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12話 終わりの時よ、迫れ

「ち──」


 レグラスと詩音、天翔達が分断させられた意図をすぐさま理解したレグラスは感嘆を抱くと同時に、それを実行に移す騎士服の男の思い切りの良さに舌打ちをする。


「現時点で災害級(ハザードクラス)を倒せる力を持っているのは天翔だけ……だが、それはあくまで条件がそろった時だけ。その条件を揃えるピースを俺達と判断したうえでの分断、か」


「理解が早くて助かる。その通りだよ。彼一人では災害級(ハザードクラス)を倒せない。……そんなことができるのは、『正義』ぐらいなものだからね」


 こうなった時点で既に詰みの状況に近い。唯一状況を打開できる術を持っていた天翔を分断され、災害級(ハザードクラス)を相手取らなくなった時点で事態は打開できないレベルにまで来ている。


「《火炎よ、燃え盛れ》」


 だが──まだ終わっていない。それを理解しているからこそ、レグラスもまた抗うことを止めない。火炎を周りに纏い、騎士服の男に接近戦を仕掛けていく。


付与魔術(エンチャント)……なるほど、接近戦もできるようだ。しかし、災害級(ハザードクラス)の相手をしていた以上、消耗は避けられない。──故に、遅いぞ」


 目にも止まらない乱打戦。レグラスと騎士服の男が織りなす拳の重奏。殴り、殴られ、躱し、躱され、抉り、抉られ──互いの拳が重なり合い、醜い音のオンパレードが響き渡る。一見、互角に見えるだろう。だが──ほんの僅か。本当に少しだけ、騎士服の男の速度が上回っている。騎士服の男が言っていた通りだ。

 災害級(ハザードクラス)をたった数人で相手取ってしまったが故の後手。

 故に、このままでは敗北は必須だ。いずれ拳が届かなくなり、火炎が爆発することもなく、ただやられる。

 だから──。


「《戦神の咆哮を聞け、其は世界を蝕む灼熱の業火なり》」


 傍で見ていた詩音の口が詠唱を紡ぎ──直後、灼熱の溶岩が世に放たれる。それは世界を蝕むように大地を侵食し、二人がしのぎを削る場所へ向かってくる。


「ち──このための見せかけの炎魔術か」


 人間の体そのものを溶かしてしまるような溶岩を前に一切魔術を行使しようともしないレグラスを不思議に思ったのか、すぐさま騎士服の男はレグラスの先ほどの魔術の意味を理解したらしい。

 ──そもそも、先ほどの魔術はダミーだ。体に付与している魔術を隠ぺいするための一種のミスディレクション。乱打戦の中で効力を発揮していない時点で、既におかしいと感じていたのかもしれないが、もう遅い。今から魔術防御を張ったとしても間に合わないし、そもそもレグラスはそれを許さない。


「だが、忘れていないかな? ──ここは災害級(ハザードクラス)の腹の中と言っても過言ではない。ゆえに私がわざわざ防御を取る必要もないんだ」


 なのに──敵はその上を行く。天翔達とレグラス達を分断させたはずの黒がうねり、捻じれ、侵食する炎を掻き消すように大地を洗い流す。


「悪くない策だった。けど、こっちの方が上手だった、それだけだ。何も悔やむ必要はない」


 ──否、とレグラスは心の中で呟いた。

 違う。相手の策を読み切った上で策を練るのが定石だ。読めなかった以上、レグラスの敗北である。──同時に、相手はなぜ災害級(ハザードクラス)を使って攻撃してこないのかという疑念に駆られる。分断させるに留まらせる必要などない。四方を漆黒の液体のようなもので覆った時点で、既にあちら側の勝利は確定していて、命令を下すだけで塵のように殺せるのに。

 ──あるのか。この近くに、脈動する命の源泉が。

 無駄に反撃されてしまえば、絶命してしまうから、何もしないのではないのか。


「《──火炎よ》」


 炎がレグラスの掌の上に出現、瞬間暴発し火炎の柱が立ち上る。それは火の中級魔術フレイム。立ち上

る火炎は容易に天に届き、塔とすら呼べるほどに膨大した。

 もしも、この推論が正しいのであれば──勝機はある。だから、レグラスはその手に顕現させた火炎の柱を振るう。ただし、詩音の方に(・・・・・)


「なに──?」


 騎士服の男が怪訝な声を出し──同時に、火炎の柱が何の防御もしていなかった詩音を呑み込み、爆発した。

 男の驚愕も当然だろう。なにせ、レグラスは今味方への射撃(フレンドリーファイア)をしたのだから。敵の目を欺くのでもなく、ただただ直線状に居た詩音を焼き払っただけ。


「なに、狂ったわけではないさ。これが最も勝率の高いやり方だっただけだ」


「勝率……? 今のが、どんなふうに勝率とやらに繋がるんだ?」


「簡単な話だよ」


 未だレグラスのやったことが理解できていない騎士服の男へ投げかけられる言葉があった。それは分断され、災害級(ハザードクラス)を相手取っているはずの男──否、災害級(ハザードクラス)をも殺せる死神の声が。


「アポロンが何を司っているか、それを考えれば誰でもわかる」


「アポロンは『神託・娯楽・弓』を司る神だ。……そう、イメージの強い太陽神は後から付与された属性に過ぎない。その本質は神託なんだよ」


 漆黒に包まれた部屋の外から何らかの手段を使って話しかけてくる天翔の声に続いて、レグラスは種明かしを始め、天翔もまたそれに続く。

 ──アポロンの逸話にこんなものがあった。曰くかの神は霊媒の巫女に予言を与えたと。

 その時、かの巫女はトランス状態だったとされている。つまりはそれを術式に盛り込んだ。


「天翔──俺の、真後ろだ!!」


 その巫女と同じく、トランス状態──無意識状態に陥っている彼女の指さす方向をいち早く見たレグラスは虎視眈々と災害級(ハザードクラス)を狙っているはずの戦友に叫んで。


「吹き、飛びやがれ──!!」


 瞬間、騎士服の男が何する暇もなく、轟音が鳴り響き──特大の砲弾が放たれるのであった。




「天翔──俺の、真後ろだ!!」


 レグラスの声を聞いて。

 迫りくる漆黒の影を躱しながら、それを待っていた天翔はにやりと口角をあげ、抱えている砲台のような銃を構える。

 既に位置は察している。だから、後はこれを放つだけ。


「吹き、飛びやがれ──!!」


 天翔は喉から怒号のような声を発しながらトリガーを引き──銀の弾丸が放たれた。


 ──銀の弾丸(シルバーブレッド)

 天翔が生み出した魔術であり、『銀』を拝命するに至った魔術。

 あらゆる魔術的防御を無効にして、概念そのものを瓦解させる魔術。

 それが放たれ、詩音とレグラスによって示された弱点に吸い込まれて行って──。

 漆黒にのめり込み、破砕していく。脈動を絶ち、破壊し、崩壊させて。


「弾けろ」


 命の脈動に弾丸が突き刺さり──同時に、爆砕。今の今まで脅威であった災害級(ハザードクラス)が内側から膨れ上がり、破裂する。

 漆黒が破裂し、弾け飛び、瓦解し──終わりがもたらされる。終わりを知らないはずの、死なないはずの存在に、今死が刻まれる。

 それを認められないのか、それとも今迫りくる何かを知らないのか──。

 災害級(ハザードクラス)は啼き、呻き、絶命に慄き、その死に驚愕し、暗闇が訪れる。悲壮が空虚に散る。絶叫が無に返る。そして──。


「終わり……だな」


 天翔の小さな呟きと共に、漆黒のナニカは弾け、その存在が消失する。この世から永遠に消えてなくなり、罅割れ、空間に飲み込まれるように捻じれ歪み壊れ消えて──。

 終わった。

 災害級(ハザードクラス)は死んだ。残ったのは漆黒だけ。しかし、動かしている魔力が失われたため、もう動くことはない。

 だが──失念していた。

 これで終わりではないのだと。


「がっ──」


 崩れゆく砲身を手に抱え、ひとまずの脅威を倒せたことへの安堵を抱いた。一瞬の油断だ。強敵を倒したことによる、安堵。その一瞬を突かれ、天翔の腹を途轍もない衝撃が襲い──同時に、横への重力が加えられ、そのまま流れに逆らうことなく吹き飛ばされる。


「見事だよ、本当に。だけど──これで終わりだと、誰が決めつけた?」


 為すがままに地面に叩きつけられ、肺の空気が一瞬で抜け空気を求めて喘ぐ中で、冷徹な声が静寂を破る。

 騎士服の男。未だ名前すらも知らない男は──まだ終わっていないのだと呟き、残骸として場に残っている漆黒のナニカに手を添えて。


「魔法陣……まさか、貴様!?」


 レグラスの悟ったような声に次いで、変化が訪れる。

 それは大地に描かれて、場に満ちる魔力を集わせ、漆黒のナニカにそれが注がれて──。


「くそ……」


 させてはいけない。頭をよぎる最悪を感じ取り、動けぬ詩音と満身創痍もいい所のレグラスに代わり天翔は動こうとするが──突如、体が重くなった、否視界が回り、吐き気が唐突に襲って来る。


「ち──呪いを付与されたか。アイリス・ネフェタルリア!! 俺に任せ、天翔の呪いを緩和しろ!」


「はい!」


 レグラスの声に従い、アイリスが呪いを喰らった天翔に近寄ってくる。呪いの解呪は恐らくではあるが、アイリスには不可能だ。呪いには恐ろしいほどの術式が使われている。要は糸が絡まって解けなくなってしまったのが呪いで、それを一本ずつ解いていくのが解呪だ。とはいえ、魔力を一定量送り込めばひとまず症状は緩和する。だが──根本的な解決にはならない以上、早めに専門家に見せた方がいい。

 アイリスが魔力を送り、症状が少しずつ緩和されていくにつれ、ようやく視界の回転が収まり今起こっていることが見えて。


「まずい……!」


 騎士服の男がやっているのは接合だ。自らの皮膚と、残骸の漆黒を接合し、最悪の生物になろうとしている。

 レグラスもやっていることの意味を理解し、魔術で妨害しようとするが──、


「無駄だよ。君の攻撃は、全部防げる。消耗した魔術など、取るに足らない。そうでなくても、私の防御は破れない。伊達に自分の内臓を対価にしてないからね」


「錬金術か……そうか、貴様レイフォード家の」


「……レイフォード家。ああ、そうだ。私はレイフォード家の、最後の後継者にして、錬金術に魅入られ

た、愚かなる一族の末裔だ」


 等価に何かを作る──それは錬金術の領分だ。レグラスもそれに至ったらしく、忌々しそうに舌打ちをし、同時に騎士服の男の所在を明らかにする。

 レイフォード家──ドイツに居を構えていた錬金術を極めるためだけにあった家だ。しかし、錬金術の秘術──人を蘇らせると言う禁忌を犯し、没落していったと聞いている。

 レグラスの暴風のような魔術攻撃を受け、少しも揺るがない城壁で自身を纏い、全身を血で染めていく。それは贖い、贖罪だ。人が超えてはならない領域を超え、黄泉より連れ戻そうとした罪への、贖い。


「下らぬ夢に縋り付き、幻想を抱いて、罪を犯した我が家を、私は許さない。この身に流れる血も、骨も、体の全てを。決して、許しはしない」


 だから、か。その罪を洗い落すかのように、漆黒が纏わりつく。体の中で暴走し、再起不能になるほど中身がぐちゃぐちゃになっているのは、天翔にだって理解できる。災害級(ハザードクラス)の力は人にとって強大過ぎる。そんなものを扱えるはずがない。必ず、代償があると。


「《嗚呼、我が理想、我が幻想、下らぬ我が身を捧げ、贖いと為す。血の儀式を地に刻み、空に漆黒を称えよう。神との契約を忘れ、傲慢になった愚か者どもに──神罰を》」


 空が黒に染まっていく。大地が血に塗れるように赤に染まり、弾けていく。世界が詠唱通りに歪められていく様を見て、天翔の背中に悪寒が走る。

 レグラスも同じように思ったらしく、彼は魔術を打ち続けるが──破れない。傷をつけることすらも、不可能。目の前で起こる最悪に、手を出すことは叶わない。


「さあ──終わりの時だよ」


 そして。

 短く、声が響いた。

 瞬間、世界の全てが黒で染まり──弾け飛んだ。


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