第六十一話 近江商人の来訪
以前より取引のある近江商人の布施屋さんがやって来ました。
『近江商人が来訪』
天文十六年十月も中旬を過ぎた頃、以前より取引のある近江商人が訪ねてきました。
以前、加藤さんを探すのを頼んだ布施屋の源左衛門さんです。
「布施屋さん、久しぶりですね。
この前卸した商品の売れ行きは如何ですか?」
「姫様、すっかりご無沙汰しております。
越後の方に行っておりましたが、やっと戻ってまいりましたよ。
あそこで冬をこすのは大変ですから。
寒くなる前に店に戻れそうで良かったです。
姫様に卸して頂いた商品、中々好評でございますよ。
香油に、石鹸、焼酎、どれもよく売れております。
一番売れているのは焼酎でございますが、香油は武家の姫君方によく売れました。
石鹸とも併せて、定期的に売りに来てほしいと頼まれております」
香油というのはアロマオイルですね。
「そうですか、それは良かったです。
香油は取扱が難しいので、これまでは石鹸の香り付けや、身内への進物にする程度だったのです。
布施屋さんは陶器も扱っておられるから、割れ物の扱いが丁寧だと思い、試しに売ってもらったのですが、大丈夫だったようですね」
「はい。
天秤棒で大事に運びますので。
道中割れたり溢れたりした物はございません」
以前、陶器の小瓶を作った時、密閉性に問題がある気がしたのです。
しかし、醤油さしを量産する過程で蓋作りの技術が蓄積されたのか、精度が高まってアロマオイルの保存が出来る程度の密閉が出来る容器が作られるようになったのです。
それで、試しに持っていってもらったのです。
「それは良かったです。
ただ、香油はあまり大量には作ってないものですから、これからも沢山は卸せないと思います」
「それなりの値段で売っておりますから、好評ではございますが売り先は限られております。
卸していただけるだけで十分にございますよ」
「わかりました。
ではまた、作っておきますから、此方に寄られる際に知らせてください」
「はい、わかりました。
そうそう、越後の姫様から文と贈り物を預かっておりますよ」
文を受け取ると、確かに越後の姫からの手紙です。
「ありがとう。
また手紙を託しますので、次に越後に行く時に寄ってください。
その時に、また何か売り物を用意しておきましょう」
「はい。有難うございます。
此方のほうが、今回の売上にございます。
姫様は後払いにしていただけるのでたいへん助かっております」
近江布施屋の裏書きのある証文を渡されました。結構な売上ですね。
実のところ、布施屋さんに卸してる商品は、手紙や人探しの駄賃のつもりなので、売上は無くても良いのですが、律儀に払ってくれるのです。
「はい、確かに。
そうそう、これから寒い季節でしょう。
薬酒を差し上げますから、寝る前や寒い時、体が疲れた時に御猪口に一杯くらい飲むと、体が温まり元気が出ますよ」
そう言うと、千代女さんに薬酒を持ってこさせて、布施屋さんに持たせたのです。
「これはこれは、有難うございます。
こちらの方は、漢方薬が入っておりますな?」
少し匂いを嗅いだ布施屋さんが言い当ててくる。
「ええ、唐国で作られている薬用のお酒で、漢方薬が入っておりますよ」
「おお、やはりそうですか。
ありがたく頂いていきます」
そう言うと、布施屋さんは帰っていったのでした。
さて、越後の姫様の返書はと。
『吉殿 とら
見ず知らずの私に手紙をくれてから、これで二度目のやりとりですね。
まずは、見事な贈り物をありがとう。
どれも越後では見たこともないものばかりで、とても嬉しいです。
いい香りのする油、とても綺麗になる石鹸を使った時の喜びは、筆では書けないくらいです。
焼酎というお酒は家中のものがとても喜んでおりました。
勿論、私も美味しくいただきましたよ。
これらの贈り物を家のものが定期的に買いたいと言っているのですが、布施屋さんに言えば大丈夫でしょうか?
此方からも、お礼の贈り物を送りました。喜んでくれるととらは嬉しいです。
ところで、とらは今悩みがあるのです。
とらの家は兄上が継いだのですが、兄上は病弱で従えている国人衆が不満を言うのです。
兄上は、体が弱く武勇は人並みですが、とてもお優しく、頭がいいのです。
家を継いでから、領内の国人衆たちが仲良く暮らせるように、随分と頑張ってきたのをとらは見てきたので、わかるのです。
なんとか兄上のお力になりたいのですが、いい方法はないでしょうか。
こんな話は中々家では出来なくて、つい相談してしまいました。
一度、尾張にも行ってみたいです。
また手紙待ってます。
八月十五日
とら
吉殿』
越後のとら姫は兄上の事で悩んでいる様です。
この時期の越後の当主というと長尾晴景殿ですが、虚弱体質なのでしょうか?
虚弱体質ならば、薬酒である程度改善しそうですから、今度送りましょうか。
国人対策は国柄にもよりますからなんとも言えませんが、基本は心を攻めるしか無いのですね。
明確なビジョンを提示し、夢を見させる。
そして、それに向けての具体的な方法を語る。
この二点を怠らないだけでも、随分違うと思うのです。
結局、国人衆も不安なのですから。
『美濃で動きあり』
月も変わり天文十六年の十一月、未だ父は戻ってきませんが、加藤さんより斎藤方が動きそうだと報せがありました。
勝幡の信光叔父に備えるように伝えてもらいます。
やはり、美濃で勝っても負けても史実通りということなのでしょうか。
美濃での動きは当然気になりますので、加藤さんに動向を見てきてくれる様頼みました。
さて、対策はしてますが、上手く行きますかどうか…。
吉姫の文通相手、とら姫の登場です。
そして、美濃は史実通り動きそうでが、信秀はまだ戻ってません。