第七十七話 鈴木党来たる
二月になりましたので約束通り鈴木党がやって来ましした。
『鈴木氏来訪』
天文十七年二月初旬、津島湊へ鈴木氏ら一行が到着したとの報せを受けました。
早速翌日には古渡に到着する旨を父に報告すると、直ぐに会うという事になりました。
翌日、鈴木殿が父と対面します。
「鈴木殿、去年以来であるが約束通りよく参られたな。
鉄砲奉行として一族郎党も併せて召し抱える故、先ずは腰を落ち着けられよ」
鈴木殿が平伏し礼を言上します。
「ははっ、有り難き幸せに御座います。
これより、一族郎党この尾張に根を張り骨を埋める覚悟で励む所存に御座います」
「うむ。よく言うた。
具体的な処遇については、追って知らせる故、先ずは尾張に移り住みたる鈴木殿の郎党を後で人をやるのでその者に伝えて欲しい。
では、励まれよ」
そう言い残すと、父は奥へ下がっていきました。
この日も忙しいらしく、用事が済み次第那古野だそうです。
父との一先ずの到着の挨拶はこれで終わりです。
「鈴木殿、長旅お疲れ様でした」
「吉姫様、船で参りましたので長旅という程では…」
「そう言えば、鈴木殿も船をお持ちなのですね」
「ええ、雑賀荘の者は海運も営みますので、鈴木家は水軍と言うほどの物はありませんが、交易に使う船は持っております」
そうなのです、雑賀荘は山深い土地とは言え、伊賀の様に土地そのものが狭く貧しいというわけではなく、紀ノ川周辺には肥沃な土地が広がり、更には紀伊半島の山々から鉱石や木材を獲ることが出来る上、瀬戸内海と太平洋へ出られる海運に適した土地なので、鉄砲を揃えて運用出来るほどには豊かだったのです。
勿論、それはこれより十年以上先の話で、この鈴木殿の子の世代の話なのですが。
つまり、この鈴木殿を得たと言うことは、堺は勿論、土佐や九州、更には琉球迄の交易のコネも手に入れたということなのです。
流石の津島湊の商人たちも琉球までは行ってませんから。
ちなみに、琉球と言うと対明貿易で栄えてる島ですから、中国からの輸入もこれで可能になる訳です。
「おお、それは心強いですね。
一先ず弾正忠家が懇意にしている湊だと、こちらに来る時に寄ってこられた、津島湊と、熱田湊が使えると思いますので、父に便宜を頼んでくれる様、話しておきます」
「それは助かります。
そう言えば、津島で見慣れぬ船を見たのですが、あれが大橋殿が話していた唐渡の船なのですか?」
「ああ、あの船ですか。
そうですね、あの船は明で使われてるジャンクでは無いので唐渡というわけではないのですが、更に西の国で古くから使われてる船です。
薩摩の方に漂着したという南蛮船とも違いますね」
ハッと気がつくと鈴木殿の目が点になってます…。
「…しかし、姫様は色々博識で…。
大橋殿のお話だと、漢書を読まれてるとか。
ところで、我ら鈴木党にもあの船は使えるのでしょうか?」
「あの船は、今のところ父の許しを得た者だけが作っておりまた使っておりますが、鈴木殿も直ぐにとはいかないかもしれませんが、琉球や対明貿易で鈴木殿の力がお借り出来るなら、私からも言葉添しておきましょう」
鈴木殿はまた驚いた顔をします。
「ひ、姫様、姫様はどれだけ我らの事をご存知なので…?
別に秘密にして居るわけではありませぬが、琉球まで船を出してる事はあまり大っぴらにはしておりませんが…」
「薩摩まで船を出しているなら、琉球まで出しておられるのでは無いかと想像しただけなのですが、既に船を出されているなら話が早いですね。
あの津島湊にあった船を使えば、今よりずっと短い時間で琉球まで行けるでしょうね」
「そ、そうなのですか…。
そう聞かされるとあの船にのるのが楽しみです。
ぜひ、言葉添の方、お願い致します。
実のところ、鉄は雑賀荘でも作っているのですが、更に質が良い鉄となると南蛮鉄を買い付けに行く必要があります。
更には、鉄砲の火薬に使う硝石もまた博多などで買い付けておりますので…」
そうなのですね。
鉄鉱石から製鉄をしていると言うのは予想していましたが、更に良いのは輸入品ですか。
硝石は古土法か培養法を使ってると思ってたのですが、将来的は兎も角、この段階では確かに買ってくるほうが手軽かもしれません。
「ところで、以前来られたときには、尾張への移住は一族の者と相談すると話してましたが、結局どうなったのですか?」
「その事ですが、雑賀荘の鈴木党は弟に継いで来ました。
鈴木党の多くが、この度尾張に来ることになったのですが、雑賀荘にも引き続き鈴木党は残ることになります。
ですので、この度尾張にて新たに鈴木党を立てる事になります」
「わかりました。
鉄砲に関わってる人は雑賀荘には残ったのですか?」
「いえ、鈴木党という意味では、雑賀荘に残ったのは鉄砲には関わっていない者ばかりです。
元々、我が家では鉄砲はそれがしが手掛けだした物ですので」
「そうだったのですね。
では、皆が一先ずこの古渡に揃ったら、鉄砲鍛冶の人にも仕事場の話をしなければなりませんね」
「はい。そうして頂けると有難く。
そういえば、同じく姫様に呼ばれたと仰る、根来の御坊が同道されておりますよ。
後で訪ねられると仰られてました」
「そうでしたか。
それは楽しみですね。
では、今日はお疲れでしょう。
屋敷のものに一先ず落ち着く為の家に案内させますので、そちらに行ってください。
また父から人が行くと思います」
「忝ない」
「では、落ち着かれたらまたお話しましょう」
「はっ」
そう言うと、奥に行くと家の者に長屋に案内する様に頼みました。
根来寺の御坊はどんな方なのでしょうね。
会うのが楽しみです。
まだこの時期は普通の土豪で、鉄砲傭兵になるのはまだまだ先。
そこへ尾張へキーマンの一人を招聘したので、雑賀孫市は多分この世界では発生しないと思います。