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第一話 始まりの夜

 夜風が吹いている。

 七月下旬のロンドン。昼間はもわっとした暑さが広がっているというのに、夜になれば上着が必要なほどの冷え込みになる。

 そんな極端な気温だというのに、夜になってもロンドンの街から活気は消えていない。

 街のいたるところで明かりが灯った歓楽街などで人々が夜の雰囲気を楽しんでいる。



 それを見下ろしていた存在があった。

 時計塔の頂上。

 比較的明るい夜空だが、それでも暗い。そんな夜空よりも黒い影が蠢いていた。


『ド……コダ……』


 影は何かを探していた。

 『母』から命じられた使命。それを果たすために。



●●●



 ロンドンの郊外、閑静な住宅街を一人の少女が道を歩いていた。

 茶髪のポニーテールを揺らしながら歩く彼女は、時折すれ違う地域の住人にあいさつしながら、とある家の門を開け、そのまま玄関まで到る。


「ただいまー!」


 元気な声とともに扉を開けた少女はそのまま居間に向かう。

 居間には初老の女性がソファーに座っており、本を読んでいるところだった。


「あら、セツナ。おかえりなさい」


「ただいま、おばあちゃん。何の本読んでるのー?」


 セツナと呼ばれた少女は、祖母のとなりに座りながら、本を覗き込んだ。


「今イギリスで話題になってるミステリー小説よ。セツナにはちょっと難しいかもしれないわね」


「ふーん。後で読んでみてもいい?」


 セツナの問いに祖母は微笑みながら頷いた。


「ええ、もちろんいいわよ。……ところで、おじいちゃんはどうしたの?」


 祖母はセツナと一緒に帰ってくるはずの祖父が、いっこうに居間に現れない事に疑問を呈した。

 セツナは肩をすくめながら、


「帰りに寄った公園でおじいちゃんの友達とばったり会って。おじいちゃんはそのままその友達と遊びに行ったよ」


「あの人は、まったく……」


 セツナは先日、イギリスにやってきたばかりだ。

 だから一人で散歩に行かせるのが心配だからとついて行かせたのに、孫を放って遊びに行くなんて……、などと祖母がつぶやいている。


「まあいいわ。セツナはちゃんと帰ってこれたし。

 これからお菓子を作ろうと思ってたんだけど、セツナも手伝ってくれるかしら?」


「はーい」


 立ち上がった祖母に続いて、セツナは台所に向かった。



●●●



 ――神城セツナは、ごく普通の日本の小学六年生である。

 祖父はイギリス人、祖母は日本人であり、その娘である母はハーフ、そして結婚相手の父は生粋のイギリス人――と、イギリス要素強めのクォーターだが、母の仕事の都合上、生まれてからずっと日本で暮らしてきた。

 そんなセツナが今、イギリス祖父母宅にいるのは、小学生最後の夏休みを利用して、遊びに来たからだ。ちなみに両親は仕事の関係上、八月中旬にならないとこちらに来れないという。



●●●



「そういえばおばあちゃん、ちょっと気になってたことあるんだけど……」


 先程焼きあがったスコーンを居間で食べながら、セツナは祖母に言葉をかけた。


「何かしら?」


「二階の廊下の奥に階段があったんだけど、このお家って三階があるの?」


「ああ……、あれは屋根裏部屋に繋がってるのよ」


「屋根裏部屋?」


「そう。って言っても物置になっちゃってるけどね。おじいちゃんのそのまたおじいちゃんが物を集めるのが趣味だったらしいんだけど、集めた物の数がありすぎて今になっても処分し切れなくてあそこに置いてるのよ」


「へー……後で見に行ってもいい?」


 祖父の祖父――曾々おじいちゃんが集めたものともなれば、珍しい物があるかもしれない。


「んー、偶に掃除してるから大丈夫だとは思うけど。行くときは暗いからライトか何か持っていきなさいね? あと、行く前に一応声はかけてね」


「はーい」


 その時だ。玄関の扉が開き、


「ただいま」


 と、男の英語が聞こえた。


「……おじいちゃんね。まったく。ちょっときつく言わないといけないかしら」


「あはは……、お手柔らかにね?」


 そんな言葉を残して玄関に向かった祖母が祖父と英語で話しているのが聞こえる。

 祖母はセツナと二人でいるときだけは日本語で、それ以外のときは英語を話しているのだ。


「それにしても屋根裏部屋かー、何があるんだろう……?」


 セツナは好奇心を胸に、晩御飯を食べたら行こうとそう決めたのだった。



●●●



「んしょっと……、ここが……」


 晩御飯を済ませ、寝る前の時間を使ってセツナは屋根裏部屋に進入する。


「んー、やっぱりおばあちゃんの言ったとおり、真っ暗だ」


 光という光は、唯一、奥の窓から入る月の光ぐらいだ。

 先程、祖母にライトを持って行けと言われたが、しかしセツナの手には懐中電灯など無い。

 では、どうするか。

 セツナは左手首に装着している端末を操作した。すると端末からホログラムディスプレイが浮かび上がる。

 これはセツナの母親が勤めている日本の企業、『ノードゥス』というところが出している情報端末の最新型――というよりも試験型だ。

 商品開発部に勤めている母親が、『部長に許可もらったから夏休みの間、セツナに貸してあげる。返してもらうときに感想聞かせてね』なんて言われたが、そんなものを会社の外、しかも小学生に持たせてしまっていいのだろうかと、小学生ながら不安になった覚えがある。

 セツナはディスプレイを右手の指で操作し、ライトの項目をオンにする。

 途端に端末から光が生じ、懐中電灯代わりとなる。


「これで良し」


 前方を照らすため左腕を掲げることで左手が使えなくなるが、別に見て回るだけならば問題は無い。


「――いろんな物があるなぁ」


 棚や床に人形や箱など、様々なものが置かれている。

 学校の社会の授業などで見たようなものばかりだ。

 個人的に惹かれる物は無いが、今の時代珍しいものばかりで、


「写真撮って学校のみんなに見せようかな……」


 夏休み前、イギリスに行く事を友達に話したら、お土産と写真をよろしくー! と言われたので、風景写真などは撮っていたが、こういうのはまだ撮った事が無い。

 端末を操作し、カメラモードを起動したセツナは、少しでも興味を持ったものを撮影していく。

 一通り、撮影し終え、部屋の置くまで行ったセツナは月明かりを背に、今撮った写真をディスプレイに表示する。


「……うーん、やっぱり暗いと微妙だな……」


 照明をつけながら撮ったが、何か感じが悪い。とは言え、昼間でもあまり後ろの窓しか光を取り入れる場所が無いのであれば、あまり変わり映えはしないだろう。


「しょうがないか……ふぁぁー……、ちょっと眠くなってきたなー……シャワー浴びて寝ちゃおう……」


 欠伸で眠気を自覚したセツナは二階へ戻ろうと、今まで撮ってきた物の前を横切った。


「――あれ?」


 ふと、セツナは違和感を感じた。

 それは左の棚の上。小さな箱が開いていて、その中に小さなクリスタルが収納されていたのだ。


「こんな物、さっきあったっけ……?」


 箱自体は先程も見た、気がする。だが、開いてはいなかったはずだ。

 不気味だ、とセツナは恐怖心が湧き上がったが、それよりもクリスタルへの興味が勝った。


「綺麗……」


 セツナが箱からクリスタルを取り出すと、クリスタルはいっそう輝きを強くしたように見えた。

 クリスタルは中央部分と外側の部分が違う輝きを持っていた。

 彼女はクリスタルを部屋の奥――窓側に向け、


「これ、月の光を反射してるのかな?」


 そう思い、窓側に行こうとした、その時だった。

 バリバリバリッ――と、轟音が鳴り響き、天井の一部が崩れたと同時、セツナの目の前に、()()が降り立った。


「きゃっ!?」


 衝撃でセツナは尻餅をついてしまう


「な、何……?」


 目を開けると、そこには天井から落ちた木材と、そして異形の影がこちらを見ていた。

 それは、正真正銘の――怪物だった。一瞬、犬かと見間違えた四足歩行の怪物は、じろじろとセツナを眺めていたが、やがてその視線は彼女の右手にある物を捉えた。

 瞬間、怪物が吼えた。広げられた怪物の口に黒の光が集まっていく。

 数秒も経たないうちに怪物の口から放たれた黒い光は、セツナの肩をかすめる。


「痛っ……!?」


 見れば、かすれた箇所の服が切れ、血がにじみ出ている。

 逃げなきゃ……!

 そう思うが、腰が抜けてしまったのか、立ち上がれない。

 そんな様子のセツナをかまうことなく、怪物は第二射を放とうとする。

 あれに当たったら痛いでは済まない。

 なんでこんな、と唐突に訪れた非日常に疑問を思った時、第二射が放たれた。


「いや!」


 恐怖から手で顔を覆ったセツナは、しかし、数秒経っても何も起こらない事に気がついた。

 恐る恐る、目を開けると目の前に手に持っていたはずのクリスタルが浮かんでいる。

 それだけではない。

 第二射が防がれた怪物がさらに放った攻撃を、クリスタルが弾いているのだ。

 

「い、今のうちに……」


 なんとか立ち上がろうとするセツナ。

 彼女は気づいていなかった。何度も攻撃に晒されているクリスタルに、ひびが入っていることに。

 そして、セツナが立ち上がった、その瞬間。

 パリンッと。クリスタルが砕け散った。


「――あっ……!?」


 砕け散る衝撃で加速したクリスタルの欠片のうちの一つが、セツナの胸に飛び込んできた。

 鋭い水晶片が加速した場合、どうなるか。

 欠片は容易に服を貫通し、セツナの肌を突き破り、心臓近くまで入り込む。

 痛みと衝撃に訳がわからないまま、セツナの意識が薄れていく。

 視界の中、先程の怪物は既にいなかった。

 そして、セツナの意識は完全に暗闇に落ちていった。










 ――これが、後にとある者達の間で『英国魔晶事変』と呼称される一ヶ月間の事件の、最初の夜だった。

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