第八十話 聖徳寺での会見 前篇
聖徳寺での斎藤の姫との対面です。
2/20 ちょっと修正しました。
『美濃の姫その弐』
天文十七年二月上旬、斎藤利政殿の娘に対面するため聖徳寺に向かいます。
そう言えば、父と一緒に出かけるのは祖父との対面以来でしょうか。
この時代では普通なのかもしれませんが、今生で二度目という。
平成の世では考えられない話です。
しかも、輿入れする際は娘側の縁者は父も含め来ない仕来りですから、下手するとこれで最後なんてことも有り得そうで…。
閑話休題、この日は父と相手側の担当の重臣、そして姫と会う日ですから、普段とは違います。
先ず、父がさながら戦にでも行くように、馬廻りの精鋭たちと、完全武装の足軽を五百名ほど連れて行きます。
とは言え、戦に行くわけではありませんから、父は普段着です。勿論、現地では着替えて対面の予定です。
そして、私は今回は輿とか言うものに乗って行くらしいのですが…。
実はこれに乗るのは初めてなのです。なんだか抵抗があって、普段は頑なに歩きなので…。
しかし、父に恥をかかせるわけにも行きませんので、普段よりちょっと華やかな着物を着て、輿を待ちます。
私に同行するのは今回はいつもの小者の弥之助と滝川殿、そして加藤殿、それに侍女の千代女さんの四人です。
加藤殿は一緒には行動せず、離れたところから警護するといういつものスタイルですが、この日は側仕えの武士の格好をしてます。
輿は平手殿が用意してくるそうで…。
重臣ともあろう方が何故輿の用意を…。
出立予定の時間が近くなると、平手殿が訪ねてきます。
久しぶりに会いましたが、以前に比べると格段にお元気そうですね。
「備後様、参りましょうか」
「監物、出迎えご苦労。
では参ると致すか」
「姫様、お久しぶりにございます。
この平手、姫様とまたお会いするのを楽しみにしておりましたぞ。
裳着の儀の頃より、更に大きゅうなられましたな。
ささ、こちらの輿へどうぞ」
「平手殿、お世話になります。
輿に乗るのは初めてですのでお手柔らかにお願いします…」
それを聞き、平手殿は目を点にする。
そして、静かに笑う。
「ご安心召されよ。
馬に乗るのに比べれば随分楽にございます」
平手殿にエスコートされて輿に乗ります。
そして座に座ると左右のマッチョ達が掛け声と共にフワリと持ち上げます。
このふわふわ感が実は嫌いで輿にこれまで乗らなかったのですが、やっぱりこの感触は好きになれません。
とは言え、そんなことも言ってられませんので我慢します。
荷物持ちの小者など含め、総勢千人近い人数で寺へ向かいました。
実は、待ち合わせの時間よりもひと足早く寺について、門前町の宿屋の二階から美濃の姫達がどんな感じで来るのか、見てみようと言う話になっているのです。
父が言いだした事らしいのですが、ここまで史実通りになるものなのでしょうか。
さて、現地につくと準備を済ませ、美濃の姫の一行がやってくるのを待ちます。
暫くすると、待ち合わせの時間に併せて美濃の方から美濃の一行らしい集団がやってきます。
先頭に凛々しい若武者、その次に馬廻りらしき騎馬武者達、そして。
既に何度か稲葉山城に出向いている平手殿が解説をします。
「先頭の若武者は、確か明智十兵衛とかいう若武者ですな。
利政殿の側仕えをしておる者です」
ほほう、あれがあの有名な明智光秀ですか…。
いつか私を殺しに来るのですね…。なんて。
その次に父くらいの年齢の武士が来ます。
「あの方が、堀田正道殿にございます」
所謂堀田道空殿ですね。
そしてその向こうから、また騎馬がやってきます。
所謂袴姿で馬に乗ってやってきたのはよく見ると女性ですね。
ポニーテールを揺らせながら、なれた感じで馬に乗り、前を見据えて進んでいきます。
腰には大小を差してますね。
後ろに続く二十騎程の騎馬も皆女性で全員薙刀を持ってます。
父も平手殿もポカーンとした感じで、通り過ぎるのを眺めています。
「あの騎馬の先頭の方が、利政殿の姫にございます…」
「なんと。
これから輿入れ先の相手の当主と会うというに、あの様な出で立ちで来るとは。
誰が見ておるかわからぬと言うのに、利政殿の姫はうつけなのか?」
「…山育ちの活発な姫にございます…」
平手殿は知っていたようです…。
「利政殿の姫というと、聡明で器量良しと聞きますが、違うのですか?」
「いえ、聡明で器量良しなのは間違いございません。
よく利政殿が、姫が男なれば優れた武将となれたのにと話しております」
「と言うことは、武芸の方も?」
「はい、剣術は勿論、馬術、薙刀、槍、弓術一通りはこなすそうにございます」
「なんともはや。
しかし、だとしても武家の姫なれば、普段ならいざしらず、輿に乗って来るのが作法であろうに…。
利政殿は我らを愚弄して居るのか?」
「い、いえ、決してその様な事は無いかと。
此度の和議は斎藤にとっては死活問題にございます」
「ふむ。
ならばあの姫の独断と言うことか」
そんな父と平手殿の会話を聞きながら、斎藤方が通り過ぎるのを見ていると、最後尾の方から馬に乗った大きな若武者と供の武士達が通り過ぎていきます。
平手殿の裾を思わず引っ張って、窓の外を指差します。
平手殿は話の途中で引っ張られて驚きましたが、すぐに私の意図を察して、窓の外を見てみます。
「あの方は、ご嫡男の義龍殿にござります。
大層、妹思いのお方故、付いてこられたのでしょう」
それを聞き、父も急いで窓の外を見ます。
既に通り過ぎ後ろ姿ですが、父が驚きます。
「噂には聞いておったが、随分と大きな御仁よな」
「はい、六尺殿などと渾名されておりますよ」
「はっはっは、六尺殿か。確かにそのくらいありそうだ」
あの人は…、一度会ったことがあるような?
「ともかく、我々も参りませんと」
「うむ。そうだな。
美濃の姫があの出で立ちなら、我らもこのままで良かろう」
んんん?
どっかで聞いたフレーズ…。
頭の中でピッコーンと閃きました。
これは、このまま行くと恥をかくパターンです。
「父上、相手がどうであれ、私達は作法に乗っ取るのが筋かと思います」
平手殿が何か言おうとした所を遮って私が父に提案しました。
「ん?
ふーむ。そうか。吉の言うとおりやも知れぬ。
平手、我らは正装に着替えていくぞ」
「はっ。
そのほうが宜しいかと」
折り目正しい平手殿もそう云うつもりだったようです。
その後、私達の控えの間に移動すると、しっかりとした正装に着替え、会見の場に向かいます。
まだ斎藤側は着ておらず、私達のほうが先に用意された席に着きます。
父や平手殿はこういう場も慣れているのか、どっしりと構えてますが、私はなんだか緊張で胃がよじれそうです。
前世では商談で見知らぬ人に会うのが仕事の様なものだったのですが…。
暫くすると、到着を知らせる声が聞こえてきます。
「斎藤山城守様、息女帰蝶姫到着に御座います」
静々と侍女を従え、正装に着替えた帰蝶姫がやってきます。
そして、私達の前に隙のない作法で座ります。
その後ろには、侍女と、先ほどの明智殿、それに堀田殿の三人です。
「斎藤山城守が娘、帰蝶にございます」
こう間近で見ると、確かに美人で頭が良さそうです。
しかし、じっと父を見据える目がちょっと怖いです…。
「織田備後守信秀である」
そう言うと、今度は堀田殿の方に。
「この度は、会見の申し入れに応じてくれて忝ない。
正式な婚約の前に噂に聞く美濃の姫をひと目見ておきたくてな」
と、あけっぴろげなことを言います。
これは、父流の場をほぐして話しやすくするという話術だと思うのですが。
堀田殿の回答を待たず帰蝶姫が答えます。
「…して、備後守様の目に私は叶いまして?」
うわ、クールビューティーなのか、また直球ストレートな返事です…。
父はそれを聞き目が一瞬点になるが、笑い出す。
「ふはは。
これは中々、気の強い姫よな」
そう言うと父は今回の和議の交渉相手の堀田殿を見やります。
堀田殿は脂汗をタラタラという感じで、この人はまともそうです…。
明智殿はというと、涼しい顔をしてますね…。
正直、私は弟の事を実のところよく知らないので、こう云うタイプの女性が合うのかどうかは判りません。
何れにせよ、ほぼ単身で敵地にやってくる訳ですから、彼女を活かすも殺すも勘十郎次第なのでしょう。
父の言葉に今度は帰蝶姫が品よく笑います。
「先ほど、門前町の宿屋の二階から見ておいでだったでしょう。
それも含めて私ですから、よく吟味なさってくださいませ」
帰蝶姫は静かに平伏し、そして話を続けます。
「今日はもう暫くはこの寺におります。
再度の御用があれば、この者に言ってください。
それでは、私はこれで」
そう言うと、侍女たちと下がっていきました。
残されたのは明智殿と堀田殿。
明智殿はニッコリ笑うと一言。
「ご用向きはそれがしに申し付けくだされ」
堀田殿は青い顔をしながら詫びます。
「も、申し訳ござらん…。
帰蝶姫はああ云うお人にござる。
されど、心根は優しいお方にござれば…」
平手殿は呆気にとられた感じで、私の方を見ると苦笑しました。
多分、直接対面したのは初めてだったのでは…。
父はといえば、ポカーンとはしなかったが、ポカーンという感じで、帰蝶姫を見送りました。
まさか、見ていたのがバレていたとは…。
或いは、読んでいたのか…。
「と、兎も角。
一先ず、控えの間に下がるとしよう。
何れにせよ、また使いの者を明智殿に」
「はっ。ではお待ちしております」
そして、一先ず控えの間に下がったのでした。
控えの間では人払いをし、ここに居るのは父と平手殿、そして私の三人だけです。
「あの姫、只者ではない…。
利政殿が男であればと嘆くわけよ」
「誠に…。
あの姫であれば、勘十郎様と上手くやっていけますでしょうか…?」
「わからぬ…。
儂とて勘十郎の器量を把握しておる訳ではないのだ。
あの者であれば、上手くあやつの妻を勤めるやも知れぬ。
しかし、勘十郎の器量があの者に遠く及ばず、転がされるような事になれば、家を乗っ取られるやも知れぬぞ…」
「もしそうであれば、この際三郎五郎様を跡取りとなされては?
国人らも三郎五郎様を推す声が大きゅうござる。
当の三郎五郎様にまるでその気が無いので今は勘十郎様で纏まってはおりますが…。
余りにもご器量に差があれば、もし殿に万が一のことがあれば家が割れまする…」
「うむ。それは儂も常々考えておる。
蝮は蝮故な…」
父は気心の知れた平手殿との話で私の存在を完全に忘れていたようで、ハッと気がつくと話題を変えてくる。
「吉よ、済まなかったな。斯様な話を聞かせるつもりは無かった。
それで、吉よ。
斎藤の姫、どう見た」
うーん、帰蝶姫ですか…。
正直、父が危惧することがもろにハマりそうで。
信長の妻なら、問題なかったのでしょう。
勘十郎は正直どうなんでしょうね。
「噂通り、聡明で器量良し、文武両道の姫でしょうか。
妻にし、用いる器量があれば良き腹心にもなるでしょう。
姫の侍女達も良く鍛えられていて、いざ事があれば良く城を守れるでしょう。
私より一つ年下ですが、もはやあれだけの事ができるのです。
正直末恐ろしい気もしますが、活かすも殺すも嫁ぎ先次第でしょうね」
「うむ。吉もそうみるか。
堀田殿が心根は優しいと言っておったのも、事実やも知れぬ。
なれば、やはり吉の言うとおり活かすも殺すも嫁ぎ先次第か。
だが、それだけの姫なれば勘十郎とも上手くやれるやも知れぬな。
勘十郎も元服し、責任ある立場となれば、変わるやも知れぬし。
とはいえ、危惧は危惧として残るか…。
亡くなられた頼純殿の事もあるしな。
吉よ、儂はちとこの五郎左衛門と話をする。
そなたはその辺を散策してきたらどうだ」
平手殿を見ると、平手殿も頷きます。
「それでは、少し境内を散策してまいります」
そう言うと、控えの間を後にしたのでした。
滝川殿と千代女さんを伴って境内を少し歩くと、先ほどの明智殿が私を見つけ声を掛けてきました。
「吉姫様ではございませんか?」
「え?
はい、そうですが…」
「やはりそうでした。
一度お話したいと思っていたのです。
立ち話でも構いませんので、少しお話しませんか?」
そう言うと、ニカッと微笑みました。
そう、彼もまたイケメン。爽やか系のイケメンです。
イケメンに弱い私は、思わず頷いてしまったのでした…。
続く。
斎藤の姫は中々の切れ者の様です。
そして、何かが起きそうな気配?
続きます。