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14話 フランスへ

 ──幻想に縛られている。


 私は、生まれてから幻想に縛られているのだ。魔術も、生き方も、考え方も、全てを。幻想に縛られている。

 それを酷いとか、辛いとか、特にそんなことを思ったことはない。ただ、少しだけ悲しいだけ。

 多種多様な生き方も、思考も、捨てて。全てを注ぐ。

 ネフェタルリア家を、超えるために。


「アリア……いい。貴女の使命は、一つだけ。ネフェタルリア家を超えることよ。それ以外は、何も要らない。何も、欲してはならない。全てを、つぎ込みなさい。そうして、私達の悲願を果たすのよ」


「──はい。母上。全ては、システリア家の悲願のために。この身を捧げます」


 それだけが、生きる意味。私が、この世界に産み落とされた意味なのだ。

 悲願を──代々、受け継いできた憎悪を。でなければ、私がシステリアである意味がない。


 ──それが、少女を、アリア・ノビス・システリアを縛り付ける幻想だ。






「なんだ、こりゃあ……」


 災害級(ハザードクラス)、並びにダックス・レイフォードの事件が終わり、早くも一か月が経った。その間事件っぽい事件は何もなかった。至って平凡な、普通の日常を過ごせていたのだ。

 だが──この日、その日常は音を立てて崩れることになる。


「フランス……『崩壊人』、あの野郎」


 エヴァ―ガーデン内、学園の近くにある掲示板。何かあればそこで確認する場所。なぜこんな前時代的なものが未だに配置されているのかについては、間違いなく穂坂学園長の趣味──否、機械的な要素が加わっている機器を扱えないのが大きい。ゆえに、この学園にはそこかしこに前時代的なものが配置されている。

 とまあ、そんなエヴァ―ガーデンの秘された事実はこの際どうでもいい。

 むしろ、気にするべきは掲示板に張られたその内容だ。


『アイリス・ネフェタルリア、アリア・ノビス・システリア両名、並びに両名のパートナーである者は至急準備をし、フランスへ行く事。質問があれば、学園長室まで来ること』



「どういうことだっ、穂坂学園長!?」


「そろそろ、来る頃だとは思っていたけれど……予想通りすぎて笑いたくなってしまうわね」


「どうでもいいから理由を話せ理由を! こりゃどういうことだ!? なんでアイリスがフランス……いや待て、あんた図ったな! あんたあのイカれクソ野郎──もとい、戦闘狂(バトルジャンキー)に俺の居場所ばらしやがったな!」


 最早立場も年齢も関係なかった。いつも冷静な口調は今ここにあらず、ただただ声音を大にして叫ぶのみ。

 そんな哀れな姿を晒す天翔に、穂坂学園長は。


「どれだけ嫌いなのよ彼女の事。流石に酷いんじゃないかしら?」


「うるせえ、あんたにはあの女の……あのイカれ野郎の恐ろしさを知らないんだ! つか、分かれよ、なんなんだあの女ァ!? 大体、俺がフランスに行くと……いや、ヨーロッパに行くといつでもどこでも参上みたいなノリで出てくるんだよ、分かるか!? あいつに内密で行っても必ずホテルに現れるし、会ったら会ったで毎回毎回魔術ぶっ放そうとして来るし、逃げたら逃げたで俺を見失うまで追っかけてくるんだマジで会いたくなかったわちくしょうッッッ!?」


「分かった。分かったから、貴方の彼女に対する感情は分かったから一度落ち着いて。詩音相手にするときみたいな反応になってるわよ」


 なにか詩音が貶められているような気がするが、基本的に同意なので敢えて何も言わない。

「それで。聞きたいのでしょ? なぜ、アイリス・ネフェタルリアがフランスに行かなければいけないのか」


「……、……、…………そう、ですね。まず、それを聞かないと話になんないですから」


「優先させるのに大分時間かかったけど、いい? 説明するわよ?」


 気のせいだ。そんな威圧を込めて穂坂学園長に視線を送る。どうやら絡むのがめんどくさいと思ったのか、ひとまず嘆息し。


「元々エヴァ―ガーデンはフランス……あちらの学校と年に一度だけ交流戦をするのよ。一年ごとに場所を変えてね。それで、今年がフランス側。だから、フランスへ向かうの。ここまでで質問は?」


「いや……特に。そもそも交流戦自体、俺が在籍してた頃もやってたことですし」


 交流戦とは、学園に在籍している魔術師同士を競わせ、勝敗をつける戦いの事。そもそもなぜこんなことをやり始めたのかについてだが、全ては日本が魔術後進国であるのが原因である。

 世界が魔術に傾倒してから、日本は魔術の波に乗り遅れた。それがゆえに、先に魔術を導入した国と差が開いていてしまったのである。その差を埋めるために、日本は当時、魔術先進国の一国であったフランスと条約を締結。互いの魔術師を戦わせ、技術を学ぼうとしたのが最初である。

 一見、日本側にばかりメリットがあるように見えるかもしれないが、フランスにもちゃんとメリットが存在する。この条約を締結する際に、もしも魔術を使った大規模な戦争が起こった際に日本はフランス側につくという条件を提示したのだ。

 無論、これは終始日本が哄笑の場においてリードを握られ続けたのが原因ではある。だが、それもこれも日本がビッグウェーブに乗り遅れたのが一因であるため何も言えない。


 ──一度話を逸らすと。

 魔術が発見されて、世界に受け入れられて。意外なことに大規模な戦争は起こっていないのだ。小さな小競り合いはあれど、大戦争には発展していない。恐らくではあるが、全ての人間が分かっているのだろう。

 魔術が全てを変えてしまったのだ。良くも悪くも、全てを。それは日常だけに留まらない。戦争の在り方から、国家の在り方までありとあらゆるものを容赦なく変えていった。今戦争など起こって見ろ、間違いなく世界は終わりだ。


「それで、なんでアイリスが? 確か交流戦って成績がいいやつが行くはずでしょう。アイリスの成績は、あくまで下位……アイリスが行く必要はないでしょ」


「そうね。本来は成績上位者……現時点での主席候補と次席候補が行くのが定石。ただ、その主席が行くのを拒否しているのよ。今は忙しいから行けないって」


「個人の予定優先すんなよ……つか、主席候補自体見た事ないんですけど」


 個人の予定を優先させるその図太さに感心しつつ、未だに姿を現さない主席候補に疑問を抱く。そう、主席候補は誰も見た事がないのだ。少なくとも、主席候補の容姿、魔術に関しての噂は一切ない。

 なにより、あのアリア・ノビス・システリアですら次席。稀代の実力者と称される彼女であっても及ばない領域なのだ。一体、どれほどの化け物なのだろうか。


「まあ、そうね。第一彼女自体エヴァ―ガーデンに常駐しているわけではないし……何より、前回の試験にも出ていないしね。でも実力は折り紙付きよ。そこは保証するわ」


「穂坂学園長が認める……か」


 穂坂学園長の思わぬ返答に、天翔は唸るしかない。あの穂坂学園長に認められると言うこと自体珍しい。穂坂学園長は円卓会議13席の座を得た圧倒的な実力者だ。その彼女に認められるほどの天才。


「ので、仕方なく別の人を選出するしかなくなったよ。そして、同時期に私へのアプローチが二つあった。一つは魔術協会元老、もう一つはフランスの頂点に立つ魔術師『崩壊人』。

──アイリス・ネフェタルリアを、交流戦に出場させろ、とね」


「な……魔術協会元老はともかく、『崩壊人』……あのクソ野郎から!?」


「ええ、しかも全く同時期にね。正直、胡散臭い事この上ないわ。私としても行かせたくないのが本音だけど……とはいえ、見返りもある。交流戦で活躍すれば、アイリス・ネフェタルリアの実績となり、当主につく際の箔となる。要は実績積みよ。何の実績もないまま当主に上がれるほど、甘くはない。周りが納得できる実績があって、初めて当主になれる」


「それは……まあ、そうですけど」


 確かに穂坂学園長──否、魔術協会元老の言い分も間違ってはいない。天翔もいつか実績を積ませるべきだとは思っていた。だが、あまりにも速過ぎる。実力が伴っていない今の状態では、実績を積むこともできまい。


「いや……それが狙いか!? 敢えて危機的状況を課すことでレベルアップを図ろうと」


「元老はよっぽど貴方に期待しているのでしょうね。……それも仕方のない事だけれど。十年前の邪神……桁外れの災害級(ハザードクラス)との戦争において実力者が減ってしまった。そうなると、育成に力を入れるしかない。いつ、あんな戦争が起こっても対処できるように、ね」


 元老の真の狙いに気づき、またかと舌打ちする天翔に穂坂学園長が仕方のない事だと捕捉する。

 十年前の災害──邪神と恐れられる、今までの中で最も強大な災害級(ハザードクラス)との戦い。あまりの強大さに魔術協会は円卓の半数を投入したにもかかわらず、壊滅的被害を受け、円卓を司る当主が次々に死亡してしまった悪夢と呼んでも差し支えないその戦いは、とある一人の魔術師が邪神をこの世界から抹消してひとまずの終戦を得た。

 災害級(ハザードクラス)との決戦につぎ込まれた魔術師数は万単位に及び、死者数がその半分。最悪の被害を出した邪神とも呼ばれるその化け物が災害級(ハザードクラス)と称されるきっかけになったのは言うまでもあるまい。


「……はあ、分かりましたよ。やればいいんでしょ!? やれば! どうせ嫌だって言っても強制なんだろ!?」


「流石ね。それじゃ、よろしく」


 最早逃げ道はないのだと悟り、やけくそ気味に叫び散らす天翔。それに穂坂学園長は笑顔のまま頷くと、言い忘れていた、と言わんばかりに手をポンと叩いて。


「忘れてたけど……今回の交流戦、チーム戦だから頑張って二人見つけてね」



「この、くそ女狐がぁぁああああああッ!! そういうのは先に言えよぉぉおおおお!?」


 茶目っ気たっぷりの顔で言われたので思いっきり叫んでやった。







「うわぁ……飛んでる、飛んでますよ、天翔先輩……!」


 穂坂学園長と話してから一週間後。アイリスと天翔はフランスへ向かう飛行機──原理は魔術──に乗っていた。


「あー、うん。興奮してるのは分かったから一度落ち着こうか、アイリス。あのね、君が窓に近寄ってくると色々まずいからやめよう」


「…………ぁ、ぁあああ! え、えっと! 違うんです、違うんです! こ、これはわざ、わざとじゃなくて……ッ!?」


 飛行機に乗ったことがないからなのか目を輝かせて窓からの景色を眺めるアイリス。だが、残念ながらアイリスは窓際ではないので天翔の膝の上に被さるような感じなのでちょっとやばい態勢になりつつあった。

 流石に教え子に興奮するとかクソ野郎と同列になってしまうので、指摘したらなんだか林檎のように顔を真っ赤にしてしどろもどろに言いつくろうアイリス。しかし、そんな風に困惑を隠し切れていないアイリスに届くのは煽るような言葉だ。


「わーアイリスったら積極的ー」「アイリス……もっと近づいて。そうじゃなきゃその男はたぶん気づかない」


「ふっ、二人とも!」


「よし、てめえらそこに座れ。その腐った根性叩きなおしてやるッ!」


 プラチナブロンドの髪を揺らしながら棒読みで煽るのはフィーネ・アンソロ―ネ。その隣で無感情な声を響かせるのは黒髪黒瞳の小鳥遊朱里。

今回交流戦をするにあたって、チームメイトとしてアイリスが選んだ二人だ。ちなみにこの二人は今現在アイリスが仲良くしている友達と呼べる存在である。


 ちなみにこれだけ騒いでも何も言われないのはひとえにこの飛行機が貸し切り状態だからに他ならない。

 これだけの好待遇。間違いなく裏がある。単純に『崩壊人』の差し金かもしれないが。

 思い返すは、穂坂学園長との最後の会話だ。


『それと。一つだけ言っておくわ。──「崩壊人」の方は、全く分からないわ。誰からアプローチがあったのかも、謎。気を付けなさい──必ず、何かあるわ。間違いなく、悪い方向にね』


「そりゃ、そうだよな。あのクソ女が……何かを企んでいないはずがない」


 警戒しなければならない。『崩壊人』の動きは全く読めないのだ。自分が満足できればいい。自分が強い誰かと戦うためならば、なんでもする戦闘狂(バトルジャンキー)だ。究極、自分のしたいことができればフランスが滅んでも構わず、そのためであれば誰であっても生贄として捧げると言う最悪の女。

 正直言って関わりたくない。天翔は一度彼女と戦って引き分けてしまっている。そう、引き分けてしまったのだ。それがゆえに決着をつけろと付き纏ってくるのだ。


「どうしたんですか、天翔先輩? 何か、嫌な事でも?」


「まあ……そうっちゃそうだし、そうでもないといえばそうでもない」


「──?」


「ほら、騒ぐのも終わりだ。着くぞ、フランスに」


 どんな思惑が介在しているかなんて知らない。魔術協会元老も、『崩壊人』も、彼女の裏で蠢く何かも関係ない。彼らが何かを仕掛け、アイリスを狙って来ると言うのならば──その悉くを討ち果たし、高みの見物を決め込んでいる奴らを引きずり下ろす。

 それだけだ。


 そして──彼らは降り立つ。策略渦巻く、フランスに。


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