第六十六話 美濃異変、鈴木氏来訪
美濃で異変が起きました。そして鈴木殿が来訪です。
『美濃異変』
天文十六年十一月下旬、先の穂積の戦いで敗戦後の美濃の状況を探ってもらっていた、加藤さんより美濃で異変があったと報せがありました。
第二次加納口の戦いの敗戦の後、和議を結ぶ際に美濃守護の土岐頼純様に、和議の証として斎藤利政殿の娘が輿入れしたのです。
ところが、まだ輿入れから少ししか経っていないのに、守護の土岐頼純様が急死されたとの報せなのです。
病死と言うことだそうですが、世間ではかつて頼芸様の弟、頼満様が毒殺されたと噂が立ったこともあり、この度も斎藤利政殿の暗殺ではないかと、そう噂されているのです。
何れにせよ、暗殺の証拠が無い以上、朝倉家の介入はもはや難しいでしょう。
大垣城に居られる頼芸様が守護に再度就任されるのか、それとも実質上の国主となっている斎藤利政殿の地位をこのまま黙認するのか、まだ態度を明らかにされていないそうです。
二人共、もし本当に毒殺なら、むざむざ殺されに守護になるような物ですが、頼芸様はどうされるのでしょうか。
『美濃よりの使者』
天文十六年十二月初旬、雪の積もる中、稲葉山城の斎藤利政殿より、父に和議の使者が来ました。史実では逆ですが、これで利政殿とは和議となるのでしょう。
ちなみに、使者は利政殿の家老の堀田正道殿。別名堀田道空殿とも呼ばれる方です。
『鈴木さん登場』
天文十六年十二月初旬、古渡の屋敷に私を訪ねてきた人が居ました。
大橋殿の紹介状を持ったその武士は、紀州からやって来た鈴木孫市重意殿だそうです。
紹介状によると、つまり、私が探してもらった佐大夫殿は居なくて、雑賀荘の土豪、鈴木氏の当主がこの重意殿なのだそうです。
「吉姫様、この度は我が家に声を掛けて頂きまして有難うございまする。
紀伊の山深い土地の田舎侍である我らをどの様にお知りになったのかは分かりませぬが、良き条件にてお誘いを頂きましたので、一度お話を聞きに罷り越しました」
歳の頃は二十後半という感じでしょうか、精悍な顔つきの武士です。
よくゲームや小説に出てくるような豪快な語り口のちょい悪オヤジではなくて、場所を弁えた話し方を知っているという感じでしょうか。
確か、鈴木氏は被官では無い筈ですが、この時期は畠山氏に従い戦に出ることもあったはずです。
しかし、平成の世での一般的なイメージである鉄砲傭兵集団となるのはもう少し後の時代の話の筈で、この頃は半士半農で戦の機会があれば参加して稼ぐこともあるという感じでしょうか。
「遠路遥々、足労くださいまして有難う御座います。
私が、鈴木殿に声を掛けさせて頂いた、弾正忠家長女の吉と申します。
私のことは、大橋殿からお話は聞かれていますか?」
「はい、色々と人を呼び寄せたり、物を作ったりと振興策を熱心にしておられる姫様だとお聞きしております。
歳をお聞きしたときには、正直信じられませなんだが、大橋殿の所で話を聞かせて頂いたり、実際に作られた物を見せて頂き、驚きました。
ところで、姫様は何故我々にお声掛けを下されたのですか?
我らは先ほど申したように山深い土地の田舎侍に過ぎませぬぞ?」
「鈴木殿、鉄砲はご存知ですか?」
そう聞くと、鈴木殿は一瞬驚いた表情を見せる。
「鉄砲…、にございますか。
姫様は鉄砲をご存知で?」
「ええ、勿論。
我が弾正忠家にも鉄砲はありますし、撃つところも見たことがあります。
父の家臣が京から連れてきた鉄砲撃ちもおりますので、実戦で使った事もありますよ」
「ほう、実戦で使われましたか。
実戦で使われて、如何でございました?」
「父に聞いたところでは、数を揃えねば使い物にならぬ武器であると。
そう聞き及んでおります」
それを聞き、鈴木殿は目を輝かせる。
「そうでございましたか。
備後様は、鉄砲はどの位揃えるべきだとお考えですか」
「そうですね。
先日、その話をした時に、私が目に見える活躍をするには二百は要るでしょうと申し上げたところ、そのくらい必要であろうなと納得して居られました。
しかし、同時にそんな数をいま商人から買えば家が傾くと苦笑いされておりましたよ」
そう話して笑うと、鈴木殿もつられて笑います。
「鈴木殿はどうお考えですか?」
鈴木殿は真剣な表情をすると、語りだします。
「拙者が考えますに、今の鉄砲であれば姫様の言われる通り二百は要るでしょう。
鉄砲は装填に時間がかかります故、運用にも工夫がいると思いまする」
「そうでしょうね。
一発撃つのにあの様に時間がかかっては、弾込めが終わる頃には敵が目の前に居ると、父が笑っておいででした」
それを聞き、鈴木殿が吹き出す。
よほどツボにはまったのかひとしきり笑った後。
「し、失礼仕った。
備後様の仰ること、全くその通りなのでございます」
「ですので、運用には工夫がいると言うわけですね。
それがわかるという事は、鈴木殿は鉄砲に精通しておられる。
というわけですね?」
鈴木殿は、私の顔をじいっと見つめ、暫し考えた後答える。
「姫様の言われる通り、拙者は鉄砲を知っておりまする。
ただ、つい先ごろ鉄砲を手に入れ、使い方を考えだしたばかりにて、未だ戦に使ったことはござりませぬし、戦で使うほどの数も持ってはおりませぬ」
「私が鈴木殿をお呼びしたのは、我が弾正家で鉄砲隊を作り、率いてほしい。
そう考えたからなのです」
「な、何と。
拙者は、まだ鉄砲の研究も緒に就いたばかりの、ただの田舎侍に過ぎませぬぞ」
鈴木殿は目をあたふたと泳がせる。
鉄砲ではなく、普通に武士としての仕官に誘われたと思っていたのでしょうか。
「私は、鈴木殿が中々の人物であると思っておりますよ。
まだ緒に就いたばかりとはいえ、既に鉄砲を理解し、鉄砲が有用であること、そして運用に工夫が要ることも知っているではありませんか。
我が家中ですら、父の手前大きい声では言いませんが、お金のかかる無駄なものだとして、その価値に疑問を感じるものが多いのです。
つまり、いまの我が家には、確かに鉄砲撃ちはおりますが、その鉄砲をいかに運用し、戦で使うかと云うことまで考えられるものがいないのです。
そして、それが出来る人物が、今私の眼の前に居ると。そういうわけなのです」
「…。
拙者をそこまでかってくださいますか。
そこまでかっていただいて、何も応えぬでは男が廃るというものです。
わかりました。
姫様のお言葉に賭けさせていただきます」
「英断、有難うございます。
鈴木殿の活躍、大いに期待しておりますよ」
「はっ。
ところで、姫様。
大橋殿からは、弾正忠家で一族郎党召し抱えて頂けるとお聞きしているのですが、誠にございますか」
「はい。私はそのつもりですよ。
実際に、私が以前甲賀の望月家の者を招いた時も、一族郎党という話でした。
結局、望月家の方の都合で、一族皆は来ませんでしたが、その代わりかなりの人数の近隣の他家の者が望月の伝手で移り住んできました。
尾張には、それだけの土地があるのですよ」
「なんと、それでございましたら、拙者の方は申し分ござりませぬ」
「では、一度父に会っていただきますので、暫し滞在頂けますか」
「はっ」
そうして、鈴木殿の快諾を得ると、父に手紙を書いて届けてもらいます。
今は忙しい様で、ほとんどこちらには戻ってこないのです。
しかし、父からは直ぐに一度戻るとの返事があり、鈴木殿との対面がなりました。
翌日、屋敷で父と対面となります。
「父上、こちらの方が、紀州よりお招きした、雑賀荘の住人、鈴木孫市重意殿です」
鈴木殿は父に平伏します。
「備後様、ご紹介に預かりました、紀伊国雑賀荘の住人、鈴木孫市重意でございます。
この度は、お招きに預かり恐悦至極に存じます」
「うむ。
面を上げられよ。遠路よく参られたな」
「はっ」
「父上、この鈴木殿は、私が知る限り、今の日ノ本で鉄砲隊を組織し指揮できる、唯一の人であると思います。
いずれ、鉄砲が普及しその真価が知られれば、鉄砲隊を組織、指揮できる者も出てくるでしょうが、先に組織し研究しておけば、一日の長が出来ます。
この鈴木殿は、まだ鉄砲の研究を始めたばかりとは言え、既に鉄砲というものをよく理解して居られ、その運用について研究しておられるのです。
そのこと一つとっても、武将として優れたる証拠だと思います」
鈴木殿は緊張し冷や汗ダラダラと言う感じです。
「ほう、それほどの人物か」
「しかしながら、父上、鈴木殿は雑賀荘にて一族を率いるお立場ですので、自分の郎党だけ率いて来るというわけにもいきません。
出来れば、一族郎党召し抱えていただきたいのです」
父は、ピクっと眉を動かし、鈴木殿をじっと見据えます。
「一族丸抱え…。であるか」
「父上、鈴木殿の一族には鉄砲を作れるものがおりますが。
我が家に必要ではありませんか?」
それを聞いて、父と鈴木殿はそれぞれ別の意味で驚きます。
「よし!
鈴木殿、吉の話すとおり、一族丸抱えと致す故、年が明けたらこの尾張の古渡に参られると良い。
まだまだ鉄砲の値段が高い故、数が揃えられなんだが、作れるとなれば話は別だ。
その方に任せる故、存分に励まれよ。
具体的な処遇に関しては、また参られた時に話すと致そう。
では、頼みましたぞ。
来年会うのを楽しみにしておる」
鈴木殿は平伏して、ただ一言。
「ははっ」
と答えました。
そう言うと、忙しい父は慌ただしく去っていったのでした。
脂汗が額に浮かぶ鈴木殿が恐る恐る聞いてきました。
「姫様…、拙者の一族が鉄砲鍛冶をしておる話は内密にございました。
一体、どこで聞きつけたのでございますか。
いずれにせよ、一族でお仕えする以上、もはや秘密でもございませぬが…」
「私には、優秀な忍びが居るのですよ。
と言っても、他家に害為すような働きはさせていませんが。
鈴木殿の様な優秀な人材を探して諸国を巡らせているのです」
鈴木殿はなんだかなあみたいな表情です。
「…。
そうでしたか、しかしそのお陰で拙者のような田舎侍が良き待遇で備後様の様な方にお仕えすることが出来るようになったわけですな…。
なんとも、痛し痒しにございます…」
本当は、前世知識で恐らく鉄砲を作ってるのだろうと思っていたのですよ。
雑賀荘は交易もやってますからね、鉄を買ってきて鉄砲を内製しているのでしょう。
そうでなければ、アレだけの量を揃えたり、オリジナルの銃を持っていたり出来るわけがない。
それで、既に鉄砲を作ってると推測したのですが、アタリです。
「うふふ。
では来年お会い出来るのを楽しみにしておりますよ。
鈴木殿の様な優れた御仁を我が家に迎えられて良かったです」
「はっ。
では、戻り一族の者と相談し、また来年古渡に参ります」
そう言うと、鈴木殿は船に乗り帰っていったのでした。
来年が楽しみですね。
美濃で史実通りの異変が起きました、そして美濃から使者がやってきます。
更に、鈴木孫一殿が弾正忠家に仕えることになりました。
まだ、後の有名な雑賀衆ですらないのですが、雑賀荘ではなく、弾正忠家で鉄砲隊を組織することになります。