第六十七話 斎藤利政殿との和議
今回も盛り沢山、最後は父との対話で斎藤利政殿との和議の話を聞きます。
『斎藤利政殿との和議』
天文十六年十二月、いずれ父より直接話しを聞くかと思いますが、美濃の斎藤利政殿との間に和議が成立したとの話を聞きました。
内容は、斎藤利政殿の娘が嫁いでくる事になり、大垣城は現状を認める事となりました。そしてこれ以降、同盟を結ぶこととなりました。
ちなみに誰から聞いたかというと、それはもう戦国ジャーナリストですよ。
父が多分誰かに話したのを伝え聞いたのか、布団について話を聞いてこいと、守護様に言われたとかで訪ねて来たのですが、その時に和議の話を聞いたのです。
布団について話して差し上げると、守護様も欲しいそうです。
多分父の次が大橋殿で、その次が守護様になるのでしょうか。
今年収穫の綿花で足りるかどうかは判りませんが…。
加藤さんは引き続き美濃で内偵中です。
『美濃騒乱』
天文十六年十二月、加藤さんが父との和議成立後、美濃で起きた争乱について報せてくれました。
父との間で和議を成立させた斎藤利政殿の動きは早く、多分父はそんな約束などしていないと思うのですが、織田はもう美濃には介入してこないという見込みで、美濃に依然残っていた守護家を奉じる有力国人達の城を攻めたそうです。
美濃の守護様を父はずっと支援してきましたが、この度の和議、そして土岐純頼様の急死により、後ろ盾と依るものを一度に失った守護様側の国人達は粛清にあったということなのでしょうか。
結果、頼芸様が未だ父の保護下に居られるともあり、長屋景興殿や揖斐光親殿ら守護様の旧臣達など、多くが尾張へ落ち延びてきました。
その中には恐らく有名な森可行、可成親子も居るのでしょうね。
『清兵衛さんの弟子が来る』
領地の鍛冶屋さんに使いを出したのですが、弟子志望の若者が古渡を訪ねて来ました。
早速、清兵衛さんの居る鍛冶場へ連れて行きます。
「清兵衛さん、彼がこの前話していた弟子志望の人ですよ。
以前あったことがありますよね」
「浜の村の鍛冶屋の倅の佐吉です。
清兵衛さんの弟子にしてほしくて、会いに来ました」
「おう、話は聞いてるよ。
おめえさんなら問題ないから、弟子にするぜ。
姫さん、そういう事で宜しく頼みます」
「はい。わかりました。
念願かなって良かったね。
住む所はこちらで用意しておきます」
「有難うございます。
では、村に帰って支度してまた来ます」
「おう。まってるぜ」
そうして、若手の見習い鍛冶、佐吉君が清兵衛さんの弟子になったのでした。
早速、奉行の山田殿にその旨伝えて、長屋を用意してもらいました。
良い戦力になってくれるといいですね。
『旋盤制作その零』
衛生兵マニュアルが書き上がった後は、旋盤造りです。
先ずははずみ車を搭載した足踏み式旋盤からでしょうね。
これができれば、ねじ切りが格段に楽になりますから、次に全金属製の旋盤へと行きたいところなのですが、この時代の尾張は鉄というと砂鉄なんですよね。
つまり、あまり大量の鉄は用意できないのですが、この辺りも考えないと駄目ですね。
鈴木さんが来たら相談してみましょうか。
さて、ポンチ絵は以前から書いていたので、木製の足踏み旋盤の図面を書きます。
既に万力は実現し、ねじ切りや送り台も実現済みですから、技術的にはクリアしてる筈です。
図面を書き起こすと、今度は模型を作ります。
声を掛けないと拗ねるので、千代女さんにも手伝ってもらい、何日か掛けて六十センチ位の模型を作り上げました。
細かい金属部分はそれっぽい物が置かれてるだけですが、はずみ車を回した後、踏み板を押してやれば、からくりがクルクルと回り始めます。
早速、清兵衛さんを呼ぶと、模型と図面を渡し、制作に入ってもらいました。
「ほう、これが旋盤とやらですかい。
木で作る部分が多いから、城の大工にも手伝ってもらわないといけやせんね。
ともかく、この『ビット』と書かれたやつ以外は作れると思いやすので、一先ず完成したらお知らせしやす」
「はい、ビットは旋盤でいちばん大事な部分ですから、これは後回しにしましょう。
本体が出来たらまた知らせてください」
「わかりやした」
そう言うと、清兵衛さんはまた仕事場に戻っていきました。
これで旋盤が完成したら、また出来ることが広がりますね。
でも、私の今後の処遇が見えるまでは、あまり大掛かりなことは避けたいですね。
鉄の精錬とか、そっちの方まで進められると、工業化が見えてくるのです。
今のままだと実証実験やってるようなものですからね。
『布団の完成』
天文十六年もあと少しという十二月の中頃、古渡の屋敷に大橋殿が訪ねて来ました。
「姫様、布団が出来ましたぞ」
そう言うと、ふかふかの布団を大きな包を解いて出してみせます。
綺麗な絹で出来た布団は独特の光沢を放っていて、ふかふかに見えます。
敷布団、掛け布団、確かに揃ってます。
「わざわざ持ってきていただいて有難うございます。
布団、中々の出来ですね」
「はい、姫様の仰るとおり、綿の扱いに苦労しましたが上手く縫い込み、布団の袋を二重にすることで、見た目良く、綿も偏らない布団に仕上がりました」
おお、それって布団と布団カバーのセットではないですか。
早速、布団を改めると、確かに紐で止めてあり、中には布団本体が入ってました。
綿を大きくキルティングしてあり、これなら綿もずれなさそうです。
「素晴らしい工夫ですね。
これならば、父も喜んでくれるでしょう」
「はい、針子にはよく頑張ってもらいました。
備後様にご満足頂ける品だと思っておりますよ。
ところで、姫様、残りの綿なのですが、私に買い取らせて頂いても?
後、一つくらいなら布団が作れそうなので、私も出来れば作りたく…。
これがあれば、この冬を暖かく過ごせそうですから」
「そうですね。
あと一つというのでしたら、今回骨折りして頂いた大橋殿の布団を作ってください。
大橋殿には本当に色々とお世話になっていますから。
ただ、実は守護様も布団をご所望とかで、来年の綿では守護様の布団もお願いできますか。
恐らく、結構な量の布団を作ることになるのかもしれませんが…」
「なんと、武衛様が。
わかりました、来年に入れて頂いた綿で武衛様に満足頂ける布団を作ってみせます。
今回で、作り方のコツがわかりましたので、針子を増やせば数を作れると思いますよ」
「それは頼もしいですね。
では、来年もよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。
おお、そうでした。
紀州の根来寺の御坊から連絡が来ましてな。
一度お会いしてから考えたいそうです。
ですので、また来年にでも姫様を訪ねて来ると思います」
「わかりました、来年訪ねて来るのを楽しみにしております。
御坊には頼みたい仕事があるのです」
『父との対話』
天文十六年もいよいよ暮れが近づいてきた頃、父上がやっと那古野から戻ってきました。
厳密には、偶に帰っては来ていたのですが、殆どとんぼ返りでずっと那古野で戦後処理をやっていたのです。
「吉よ、此度は本当に疲れたわ。
よもや、三つの戦の後始末を一度にする羽目になるとは思いもせなんだ」
「父上、今年も余すところあと少しではありますが、本当にお疲れ様でした。
吉は父が過労で倒れはしないかと、ずっと心配しておりました」
父はそれを聞き少し顔を緩めて静かに笑う。
「ははは、そうであったか。心配を掛けたな。
なんとか年を跨がず全ての後始末を終えることが出来た。
吉が作った、あの薬酒のお陰もあったのか、今年は風邪も引かず、過労で倒れることも無く済んだわ。
とはいえ、儂もまだまだの気概はあるが、歳を取ったのは否めぬな。
思えば、三十も後半、もうじき四十故な」
「吉は、父上には末永く元気でいてほしいです。
食べるものも、もう少し精のつくものも食べたほうが良いかもしれませんね」
「食べるものか?
毎日、しっかり魚や野菜など、料理人の考えた献立を残さず食べておるぞ?」
「歳を取ると、胃の働きも落ちてきますから、例えば卵とか、そういうものも食べたほうが良いかもしれません」
「卵か。卵を食べるは殺生故、あまり気が乗らぬな。祟りが起きるなどとは信じては居らぬが」
「卵は、雌鳥だけで産んだ卵は無精卵と言って、孵ることはありません故、殺生にはなりませんよ。
雄鶏が精を与えて、初めて生命が生じるのです」
「ほう、そうなのか。無精卵か…」
でも、あまり気乗りはしなさそう。
「近頃、九州や堺を訪れている、南蛮人は日常的に卵や肉を食べ、彼らが持ってきた甘くて美味しいカステラというお菓子は卵が入っておりますよ。
カステラは人気のお菓子として堺で良い値段で売られておりますが、祟りでひどい目に有ったという話は聞きませんし、彼らの神を信じる南蛮人も、その様な目には有っておりません。
卵は、美味しい上に、滋養にとても良く、週に何度か食べるだけでも顔色が良くなると聞きますよ」
そこまで聞いて、父はちょっと興味を持ったみたいです。
もしかしたら、カステラを食べたことがあるのかもしれません。
父ともなると、色々と贈り物も貰ってますからね。
「卵か。
肉もたまには猪や鹿、キジなどは食べるし、あれらは確かに美味であるな。
食べると力が湧いてくる。
吉の言うとおりであれば、一度用意させて食べてみよう。
しかし、卵料理など料理人は知らぬと思う故、吉が何か知って居るなら料理人に教えてやってくれ。
鶏は古渡でも少し飼っておる故、卵は手に入ろう」
「わかりました。
漢書にも美味しい卵料理が乗っていましたので、料理人に教えて差し上げます」
「うむ。楽しみにしておる」
やはり、食べるのは人生の喜びの一つですからね。
いざ食べるとなると、楽しみになるのは当然なのです。
「さて、吉よ。
話であるが、聞いたやも知れぬが、美濃の斎藤利政殿と和議し、同盟を結ぶこととなった」
「はい、和議がなったことは伝え聞いております」
「それで、斎藤殿の娘が輿入れしてくることになった。
吉より一つ年下で、たいそう聡明で器量良しらしい。
ただ、先月急死した頼純様に輿入れしたばかりだった、未亡人なのだ。
それがなければ、儂は特に思うところもなかったのだが…。
吉はどう思う」
「…。
私は、私より年下で守護様に輿入れしたばかりなのに、結婚生活をまともに送る間も無く夫に先立たれてしまったと聞けば、お可哀そうにと思います。
しかし、事実かどうかは兎も角、悪名もある利政殿に何か言い含められて、輿入れしたとするならば、それでもやはり可哀想ですね。
ですが、父親がわざわざ可愛い娘を早々と未亡人にしたいのかと考えれば、本当に病気で急死だったのかとも思います。
ただ、結果だけを見れば美濃での守護様の勢力は全て追い払われ、斎藤利政殿が名実ともに美濃の国主になったことは間違いないでしょう」
「そうであるな。
正直、儂は美濃がおとなしくして居るなら、同盟などせずとも良かったのだが。
利政殿のたっての願いだと言うのでな。娘を差し出すし、大垣も今のままで良いと。
条件としては申し分ないし、三河、遠江が安定するまで後背の心配をしなくて済む。
そのかわり、近江などから攻められれば、後詰めに行かねばなるまいが…。
さて、誰に嫁がせるかだが…」
「父上は、どなたが良いとお考えですか」
父は、髭を扱き暫し考える。
「本来であれば、まだ相手も決まっておらぬし、年齢を考えても来年元服の勘十郎に嫁がせるのが良いのだ。
信広は来年、井伊殿の娘を迎える故な。
ただ、勘十郎は嫡男である故、何かあれば困る。
逆に、利政殿の姫に何かあっても困る。
そう考えれば、儂の兄弟が良いのであろうが、皆既に正室を迎えており、側室で入るしか無い。
流石に、幾ら下克上で国を獲ったとはいえ、今や美濃の国主。
儂の兄弟や側室では釣り合いが取れぬ。
故に、結局勘十郎に嫁がせるしか無い。
というのが儂の答えであるが…」
そう言うと、父は大きなため息をつく。
まあ、父は自分の口では弟の事は何も言わないけど、叔父さん方の評や、この前会った時の印象では、父の憂鬱は十分理解できる。
実物の美濃の姫がどういう方かわからないしね。
「父上、ならば一度何処かに足労頂いて、姫に会われてみては如何ですか。
恐らく、父が先に話された夫に先立たれた事は利政殿も懸念としているはず。
嫌とは言いますまい」
「おお、そうであるな。
では、美濃の国境に近い寺にでも来てもらって、そこであってみるとするか。
それで勘十郎に合うかどうか、見極めようとしよう。
その際には、吉も同席してくれ」
ええー、まじですか…。
でも、私が言い出しっぺで正直あってみたいのも事実。
「わかりました。
では、お供致します」
「うむ。頼むぞ。
それと、先ほど話しをしたが、勘十郎は来年元服致す故、元服の儀の折には那古野に来てくれ。
吉は初めて故、平手に迎えに行かそう」
「そんな、わざわざ重臣の平手殿に迎えなど…」
「はっはっは。
そうではない、平手が吉姫と会いたいと言って居るのだ。
中々、会う機会も無い故な」
…、何故でしょうか…。
今生では殆ど関わりがないはずですが…。
「わかりました。では、平手殿をお待ちしております」
「うむ、では今日はこれで休むとするか」
そう言って立ち上がろうとしたので、とっさに呼び止めました。
「父上、ちょっとお待ち下さい」
「ん?まだ何かあったか」
そう言うと、どっかと座り直します。
「竹千代君の母上の件はその後如何ですか?」
「おお、そうであった。
水野殿は、織田に輿入れするのは願ったりであると言っておった。
ただ、誰に輿入れさせるかと言うのは、戦続きもあってまだ決めておらぬ。
それで、一先ず竹千代の世話役に呼び寄せようかと思っておる。
何れにせよ、来年は輿入れする相手も決まるであろうし、竹千代も母が世話をするのであれば、不安も薄れよう」
「そうでしたか、それは良かったです。
先日も、どうなったのか聞かれましたので。
しっかりはしていても、まだ六つですから」
「うむ、そうであるな。儂もあまり不憫な事はしたくない」
「それと、先ごろ話ししておりました、布団が出来上がりましたので。
今宵は布団を試してみてください」
「おお、この前話しておった布団だな」
「はい。
千代女さん」
控えの間に居た千代女さんが布団を運んできます。
まだ水分も含んでないふわふわ布団なので、千代女さんでも十分持ってこれる軽さです。
千代女さんが、父の横に置き、下がります。
「ほう、これか。
ふわふわしておるな。
そして、これは絹か。手触りが良い」
「はい、父上の為に私が綿を用意し、大橋殿が手配した職人に作らせた布団です」
「大橋殿か。また世話になったな」
そう言うと、機嫌良さそうに何度も頷く。
「はい、大橋殿にはお世話になりっぱなしです」
「うむ。その分吉には儲けさせて貰ってるはずだがな」
と言うと、笑います。
大橋殿と父は友人とも言える昵懇の間柄ですからね。
「では、ありがたく使わせてもらう」
そう言うと、パンパンと手を叩くと、父の女中さんが何人か来て布団を回収していきます。
多分、使い方は敷いてみたら解るでしょう。
「はい。それではゆっくりお休みください」
「うむ。ではな」
そう言うと、父は奥に下がって行ったのでした。
では、また学校に行った時に竹千代くんに知らせますか。
濃姫と対面することになりました。さてどんな子でしょうか。
うつけの姫だったらどうしようかと。