第八十一話 聖徳寺での会見 中篇
聖徳寺での会見の続きになります。
『美濃の姫その参』
前回からの続きになります。
ところが、滝川殿がそれを見て、前に出て注意しました。
「貴殿は斎藤の家臣であろう。
弾正忠家の姫君に直言致すは失礼では御座らぬか」
それを聞き明智殿が滝川殿にも微笑みかけます。
「貴殿は確か滝川殿でしたね。
これは失礼仕りました。
実はそれがし、貴殿と吉姫様に以前お会いしたことがあるのですよ。
それで、つい気安く声を掛けてしまいました」
「拙者と会ったことがあると?
はて、何処でお会いしましたか」
滝川殿はすっかり、明智殿のペースです。
それに、私も気になります。
明智殿と一体何処でお会いしたのでしょう。
「はい。
それがし、今の主君である山城守様にお仕えする前、凌雲寺に快川和尚や吉姫様のお話を拝聴しに何度か行ったことがあるのです。
その折に、滝川殿もお見かけしておりました。
お声をお掛けすることはしませんでしたが、一度お話したいと願っておりました」
なんと、そんなことが…。お話したいと思っていたと言うことは、話したことは無いのでしょう。
うーん、色んな人が来てるから居たかどうかわからない…。
でも、いても不思議ではないかな…。
「凌雲寺でご一緒でござったか…。
しかし、それでも礼を失していることには変わりござらぬぞ」
それを聞き、明智殿は少々困った顔をして私の方をちらりと見ます。
「滝川殿、実は私もこの明智殿とちょっとお話をしたいと思っていたのですよ。
それが、丁度ここでお会い出来ました。
ここで立ち話するだけですから、構わないでしょう?」
「…、姫様がそう仰るなら。
では、拙者らはこちらで控えておりまする」
そう言うと、千代女さんと少し下がった位置で待っていてくれます。
そしてちらりと視線を走らせると、さり気なく加藤殿が立ってこちらを見てますね。
いつもご苦労様です。
「さて、十兵衛殿。
私と話したいことと言うのはどんな事でしょうか?」
明智殿がキラリと歯を輝かせると、嬉しそうに話し出します。
「それがしの願いを聞き届けてくださり、有難うございます。
さて、既に和議はなり、これからは同盟を結ぶ間柄ですので、ご本人に聞いてみたかったのです。
それがしは、以前吉姫様の講義を何度か拝聴したことがあります。
それで思ったのですが、美濃での戦で備後様が用いられた策は、全て吉姫様の策ではありませんか?
釣り野伏に、十面埋伏の計。まんまとしてやられました。
あの山城守様が地団駄踏んで悔しがって居りましたよ。
敵なれば、実に恐るべき相手。
しかし、これからは、お味方ですから、実に心強い
そのことだけでもこの和議は価値があると、それがしは思っているのです」
そう言うと、また微笑みます。
この人は、イケメンですが更に笑顔が似合いますね。
この笑顔だけで引き込まれるような、そんな不思議な魅力があります。
さて、なんと答えたものか…。
「ふふふ。
とんだ買いかぶりですよ。
私は確かに寺で様々な策の講義をしました。
しかし、私は一度も戦など出たことがありませんから、全ては文献から読み解いた机上の空論に過ぎません。
それを実現してみせる将兵達が優れているのであって、私は単なる本好きの姫でしかありません。
ですが、私もこの度の斎藤家との和議と同盟は価値があると思っておりますよ。
これで山城守様と戦をしなくて済みますから」
そう言うと、お返しとばかりに微笑み返します。
すると、なんということでしょう。
明智殿が一瞬驚いたような表情を見せると今度ははにかんでいるではありませんか…。
私ごときに照れるとは、よほど女性に恵まれていないのか…。
明智殿は照れ笑いをします。
「ははは。
姫様は実に奥ゆかしい。
そして、やはり聡明な方だ。
この十兵衛、いつか姫様にお仕えしましょう。
それがいつかは分かりませんが、そんな日が来るような気がするのです」
真顔でそう言うとその場で平伏します。
私はなにこれ口説いてるのと頭がパニックですが、慌てて立ってもらいます。
しかし、こういうキザなセリフがサラリと出て嫌味にならないのが正にイケメンのイケメンたる証。
自由恋愛が認められる世ならコロリといってしまいそうです。
嫌な視線を背後で感じてとっさに振り返ると、千代女さんがジト目で見つめてます。
私は見なかったことにして、明智殿に向き直ります。
「お気持ちだけ有難く頂いておきます。
私はいずれ何処かへ輿入れして行く身ですから、十兵衛殿とお会いするのもこれで最後かもしれませんし。
しかし、十兵衛殿と少しですがお話できて楽しかったですよ」
そう話すと顔が自然に微笑みます。
歴女的にはすごいご褒美です。
何と言っても、あの明智光秀と直に話すなんて、どれだけラッキーなのでしょう。
思わず心のなかで叫んでしまいました。
明智殿はちらりと滝川殿に目で合図すると本題を話します。
「吉姫様、お話付き合って頂きまして有難うございます。
それで…、姫様。
実は姫様にお声をお掛けしたのは別の用件があったからなのです。
またとない機会ゆえ、便乗させて頂いたのですが、こちらが本件になります」
何となく、そんな気がしてましたが、やはりそう来ましたか。
さり気なく滝川殿と千代女さんが背後に着きます。
「吉姫様、主君山城守様のご嫡男、新九郎様が姫様と会って少しお話したいと申しております。
なんでも、新九郎様は姫様と以前お会いしたことがあると仰っていますが、如何でしょうか」
滝川殿が半ば呆れまじりに思わず声を上げます。
「なんと、姫様は斎藤のご嫡男ともお会いしたことがあるのですか」
「ええ、まだ私が今より小さかった頃ですが、多分私は新九郎様とお会いしています。
私も、新九郎様にお会いしたいです」
そう、あの時は圧倒されるばかりで、しっかりとお礼も言えてなかったのです。
「では、姫様、こちらへどうぞ」
明智殿に案内されて、私達一行は新九郎様が待っている所へ向かったのでした。
続く。
さて、出てきました新九郎。
第十話以来、実に五年ぶりの再会となります。