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とある神秘学者の軌跡

 ああ、この世の理不尽に気づいたのは、いつだろうか。


 ああ、この世の不思議に気づいたのは、いつだろうか。


 よく分からない。けれど、違和感があった。

 なぜ──この世界は、こうなのだろうかと。なぜ、アメリカとソ連が覇権を争っている? なぜ、第二次世界大戦が起こった? なぜ、第一次世界大戦が、なぜ、世の中は紛争で満ちている。

 分からない。謎ばかりだ。分からないことばかりで、知らないことばかり。違和感は埋没し、普通の世界に紛れ込んでしまう。


 だが──あるはずだ。必ず、存在するはずだ。介在するはずだ。

 私の知らない何かが、世界に溢れているはずだ。


 それを解き明かさなければ、死ねない。死ぬつもりは、ない。


 ──だが、いずれ私は死ぬだろう。この世に隠された陰謀を、秘された何かを暴いてしまったがゆえに、消される。それはいい。構わない。気にすることはない。


 その前に、全てを暴かねばならない。この世の違和感を、この世の、理不尽を。






「やあ、クロウリー。久しぶりだね、君は……うん、相も変わらず、精が出るね」


「……デイビット。ああ、数か月ぶりだ。君も、暇なようだな。こんな私の所に、来るとは」


 時は1940年代。後に世界を変革する発表を行う、デイビット・ウィリアムズ。

 おおよそアメリカ人としての外見そのままであり、ごくごく平凡な顔つきの青年はイギリスは南西部トーキーの地にやってきていた。

 全ては、目の前の男──稀代の変人、食人鬼と恐れられ、迫害され、地獄のような道を歩んできた老人、アレイスター・クロウリーに。


「いやいや、君の話は私にとって天恵なんだ。まさに、神の啓示だった……おっと、君は無神論者……というよりかは、キリスト教が嫌いなのだったね。すまない、失言だった」


「気にしてはいないさ。君とて人間であるのに変わりはない。とすれば、ミスもある。人に失敗はつきものだ。そこから何を学ぶのかが重要なだけだ」


「ああ、分かっているとも。──今日は、君の研究を見に来たんだ。君の魔術研究……エレメントに、些か興味が出たんだよ。私はね」

 

 当時、アレイスター・クロウリーはイタリアから国外退去の令を受けていた。

 その理由は公にはテレマ僧院における死者、結果記者に大々的に報道されてしまったから。しかし、そこには裏がある。

 ──アレイスター・クロウリーは科学にとって代わる新たな未知のエネルギーを作り出した。ゆえに、迫害された。テレマ僧院は未知のエネルギー──世界そのもののバランスを崩しかねない、それを生み出すための舞台装置。

 エレメント──魔術因素。いや、魔術。それまで世界に秘められていた既存のものではなく、全く新しきもの。


「君も変わり者だ。誰にも目をくれられず、埋没するだけしかないこの技術を求めるなど。メイザースに撥ね退けられ、黄金からは見放され、何もかもから忘れ去られたこれを求めるなど、世界に反逆するよりも愚かしい事である」


「そうだね。だが、私はね……ずっと求めていたのだよ。この世界は、あまりにも不自然だ。紀元前と紀元後……西暦と西暦以前の変化が目に余り。また、意味のない虐殺行為がそこかしこに溢れている。……違和感が、付き纏ってやまない。どうして、世界はこんな風なのだ? 誰が、こうなるように定めた? 何が、原因だ? 何が、あった? 解き明かしたい、せめて謎の一端に迫りたい。そのためだけに、私は周りの人間からの嘲笑に耐え、ようやく君を見つけた。──正確には、その技術を」


「不自然、か。確かに、この世は余りにも不思議でも満たされているのだろうな。それに気づけないこともまた、不自然だ。──私だけがこの技術を見つけたことも。私以外がこれに気づけないことも。不自然で、不条理で、信じられない。だからこそ、私はここに居るのだがね」


「アレイスター・クロウリー……聞かせてくれ。君は、何を見た? Aiwass……アイワス。かの天使より、何を伝えられた? ──でなければ、君の著作『法の書』が焼かれるなど、ありえない。この世に出回る前に、その姿を消すなど、信じられない。とすれば、考えられるのは一つだけだよ。クロウリー。君は、世界にとって不条理な、不都合な何かを、知ってしまった。ゆえに、君の人生は転がり落ちた。そう考えるのが妥当ではないかね」


 デイビットの推察に、クロウリーは今の今までしていた研究を止め、初めてデイビットに振り向く。


「そう。私は、知ってしまった。あの瞬間に、私はこの世の摂理を垣間見た。第三世界……いや、アエテール、か。ともかく、私はあの瞬間、あの刹那に、私は理解したんだ。人の世の、終わりを」


「終わり……? どういう、ことだ?」


 クロウリーは懐かしむように、窓から差し込む光を眺めて。


「あの時、私は見させられた。結末……いや、既にこの世界が辿った間違いを。その時、初めて私はこの世界に疑問を抱いた。なぜ、この世界はこうなのだろうと。当たり前のように科学が横行し、魔術が秘されているのは、なぜだ。私達の周りに、エレメントがあるのは。なぜ、イギリスに強大な三家が君臨している。それが杞憂ならば、それでいい。何もないのであれば、構わなかった。だが、間違いない。この世界は、何か間違っている。選択を誤ったのではない。最初から、全部間違えていた」


「やはり。君もまた、その違和感に付き纏われてしまった人間の一人か」


「ああ。この世界は、間違っている。こうして歩んでいる道が、違えている。こうして進めてしまっていることが、そもそもの過ちだ。停滞せずに、進化していることが、危うい。嵌められた形……この世界は、最初から作られた虚栄でしかない。過ちを隠すためだけに、張られたテクスチャだ」


「……どうやら、私よりも先を行ってるようだ。どうか、お願いだ。教えてくれ。その全てを」


 デイビットは直感したのだ。クロウリーこそが、デイビットの求めていた人物であると。


「いいとも……だが、これを知ることは、命を狙われることと同義だ。以前、言った通り。私の人生は転落を続けた。なぜか。それは至極当然の介入があったからに他ならない。世界に違和感を抱き、秘密を知ってしまった者を、舞台から掻き消すための、介入がな」


「……つまりは、私もまた命を狙われると?」


「ああ。それを覚悟したうえで、聞いてくれ」


 そしてクロウリーは、一度だけ頷いて。



「世界は、もうすぐ終わる。滅びが、確約されているのだ」














「それで。何の用だね、こんな辺境の地に」


「なるほど。嗅覚は優れてるようだね、素晴らしい。流石はアレイスター・クロウリー」


 デイビットが帰った数時間後。クロウリーは、椅子に座ったまま来訪者の存在を看破した。同時に、賞賛の声が届く。若い、女性の声だ。


「私を、消しに来たのかね」


「正解だ。あんたは知り過ぎた。知っていてはいけないことを、知ってしまった。こっちとしても予想外だったんだ。まさかあの守護天使が動くとは思ってなかった。ま、別にどっちでもいいんだが。天使など、私にとっては赤子に等しいからね」


「……貴様が、黒幕か?」


 一向に姿を現さず言葉を交わす女性に、しかしクロウリーはそれだけを呟く。


「そうでもあると言えるし、そうでもないと言える。ただ……まあ、テクスチャの方は、私がやったことだ。後悔はしてない。第一、あんなものが世界に溢れかえったら、流石に滅びの前に人類が滅んじまう。それだけは避けさせてもらいたかったのさ、私の計画のために」


「貴様は、知っているのか。ああなった原因を」


「知っているとも。なにせ、あれは私達の……人類が背負うべき、業だ」


「……一つだけ、聞かせてほしい。なに、時間は取らせない」


 知りたいことを知ったクロウリーは、目の前の女性にそれだけを問うた。


「私は……間違って、いたのだろうか」


「──いいや、いずれは誰かが気づくかもしれなかったこと。その事に関し、私からは決して間違っているなどとは言わないよ。むしろ、過ちはこっちだ。正しいのはそっちで、間違ってるのは私。だから、安心してくれ」


 ──1947年アレイスター・クロウリーは、この世を去る。一般的にその死因は病気がゆえとされているが、それすらも結局は大きな歯車に巻き込まれただけであるのは言うまでもない。







 時は経ち、1982年。冷戦が新たな時代へと突入し、更なる緊張が迸る中。

 その男──最初の神秘学者である、デイビットは世界にとある論文を発表した。

 ──人は、魔術が使えると。


「もう、悔いはない」


 デイビットはそう漏らした。

 思い返せば、長かったものだ。アレイスター・クロウリーに師事し、世界の真実を突きつけられて早四十年がもう少しで経とうとしている。あの時20歳後半であったデイビットは既に老齢だ。顔に皺を刻み、体はしわがれている。

 ──病気。正体不明の病魔が、デイビットの体を蝕んでいることに気づいたのは、恐らく40年代の頃だっただろうか。その時から、デイビットは自分の体があまりにも速く老いていることを知り、恐怖におびえた。

 ──そう、急がなければならない。クロウリーから伝えられた真実を公表せずとも、彼から継いだ技術を世界に託さねばならない。


「やあ」


 そして、全てを終わらせた後。自室で休んでいたデイビットの元に、死神が舞い降りた。若い、女性の声だ。ローブを纏っていて特徴などは分かりづらいが、それでも異質さは全く隠れていない。


「驚いたよ、デイビット・ウィリアムズ。まさか、辿り着いてしまうとはね。アレイスター・クロウリー、アークス・レイフォードと並ぶ天才であったとは」


「──君が、犯人かね」


「──ああ、そうだ。クロウリーを殺したのは、私だよ。デイビット。そして、君もまたここで死ななければならない。その技術は、気付いてはならないパンドラの箱だからね」


「未知のエネルギー……いや、魔術。それほどまでに、縋り付くものかね? これが」


「──それはあってはいけないんだよ。そんなものがこの世に出れば、今までの魔術が過去になる。面倒な手順を踏まずとも、魔術行使が可能になってしまう。いや、それだけに留まらない。それは、いずれ科学をも殺す。科学発展を止めて、魔術に世界が浸透してしまう。それだけは、してはいけないことなんだ」


「……そうか。だが、一歩遅かったな。既に、世界に向けて発信された後だ。もう、世界は止まらないよ。いつか、気付くものが現われるはずだ。この世の違和感に気づき、私達が残した真のメッセージに気づく者達が。流れは変えられない。世界は魔術に傾倒するだろう。それは新たな戦争を生み、世界を新たな渦に巻き込むかもしれない。だが、私は何ら後悔していない。全ては、いずれ訪れる災厄に、抗うために」


「──いいや、君のしたことは無駄だよ、デイビット。むしろ、君は世界にとって最悪な事をしてしまった。科学が萎れ、魔術と言うこの世の核に辿り着いた世界はこれから災厄に向かうだろう。それはこの世の張り紙を剥がしてしまうんだ。魔術がテクスチャへの干渉を行ってしまい、無意識のうちに世界が剥がれていく。そうでなくとも、エレメントと呼ばれる世界のエネルギーを消費することで、結局滅びが確約されてしまっている。それは、結局は破滅に向かうだけ。君は破滅に抗うためだけに魔術を世界に残したのかもしれないが、無駄なんだ。あれは、魔術王ですら敵わなかった」


「──だとしても、私はいつかそうなることを願う。果てなる世界の果てに、殻を破り、違和感に気づき、滅びに立ち向かう者が現われるのを。私一人では叶わなかった。アレイスター・クロウリーでも、届かなかった深淵は、いずれ開かれる。だから、私は待てばいい。世界が救われ、いつの日か救われることを」


「そうか。なら、いいんだ。どうやら、悔いはないらしい。とすれば、何を言っても無駄だろうさ。私はただ、執念を持って妄念を持って、今日まで延命措置を繰り返し、生き延び、芽を時代に残した者に、敬意を払うだけだ。──さようなら、デイビット・ウィリアムズ」




「私は、前を進もうと足掻くばかりに、娘に枷を背負わせてしまった。であれば、私は死のう。罪人として、殺されよう。──いつか、誰でもいい。魔導教典(グリモワール)に手を掛けろ。そして、災厄の未来を、終わらせてくれ」


 デイビット・ウィリアムズは1982年。世紀の大発表を行った翌日、死体となって発見された。

 警察は威信をかけて捜索したが、犯人は見つからず。またデイビット・ウィリアムズ自体が病に侵されていた事から、仕方なく病死と仮定した。

 だが、彼の残した功績は霞むものではなく、世界は魔術へと傾倒していくのだった。


書くかどうか迷ったのですが書きました。これ、何気に物語の核心をついてます。伏線もめちゃくちゃありますが、ちょっと難解かもしれないんですが読んでいただければ幸いかと。いつ終わるか分かんないけどね

ちなみにアレイスター・クロウリーについては史実を元にしていますが、その差異に気づいていただければ幸いかと。


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