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第二話 黒猫マギ

「――んっ……」


 セツナは鳥の鳴き声で目を覚ました。


「ここは……?」


 窓、カーテンの隙間から明るい日差しが入る部屋。いつもの自分の部屋ではない。だが、見た事が無い部屋でも無かった。

 それを示すように部屋のドアが開き、


「……あら、セツナ。起きたの?」


 セツナの祖母が顔を覗かせた。

 ここは数日前からセツナが寝泊りしている祖父母宅の一室だ。

 しかし、セツナの記憶では寝る直前の記憶が無い。


「セツナ、昨日の夜屋根裏部屋に行ったでしょ? 何時までたっても降りてこないからおじいちゃんが様子を見に行ったら床で寝てたらしいわよ」


「そう、なんだ……」


 確かに昨夜、屋根裏部屋に行ったはずだ。色々な物の写真を撮り、戻ろうとしたときに綺麗なクリスタルを見つけ、そして……。


「ねえおばあちゃん。昨日の夜、屋根からすごい音とかしなかった? 屋根に穴が開いてたとか?」


 セツナの言葉に、祖母はぷっと吹き出した。


「えー、何それ。そんなことがあったらおばあちゃんたちすぐに屋根裏部屋に様子を見に行くけど。おじいちゃんも何にも言ってなかったし……。何かあったの?」


 自分の記憶では、謎の怪物が屋根を破って侵入してきたはずだ。その際、かなりの轟音もしたし、祖父母達が気づかないわけが無い。ならば、


「――ううん。なんか変な夢見たんだと思う。ごめん」


「そう、ならいいんだけど。……あ、セツナってば昨日そのまま寝ちゃったから後でシャワー入っておきなさい? 午後からおじいちゃんと買い物に出かけるんだから」


「はーい」


 祖母が部屋から出て、一階に下りていくのを足音で確認したセツナはベッドから出て、部屋を出た。

 目的地は決まっている。屋根裏部屋だ。

 昨日の怪物の事を想像すると恐怖心が浮かぶが、夢であるならば大丈夫だ。

 それを確認するためだと、セツナは屋根裏部屋に上がった。


「……穴、開いてない……」


 もし、昨日の出来事が現実ならば、屋根裏部屋には怪物があけた穴から太陽の光が部屋を照らしているはずだ。


 床を見ても屋根の残骸や、怪物の口から放たれた光による傷も無い。

 ならばやはり、


「――夢、だったんだ……」


 一安心だ。あんな事あるわけ無い。

 そう、思ったときだった。


「本当にそう思う?」


 突如、女の声が聞こえた。かなり近くからだ。


「誰……!?」


 祖母の声ではない。

 まさか泥棒か、とセツナはそう思い、祖父母達に知らせようと二階へ下る出口に向かおうとする。

 だが、それよりも早く、


「――ストップ」


「……あ、れ……?」


 身体が言う事を聞かない。石のようにカチコチに固まり、歩けないのだ。幸い、声と首より上は動かせるようだが、


「――あぁ、ここに再度結界を張ったから、大声出したって人は来やしないわよ?」


 姿無き声の主はセツナよりも上手で行動を予測しているようだった。


「誰、なの……!?」


「あら、ずっとここにいるじゃない」


 それは、セツナのすぐ横、様々なものが載っている棚の、一番上。

 物と物の間にそれは居た。


「……猫?」


「ま、外見はそうね。黒猫。あんた達の間では魔法使いにはぴったりらしいじゃない」


「魔法使い?」


「正確には魔術師だけど、素人にこれ説明するのめんどうだから今はパス」


 そう言って黒猫は棚から飛び降りるとセツナの前に移動し、座る。


「さて、初めましてと言うべきかしら? まさか新たなマスターがこんな小さな娘だとは思わなかったけど」


 猫が喋って魔術師だのマスターだの、訳のわからない事を連発している。

 そうか、これはまだ夢の続きなんだ――。


「まだ夢の続きを見ているとか思っているならこの爪で引っかいて現実だって教えてあげましょうか?」


 黒猫が爪をこちらにちらりと見せる。


「うっ……。一体何なのあなた」


「私はマギ。魔晶を受け継ぐ者の使い魔にして、魔晶の管理者の役目を持つ者」


「ま、ましょう?」


「そう。昨夜あんたが見つけたクリスタルのことよ」


「……あ、あの綺麗な……」


 だが、あのクリスタルは確か、


「砕け散ったわ。私も知らない謎の獣からあんたを守るためにね」


 管理者と名乗るマギからしたら、魔晶が砕け散ることがどういうことを意味するか。その事をセツナは少しだけなら理解できる。


「――ごめんなさい」


「あら、自分の責任だって思えるの。殊勝な心がけね」


 マギはきょとんとした表情を見せる。

 否、セツナに猫の表情はわからないが、多分そうだろうと彼女は予想する。


「でも、いいわよ別に。あいつの介入は私だって予想外だったし。新しいマスターを守れない方が問題だわ」


 一転、穏やかな声でマギはそう告げた。

 しかし、セツナとしてはそれよりも言いたい事があった。


「……あのー、とりあえず座っていいですか?」


「逃げない?」


 首を縦に振ると、マギが何かをつぶやく。瞬間、身体が動くようになる。


「あ、ありがとう。……それでマギ、さん?」


「マギで良いわよ。使い魔にさん付けするマスターとか聞いたこと無いわ」


「それじゃあマギ。その、魔晶とかマスターって何なの?」


 この場合の意味はクリスタルとかそう言ったことではない。もっと核心についてだ。


「何も知らない素人、しかも子どもに説明するのって難しいのよねぇ、仕方が無いけど。

 ――いい? 世界には魔術が実際に存在するの。名前ぐらいは聞いたことあるわよね?」


「う、うん。魔法とかそういうのだよね?」


 言葉にマギが目を伏せる。


「……まあ、この際それでいいわ。で、それを行使するのが魔術師。あんたからしたらそれこそ魔法使いの事。

 魔晶は昔ある魔術師が、旅の途中で見つけた小さな石を核にして作った魔力の結晶体。それさえあれば、魔力や呪文なんていらない、まさに『魔法の石』ね」


「そんなにすごいんだ」


「そうよ? それこそ、世界中の魔術師が欲しがるくらいね。でも、それを作った魔術師はその力が悪意ある者の手に渡ることを危惧した。

 だから、封印したの。魔晶それ自体が認めるマスターが現れるまで、ね」


「! それってまさか……」


「そのまさかよ。あんたが魔晶に近づいた段階で封印は解かれた。あとは私が接触して……って流れの時に、奴がきた」


 謎の怪物。マギは獣と言っていたが、あんなものは見たことが無い。


「そして、問題が起こった」


「問題?」


「あんたを守るまでは良かった。だけど、奴の攻撃が予想以上に強くて魔晶が砕け散ったのが一つ目の問題。砕け散った欠片は四方八方に飛び去ったけど、あれ自体が相当な魔力を溜め込んでいるし、放置するのは危険だわ」


 そして、とマギは続ける。その瞳はセツナをまっすぐ見つめている。


「二つ目の問題。魔晶を魔晶たらしめていた存在。魔術師が旅の果てに見つけたという石があんたの中に入り込んだ」


「――あ……」


 昨夜、砕け散ったクリスタルの一つがセツナの胸の中に飛び込んできて、そのまま身体の中に入り込んだのだ。


「膨大な魔力を放出する石を身体に取り込んだらどうなるか私にもわからない。でも、今のところは何もなさそうね」


「……苦しいとか、そういうのは無いけど」


 こちらを見上げるマギはセツナの言葉に頷いた。


「ならいいわ。管理者の私があんたから離れられなくなったのも……まあ使い魔としてみれば致し方が無い。幸い、欠片の一つと核が一緒に取り込まれたはずだから、魔晶の能力は一つ使えるはずだし」


 幸い、なのだろうか。


「ここで、一つ目の問題に戻るわ。飛び去った欠片を放置する事はできない。私は管理者として、あんたはマスターとして、ね」


「……え?」


「こう言っているのよ。あんたには魔晶の欠片を集めてもらうわ」


「えぇ!?」


 唐突な願い。否、命令に近いだろう。


「砕け散った欠片がどういった状況かわからないけれど、溜め込んだ魔力を統括する核はあんたの中。つまり暴走する可能性があるわ」


「ぼ、暴走……?」


「昨日のあいつも魔晶の魔力を狙っているみたいだし、とっとと集めないと……」


「ちょっ! ちょっと待って!」


 淡々と続けるマギをセツナは制止する。


「そんな勝手に……、わ、わたしそんなことできないよ! 昨日だって逃げる事さえ出来なかったし……」


「戦い方や魔術、魔晶の使い方は私が教えるわ、平気よ」


「平気じゃないよ! 欠片の暴走とか、それに昨日の怪物とまた会うかもしれないんでしょ。そんなの嫌!」


 セツナとしては魔晶やら魔術やら、そんな事は知ったことではない。

 自分はただの小学生だ。祖父母と楽しい夏休みを送るためにイギリスにやってきたのに、そんな危ないことに巻き込まれるなんてたまったものではない。

 セツナは立ち上がって、二階へ向かう。


「あっ、ちょ! 欠片が暴走したら、民間人に被害が出るかもしれないのよ!」


「それこそ、プロの魔術師の人に頼んで! 私よりもちゃんとした人に!」


「それは……」


 だが、セツナの言う事も正しい。そう思ってしまうマギは階段を下っていくセツナをただ見送るしかなかった。


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