表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
84/290

第七十二話 信広兄との対話

去年に引き続き、信広兄との対話です。






『兄との対話』



自室に下がると、暫くして信広兄が訪れました。

前回に続き、今回も一人です。

先ほどの宴で腹心の二人に留守を任せていると話してましたね。


兄がまた人払いをしてくれと言うので、千代女さんにお茶だけ頼むと人払いを頼みました。


二人で向かい合って座ります。

兄とは文でやり取りをしているのですが、直接会うのは去年の正月以来でしょうか。


「さて、兄上。

 直接会うのは去年以来ですが、お元気でしたか」


兄は微笑みます。


「うむ。特に変わりなく、息災であったぞ。

 吉も変わりないようだな」


 

「はい。相変わらず、この古渡にて暮らしておりますよ」


それを聞き兄は苦笑いします。


「ふっ。そういう意味で言ったのではない」


私はそれを聞き微笑んでみせます。


「さて、そういう意味とはどういう意味でしょうか。

 私と同い歳の井伊の姫との婚儀を控えた兄上?」


兄はそれを聞き困った顔をします。

単に、その顔を見たくていじってみただけなのですが。


「ふふふっ。

 解っておりますよ。兄上。

 婚儀おめでとう御座います」

 

そう言うと、深くお辞儀しました。


「ふはは。これはやられたわ。

 うむ。有難う。

 儂もこれで家族を持つことになるな」

 

「そうですね。

 家族が出来、子供が出来れば、より励まねばという気持ちが湧きましょう。

 私からのお祝いの贈り物にこれをお持ちください」

 

そう言って小冊子を渡します。


「うん?

 何々、『健康な子を授かるには』…?」


兄がページを捲りパラパラと中身を確認します。


「簡単に言いますと、子を授かりやすい法則と、子を授かるのに相応しい妻の年齢、出産時に守らねばならぬ事を書いてあります。

 妻を迎えたら夫婦でよく読んで下さい。特に出産の時の事は、身の回りの世話をする者、そして産婆に話して聞かせ守らせてください。

 そうすれば、元気な子を授かり、健康に育ちましょう」


「うむ。また戻ってじっくり読ませてもらおう。

 感謝するぞ」

 

そう言って兄は嬉しげに懐にしまい込みます。


「さて、兄上、お話とはなんでしょうか」


それを聞き、兄は改まって話し出します。


「吉よ、昨年も色々と助力してくれて感謝しておる。


 特に、農業振興策は早速流民を使って試してみたが、初年度で既に効果が出た。

 安祥周辺の広大な深田の西部外縁部を書かれておった方法で試したところ、見事乾田化がなり立派な田畑となった。

 今年はその田を使い、塩水選や正条植えとやらを試してみるつもりで居る。

 それで、結果が出れば他の村にも広めるつもりだ」

 

「上手く行きましたか。

 私の知識は本から得た知識なので、書かれた通りにやってその通りになる保証は無いので、少々心配していたのですよ。

 風土はその場所によって様々ですから、書かれていたことが正しくとも必ずそうなるとは限りませんから」


実は、私の立場では領地の村で試すことになるので、大きく試すことも出来ず、万が一の事があれば信用を失うので、西三河で色々試せる兄に先に試してもらってるのです。

安祥の周辺には広大な深田があるのですが、これがあるので平城にも関わらず、本来の安祥は堅固なのです

今の段階では無くすというのはナンセンスなのですが、西側にも広がる深田の外縁部ならば活用しても問題ないだろうと思ったのです。


正条植えの合理性は解っていますが、正直労に対してどの程度の差異が見込めるのかは試してみないとわからないですからね。


「そうだろうな。

 故に、しがらみのない流民を使って試させたのだ。

 上手く行けば新しき村が出来るし、流民にとっても悪い話ではない」


「そうですね。

 そう言えば、前に送った書物は役に立ちましたか?」

 

それを聞いて信広兄の表情が少し曇ります。

あれあれ、役に立たなかったのでしょうか…。

策とかではなく、普通に教則本だったのですが…。


「『戦いの原則』の事だな…」


ボソリと呟くように話すと、目を閉じて暫し考えます。

三河での岡崎勢との戦は勝ちだと聞いてますが、どうしたのでしょうか。


「済まぬ…。

 役立てることが出来なかった…」

 

おや、どういうことでしょう。

その割に、新しい本が欲しいと言ってましたね?


「役立てることができなかったとは…、どういう意味ですか?」


「うむ。

 儂は、勝ち重ねておった故、慢心もあったのだろう。


 あの本を受け取ったのは、今川が動くの報せを受けた頃であったか。

 戦の準備で忙しくしていてな、少ししか読んで居らなんだのだ。

 そして、父上が吉田城へ軍を進め、儂は岡崎に備えたのだが…。

 儂は、目的の原則と主導の原則しか読んで居らなんだ。

 目的は岡崎に対応することと最初から決まっておる故、儂は主導の原則に則って、こちらから動く事としたのだ。

 勘助に献策させ岡崎勢を釣りだして上和田城と連携して叩くという策を採用したのだが…。


 想定外の事が起きた。


 勘助を上和田城の信孝殿の与力に付けたのも悪かったのであろう。

 儂は川を渡ると、策通り岡崎の鼻先を抜け、更に上和田城の前を通り、吉田城へと軍を進めた。

 策では程なく岡崎が出てくるはずであった、ところが岡崎は出陣準備が整っていたにも関わらず出てこなかった。

 上和田城が攻められたという報せも無かった。

 儂は岡崎が出てくるのを待ちながら、そのまま街道に沿ってゆるゆると軍を進め、気がつけば東三河の今川方の山城があるところまで入り込んでおったのだ。

 そろそろ引き返さねばと思っておった時に、城兵も少なかった故に意に介してなかったその山城から横槍を受けたのだ。

 更には、上和田城への道を通らず、ここに直接抜ける山間の道を抜け岡崎勢が迫ってきておったのだ。

 なんとか不意に背後を突かれる事だけは避けられたが、そこからは乱戦となった。

 すぐさま上和田城に背後を突けと伝令を飛ばしておった故、なんとか持ちこたえた末に、上和田城の後詰で岡崎勢を蹴散らし、勝ちを拾ったが…。


 少なからぬ将兵を失った。


 後詰が遅れておったり、伝令が途中で討ち取られておったら、負けていたかもしれないのだ。

 儂は、勝ちはしたが、負けた気分であった」

 

なんと、そんなことになっていたのですか…。

聞く限り、策そのものは理にかなってるように思ったのですが。


「そうでしたか…」


「うむ…。

 

 そして、落ち着いてから初心に戻る気持ちで、残りの部分を読んだ。

 

 物量、節約、簡明、指揮統一の原則は問題なかったように思えた。


 しかし機動の原則。これはこちらが釣りだしたように見えて、それを上手く利用されて不利な位置まで進まされたのは我が軍勢であった。


 更に警戒の原則においては、正に慢心そのものであったのだな。岡崎からの出陣の報せは伝令が討たれて届かず、後背から別の道を通り岡崎勢が迫っている事にも気づけなかった。

 儂は、我が軍勢が通り、追撃してくるであろうと想定した道から来るとばかり思い込み、他の道から来るなどと、想像もしてなかったのだ。

 東三河は岡崎勢の庭、彼らの方が地の利がある事がわかっているにも関わらずだ」


兄は拳を握りしめ、悔しさに顔を真っ赤にしました。

私はその様を見て言葉をかけることもできなかったのです…。

 

「…そして最後の奇襲の原則、これは正に岡崎が我らに対して成功したのだ。


 結果、戦いの原則に則って居たのは、正に岡崎方であったと言うことだ。

 岡崎においても、指揮統一、分量、節約、簡明においてなんの問題も無かったろう。

 彼らは、我らの動きに備え、察知し、行動を読んで我らを行かせた。

 本来であれば、もっと早く異変に気づくべきであったのだ。

 そして、岡崎は我らを不利な地へ無意識に進ませ、呼応して居たのかはわからぬが、今川方の城があるところまで誘い込み、奇襲を受けた。

 岡崎勢は警戒を怠らず、伝令を通すこと無く、接近を気づかせること無く後背を突いた。

 なんとか完全に後背を突かれなかったのは、勝ち戦を重ねた我らの練度が勝っていたからに過ぎない」

ここまで語ると、兄は深い溜息をつきました。


「結局、広忠は儂より劣るという事はなく、そして未だ有能な家臣がいるのだ。


 もし、いつもの様に勘助や半蔵が同行しておったら、こんな事にはならなかったのかも知れぬ。

 慢心から儂は半蔵に留守居を頼み、勘助を上和田に置いてきてしまった。

 慢心が無ければ、いつもの様に二人を伴っていたろう。

 上和田の信孝殿は戦上手の有能な方故、勘助が居らずともこれまで通り、立派に岡崎勢を抑えられたろうからな」

 

なるほど…。

私はそこまで三河や三河の武将に通じてる訳でもないし、後世に残る史料や評価が常に正しいとも限らないので、わからないのですが、兄が話す通りなのでしょう。


「ですが、兄上はそれを反省し、自分を見つめ直し、相手を侮る気持ちを自ら諌めたのでしょう。

 それであれば、兄上は同じ愚を繰り返すとは思えません。

 いよいよ、今年には今川との決戦が迫り、岡崎とも何らかの決着をつけなければならないのでしょう。

 ならば失敗を活かし、今はやれることをやるのが、結果として良い結果をもたらすのではないですか?」

 

それを聞き、兄は目を丸くするが、フッと苦笑すると。


「吉の言うとおりであるな。

 歳の離れた妹に勇気づけられるとは…。

 兄としてはしっかりせねばならぬな」

 

そういうと、笑いました。


「はい。

 また本を送りますから、頑張ってください。

 今年は何と言っても家族が出来るのですから」

 

「うむ。

 そうだ、儂も家族が出来るのだ。今以上に励まねばならぬな。


 さて、長居をしたが、胸の痞えが取れた気がする。

 話を聞いてくれてすまんな。

 

 吉には本当に助けられてばかりだが、儂なれば出来ることもあるだろう。

 出来る限りのことはする故、何かあれば相談してくれ。

 

 ではな」


そういうと兄は部屋を後にしたのです。


兄が出ていくと、千代女さんが入ってきて茶碗を片付けます。


「三河は随分大変だったようですねえ…」


「そうだったみたいね…」


千代女さん、人払いって言ったのに、しっかり話し聞いてるじゃ…。




戦国時代は中々直接あったり話したりする機会が無いですから、こういう機会に話をするのでしょう。

今は電話で遠くにいても簡単に話が出来ますから、随分と便利な世の中です。


さて、反省しきりの信広ですが、今年はいよいよ正念場…。かもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ