第六十九話 天文十七年 古渡の元旦
さて、年も明けて天文十七年です。
『天文十七年正月』
波乱の天文十六年は色々なことがありましたが、年が明け天文十七年となりました。
ユリウス暦で言うところの一五四八年です。
この年は、三河の決着をつけるべく、また戦があるでしょう。
史実とは、随分変わってしまいましたので、史実ではあった戦が無かったり、起きなかった戦があったり、そういうことが起こるかもしれません。
現実に、去年は史実では無かった遠江の戦いが起きたのですから。
そんなわけで、私も数えで十五歳となりました。
史実では濃姫と結婚する年ですが、私は信長ではありませんので、弟の勘十郎に輿入れという話になってますが、どんな人なんでしょうね。
父は例年通り那古野で年始を迎えます。今日は家臣達と年始の祝をし、有力者などの挨拶を受けたりと、一日忙しく過ごすことでしょう。
私はと言いますと、これまた例年通り古渡でささやかな新年のお祝いをします。
平成の世という飽食の時代を経験していると、この時代はどれも慎ましやかに感じてしまうのですが玉に瑕ですね。
元旦の古渡の屋敷には私に挨拶の客が去年から来るようになりました。
色々やらかした結果とも言えますが…。
まず、今年最初に来たのは鍛冶屋の清兵衛さん一家です。
「姫さん、去年はお伊勢参りをさせてもらって有難うございやす。
佐吉は新年は親父と過ごすそうで、今は浜の村に帰りやした。
姫さんに今年も宜しくお願いしますと言付かってますぜ。
旋盤の方はあらかた完成しやしたので、近々お見せ出来るかと。
今年も面白い仕事を心待ちにしておりやすよ。
本年もどうぞよろしくお願いしやす」
親子三人に挨拶を受けました。
奥さんは、よく見たらお腹が膨らんでいておめでたみたいです。
「清兵衛さん、今年もよろしくお願いしますね。
子供出来たみたいで、おめでとう御座います。
出産の時は衛生に気をつけて元気な子が産まれるといいですね」
奥さんが微笑みながら返事をします
「お心遣い、有難うございます」
私もこういうときがいずれ来るのでしょうか。
新年のお祝いにお餅やお菓子、焼酎などを持たせました。
その次に来たのはいつもお世話になってる瀬戸の陶工さんです。
去年はアロマオイルの精度の高い蓋付きの小瓶を作ってもらいましたね。
勿論、醤油差しなどは今も継続して作ってもらってます。
「姫様、去年も過分なお引き立てを頂き、誠に有難う御座います。
姫様の注文で作らせて頂いた、蓋付きの小瓶も中々に好評で御座いますよ。
今後とも、良きお付き合いをよろしくお願いいたします。
こちらの方が、新年の祝いの品になりますのでお収めください」
言上とともに頂いた品は、これまた見事な大皿でした。後で料理人に渡しましょう。
お皿は使ってこそですから。
「近々、また新しいものをお願いしようと思ってます。
本年もよろしくお願いしますね」
「はい。心待ちにしておりますよ」
お土産は去年と同じく焼酎の瓶を持たせました。
その次に訪れたのは大橋殿の所の手代さんですね。
いつもお世話になってる人です。
「吉姫様、去年も良きお付き合いをして頂きまして有難う御座います。
こちらの方が、主より預かってきた新年の祝いの品となります。
主より本年もよろしくお願いしますと言付かっております」
言上とともに頂いた品は、今年はまた塩鮭ですね。
この時代だと贈り物に使われるくらい高級品で、滅多に食べられない品です。
今年も美味しくいただきます。
「父が、年末に作って頂いた布団がとても良かったので、来年はもっと作りたいと話してましたよ。
今年もよろしくお願いします。
「はい。主人に伝えておきます」
その次に訪れたのは、領地の乙名さんです。
初めてあった頃に比べれば、小奇麗で身なりも良くなって、それだけ暮らしぶりが良くなったということでしょうか。
良いことですね。
「姫様、旧年も多大なるご厚情を我が村に施して頂き、誠に有難うございます。
去年も更に暮らしぶりは良くなり、皆息災に良き新年を迎えることが出来ました。
村の者一同、姫様にはただ感謝にございます。
ささやかですが、こちらの方をお祝いの品としてお持ちしましたので、お収めください。
それでは、本年もよろしくお願い申し上げます。
また暖かくなりましたら、村においでください。
村民一同、姫様のおいでを楽しみにしております」
言上とともに、今年も魚の干物の詰め合わせを頂きました。
去年も美味しくいただきましたので、食べるのが楽しみですね。
「今年は更に新しい農法を試すつもりです。
春にはまた村に行きますので、本年もよろしくお願いしますね」
おみやげに、また焼酎の瓶を持たせました。
毎回定番ではあるのですが、お酒は喜ばれますね。
「はい。お待ちしております」
来客が絶えると今年も千代女さんと火鉢でのんびり餅を焼いて食べます。
やはり、醤油に海苔はお餅に合いますね。
千代女さんは今年も三日は暇を取らせて休みにしてます。
去年は狼狽してましたが、今年は里の者と過ごせるのを楽しみにしてるようです。
そうして、日も暮れ一人で部屋で過ごしていると、加藤さんがやってきました。
去年と同じく、ハレの日らしいきっちりとした素襖を来て、普段とは見違えます。
昨日もあったばかりなのですが、節目は大事ですからね。
「姫様、旧年も過分な扱いを頂き、有難うござりました。
美濃での仕事は中々楽しゅうござりましたぞ。
本年も、よろしくお願い致しまする」
そう言って、平伏します。
「加藤殿、美濃での働き、実に見事でした。
父が勝てたのも加藤殿の働きがその一助となっていることは疑うべくもありません。
また、私の目や耳となり私の代わりに見聞して来てくれる事は、姫の立場の私からすればどれ程助かってるか判りません。
私が先んじて情報を分析し、策を立てられるのも加藤殿の働きのおかげです。
陰に日向に、私の一の家臣として存分の働き、感謝しておりますよ」
「姫様、私のような者にその様な過分なお言葉を…。
…この段蔵、ますます励みまする」
そう言うと、また平伏しました。
「今年もまた波乱の年となるかもしれません。
存分の働きを期待しております」
「ははっ」
「こちらの方をお持ちなさい。
先ほど頂いた干物と、お餅です。お酒もありますよ」
「ありがたく…」
加藤さんが部屋から去って、私は火鉢の炎を眺めながら、ふうっと一息つきます。
そう言えば、兄上がまた本をくれと手紙に書いてきました。
先に贈った『戦いの原則』が良かったそうです。
この前の三河の戦いで役に立ったのでしょうか。
今度は何を贈るかなあ。
『第二次ポエニ戦争』とか面白いかな?
私は史家じゃないから、全ての戦いを覚えている訳ではないけど、ハンニバルの本は何冊か読んだから、ハンニバルの戦いなら書けるかな。
よし、そうしよう。
そうして、私の新年の一日は更けていったのでした。
吉姫は元旦を去年とほぼ同じように過ごしました。