表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
95/290

第八十三話 聖徳寺での会見 完結篇

これで聖徳寺での会見も終わりです。





『美濃の姫その伍』



前回からの続きになります。



四年前、あの熱田の祭りでチンピラに絡まれていた私を助けてくれた白馬の王子様は美濃の斎藤山城守の嫡男新九郎様でした。


以前助けてもらった時は、まだ若侍という感じでしたが、四年を経た今は精悍さが滲み出て、正に武将と言った感じの貫禄を感じます。

史実でも彼が存命の間、信長は美濃を落とすことが出来なかった程の将器を持ち、もし病没しなければ信長の後の飛躍は無く、尾張の一大名で終わったかもしれません。


私の兄の信広も同世代ですが、新九郎様程の貫禄はありません。

まあ、このあたりは大きさからくる存在感というのもあるのかもしれませんが…。


ここでテレビドラマなら感動の再会とばかりにがっちり抱擁と相成るのでしょうが、この時代、供回りも見ている中でそんなことが起きるはずもなく、これで二度と会うことも叶わぬかもしれないのが戦国乱世の世なれば、せめて目に焼き付けることだけが出来ることでしょうか。


新九郎様を見つめながら、そんな思いが頭を過っていると、加藤殿に案内されて平手殿がやってきました。


「姫様、ここに居られましたか、備後守様がお呼びですぞ」


そう声を掛け、すぐに新九郎様の存在に気付きます。


「あなたは、山城守殿のご嫡男でございますな。

 それがしは織田弾正忠家家老、平手五郎左衛門と申す。


 姫様に何か御用でございましたか?」


これは私が答えなければと思い、私が代わりに答えます。


「平手殿、新九郎様は以前熱田の祭りに遊びに行った折、供の者とはぐれ難儀していた所、助けて頂いた事があったのです。

 その御礼を、今したところなのです」


平手殿はそれを聞き驚きます。

 

「なんとそのような事が」


そして、新九郎様に向き直ると改めてお礼を言いました。


「我が姫様の難儀を助けて頂き有難うございます。

 主、備後守様に成り代わり、私の方から御礼申し上げます」

 

すると、新九郎様は少し苦笑いをした後、微笑むと答えます。


「なに、楽しき場を乱す不埒者がおったので、追い払ったまでのこと。

 礼をされるほどのことはござらぬよ。

 

 それより、妹のこと、宜しくお頼み申す」

 

そう言うと、平手殿に目礼したのでした。


そして、私の方を向きます。


「弾正忠殿の姫君、今日は会えて良かった。

 また縁があれば会うこともあるだろう。

 息災でな」


爽やかな笑顔でこう告げると白馬の王子様は去っていったのでした。


私は去りゆく背中に声をかけることも出来ず、ただ見つめていたのでした。



暫しして、平手殿が声を掛けます。


「では、備後守様のもとに参りましょう」


「はい」


そうして、元の控えの間に戻りました。


「父上、戻りました」


「うむ、すまなかったな。

 五郎左衛門と話をして、ある程度考えがまとまったところだ」

 

そう言うと、先ほどの場所に座るように手招きします。


また三人で座ると、まず平手殿が先ほどの報告をします。


「備後守様、先ほど姫様が山城守殿のご嫡男、新九郎様と会っておいででした。

 聞けば、以前熱田の祭りに行った折、供とはぐれて難儀されておった所をたすけられたとの事で、礼を言われていたのだと」

 

「おお、あの折の話か。

 供の者から報告を受けておる。

 祭りではぐれ、その時にしかるべき家中の若様と思しき方に、助けて頂いたと。

 その者は、大したことはしておらぬと、名も名乗らず供のものと去っていったと言っておったのだが、まさか山城守殿のご嫡男とはな。

 一度目の加納口の戦いのあった年の事ゆえ、伊勢辺りの国人の子息かと思っておったわ」


「備後守様はご存知だったのですか。

 まさか、あの年にそんなことがあったとは、ついぞ知りませんでした」


「ははは、その様な些事を他所で話すわけもなかろう、知らずとしても当然の事。

 五郎左衛門は吉のこととなると、いつも大げさよな」

 

そう言うと、また笑いだします。


平手殿はバツが悪そうにボヤきます。


「備後守様、理由はご存知でしょうに。意地の悪い…」


それを聞き、父は更に笑います。


「ふはははは。

 はあ、すまんすまん。

 笑って悪かった。許せ」

 

平手殿は笑われてちょっと不機嫌そうです。


父は話題を戻して話し出します。


「さて、先ほど五郎左衛門と話した事。

 つまり、山城守殿の姫の事だ。

 

 本音を申せば、勘十郎に輿入れはさせたくない。

 よくよく考えれば、結局のところ先に話しておった危惧が残る。

 それに、それだけの姫を貰い無駄に飼い殺すのは正直惜しい。

 井伊の話が無ければ信広に輿入れさせたろう。

 

 それ故だ。この事は、絶対に内密にし、他で話すことは罷り成らぬ」


そこまで言うと、手をパンパンと叩いて、供を呼び寄せると、人払いを命じる。

そして、ややして静かになると、父はひそひそと話をしだす。

そんな大事な話なら、私に話さなくとも良いのに、という気もするのですが…。


「さて、話とはこうだ。


 山城守の姫は先の話の通り、勘十郎に輿入れさせる。


 前々から話していたとおり、勘十郎は元服後正式に那古野を任せる。

 その上で、帰蝶姫を輿入れさせ、二、三年様子を見る事といたす。

 

 問題なく城主としての務めを果たし、嫡男として問題が無ければ、特に言うことは無い。

 然るべき時が来たら、儂は隠居し、勘十郎に家督を譲る」


そこで一先ず話を切り、私と平手殿の顔を見ます。


そしてまた話を続けます。


「しかし、儂の後継者として相応しくなければ、廃嫡致し、帰蝶姫は離縁させる。

 その上で、信広を後継者として、帰蝶姫も側室として信広に再度輿入れさせる。

 

 山城守殿も儂の後継者となった信広の側室であれば文句はなかろう。

 

 そして、吉よ、この話は吉にとっても他人事では無いのだ」


そう言うと、父は私の事をジッと見つめます。

私は何処かへ輿入れする身。

身内の話ではありますが、蚊帳の外の筈。違うのですか…。


「信広の子には安祥に別家、安祥織田を立ててもらう。

 つまり、信広の子は弾正忠家は継がぬのだ。

 信広は庶流故、如何に優れておろうと、これは致し方なきことなのだ。

 

 吉よ、弾正忠家の跡を継ぐのは吉の子なのだ。

 吉には、然るべき相手を婿に取る。

 かと言って、その婿にこの弾正忠家を任すわけには行かぬ。

 故に、婿は当家や尾張に野心のある家の者ではだめだ。

 つまり、身分卑しからざる、京の公卿の非嫡子を婿に迎える。

 それならば家格も問題にならぬからな。

 その上、京の公卿に強い伝手も出来る。

 これからの弾正忠家にはそういう伝手も必要であろうからな。

 

 これが、儂が一先ず五郎左衛門と相談して考えた策だ。

 勿論、この通りに行かぬ場合もあるだろう。

 戦国乱世、何が起きるかわからぬ故な。

 

 例えば、儂が勘十郎の様子を見ている間に急死したらどうなるか。

 

 恐らく、家中は割れ、信広と勘十郎の間で戦になろう。

 信広は人望を集めて居るようだが、生まれというのは想像以上に物を言うのだ。

 古くからこの尾張に根を張っておる国人共は信広には味方するまい。

 

 例え勘十郎が暗愚であろうと、勘十郎に味方するであろう。

 

 そうなれば、もはや儂の皮算用など消し飛ぶわ。

 吉ももはや古渡はおろか尾張の何処でも安穏と暮らすことは出来まい。

 

 まず間違いなく、勘十郎に味方する者らが殺しに来る。

 吉は分かっておらぬ様だが、この尾張での吉の影響力は決して小さなものではない。

 もしかすると吉を旗印に担ぐ者らが現れぬとも限らぬからな。

 何故なら嫡流の姫ゆえ後に吉に婿を取り、その子を後継者とすれば筋は通る故、姫であっても放っておいてはくれぬのだ。

 

 そして兄弟、身内で殺し合うという儂が最も心を砕き避けてきた事態となるであろう。

 

 故に、吉よ。父の話は話として、備えねばならぬ。

 父はいつまでも生きては居らぬ。

 長く生きておればよいが、万が一の事を考えておくのだ。

 

 吉は聡明故、父に言われずとももう備えて居るのかも知れぬが、肝に銘じよ」


そう言うと、父はジッと私の顔を見つめ頷いたのです。

私も、それは百も承知ですから、同じく頷き返したのでした。


「父上、しっかりと肝に銘じます。


 しかし、父上、いかなる時であれ生きることを諦めては駄目ですよ。

 父上の背中には大勢の思いが詰まっているのです。

 永く息災に生きて、生き抜いて、どうぞ本懐を遂げてください」


そう言うと私は父に願いを込めて平伏したのでした。


父はそれを聞き声をつまらせると、何度も頷いたのでした。


それをただ黙って聞いていた平手殿も鼻をすすります。

そして、努めて明るく声を掛けたのです。


「さて、備後守様、姫様、再び帰蝶姫と会見しましょう。

 姫も返事を聞いて帰りたいでしょう」


「そうですね。

 新九郎様も妹の事をよろしく頼みますと言ってました」


「うむ。では参ろう」


そう言うと、使いを出し、また会見の場に場所を移しました。



会見の間で再び席に着き、帰蝶姫の到着を待ちます。

そして、ややするとまた先の会見の時のように、到着を知らせる声が聞こえてきます。


「斎藤山城守様、息女帰蝶姫到着に御座います」


再び、粛々と侍女を従え、正装の帰蝶姫がやってきました。


そしてまた、見事な作法で座ります。

その後ろには、侍女と先ほどの明智殿と、堀田殿の二人が座ります。


「備後守様、お呼びと聞きましたが、先ほどの返事を頂けるのでしょうか」


凛とした感じで、帰蝶姫が話します。


父は帰蝶姫に対し静かに返答します。


「うむ。


 帰蝶姫との婚儀、進めさせて頂くことと致した。

 我が息をよろしく頼む。

 

 後の話は、そちらの堀田殿と、こちらの平手の方で進めさせていただく。

 

 本日は、お会いできて良かった」


それを聞き、帰蝶姫は特に表情を変えることも無く、言葉を返します。


「備後守様のお目に叶ったようで何よりに御座います。

 それでは、次は尾張にてお会いしましょう」

 

そう言うと、帰蝶姫は静かに立ち上がり、静々と会見の間を後にしたのでした。


新九郎様の話だと、本来はもっと快活な人の筈。

この度の輿入れは本意では無いのでしょうか。


兎も角、これで後は数日後に迫る勘十郎の元服の儀を待つばかりです。





帰蝶姫との対面は無事終了しました。

新たな出会いあり、懐かしい人との再会あり、重たい話あり。

吉姫もいつまでも子供ではいられないようです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ