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エピローグ 銀の魔法使いと最弱姫

 いつか、その夢を見た。


 見知らぬ誰かを救いたい、知っている誰かを救いたい──涙を流す誰かを助けたい。

 まだ、天翔が社会の闇も知らず、力不足を呪う前の話。

 ただ、ふと思った。

 どうして、自分はそれに囚われたのだろうかと。

 いや、たぶん、分かっていた。どうして、も。彼がその夢を打ち砕かれ、立ち上がることができなくなった理由も。


『いい、夢だね。天翔』


 ──星が輝く夜空を見上げながら。隣に座る少女が、天翔の目指す夢を聞いて、そんなことを言ってくれたのが始まり。天翔が目指すようになった理由。


『いやー寂しいなー……私よりも弱っちい天翔が、そんな風に目標を見つけるなんて』


 その少女は言葉と裏腹に、笑いながらそんな風に言ったと思う。

 そして、数秒の沈黙の後。その少女はいきなり立ち上がって、こんな風に呟いた。


『なら、私も手伝ってあげる。ほら、天翔ってば私よりも弱いし、一人じゃ戦えないでしょ? ──それ

に、そんな夢追ってたら、いつかすり減っちゃうかもだし、私が一緒に居て、守ってあげる』


 少女──輝夜は未だ座っている天翔を見て。いつもよりも力なく微笑んで。


『だから、天翔も──私を守ってね?』



     ★


「なあ、輝夜。俺守りたいものができたよ」


 かつて彼女と話した場所で。戻らない遠い夜の誓いをした場所で。

 天翔は呟いた。


「……ずっと一人で生きてきた。馬鹿みたいに自分を抑圧して、前に進めない子が居たんだよ。……ただ、一歩踏み出した。正直俺なんてもういらないと思うけど……それでも、見たくなったんだ。どんな道を歩むのか。どんな未来を作り出すのか。──純粋に、楽しみになった。ただ、守り切れるかは分からない。また、輝夜みたいに失うかもしれない」


 蘇るのは、血の惨劇。爪に引き裂かれたような傷跡が体を縦断し、命が零れていったあの瞬間だ。どんな治癒魔術を使ったとしても、死は覆せない。その名に死が刻まれれば、回復の仕様がない。だから、天翔は失った。けど、もう失いたくないから。


「もう一度、戻るよ。魔術の世界に。──それじゃ、また、来る」


     ★


 世界を震撼させたネフェタルリア家の壊滅──そこから続く事件。

 その一連の事件は、首謀者の死亡で幕を閉じた。

 同時に、一つの名前が世界に再び知れ渡る事になる。

 ──魔術協会にその名を与えられながら、一度も表舞台に立たなかった魔法使い。

 『銀』の魔法使いの復活。それが世界に大きく報じられることになった。


 災害級(ハザードクラス)やダックスなどの事件から一か月後。

 天翔は船に乗って太平洋を渡っていた。


「それで? 元老どもはなんだって?」


『特に何もない。今回天翔を謀っていたことも、知っていながら何の対策も講じなかったこと。この二つに関しては知らぬ存ぜぬを決め込んでいる』


 気持ちのいい日光を浴びながら、デッキの上で天翔は魔術機器を通してレグラスと元老について話していた。


「そーかよ。ま、あのジジイどもが何か言うわけない、か。当然っちゃ当然だな」


『……概ね事件は収束だ。円卓が大分後始末に追われているそうだが、俺達には関係のない事だ。まあ、それも円卓三席の影響が少なくなってしまったのが原因だろうな』


 円卓三席とはネフェタルリア家の事だ。様々な思惑が絡み合っている円卓の中で唯一間を取り持てる家柄だったと聞いているが、今のネフェタルリア家を仕切っている分家の人間では恐らく今円卓は意見がまとまらず大変だろう。とはいえ、天翔の知ったことではないが。


『それと。これはお節介かもしれんが……アイリス・ネフェタルリアを狙う輩は多くなる。間違いなくイギリスを収める残りの二つの家からすれば、彼女は目の上のたんこぶでしかない。領土を巡って争っている中で、ネフェタルリア家に後継者がいるなど面倒極まりない。今の所アイリス・ネフェタルリアが生きているのを知っているのはごく少数だが、それでも仕掛けてくる可能性は否定できない』


「だろうな。……だからこそ、俺を近くに置いたんだろうさ」


 結局は元老の思い通りだ。『銀』の魔法使いをアイリスの教育係に置いたのは、その部分も含まれているのだろう。ともかく、前提としてアイリスと天翔を一定の関係を持たせることで、色々な事をさせる腹積もりなのだ。──いや、違う。数少ない魔法使いであり、尚且つ神出鬼没の者達の中で連絡が付く二人の内の一人であるからこそ、コントロールできる指標が欲しかったのだろう。

 全てにおいて都合がよかったのが、アイリスだっただけだ。


「ん……そろそろ着くから切るぞ。そっちも後始末頑張れよレグラス」


『そうだな。お前も、いい加減勘を取り戻せ。敵との交戦で死なれては、混乱に終止符を打つことができないからな』


「それは決して人を心配した言葉ではなく、世界を優先した言葉だな。……いや、もう付き合い長いんだからちっとは心配とかないの?」


『心配……? お前にか? 笑わせるな、俺とお前がそんな関係なわけがないだろう。所詮は任務で会うだけの関係だ』


 冗談で適当なこと言ったらガチトーンで返されてしまい、天翔は言葉に詰まってしまう。とはいえ、レグラスとの関係自体はそこまで仲がいいと言うわけではない。あくまで仕事で何度も顔を合わせる機会があっただけ。プライベートでは会ったことがないし、なによりこの数年間天翔は一度も会っていない。確かにこれでは友などとは言えないだろう。


「昔から変わらねえな、お前」


 最後にそんな皮肉を返して。

 天翔は船から降り、再び魔術師の楽園──エヴァ―ガーデンへと入るのだった。


     ★


「無事で何よりです、天翔さん」


「詩音……は、今から帰り?」


「はい。そろそろ室長に怒られそうなので……」


 エヴァ―ガーデンに入り、ひとまず学園長室にでも向かおうかと思った天翔だったが、そこで見知った顔──詩音に出会ったので声を掛けたのだ。

 ちなみに服装はこの島で出会った時と何ら変わらぬ服だ。ということは、任務を終えて帰ることぐらいは天翔でも察せる。


「天翔さん。ダックス・レイフォードについて、一応調べた情報を話しますけど……最初に謝っておきま

す。ごめんなさい……魔術協会でもダックスのことを知っている人間はあまりおらず……そもそも、なぜダックス・レイフォードが災害級(ハザードクラス)を従えていたのかについても分からずじまいです。話を聞

ければよかったんですが……」


「それについてはごめん。言い訳になるけど、あの時点でダックスは虫の息だった……要は生け捕りにしても長くは持たない、そう俺が判断したんだ」


 だからあの場で天翔は躊躇なく撃った。災害級(ハザードクラス)の遺物を体に付けるなどと言う凶行をした時点で、あるいは結末は決まっていたのかもしれない。


「それについても、別にこちら側で何か言うつもりはありません。そもそも魔術協会内も一枚岩じゃないですし、敵対してる魔術師なんてそれこそ数えるのも億劫なぐらいですから」


「たぶんだけど、それが一番だろうね。魔術協会が世界を牛耳ってるわけだけど、それだって敵対組織真っ向からぶっ潰してだから、顰蹙なんて幾らでも買ってるだろうし……一々探すのも面倒だ」


 それにダックスに関し何ら介入がなかったところを見れば、つながりなんてものもほとんどないことぐらいは分かる。とすれば、例え捕らえたところで何も分からなかった可能性が高い。結果論でしかないが。


「本当は天翔さんの傍に居たいところなんですが……一人しかいない上司に呼ばれてるので、行きますね。──アイリス・ネフェタルリアと、上手くやるんですよ?」


「言われなくても大丈夫だよ。……むしろ詩音がいないほうが絶対に上手くいく。お願いだから絶対にちょっかいは出さないでくれ」


「フリですか?」


「なわけないでしょ。純粋な俺の願いだよ。……うん、昔から詩音は面倒な事しか起こさないし、持ってこないだろ。だからだよ、できれば面倒ごとなんてごめんだからね」


 誤解を生まないように純粋な考えを伝えたところ──詩音は一瞬呆然として。


「詩音?」


「ああ……すみません。でも、そうですよね。厄介事は、ない方がいいですよね。──無理だと、思いますよ?」


「ほらもうこれだよ!? たまには平穏をくれよ!? 過労死でもさせたいのかな!? いや、確かにこの数年間普通に暮らしてたけど、面倒ごとに巻き込まれるのだけは嫌なんだよ……!」


 苦労人決死の叫びだったが、詩音は一切表情を変えずに。


「だって、天翔さんは──そういう運命の下にあるんですから」


「……それはもう俺が卒業できないと? いーやーだーよ!? だってフランス行ったら戦闘狂に絡まれて世界の果てまで追っかけられるし、どっかの誰かには死ぬような罠に嵌められるし、あれだね! もう俺の周りには沸点低すぎて突き抜けてる奴しかいないの!? その運命変わらないとか地獄でしかねえ!!」


「酷い人がいるもんですね。特に罠嵌める人。天翔さんを傷つけようなんて最低です」


「最悪な事に本人には自覚がないようです……!!」


 ともあれ。そろそろ出航の時間なので絡むのはここまでにしておく。


「それじゃ、また会いましょう。支部で待ってます」


「支部には行かないと思うけど……ああ、いつか」


 それだけ交わし、詩音と天翔は別れるのだった。


     ★


「えっと、天翔先輩? 今夜ですけど、出て大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。バレなきゃ問題ないから」


 天翔がエヴァ―ガーデンに戻ってきたその日の夜。

 天翔は部屋で座りながら目を閉じていた──いわゆる寝落ちしていたアイリスを起こし、以前詩音に連れてきてもらった場所にやってきていた。エヴァ―ガーデンの唯一と言っていいほどに綺麗な眺めが視れる場所だ。


「綺麗……」


「だろ。俺も詩音に連れてきてもらって初めて知ったんだが……これがなかなかよくて。学生の頃に気づければよかったんだけど、あの頃の俺にそんな余裕なかったからなあ」


 空に浮かぶ星々の美しさにアイリスが見惚れる中──天翔は同じように空を見上げながら言わなければならないこと、伝えなければいけないことを呟く。


「アイリス」


「……はい」


「今回の事件。あれは君を狙っての事だった。たぶん、これからもきっと困難は続く。今度はイギリス本土をおさめる三家の内の二家が君の敵に回るかもしれない。もしかしたら、円卓を狙うどこかの家が、君を狙うかもしれない。今回のように、個人が君を襲うかもしれない」


「分かってます。私が、火種であることぐらいは……理解してますから」


 火種。そう、確かにアイリスは騒乱を呼び込む火種だ。アイリス・ネフェタルリアが存在するだけで奪われる命などもあるだろう。


 ──そう、思い返すはダックスを撃ち殺す寸前の事。

 彼に銃を突き付けて、僅か数瞬の間に、彼は口を開いた。


『銀の魔法使い……一つだけ、伝えておく。あれは、始祖たちが願った、完成品だ。これ以降、彼女はあらゆる地獄に巻き込まれる。彼女の意思など、関係なくな。──それでも守り抜くと言うなら、魔術へと戻れ。今の生温いお前では、守れるものも守れないだろうよ』


 ダックスからの告げられた言葉。間違いなく、これからを示唆していることだ。

 これから、きっとそうなる。それでも、彼女は──。


「それでも、君は魔術師になりたいか?」


「──」


 問いを。

 アイリスに告げる。

 自分が誰かを悲しませると知って。これから先の道が茨になると知って。

 それでもなお、魔術師になりたいかと、天翔はそう尋ねる。


「私は……もう、諦めないし、目を背けることもしません。──私は、魔術師になります。私がそうしたいんです」


「そうか」


 覚悟は決めた。

 決意もした。

 ならば、もう問う必要はない。

 天翔が強くする。必ず、彼女を魔術師にするだけだ。それが、天翔の新たな決意。

 だけど。それだけでは終わらず。


「待っていてください」


「──ん?」


「私、絶対に強くなります。あなたに……『銀』の魔法使いに、追いつけるように、強くなりますから!!」


 きっと、それは天翔がアイリスに出会って初めて見た笑顔で。


「ああ──特等席で見せてもらうさ。君が、魔術師になるところを」


 天翔はそれだけ呟いて。

 ともに、空に浮かぶ星を見上げるのだった。


 ──ここで物語は終わる。

 見たくない何かから目を逸らし続けた少年の再起が。生きる意味を失い、前に進もうとしなかった少女の復活が。

 何もかもを失ったはずの少年が、『最弱姫』と出会い、『銀』の魔法使いとして再起する物語が。


 これより紡がれるのは二人の物語。

 『銀』の魔法使いと『最弱姫』。

 互いに失い、それでもなお前に進むと決めた者二人のお話。


 ──けれど、そのお話はいつかまた。


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