第八十二話 聖徳寺での会見 後篇
聖徳寺での会見の続きになります。
『美濃の姫その四』
前回からの続きになります。
明智殿に案内されて境内の一角に移動します。
するとそこは庭園風になっている所で、そこに宿屋の窓から見かけた黒い素襖を着た大柄の武士が数名の供と共に佇んでました。
明智殿が来訪を告げます。
「新九郎様、備後様のご息女、吉姫様をお連れしました」
それを聞き、大柄の男性が振り向きます。
大柄と言っても巨漢というわけでもなく、普通にノッポの人です。とは言え、鍛え抜かれた身体は袖の隙間から見える腕を見てもひと目で分かりますし、胸板も厚そうです。
そして回りの供の武士より頭一つ抜けてます…。
平成の世の著名人で言うと、某イラン系の人気野球選手の様な。
精悍な感じで、やっぱりカッコイイです。
確かこの人は半介さんと同い年の筈ですから、今年で二十二歳の筈。平成だと大学出たてという感じですね。
初めてあったのは加納口の年ですから天文十三年。
四年前になりますから、あの時で平成だと高校卒業の頃だったのでしょう。
すでに、あの時でも随分ノッポでしたし、平成の感覚でもノッポですから、平成に生まれていたらバスケやバレーの主力選手やってそうですね。
そんな妄想を頭のなかで膨らませていたら、声を掛けられます。
「やはり、そなただったか。
四年前、熱田の祭りに遊びに行った折、良家の娘に絡んでいた酔っ払いを追い払った。
程なく供の者が来て、話せば古渡の屋敷の姫だという。
古渡の屋敷の姫といえば、弾正忠殿の息女であろうと思い当たった故、あの折はそのまま帰ったのだ。
弾正忠殿と言えば、丁度その年加納口で戦をしたばかり。
俺は当時元服前故、家は無関係と熱田に遊びに来ておったのだが、流石にその弾正忠殿の家中の者と関わるのは拙かった故な。
…あの時より、更に美しくなられましたな」
新九郎様は優しく微笑みかけます。
「あの折は、助けていただいて有難うございました。
もし、あの場で助けて頂けなければ、ここに居なかったかもしれません。
私の方は、何処かの家中の若君だろうという事しかわからなかったのですが、あのときの事を忘れたことはありません。
いつかまたお会いしてお礼を言いたいとずっと思ってました。
それが美濃の斎藤山城守様のご嫡男で、ここでまた出会えるとは想像もしませんでした。
やっとお礼が言えました」
新九郎様に精一杯の笑顔を送ります。
新九郎様はそれを見てちょっとはにかむと、視線を庭の方に向けます。
「戻ってその時の事を思い起こせば、初めてあの時、そなたを見て、何か感じる物があったのだ。それが何かはわからぬが。
俺も、ずっとそなたとまた会ってみたいと思っていた。
しかし落ち着いて考えれば、武家の嫡男故、誰彼と気になるからと好きに会えるわけもない。
ましてや、戦を繰り返しておる織田の娘だ。
考えてみれば、弾正忠殿の家中の者ではあったろうが、古渡には家臣らの屋敷もある故な、弾正忠殿の息女であるという確証は無かった。
故に、縁があればまた会うこともあろうと思うことにしたのだ。
そんなある日、元々は美濃で修行し京に行っておった高名な僧が弾正忠殿に招かれ、尾張の稲葉地城の側にある寺に行き、そこで子らに学問を教えておるという話をきいた。
更には、その寺では弾正忠殿の息女が書物などを読み解いて聞かせているという。
そこで、この十兵衛に頼み寺に見に行ってもらったのだ。
すると、歳にしては背が高い美しい姫君が確かに話を聞かせているという。
その話を聞き、俺はやはりあの時の娘は弾正忠殿の息女なのではないかと思った。
しかし、織田方とは先の加納口の戦いでは手痛い負け戦の上、険悪な関係。
俺は、もはや会うことは叶うまいと、諦めておったのだ。
十兵衛はその後も何度かその寺に行き、話を聞いて帰っては俺にその話をしてくれた。
美しくも歳の頃に見合わぬ聡明な姫だとしきりに褒めていたぞ」
そう言うと新九郎様は笑います。
明智殿はその話をされて顔を赤くして誤魔化し笑いをします。
なるほど、寺に何度も来たのはそういう理由もあったのですね。
「そのようなことがあったのですね…」
私も気恥ずかしくて穴があったら入りたい気分です。
「その後、二度目の加納口の戦で我らはまた負け、更には裏をかいた筈の大垣でも負けた。
備後守殿は余程の戦上手なのか、聞けば三河でも勝ち戦に次ぐ勝ち戦で、此度もまた勝ち、遠江まで勢力を伸ばしたそうだな。
それで、我が父は和議を申し込むことにしたと言うわけだ。
妹の帰蝶を半ば人質として輿入れさせ、同盟も結ぶ。
今攻められればもはや我が斎藤家は保てるかどうか分からぬ。
そんな有様で、和議が入れられるとは思えなんだが、堀田殿が上手く話をまとめたのか、和議がなり、帰蝶の輿入れの話も進むことになった。
すると、何故か備後殿が我が妹の輿入れ話を進める前、一度対面したいという。
俺は、我が妹の噂が備後殿の耳に迄届いていたのかと思ったが、実はそういう話でもないという。
我が妹は、幼少より山猿の如き活発な姫でな、野山を駆け回るだけでは飽き足らず、侍女たちを引き連れ馬を乗り回し、武芸に励み、さながら男子の如き有様故、うつけの姫などと陰口を叩かれる有様なのだ。
かと言って、姫としての修行もしっかり積んでおり、申し分ない。更には、書物もよく読みよく学んでおる。
男なれば、知勇兼備の良き将となったろうと言うのは我が父の評だ。
しかも、兄だから言うわけではないが、心根は優しく器量も良い。
聡明で器量良しという話も本当なのだ」
新九郎様は妹の話をしだすと、これがもう熱心に妹の話をします。
妹思いの兄だというのは本当なのでしょうね。
「私もさっき対面の場に居りましたから、お会いしましたよ。
確かに、前評判に違わぬ聡明で器量の良いお方でした。
我が父も褒めておりましたよ」
それを聞き、新九郎様が我が意を得たりという表情で微笑みます。
「おお、そうであろうそうであろう。
やはり、備後殿は人を見る目をお持ちだ」
そうして、何度も頷きます。
そして、唐突にハッと何かに気がついてまた話し出します。
「す、すまぬ。
妹の話を始めたら夢中になってしまった。
歳の離れた妹であるが、俺にとっては可愛い妹でな。
本当は尾張に輿入れなど認めたくないのだが…。
あっ、済まぬ。また余計なことを……」
「わかりますよ。
私も同じ姫ですから…。
他国に嫁ぐのは不安です。
ですが、それもまた武家に生まれた娘の役目ですから…」
それを聞き、新九郎様はなんとも言えない表情になります。
「う、うむ…。
そうだな、武家に生まれた以上、結婚もまた家のためだ…」
そこまで話して、表情をつとめて明るくすると、話題を変えます。
「弾正忠殿との対面に妹が行く事になり、本当は堀田殿とこの十兵衛の三人に供回りのものを連れて行く予定であったのだが、俺も妹を行かせるのが不安でな、妹は来なくていいというのだが、無理を言ってついてきたのだ。
それが表向きの理由ではあるのだが、普通に考えればありえない話ではあるのだが、何となくそなたに会えるような気がしてな。
虫の知らせというやつか。
来てみたら、十兵衛が姫君が来てると知らせてくれてな。
それで、こうして今またそなたに会えたというわけだ。
随分、遠回りしてしまったが。
また会えて嬉しいぞ」
「私もです、新九郎様…」
こうして、私は白馬の王子様と再会を果たしたのです。
続く。
終わりませんでした。
次で終わりになります。