第五十七話 勇者たちの凱旋
権六殿と半介殿、それに牛さんが訪ねてきました。
『勇者達の凱旋』
父が凱旋した翌日、暫く振りに権六殿と半介殿が訪ねてきました。
「吉姫様、なんとか無事に戻ってこれましたぞ」
「姫様、暫く振りに御座る」
勿論、今日は普通普段通りの服装です。因みに彼らが普段着ているのは素襖という直垂の簡易版です。
「権六殿、半介殿、元気に無事の帰還、嬉しく思います。
美濃攻めについては父より話を聞きましたが、お二人のご活躍は如何でしたか?」
「美濃での戦に関しては、備後様から既に聞かれておりましたか。
お聞きになられたとおり勝ち戦でしたが、此度の策は中々にきつかったですぞ」
「左様、死に物狂いで御座った」
「ええ、父から聞いております。
私の見立てより、更に斎藤方は上手を行っていたという事なのでしょう。
結果的に、父が上手く策を完成させ、我らが将兵の奮戦で成し遂げたと。
そう聞きました」
「我らは備後様と吉姫様を信じて御座った故。
我らはやり遂げねばならぬと、皆が一丸となりただ夢中で戦ったのでござる」
「お陰で、某など声を上げすぎて、渾名まで頂戴しましたわ」
「掛かれ柴田ですか?」
「ご存知でしたか」
というと二人は笑った。
そこへ千代女さんが更なる来客を知らせてくれました。
前触れもなくいきなり現れるというと、あの人でしょうね。
「太田殿でしょう。お通ししてください」
そう答えると、ややして太田殿が部屋に入ってきた。
「やや、お二方も居られましたか」
というと、いつもの調子で軽妙に笑う。
「太田殿、先の美濃以来ですな」
「左様、美濃以来でござるな」
太田殿は守護様の家臣なので、途中で別れて以来になります。
「某も吉姫に報告せねばならぬと思いましてな。
それに、ここに来ればお二方の話も聞けると。
見込み通りでしたな」
三人で笑い合う。
この三人は歳も近いので、仕える君主は違いますが友人の様なものなのです。
「太田殿からも何かお話が聞けるのですか?」
「ええ、それがしも美濃に行っておりましたのでね。
それに、拙者に託した弓をお忘れですか?」
おお、そう言えば出陣前に挨拶に来てくれた時に、弓を見せてくれましたね。
「勿論、覚えておりますよ。
役に立ちましたか?」
「おう、それよそれがしも気になっておったのよ。
戦のときは乱戦で、守護様の軍勢の弓衆を気にかけるどころでは無かった故な」
「そうでごさる。斎藤方が鉄砲を使ってきてたのでござるが、すぐに音が聞こえなくなり申してな。太田殿なら見ておったのでは御座らぬか?」
太田殿は、我が意を得たりという感じでフフフと笑うと語りだした。
「そうですな。
斎藤方は鉄砲撃ちが数人おりましてな、それらの者が備後様の伝令に出た馬廻りを狙い撃ちにしておりましたよ。
何発か馬廻りに命中しておりました故、かなりの腕前だったのではないかと思いまするよ」
「なんと、伝令を狙い撃ちにしておったと」
「鉄砲などそう当たるものではないと思うて御座ったが?」
「それがしは実際に撃ったことが有りませぬ故、どの程度当たるものかは分かりませぬが、距離が離れればそう当たるものではないと聞いておりますよ。
ましてや、伝令は馬に乗っております故」
「備後様の馬廻りは此度吉姫様の鎧を着ておったからか、誰一人討ち死にしたものは居らぬ筈でござるよ」
「ええ、吉姫の鎧が無ければ討ち死にして負ったやもしれませぬな」
「ふむ。やはり姫様の鎧は作られて正解でしたな」
「役に立てたようですね」
「大いに、役に立ったで御座るよ。
拙者も、恐らく権六殿も、ここに無事にこうして居るのは、あの鎧のお陰でござる。
それほど乱戦でござった故、槍が掠めたり、矢が飛んできたり、これまで着ておった鎧でいつもの様に出ておったら、深手を負ったやもしれませぬ。
特に、あの矛。あれは大いに役に立ったのでござるが、あの矛の力を存分に発揮するには大立ち回りになってしまいます故、些か隙きが…」
「あの矛で此度どれ程の手柄を立てられたか。あの矛が無ければあそこまでの働きが出来たかは分かりませぬ程に。
それがしと、半介は此度の戦での戦功著しいと、備後様にお褒めの言葉を頂き、足軽大将に出世したのですぞ」
「左様、足軽大将になったでござる」
半介殿は家が有力国人なので、もう直代替わりで重臣になるのですが、これは箔が付きましたね。
「それはおめでとう御座います。
もう、私のお供など頼んでは失礼になりますね」
二人はそれを聞いて驚く。
「ひ、姫様。
まだお役目は有りませぬ故、お役目を与えられるまでは可能な限りお供を勤めさせていただきますぞ。
姫様には御恩ばかりにて、まだ些かもお返しできておりませぬ」
「左様左様、それがしも可能な限りお供仕りまするぞ」
そういい、揃って平伏する。
「お二人とも面を上げてください。
いつ迄も、お二人のような立派な武士が主君の娘とはいえ、たかが姫のお供をさせると言うのは逆に失礼というものです。
でも、お二人の心遣いは大変嬉しく思います。
可能な限りで構いませんから、またお供をお願いします」
「「はっ」」
そして、置いてきぼりの感の太田殿が帳面書きの手を止めると、話を続ける。
「二人の活躍もしっかりとそれがし、記録しておりますぞ。
守護様も喜んで読んでおりました」
「な、なんと守護様が!?」
「太田殿…」
「ふふふ。
戦に出られぬ守護様は戦の報告を読み物として読むのが楽しみなのですよ。
確かに、二人の大立ち回りは遠目に見てもそれは凄いものでしたからな。
正に猛将という評価は二人にふさわしい。
特に、権六殿。掛かれ柴田なんて渾名が付きましたが、郎党と一体となって敵の剛の者を引き倒しては突き倒しという見事な連携。あれは見ものでござった」
「それがし、掛かれなどと叫んでおりましたか?
いや、あまり記憶にないのですわ」
「遠かった故、声まで聞こえたわけではありませんが、確かに引き倒しては郎党に号令を掛けておったように見えたので、それが掛かれだったのでは?」
「ふーむ。まあ不名誉な渾名では有りませぬ故、構いませぬが。
備後様にまで掛かれ柴田と呼ばれては…」
皆が笑う。
「権六、お前は渾名が付くほど活躍したということであろう。
拙者も同じく備後様に足軽大将にしてもらえるほどには手柄を立てたつもりでござるが、渾名が付くほどでは御座らんよ」
そうきくと、権六殿は照れて笑うのだった。
「では、それがしの話を続けますぞ。
斎藤方の鉄砲撃ちは先ほど話した通り、中々の腕前だったのは間違いないですな。
ですが、鉄砲は派手な音がします故、どこから撃ってるのかすぐに見つけることが出来ましたわ。
隠れておっても、一発撃てばすぐにわかるし、一発撃てば弾込めに暫く時間がかかり、弾込めの間は動けませぬ。
それがし、じっくり見物させて貰いました程に」
「おお、そうで御座ったか。
確かにあの大きな音は、如何な乱戦の渦中であっても響き渡ったで御座る」
「それだけ見物しておったと言うことは、太田殿は鉄砲撃ちをどうしたので?」
「勿論、片付けましたよ。それがしの弓で。
連中は、どこから矢を射られたのかまるでわからず、キョロキョロしておりましたが、二人ほど射たら逃げ散りましたぞ」
「それは見事な。
それで鉄砲の音が直に聞こえなくなったのですな。
鉄砲撃ちは討ち取ったので?」
「いや、討ち取ったかどうかはわかりませぬよ。
確かに、矢が刺さり倒れ込みましたが、近づいて首を獲るなんて出来ませぬからな。
ただ、吉姫の下さった弓は素晴らしい。
此度、弓衆とは別行動を取らせて頂いたのですが、あの弓はそういう狙い撃ちの為の弓と言っても、差し支えないでしょうな。
斎藤方の鉄砲衆以外にも、兜首は無論、物見や伝令など、見事矢を当てましたぞ」
「それは…。
見事で御座るな。もしかして、備後様は此度の戦、太田殿の働きにかなり助けられてるのかもしれませんな」
「うむ。それらの者が、例え討ち取れずとも、動けなくなるだけで、どれ程の助けになるか。見えぬ所で大変な武功を立てたように見えますな。
守護様はなんと言って居られた?」
「守護様は、備後様の助けになったことを喜ばれて居られた」
「そうであろうな。
ところで、その弓が多くあれば鉄砲より強いのではないのか?」
「いや、吉姫に頂いた弓だが、確かに強いし狙いも鋭い。
しかし、構造が複雑故、数を揃えるのは勿論、壊れやすい。
恐らく、鉄砲もからくりが細かい故、粗雑に扱えば壊れると思うが、あの弓はそれ以上に細かいからくりでな。
自分で手入れが出来て、壊れたら直せるくらいでなければ扱うのは難しい。
逆に、猟師が獣などを射るのには向いておるかもしれん」
「なるほどのう。
それならば数を揃えてというのは無理か。
しかし、太田殿の様に使えるものが一人居るか居ないかで随分変わりそうな気がするわ」
「左様、先ほどの話を聞かされれば、特にそう思うでござるぞ」
「フフフ。
次の戦にも参陣する予定ゆえ安心いたせ」
「おお、それは心強いな」
「うむ。頼んだでござるぞ」
「滑車弓、役に立ったようで何よりです。
それに、私はあそこまで太田殿が滑車弓を理解し、使いこなし、自ら改良してしまうとは思いませんでしたよ。
間違いなく、この尾張でも随一の弓名人でしょう」
「ははは。
それがしより腕の立つ弓名人は他にもおりまするよ。
ただ、それがしは何事にも好奇心旺盛な質で、からくり細工や物を作るのが好き故、この度はその質がいい方向に転がったということにて。
例の弓師もまた吉姫を訪ねたいと話しておりました故、またそのうち訪れるかと思います」
「謙遜しおって。
姫様、我らまたじきに出陣する事になりました」
「はい、父より聞いています。
此度の戦は、本格的な野戦になるでしょう。
もし太原雪斎殿が出てくる様な事になれば、中々難しい戦になるかもしれません。
皆がまた無事にここに戻って来てくれる事を切に祈っておりますよ」
「この度は、吉姫様は献策なさったので?」
「いいえ、この度は再度の出陣までの期間が短すぎて策を立てるどころではありませんでした。
しかし、三河には信広兄の所に軍師が居りますし、父上も元々戦上手の方。
皆の働きがあれば、きっとまた勝利を収められましょう」
「お任せくだされ。
さらなる吉報をお持ちしますぞ」
「然り然り、では我らは準備もござりますれば、本日はこれにて」
「それがしも、用事は済みましたので、これにて失礼」
こうして三人は慌ただしく帰っていったのでした。
あ、そう言えば三人に何も出してない…。
千代女さんが部屋に入ってくる。
「あの、何もお出ししなくてよかったのですか?」
気づいてたなら声を掛けてくれればいいのに…。
「三人共急いでたみたいだから」
「そうですか…。
なかなか面白いお話が聞けましたね」
話を聞くのに忙しかったと…。
「そうですね。
また無事に帰ってきたら聞かせてくれるでしょう」
権六殿と半介殿も獅子奮迅の働きだったみたいですが、牛さんも見えない所で大活躍していた様です。
さて、三人は再び出陣していきました。
吉姫もやることが山積みです。