりだろ? そうやって何度僕たちを煙に巻こうとして来たか……いい加減、治しなよ、そういうの」


「悪い。たぶん治んねえや。そんな風に何の気兼ねもなくできんのお前ら以外にいないしな。そこは愛情表現として受け取ってくれ」


「天翔……ごめん、流石に僕でもフォローできないし、許容できないや」


「人が言い回し変えてみたらこれだよ……! つうか、照れ隠しねこれ!」


 なんか変な意味でとられたようで、悠斗の目に少しだけ軽蔑の色が宿る。とはいえ、その目を向けられるのも嫌なので素直に抗議したところ、悠斗は顔を伏せて。


「おい……今笑ってんだろ。分かる、分かるからな。お前昔から笑い堪えるときはいっつもそうだしな」


「流石、付き合い長いとすぐにわかるね……いや、ごめん、ほら天翔からかうと面白いから」


「度を行きすぎて、先輩にどやされた覚えしかねえがな! ……そういや、なんでフランスに? 旅行ってわけじゃないんだろ?」


 昔の話は天翔にとってあまりにも不毛でしかない。ので、無理やりにでも会話を変えた。そう、なぜ悠斗がフランスに居るのかの問題だ。

 彼も彼でかなり強い魔術師だ。魔法を使わない状態であれば、恐らくあっさり負ける。それぐらいには優秀だ。そして、魔術協会がそんな天才を放っておくわけがない。


「……うん。まあそうなるね。僕が何の用もないのに、フランスに来るのは、やっぱりおかしいか。──一応言っておくけど、口外禁止だからね。これ、魔術協会でも一部にしか開かされてない重要な機密だから」


「うん、すごい聞きたくないんだけど……まあ、いいよ。喋る気はねえし、そっちが勝手に頑張るだけだし、俺にはあんま関係なさそうだしな」


「それが残念。フランスに居る以上、もしかしたら天翔の方にも降りかかるかもしれない災厄だ。知っておいて損はないよ」


「……そんなにやばい奴なのか?」


 どうせ我が身には関係ない事だろうと思っていたのだが、どうやら違うらしい。悠斗の声が、僅かにだが緊張を孕んでいるのに気が付いたゆえだ。


「数日前、フランスの首都、パリにおいて謎の獣が見つかった。幸い、怪我人、亡くなった人もいない。けど……今までのどの文献を見ても、一致する特徴がなかった」


「新種か? だが……このタイミングでか? 何の予兆もなく?」


 新たな事象には必ず理由が存在する。逆に言えば、何かなければ何も起こらないという事だ。当たり前のことだが、当然前提がなければ立ち行かない。要はそういう事。魔術協会から認定された化け物たち……奴らがこの世に限界するとき、僅かに世界に歪みが起こる。それが予兆だ。


「ああ、予兆なしで。見落としている可能性は、たぶんない。このフランスで……いや、魔術の都市、パリでそんな予兆を見逃すはずがないんだ」


「だが、実際には何もないのにも関わらず、脅威が発生と。……確かに、最悪だ。原因が分からないものほど、恐ろしいものはない。んで、その対処にお前が?」


「それもある。けど、元々別案件で来る予定だったんだ。そこに、急遽ねじ込まれた。……最近、謎の組織が暗躍しているらしい。体系は不明、リーダーも不明、目的も分からない。ただただ、魔術協会を邪魔するかのように動いている」


「……組織、ね。ほんとに組織なのか? 個人である可能性、いや魔術協会に恨みを持つ者たちが徒党を組んだだけの可能性は?」


 魔術協会には敵が多い。それは天翔が生まれる以前、この世が魔術に染まった魔術黎明期とでも言えばいいか。ともかく、その時期に世界に存在していた魔術の組織を片っ端からぶっ壊していったという噂を聞いたことがある。

 恨みを持つ人間が出たが……そのおかげと言うべきか。魔術協会の権力は、国にすら左右しうるほどになった。何かあれば、国に直接かけあえるほどの権力──いわば、国でないのにも関わらず、国を牽制できる第三勢力。

 それが魔術協会、ひいてはそれを取り締まる最高意思決定者魔術協会元老だ。


「うん、円卓会議では、そんな感じで平行線の話し合いが続いてる。ただ……第二席、ケイの席に座ってる人に頼まれたんだ。調査してきてほしいって」


「そういうことかよ……でもまあ、あの人は昔から変な勘あるし、面倒な事になる前に叩いた方がいいしな」


 ケイの席──要は、円卓だ。アーサー王伝説に見立てて、魔術協会の一般的な常務について、もしくは元老に回らない仕事を遂行する役割を持っている。つまりは中間職だ。

 ちなみにケイ卿は第二席だ。


「そういうわけで、僕はフランスに来たんだ。それで、たまたま天翔に会った。僕の方はそれだけだよ……そういう意味では、君の方がきついかもね。交流戦、出るんだろ?」


「どっから情報得たかは知らんが……まあ、そうだ。正しくはアイリスがだがな」


「情報は……割と簡単に。結構フランスだと有名になってるよ? 魔術が使えない『最弱姫』が、交流戦に出るってね」


 悠斗の口から出た言葉に、天翔は溜息をつく。

 ──未だ『最弱姫』の汚名は返上できていない。それも仕方のない事ではある。なにせ、先の災害級(ハザードクラス)討伐においても、その名が広まったのは『銀の魔法使い』だけ。ある意味で有名すぎるが故の問題点だ。

 だから、未だ分からないのだ。アイリスが魔術を使えるという事を、まだこの国は──否、世界は理解していない。

 ゆえに、この交流戦は重要だ。これはいわゆるデビュー戦のようなもの。ここで失敗すれば、汚名返上の機会が遠のく。いや、むしろ、イメージが払拭できなくなってしまうデメリットを孕んでいるのだ。


 賭けだ。さっさと強い魔術師を育て上げる、もしくは早くアイリスを一人前に育て上げろと言う、元老の催促だ。


「活躍するに越したことはないと思う。けど……こっちの魔術師は、はっきり言って強いよ。格が違う……ってわけじゃあないけど、それでも実力差はある。魔術師を育てるのに適した環境の違いって言うのかな」


「だろうよ。普通であれば、まずアイリスが最下位だ。ただし、最下位は最下位でも、奮闘した下位か、奮闘もできず終わる下位かじゃ、反応もイメージも異なってくる。できるだけ奮戦し、彼らの印象に残る。それもいい方で」


「それしかない、だろうね。アイリス・ネフェタルリアがどのくらいかは分からないけど……それしかない。でも、気を付けてね。今回、代表に選ばれているのは魔術協会円卓会議第六席……パーシヴァルに座る名家、次期当主と噂されるウィロール家の御子息がいると聞いてる」


「うへ……ラミラル・ウィロールさんの息子かよ。間違いなくあの人来るじゃん。嫌だなあ、別に嫌いってわけじゃねえんだけど、なんか子供扱いされんだよ、頑なに」


 魔術協会円卓会議第六席ラミラル・ウィロール。パーシヴァルの席に十年前から座っている女性の魔術師であり、天翔は何度か会ったことがある。とはいえ、苦手意識が消えないのもまた確かだ。


「はは、天翔子供扱いされるの苦手だもんね」


「うるせえ、てかお前だって嫌だろ」


「まあ……でも、僕は天翔ほど気に居られてるわけじゃないから。あんまりね」


「不公平!」


 境遇の違いに嘆きつつ、時計の方を見やる。


「そろそろ行くわ。今日の夜にはパーティーあるしな、あんまり長居してもアイリスたちに悪い。……つーわけで、じゃあな。悠斗」


「うん。僕も仕事始めなきゃいけないからね。交流戦、見に行くよ。アイリス・ネフェタルリア……僕も見たいからね」


 時間も時間なので、互いに別れを告げる。それぞれの、するべきことのために。


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